side wakai(28)
いつものスタジオ、いつものメンバー、そして。
いつもの、ご機嫌ナナメの元貴。
毎度毎度この顔を見ているから分かってはいる。
分かってはいるんだけど。
あからさますぎるというかなんていうか。
元貴は、陰口なんか叩いたりは絶対にしない。言いたいことは必ず本人の目の前で指摘する。
俺だって涼ちゃんだってそんな元貴を尊重して来たし、本音を言い合ってきたからこそ、仕事もプライベートでもうまくやってきた。ことに俺は特に、だ。
元貴との付き合い=俺たちの恋人関係の年数、でもあるだけに、あいつの些細な仕草が鼻についてしまうこともそれなりにあるわけで。
「涼ちゃん、若井、離席してくんない」
いつも通りっちゃいつも通りの、人の心なんか無くしちゃったんじゃないかって思ってしまう虚無顔の元貴に言われるまま、俺と涼ちゃんは別室に移動する。
お互い、自分で起こした楽譜と睨めっこしながら。それでも不意に目が合って。
「今に始まったことじゃないしね」
そう言って笑う涼ちゃんの台詞に大いに同意しかない。
まぁ、抱えてるものが多すぎるからこそ、なんだろうけど。
「大丈夫、またいつもの元貴に戻るし」
元貴を信じてるから、と笑ってみせる俺に、涼ちゃんは少し呆れたような表情を一瞬だけ、ほんの一瞬だけ見せると、さっきのように笑った。
「そうだね、俺たちがちゃんと支えてるってわかっててああなってるからね。でも、若井は大丈夫? 最近、恋人らしいことなんかしてないんじゃないの」
俺と元貴が恋人同士って知ってる涼ちゃんは、元貴がヒスを起こしたらいつも気に留めてくれてる。
「大丈夫だよ。付き合い長いしさ。もう熟年夫婦みたいな感じっていうか」
それこそ、身体の関係とかもさっぱりないまま。元貴自体が忙しくてそんな暇ないって時の方が多い。
それでもたまには。そういう雰囲気になったりすることもある。けれど決まって元貴は性欲処理みたいなセックスをするんだ。
俺のことをオナホか何かと思ってるのかなってふと気になることがある。
俺の気持ちなんてそっちのけで。
さっさと脱がせて、さっさと挿れて、そしてさっさと自分だけイッて、はいおやすみなさい。
え、コレって別に俺いなくても良くない? ダッチワイフとかでも良くね?
寝付けない元貴を起こさないでいるのは俺の優しさだと思う。
「…典型的なクソモラ男だわ」
俺の話を黙って聞いていた涼ちゃんは呆れたようにぽつりと呟く。
「ほんっと、、だよね」
昔はそんなじゃなかったんだけどな。
そう思ってスマホのギャラリーを見つめていると、手が滑って変なところをタップしてしまった。
あの頃、と銘打ったスライドショーが始まって、画面に懐かしい写真が写しだされる。
「懐かしいねー」
隣から覗きこむようにして涼ちゃんがそういう。
今から11年前。
ライブハウスに出させてもらえるようにはなったけど、まだまだ全然お客さんもいなくて。
高校生のお遊びバンドって揶揄されたりしてたあの頃。
お金なんか全くなくって。
学校行って、バイト行って、ギターの練習して。
元貴の実家に集まってああでもないこうでもないって色々話し合って。
そのまま皆んなで晩御飯ご馳走になって。
懐かしい日々が写真と共に駆け巡ってゆく。
「みんな、ほっそいなー」
「若井は今でも充分細いと思うけど」
「涼ちゃんはこの時細すぎじゃん」
「あー、もう戻れないわこの細さっ。何食べても太らなかったのになぁ」
笑いながら、流れていく写真。
元貴とふざけて撮った写真が出てきた。
まだまだ幼さが残る元貴が俺に抱きついてて。
ああ、可愛いなって。
元貴のこんな顔、久々に見たなって思ったら何故か込み上げてくるものがあった。
「若井はずっと元貴を支えてきたんだよね」
涼ちゃんが愛しいものを見るような眼差しで言うもんだから、急に恥ずかしくなってしまった。
「俺、トイレ行ってくるね」
照れてる顔を見られたくなくて。
俺は立ち上がって部屋の扉を開けた。
勿論、スマホは置いたままだった。
「あれ」
扉を開けたはずだったのに。
開けた先はまた部屋だった。
え、嘘、こんなことある?
「ね、涼ちゃ…」
ソファに座ってる背後の涼ちゃんに声をかけて。
「え? あれ?」
背後は廊下。
ん?
さっきまで俺、部屋にいたよね?
なんで廊下なわけ。
涼ちゃんも部屋もない。
扉の先には誰かがいて。
「あ、すいません。もう時間過ぎちゃってました?」
「え、いや、あの」
「次、ここ使いますよね? 片付けしちゃいますね」
目の前ではにかみながらギターを片付けている少年。
ああ、嘘。
嘘みたい。
「元、貴?」
「えっ! お、お兄さんなんで僕の名前知ってるんですか?」
夢だ。
これは夢、きっと夢だ。
だって。
俺の目の前にいたのは、17歳の元貴だったんだ。
side motoki(17)
スタジオで練習していて。気がついたら時間はあっというまに過ぎていく。若井も涼ちゃんもバイトがあるからって帰ってしまって。俺だけ残って練習。
ああ、悔しいなぁ。
おれ達、本気で頑張ってるのに。高校生ってだけでお遊びみたいなもんでしょうってみんな鼻で笑うんだよね。
今に見てろ。
絶対に俺たちを笑った事、後悔させてやるんだからな。
そう思って。さぁもう一度最初から練習だ。
と思ったらドアが開いた。
やばい、次の人がもう来ちゃったんだ。
「すいません、時間すぎちゃってました?」
我ながら、白々しい言い訳だってことはわかってる。
相手の方を見ないようにして、ギターを置いた。
あーあ。
また明日に持ち越しかあ、なんて思いながら片付けはじめていると。
「も、元貴?」
背中から声をかけられて驚いてしまう。
なんでかっていうと。
その声は全くといっていいくらい、若井の声と同じだったから。
驚いて振り向くと、扉の前に立っているのは。
若井、ではない。
もっと、年上の。
大人。
いくつくらいかな。
20代後半かな。
暗めの赤い髪が綺麗。脱色した眉毛もなんか、バンドマンみたい。
若井に似てると言えば似てるけど、あいつの兄さんはこんなんじゃないしそもそも歳が違いすぎる。
「お兄さん、なんで僕の名前知ってるんですか」
名前がわからないから、そう呼ぶと、相手は両手で口を覆った。黒いマニキュアなんてしてるんだ。ビジュアル系、でもないのに。
「あ、ごめんなさい。ちょっと同じ名前の知り合いがいて。君も、元貴って言うんだね」
若井と全く同じ声、同じ喋り方の彼は、俺をまじまじとみながらそう言う。
「同じ名前…」
そんなことあるのかな、って不審に思った。でも嫌な気はしない。とりあえずさっさと片付けて早くここを出なきゃ。そう思って再び背を向ける。
と、彼が隣にやってきた。
俺のギターをなんだかニコニコ笑いながら見つめている。
「お兄さん、ギター弾くの?」
もう二度と顔を合わせることなんてないだろうから。ちょっと興味が湧いた。
若井のギター以外にそんな気持ちが湧くなんてあまりないことなんだけれども。
「うん、ギタリストだもん俺」
にこにこしながら、エフェクターやら、アンプやらを見てる彼がなんか、凄く可愛く見える。
大人相手にそんな気持ちになるなんて初めてかもしれない。
「ね、なんか弾いてみせてくれませんか」
気づいたらそんなことを口走っていた。
「え?」
「あ、いや。時間過ぎてるの申し訳ないんですけど、出来たら」
「いいよっ」
にっこり笑って。
彼にギターを渡すと、嬉しそうにストラップを肩に掛けた。
「あー懐かしいなぁ」
そんな独り言? を吐きながら、彼が指で弦を弾いた。
エフェクターとアンプを通して、スピーカーから聞こえるギターサウンドに俺は驚いた。
「やっば、まじカッケェ…」
なんて言っていいかわからない。
まるで、魔法のようだと思った。
彼の指から聞こえるフレーズが脳髄に刺さってくるんだ。
若井以外に、こんな人がいるなんて。
「これくらいでいいかな」
「あ、はい。お兄さん凄いなぁ」
うちの若井とセッションしてほしいくらいだと俺は思ってしまった。
コメント
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あかーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!!!!!ああああああああこれすきです。続き待ってます。 ゆっくり進む過去の時間が最高にあまあまで……甘とラブばかりでなく、懐かしさ愛おしさなど…………ひぃ…………(語彙力足りん) 若い森の気持ちにもタイムスリップしちゃった岩井の気持ちにも寄り添って読めます、天才ですね。ありがとうございます。
わ‼️こういう過去の相手と邂逅しちゃう展開すっごく好きなので最高すぎます……😭 続き楽しみですっっ🥹✨
結構こういうIf的な話すきかも…… 急にコメントすみません、今までもぼちぼち見させていただいてました🙇♀️