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気を失ったキャスリーンさんはミュリエルさんにおぶってもらい、メイドさんたちの部屋まで連れていく。
ベッドに寝かせたあと、鑑定で状態異常を調べてみると――
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【状態異常】
貧血(中)、混乱、恐慌
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「ええ……?」
「うわぁ……?
アンさんのメイド姿を見て、混乱しちゃったんですか?」
「そこまでは分かるんですけど、最後の恐慌って何ですかね……」
恐慌とは、文字通り『恐れ慌てる』ことなんだけど――
……恐れる理由って?
「アンさんの可愛さに、恐れて慌てたということでしょうか?」
「本人としては肯定しづらいですね。
さて、とりあえずはしばらく寝かせておきましょう。特に薬は使わなくても大丈夫そうですし」
「さすがアイナ様、お医者様いらずですね……」
私の横では、マーガレットさんがしきりに感心している。
「錬金術と鑑定で何とかなる範囲では、ですけどね。
それでは一旦、厨房に戻りましょう」
キャスリーンさんの寝息を確認してから、私たちは厨房に戻ることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――さて、困りましたね」
「そうですね、どうしましょう……」
厨房に戻ると、マーガレットさんとミュリエルさんがそんな話を始めた。
「どうかしたんですか?」
「はい、そろそろ昼食の準備をしなければいけない時間なんです。
三人でやる予定だったのですが、キャスリーンさんが倒れてしまったので……」
「ああ、なるほど……。
今日はアイナ様とエミリアさんはいないので、賄いだけでも大丈夫なのでは」
……などと、自分で空々しく提案してみる。
「そうですね、食いしん坊のエミリアさんもいないことですし、量も作らないで良さそうですね」
……などと、エミリアさんも量を作らないで良いことを提案してくれる。
「そ、それは助かりますが……、本当によろしいのですか?」
「賄いの量は増えると思いますが、大丈夫だと思います。ね、エミリーさん」
「そうですね、アンさん。人手が足りないなら、わたしたちも何かできますし」
「いえ、さすがにそこまでは――」
……と言いつつ、マーガレットさんはちらりとミュリエルさんを見てから、後悔するような顔をした。
ミュリエルさんが調理に加わると、レアスキルの『工程ランダム補正<調理>』が働いちゃうんだよね。
つまり、高確率で不味い食事ができあがってしまうのだ。
「こういうときは、無理をしないで大丈夫ですよ。
私も独り暮らしのとき、少しは料理もしたものですし」
……とは言っても、転生前の話なんだけど。
「アンさんがやるならわたしも頑張ります! ……えっと、どれくらいの量を作るんですか?」
「はい、今日は賄いだけということなので――
メイドが3人、警備の方が3人、ハーマンさんのご一家が3人……。
あとはアンさんとエミリーさんの、合計11人分ですね」
「うわ……。そういえば全員分を用意してるんでしたね。
もしかして、今まで人手は足りていませんでした?」
「いえ、大変なときはダフニーさんに手伝ってもらっているのですが、今日は用事があるということで、出掛けられていまして……。
クラリスさんとルーシーさんも、今はいませんし……」
ダフニーさんというのは、庭木職人ハーマンさんの奥さんだ。
いつもはメイドさんたちと一緒に、裏方の雑用をこなしてくれているらしい。
「うーん、キャスリーンさんを気絶させた責任が大きくなってきましたね。
どんどん手伝いますので、がんがん指示をください!」
「わたしも同じく、です!」
「わ、分かりました。それでは――」
……こうして私とエミリアさんの、メイドさんの仕事@厨房編が始まるのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
とりあえず、エミリアさんは包丁仕事を頼まれていた。
少しぎこちないながらも、なかなかの手捌きだ。私よりも正直上手い。
そして私はと言えば、ミュリエルさんと一緒に調理器具の準備や、盛り付けの仕事を任されていた。
やっぱり一応は主人であるわけだから、危険な刃物を使わないところに付けてくれたのだろう。
「それではアンさん、このお鍋に水を張っておいてください。
水はあそこに汲んでありますので」
「はい!」
水道は一応あるものの、やはり水質は料理用としてはあまり良くないらしい。
そんなわけで、別の場所に井戸水を貯めているということだった。
指定された大きな壺を見てみると、中には綺麗な水が貯められている。
どれどれ、かんてーっ。
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【汲んだ井戸水】
綺麗な井戸水
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……ついつい鑑定してしまうのは職業病である。
それにしてもこの水、錬金術を通せばもう少し美味しくなるかもしれない。
そう思いながらお鍋に水を張って、一旦アイテムボックスへ。
そして、れんきーんっ。
バチッ
かんてーっ。
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【湯冷ましの水(S+級)】
澄んだ水
※追加効果:美味(小)
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よしよし、こんなものかな?
「ミュリエル先輩、準備ができました!」
「はい、それではここに置いておいてください。それでは次ですが――」
事が始まってしまえば指示にも迷いは無く、どんどん仕事を出してくれる。
いろいろな仕事をこなしつつ、水やちょっとしたものは、錬金術を通して品質を良くしていくことも忘れない。
折角だから、ついでに……くらいの、軽い気持ちなんだけどね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――あ、違います。こうです、こう。こうすると麺が取りやすくなるんです」
「おぉー、なるほど。
確かにさっきのだと、絡まっちゃいますね。なるほど、なるほど」
「それとチーズはこのように掛けると、見た目が良くなりますよ。
そうです、そう! 上手いです!」
ミュリエルさんの指導を受けながら、私は盛り付けに掛かっていた。
賄いだから普段はここまでやっていないとは思うけど、一時的にとはいえ後輩ができたのだから、良い意味で先輩面をしたかったのかもしれない。
……それと、料理の意気込みを見て欲しかったというのもあるのかな?
「ミュリエル先輩は、最近お料理の勉強はいかがですか?」
「はい、ぼちぼちやらせて頂いています!
そして分かったのですが、私が盛り付けするだけで、不味くなるときがあるんですよ……」
「え? 盛り付けだけで……?」
「これには私も驚きです。手から何か出ているのでしょうか。瘴気とか……」
「いやぁ、それは無いと思いますよ? ほら、手を握っても何もありませんし」
そっとミュリエルさんの手を取って、握りしめてみる。
「あわわ……。アンさん、先輩をからかうものではありません!」
「すいませんでした♪」
そう言いながら手を離して、再び盛り付けに戻る。
「……だから、実は盛り付けもやっていないんです。
知識だけが増えていきます……。でもクラリスさんには、今はそれで良いって言われていて……」
ふむ……。
以前クラリスさんにレアスキルのことを話したとき、『何かしら考えてみる』とは言ってくれていたんだよね。
解決策はすぐに見つかるものでは無いだろうけど、いつか何か見つかると良いなぁ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「アンさん、ミュリエルさん。そちらはどうですか?」
任せられた仕事が終わったころ、マーガレットさんが声を掛けてきた。
どうやら向こうの仕事も終わったようだ。
「ミュリエル先輩のご指導で、無事に完成しました!」
「わぁ、美味しそうですね!」
目を輝かせるのはエミリアさん。
向こうが作っていたお料理も、負けじと美味しそうである。
「ところで皆さんは、いつもどこで食べているんですか?」
「はい、私たちメイドは厨房で食べています。
警備の方とハーマンさんのご一家は、それぞれの部屋で食べていますよ」
「なるほど、いつも運んでいるんですか?」
「いえ、厨房まで取りにきて頂いています。
警備の方は一斉に休憩を取れませんので、順番に……といった形ですね」
「ふむふむ」
「あ、それでなのですが……。
他の方が来たときは、アンさんとエミリーさんは隠れていてくださいね。話がややこしくなってしまうので」
「「えぇー?」」
「さすがに混乱を招くので……。
今回のことは、メイドの中だけで収めさせてください……」
申し訳なさそうに話すマーガレットさん。
最初から無理ばかり言っていたし、ここは素直に従っておこう。
ちょっと残念な気持ちもあるんだけど――
……って、いつの間にか私もずいぶんノリノリになってしまっていたなぁ。
でも久々にする労働は、何だか楽しくてとても気持ちが良かった。
これからもちょこちょこ手伝ってみたいけど……ああ、クラリスさんが許してくれないか。