⚠️もっきーの口が今までになく悪いです⚠️
苦手な方はお控えください。全て幻覚です。
口が悪いのは作者です。
穏やかな昼下がり、俺は例の女と都内有名ホテル内部にあるレストランの個室で向かい合って座っていた。
女が予約したイタリアンが美味しいと評判の店は、パパにおねだりしたのか貸切になっていてひどく静かだった。静寂というよりは静謐な空間に、耳に心地よいクラシックが穏やかに流れている。
うーん、ここで暴れていいものか……とはいえ、人目が少ないというのはありがたい限りだ。
最低だと罵られそうなことをやったとしても俺のイメージダウンは最小限に防げるし、やさしい涼ちゃんがこの女に向けた最後の温情を無駄にしないで済む。俺としてはこの女にやさしさの一欠片も渡したくないところなんだけど、まだ若いというより幼いし、更生の余地もあるだろうという首謀者の言葉も無視できない。
「素敵なお店ですね」
「気に入ってもらえましたか? 大森さんのために頑張って探したんです!」
お店は文句なしに素敵だから賞賛を素直に口にすれば、女はぱっと顔を明るくして俺のためだと強調する。頼んでないけどね、と胸中で突っ込みを入れ、ありがとうございますと口先だけでお礼を述べる。
『このお店、元貴好きそうだなって。当たりでしょ?』といたずらが成功した子どもみたいに笑う彼とは似ても似つかないけれど、パッと見の雰囲気は、ばっちりと着飾った彼をどことなく彷彿とさせた。
一週間前の打ち合わせのときは黒色だった豊かな髪を金色に変えた女は、メイクの雰囲気もガラリと変えていた。オンとオフと言われればそうなんだろうけれど、明らかに俺の好みに合わせてきている。金髪が好みだと言った記憶はないけど、そこはまぁ、そういうことなんだろう。
恋愛観をテレビ番組で話したことはあるし、好きなタイプだって言ったことくらいはあるけれど、ここまでピンポイントに寄せてくるとは思わなかった。
寄せることができるということは、今の俺をよく知る人物が手を貸しているということだ。そんなの、一人しかいない。
どこまで苦しめれば気が済むんだよ、と大して似合っていない金髪を掴みたくなるが、それに併せて許し難いのが提供した楽曲のことを何も理解していないことだった。
顔出しをしないアーティストならともかく、容姿も売り物にするアイドルなんだろうに、アイドルをやりたいっていうのもただの気まぐれなのかもしれないと疑ってしまうほどだ。
俺たちも頻繁に髪色を変えるけれど、それは全て、イメージやコンセプトがあってのことだ。
旋律、曲調、楽器、歌詞、そして自分自身。ときには映像効果も含めて、あらゆるもの全てを融合させた末に楽曲は“完成”する。自分自身の容姿さえ利用して、自身に秘めた想いを表出するものだ。
だから、初対面時のイメージに合うような曲を制作した。キャッチーでポップで、甘さの中にちょっとした苦みが滲むような、少女から女性へと変化するもどかしく寂しくでも期待に満ちた感情を歌った。
それをことごとく打ち砕いてくれて、いっそ清々しささえ覚える。
アイドルとしての矜持も何もないらしい。自分自身を売り出す方向性さえ決めていないとは、お粗末にも程がある。
曲を聴いてこれなんだから、ロクに歌えもしないだろう。歌ったところで曲と本人との乖離しすぎているため聴衆が受け入れられない。要するに“響かない”。
ま、心配せずともアレが世に出ることはもうないんだけれど。
「大森さんから誘っていただけるなんて、夢みたいです」
にこにこと語る女に微笑み掛ける。
そのまま夢を見ていられたらよかったのにね、そうしたら他人に依拠することでしか果たされない承認欲求がもう少し満たされたのに、と哀れみと嘲りを込めて。
「何度もお誘いいただいていたのに申し訳なくて……」
「仕方ないですよ、忙しいですもんね」
分かってんなら誘うなよ。
即座に浮かんだ言葉を飲み込むために、繊細なグラスに入った水を口に含み、拗ねたようにこちらを伺う顔に感情も込めずに謝罪する。
俺のしおらしい態度に気を良くしたのか、女は話題を振らなくてもペラペラとどうでもいい話をし始めた。それに適当に相槌を打ちながら、机の隅に置いたスマホの画面を見遣った。
通知はない。もう暫くはこの拷問が続くようだ。
俺の意識が自分に向いていないことを悟ったのか、ムッとしながら女は机の上に身を乗り出した。接近する女から身体を引いて距離を取る。
ちょ、汚いもの近づけないでもらえます?
「……ねぇ、大森さん」
「なんでしょうか」
「私たち、周りから見たらどう見えてるかな?」
女は上目遣いを無理に作って首を傾げた。
あまりにも馬鹿げた質問に返す言葉が咄嗟には浮かばず、どういう意味ですか? とどうにか問い返す。
すると女は恥じらったように頬を赤く染めて押し黙った。
え、なにこれ? めんどくさいにも程がある。
困惑した表情を作ると、なんでもないです、と両手と首ををパタパタと横に振る。そのせいで乱れた髪を耳にかけ、恥ずかしそうに笑った。
既視感のあるその仕種に嫌悪感が募っていく。ほかの人がやったなら自然な動作なのかもしれないが、こいつがやるとどうしたって作り物めいて見える。演じているようにしか見えない。
女が時間を稼ぐために店側に要求したのか、料理は全然運ばれてこない。
仲良く食卓を囲む気もないし、いっそ何も提供されなくてもいいんだけどさぁ。作ってもらったものを無駄にするのも嫌だし。
女は気を取り直して俺の制作した楽曲を、今度は驚くくらい的確に評価し始めた。その言葉の選び方も伝え方も俺の愛しい人そのもので、思わず舌を打ちそうになる。
でも、彼の言葉だと思えば素直に聞き入れられる。俺のことを理解して、俺を想って紡いでくれた言葉たちは、ただうつくしい。
「大森さんが私のために書いてくれたんだ、って思ったら感動して泣いちゃって……」
「光栄です」
だから、女の言葉になった瞬間にどうでも良くなって、定型文で返答する。
そろそろサラダのひとつくらい来ても良くない? それか食後のコーヒー。
そんなどうでもいいことを思っていると、女が急に姿勢を正した。あの手この手で攻めるのはやめたらしい。
……あー、やめて、やだやだ、聞きたくないよ、俺。
俺だって馬鹿じゃない。女が何を言おうとしているかくらい分かる。女が頬を染めて、もじもじと口を開いた。
「……私、大森さんのこと……」
いーやーだー……ヴヴッ
――こういうとき、自分は神に愛されてるんじゃないかと思う。
震えた端末に「完了」という文字が映ったのを見た瞬間に立ち上がった。勢い余って椅子が倒れるが、もうどうでもよかった。
素で驚いたのだろう、女が目を丸くして俺を見上げた。
俺は取り繕って無理に穏やかにしていた表情から笑顔を消す。顔に残したものは侮蔑と嫌悪と憎悪だ。
「はぁぁ……ほんっと、もう無理。同じ空間にいるのも耐えらんない。マジで時間の無駄」
態度が急変した俺に呆気に取られる女に、ただただ軽蔑の眼差しを向ける。
「お、大森さん……?」
「あー、名前呼ばないでくれる? 虫唾が走るから」
前髪を掻き上げて見下ろす。なんの温度も持たない俺の目に、女が息を呑んで身体を震わせた。
そうそう、そうやって黙ってて? 俺の言いたいこと全部言い終わるまで呼吸に専念してて?
「涼ちゃんの劣化版がさぁ……気持ち悪いんだよね。その髪色もメイクも服も仕種も、ほんっと似合ってないよ? そういうのはね、ぜーんぶ藤澤涼架だから可愛んだよ。涼ちゃんがやるから愛おしいの。他の誰がやったって興味もないしどうでもいいし価値もない。俺に好かれたいなら整形するレベルじゃないと意味ないよ? まぁ涼ちゃんと同じ顔になったとしてもあんたに心動くことは万にひとつもないんだけどさ」
早口で捲し立てるのに反して、ゆっくりと歩いて女の目の前に立つ。
椅子の上で身じろいだ女が、バランスを崩して椅子から落ちた。あらま、痛そ。
俺が倒した椅子と女が落ちた音に、訓練された店員が駆け寄ろうとするが、振り返って首を振る。こっちにくるなという思いを込めて微笑むと、意を汲んでくれたらしく足を止めた。
コレと違って優秀だね。
床に落ちた女と視線を合わせるためにしゃがみ込む。
ぱくぱくと口を開閉させ、恐怖から荒くなった吐息がそこから漏れていた。
「俺はね、涼ちゃんのビジュアルに惚れた、ってよく言ってるけど、涼ちゃんがまとうあの空気感を好きになったの。やわらかくて、あたたかくて、やさしくて、俺のことが大好きで俺のために自分を犠牲にしちゃう、そんな藤澤涼架っていう存在に恋に落ちたわけ。あんたらが踏み躙ったやさしさを愛してるわけ。見た目をどれだけ寄せようが、仕種をどれだけ似せようが、代わりになんてならないんだよ。あんたは藤澤涼架じゃないんだから。……いや、比べることさえ烏滸がましいな。あんたごときじゃ涼ちゃんの足元にも及ばない。同じ世界に生きてすらいない。そもそも人の嫌がることを他人の力でやるとかほんとに人間? ミジンコ以下じゃない? 頭ん中に綿でも詰まってんの? 生ゴミの方がまだ使い道あるよねって話だわ」
何を言われているのかもう分かっていないかもしれない。
それでもいい。俺の気が済むまで吐き捨てるだけだ。
俺が話す間、勢いに呑まれたのかずりずりと後退した女の身体は壁に行き着いた。
「涼ちゃんの眉はあと3ミリ眉尻を下げるし、アイラインは2ミリ長くて0.5ミリ上向きだし、リップはその番号のものよりもうひとつ明るいものだし、ブリーチの時間が短すぎたのかなぁ、十五分は長くしないと涼ちゃんみたいな色にはならないよ君の髪質じゃ。あと傷みすぎ。涼ちゃんを見習ってケア頑張んなよ。肌も涼ちゃんの方が百倍綺麗。若いってだけじゃもう間に合わないよ? 今はあんたのせいでちょっと荒れてるけど、一ヶ月くらい甘やかせば戻るかなぁ……。痩せるにしたってあんな痩せ方、ほんと最悪。食べるもの気をつけて一緒に運動しようね、って言ってたのに、余計なことしてくれたよね。まぁ甘やかす口実ができたって思えばいっか」
言い終えて、幾分かスッキリしたからにっこりと微笑んで立ち上がり、びくっと震える女に背を向ける。もう用はない。
ところが相手には用があったようで、数歩歩いたところで女がヒステリックな声で「待ちなさいよ!」と叫んだ。予想通りの反応に笑ってしまう。
そうそう、そうこなくては。潰し甲斐がないだろ?
「あ、あんた、なんなのよ!? ふざけないで! あんたたちなんて、パパに言えばすぐに潰せるんだから!」
「……へぇ?」
威勢よく吠えた割に、俺が足を止めて振り返ると憎悪に歪んでいた顔に怯えが滲んだ。
涼ちゃんの優しさに免じて、少しは穏便に終わってやろうと思ったのになぁ。
禁忌を口にするなんて、ほーんと救いようのない大馬鹿だ。
踵を返して、わざと靴音を響かせながらゆっくりと近づく。壁に背をつけたままの女は、もう逃げ場もないのに本能的に逃げようとしているのか、足や手を蠢かせた。
「な、なによ……ッ、私を誰だと思って……ッ」
「ただのゴミ」
「なっ」
「えーと、俺たちを潰す、だっけ?」
女が何か反論しようと口を開くより早く、机の上にセッティングされていたフォークを手に取る。
「ひっ!」
それをそのまま、なんの躊躇いもなく力任せに女の顔の横に突き立てた。
壁を殴るような音を立て、フォークの先端が木製の壁に食い込んだ。
「やれるもんならやってみろよ」
限界まで見開かれた女の目を睨み付けながら低く囁きかける。
浅い呼吸を繰り返す女を一瞥し、ゆっくりと立ち上がり、俺を見る気力さえ無くした女に平坦な声で告げる。
「俺と会うのも最後にしてね。じゃないと次はゲロ吐きそうだから。まぁ、会う機会ももうないだろうけど」
今度こそ用は済んだと歩き出す。まだ何か飛んでくるかなと期待したけれど、残念ながら何もなかった。
「あ、ひとつ言い忘れてた」
再び足を止めて振り返る。恐怖で青ざめる顔に、やさしく穏やかに笑い掛ける。
「友人は選んだ方がいいよ」
だから俺は、涼ちゃんと若井しか要らないんだよ。
コツコツとお店の入り口に向かって足を進めると、動揺する店員さん達と共にうちのチーフマネージャーがいた。なんというか、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「……流石にやりすぎです」
「一応顔は避けたよ?」
あんなんでもアイドルらしいし、と続けると、こめかみを抑えながらそういうことじゃありません、と溜息を吐いた。
お店に迷惑かけちゃったのは悪いと思うけどさぁ、と口を尖らせると、ふっと笑ったチーフが、でも、と続けた。
「すっっっきりしました。……ありがとうございました」
そして、泣きそうな顔をして笑った。それは一瞬のことだったけれど、罪から解放されたように晴れやかな表情だった。
「あとのことは私と警察に任せて早く行ってください」
どこへ、なんて訊かなくても分かる。
チーフに小さく頷きを返し、無言で見守ってくれていた店員さんたちに頭を下げた。
「今度、改めてお礼とお詫びをさせてください」
フォークを駄目にしたし、壁に穴開けたし……ちょっとやりすぎたとは自分でも思う。
被害届を出されたら素直に受けよう。報道されたとしても甘んじて対応しよう。これは俺に科せられた罰だ。
そう思っていたのに、オーナーと思しき男性は一歩前に進み出て、穏やかに笑った。
「……ぜひ皆様でいらしてください。トマトパスタとプリンをご用意しておきますので。冷麺は生憎と当店には扱いがございませんが」
……ああ、やっぱりこの世界は、まだまだ捨てたものじゃない。ちっちゃな希望は、どこにだって残っている。
泣きそうになって、唇を噛み締める。不器用に笑って、必ず、と頷いて歩き出した。
すれ違うスーツ姿の男性たちは、チーフが言っていた警察関係者だろう。馬鹿娘が貸切にしてくれたおかげで待機も容易かっただろうな……さっきの見られてないよね?
すれ違う人々の中に女の付き人を見つけ、僅かに目を見開く。
付き人の男は俺を見ていたのだろう、視線が交錯する。男の唇が、ありがとうございました、と音もなく動く。
――ああ、そういうことか。
全ての点を結び終えて納得する。でも、これの答え合わせなんて後でいい。
さぁ涼ちゃん、鬼ごっこは終わりにしよう?
続。
長くなりすぎたと反省しています。後悔はしていません。
コメント
18件
大森さん、そのKズ女をぶっ潰してくれてありがとうございます、もうね?涼ちゃんを傷付けてるんですよ?もう、代わりにその女の顔をーーーーしてやりたいですよ 正直「完了」の主が気になりますがね、店員も、付き人もそのKズ女にはウンザリだったんでしょうね笑 主さんの作品初見ですが大好きです(?)
めちゃスカッとしました 大森さんの藤澤さんへの執着というか、なんというか...取り敢えず藤澤さんのことになると何でもするのはよく分かりました笑 愛重って怖え。
私もすっっっきりしました😭🙌✨ 長くて嬉しいですし、口の悪さはこのお話の許容範囲です👍 誰に相談して、何が完了なのか、めちゃくちゃ気になりますが、ひとまず💛ちゃんを甘々に甘やかしてほしいです🫣♥️💛