テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
そんなアキラとの出会いを果たした夜、俺は寮の鍵を開けて中に入った。一人の寮でも一応「ただいま」と挨拶をすると奥の方から聞き慣れた声がした。
「おけぇり。夕飯作ったから手を洗ってきなよ?」
当然のように俺の部屋にいる奏斗はオタマを持ちながら機嫌良く鍋にかき混ぜた。
手を洗って席に着くと俺の前にいそいそとシチューをよそって置いてくれた。ご飯も炊き立てでふかふかしてて美味しそうだ。
「ねぇねぇ、これめっちゃうまく出来たと思わない?やっぱりせらへの気持ちが入ってるからかなぁ。」
「………うん。」
「んふふ、せらも男の子だから好きかと思ってシチューにしたんだよ?」
「…………うん。」
「ねぇ、聞いてる?!」
奏斗が声を荒げたときにようやく呼ばれていたことに気づいて狼狽える。
「あ、なに?奏斗。何か言った?」
「ちょっと今日のせら変だよ、何かあったなら僕に話してみな?僕は何があってもせらの味方だからね」
奏斗の優しい視線を受けても、まだ不快感が拭えなかった。シチューを一口食べる、チーズが濃厚でかつブロッコリーの柔らかが食欲を掻き立てた。
「おいしい。」
「でしょ〜?……って話を逸さないでよ。そんなんで僕の目を誤魔化せると思ったら大間違いだから。」
「…じゃあ聞くけど、セックスってそんなに気持ちいいの?」
無表情のまま奏斗にそういうと間に流れる空気が一瞬にして固まった。
「え…………なんのこと…?」
「四季凪アキラ。」
俺がその名前を出すと奏斗の顔が一瞬歪んだ。
「よく知ってるでしょ、この名前。生徒会の同期だもんね。」
「………あいつが、バラしたの?」
「ん、まぁそんな感じ。じゃないと俺が気づくはずないでしょ?」
嘘をついた。少しでもあいつが嫌われればいいなと思った嘘。しかし伝える相手が奏斗となれば、その嘘も真になるのだ。
「…別に一回勢いでしただけだよ、せらの思い過ごし。」
奏斗は下手くそな演技をしながらまだ残っているシチューが入った器を片付けようと立ち上がる。
「でもセフレになってからもう2年でしょ?」
何で嘘をつくんだろう、自分には悩み事を話せと言う割に彼は隠し事ばかりだ。……腹が立つ。
「ねぇ奏斗、やめなよ。」
俺は立ち上がると彼の近くに行き、そしてその手をぎゅっと握った。
「だって奏斗の一番大事な人は、俺でしょ?遊びでそんなことするんなら、やめてほしい。」
奏斗の手が少し震えたことに気づいた。顔色が悪くて冷や汗をかいていた。その様子を見て少し溜飲が下がった俺は彼に見えないようにこっそりと微笑んだ。
「……幻滅した?」
「本当は真面目でかっこいい奏斗じゃないってことに?」
奏斗は下を俯いて、それから唇を震わせた。
(俺に見捨てられるのが怖いんだよね。)
だからそんなに震えているのだ、俺の唯一の友達である自分が唯一そばに居れる手段なのに、それを手放す主導権はいつだって俺にあるから。
「嫌いになるわけない。」
だから笑った。奏斗が好きだというこの顔で。
「奏斗は俺の唯一の信じられる友達だよ。いつでも俺を守ってくれる人。」
「せら。」
そう言って奏斗を優しく抱きしめる。その温かさに触れながら声のトーンを低くして、言った。
「だから、もうこんなこと二度としないでね。」
「…………。」
「俺からのお願い。奏斗にはずっと俺のそばにいて欲しいから。」
まだ震えているその体を抑えるように、今度はギュッと強く抱きしめるとようやく奏斗の方から抱き返してくれた。
「………うん。」
頷いたことにほっとして体を離す。
「約束だよ。」
ーーー
それから穏やかな日々が1年ほど過ぎた。
自分の家を持ち大人になった奏斗はよく家に俺を招いてくれた、よく家に行くようになった俺を奏斗は嬉しそうに迎え入れる。
不定期な訪問にも関わらず、奏斗からは不審な様子は見られない。
せらせらぁと、俺しか見ない姿にようやくほっとした。
少し前の奏斗は様子がおかしかったから、また誰かに迷惑がかかる前にこうして止めることができて本当に良かった。
「ねぇせら、カメラの写真をスマホに取り込む方法ってどうやってやるの?」
奏斗は机の上にパソコンとカメラを置きながら尋ねた。
「んー、ちょっとそれ貸してみて。」
奏斗の隣に座った俺はスイスイと画面を操作してものの30秒ほどでカメラとパソコンの移動を可能にさせた。
「さっすがせら。普段から操作してるだけあってうまいねぇ。」
「えーそれ褒めてるの?」
呆れながら笑い、写真を選択するためスクロールすると、そこには俺の写真ばかりがずらりと並んでいた。
「………奏斗、これなに?」
「せらフォルダーだよ。現像しちゃおっかなぁって思って。部屋中に貼れるように複数枚コピーのやり方も教えてね。」
「はい、おしまい。」
俺はコードをブチリと抜くと強制的に接続を終わらせた。
むぅと唇を尖らせた奏斗は不貞腐れたように横を向いた。自分だけに見せる甘えているような反応に苦笑しながらその首筋を見る。
奏斗が着ているV字型のシャツからはなにも鬱血痕や噛み跡は見当たらない。LINEもこっそりと共有ログインをして内容を見ているが特に変わったところがない。むしろ奏斗の方から『もう会わないで』というLINEに対してアキラが焦ったように『そんなこと言わないでください』だの『会いたいです』だの『ちゃんと話し合いましょう』だのと格好悪いLINEが送られてきていて思わずほくそ笑んでしまった。
そう全てが俺の思い通りだった。何の疑いの余地もなく全てが完璧に計画通りに進んでいるはずだった。
だからこそ、それを思い返しながら無表情でこう言った。
「奏斗って嘘つきだよね。」
俺が言った言葉に対して、奏斗は不思議そうにこちらに振り返る。微かに香る甘くて、優しい香水の匂い。……紅い影がチラつく匂いだった。
「俺さ、ちゃんと言ったんだけどね。約束だよ、破らないでねって。」
「せらが何のことを話しているかさっぱり分からないんだけど。」
「だってその香水、アキラさんのじゃない。」
冷たくそういう時、奏斗はきょとんとした顔をしてそれから笑った。
「あぁ、この『フロリーダ』の香水?アキラのと似てるけどちょっと違うやつ。」
奏斗はドレッサーの前に置いてある綺麗な瓶を指差しながら言った。
「……というか、アキラに会ってたんだね。せら。」
奏斗は少し目を伏せて、疑うような眼差しで言った。
「話をすり替えないで欲しい、奏斗こそまだアキラさんと会ってるんだね?」
「仕事以外ではもう会ってないよ。そのことを誰よりもせらが知ってるはずでしょ?こんな不定期にやって来ては僕のことを監視してるんだもん。」
至極嬉しそうに鼻歌混じりで言う奏斗はどこからどう見たって俺の知っている奏斗だ。
(だけど、何なんだろう。この違和感。)
奏斗のこの余裕が、平然としている態度がどうしたって疑惑を拭えない。つい感情に乗せるようにこう言った。
「だって、やり取りの手段ならいくらだってあるでしょ?」
「せら……疑うにしたって証拠がないでしょ。らしくないなぁ。」
奏斗はスマホを俺に手渡す。共有しているものの一応LINEを開くと、アキラをブロックしていることを確認する。メール、Twitter、Instagram、別アカウントから何から何まで確認してみるが、それらしい痕跡は見当たらない。もしかしたら別のアカウントを作ったのかと考えてみるが最初にこのアカウントを設定して作ったのは俺だった。それ以外のアカウントも見つからない。
奏斗の方を見るとまるで「ね、問題ないでしょ?」と言わんばかりの顔をしている。
行動にも発言にも問題はないのに、不思議と疑ってしまうのはなぜだろう。
「ねぇ、僕せらがすごく大切なんだ。」
奏斗は流し目でこちらを見ながらそう言った。普段は頭がおかしい人なのに一つ一つの動作が洗練されているのでその横顔がとても綺麗に見える。
「せらに拒絶されたら、生きていけないくらい。」
「…………。」
「だから発言には気をつけてね。僕はせらに拒絶されるくらいなら、その前に離れちゃいたいからさぁ。」
つまり、機嫌を損ねることを言うな、という遠回しの警告だろうか。こんなふうに奏斗ばかり疑って捻くれたことばかり考えてしまうのは自分の性格の悪いから?もっと彼を信じるべきなのだろうか。
「全くそういうところはアキラの方が上手だよ。」
まるで煽るかのように嫌いな相手の名前を出されて、血の底から煮えたぎるような怒りが湧いてきた。そしてその瞬間、この不安の根源を理解した。
「……やっと分かった。違和感の正体。」
「へ。」
椅子から立ち上がろうとした奏斗の腕を掴んで、その唇に唇を重ねた。一瞬だけ時が止まったのを感じたがそれも束の間、すぐに床に尻餅をついて驚きを隠せない奏斗の上に座った。これでは奏斗を押し倒してるみたいだ。
「な、……ん、な、どうし…」
「アキラさんにあって、俺にないものはなんだろうってずっと考えてた。」
押し倒した腕が震える。心臓がドクンドクンと脈打って妙に熱いのに、頭だけは冷静だった。
「でね、俺気づいたんだ。奏斗は俺の言うことを守ってくれるかもしれないけど、今まで培ってきた悪癖ってどうしても抜けないよね?」
4年前からのアキラとの関係。
それは俺が埋めようにも埋められない大人の世界だった。そんな簡単に言葉だけで止められるとは思えないのだ。
だって、心と体は別だから、あのアキラという男にうまいこと乗せられてまたこっそりと関係を持つ可能性だってあるのだ。そしてそれをさせる魅力がアキラにはあった。
可能性、それが杞憂なのだ。
奏斗は言うことを何でも聞く。そうあるべき姿がずっと続いていくために、俺がすることはなんなのだろうか。
それは、アキラという存在で埋められなくなった部分を補うと言うことだ。だってそれが、奏斗にしたことに対する責任だから。
「だから、えっちしよ。奏斗?」
そう言って優しいキスを落とすと、床に倒れたままの奏斗は怯えるように目を瞑った。数秒ほどの接触の後、唇を離して見た奏斗の表情はゾッとするほど無だった。眉も、目も動かさず口だけが、まるで機械のように動いている。
「本当にいいの?」
「何が?」
自分としてしまって本当にいいのかという野暮な質問だろうか。残念ながら止める気などさらさらない。そもそも俺と離れたくないと思っている奏斗に抵抗するという選択肢はないだろうが。
「僕の中の『せら』が、特別じゃなくなっちゃうよ?」
沈黙が間を走った。床に仰向けになってこちらを見る真っ直ぐな青い瞳は偽りなくそう言った。
「えっちしたら他の奴らと、同じくらいになるんだよ?それでも本当にいいの?」
「いいよ。」
奏斗の服に手をかけてボタンを外しながら言った。奏斗はその答えに寂しそうな表情を一瞬浮かべながら「そう。」と言った。
「だって奏斗が俺を嫌いになるわけがないでしょ?」
それは、傲慢にも似た事実だった。
あまりにも自信過剰が過ぎるその発言に奏斗は諦めたように笑いながらこう言った。
「……そうだね、どうしたって僕がせらのこと嫌いになれるはずがないか。」
小さなため息をつくと奏斗は最後に息を吸い込み、体から完全に力を抜いた。
「好きにしなよ、結局僕はせらに何されても幸せになれるんだから。」
服を脱がして、ズボンのチャックを下ろした。
ーーー
俺は何時間も奏斗の望む場所を重点的に攻めるように腰を動かした。すると奏斗は余裕のない声を上げながら体を震わせる。
「あっ……んっ、そこっ……もっと、もっとぉ…♡」
「ここ?」
そう言って奥を突くように腰を動かすと奏斗は甘い声を上げた。そして俺の首に手を回すと耳元で囁いた。
「ふふっ上手。いい子だねぇ。」
奏斗はそう言うと褒めるように頭を撫でた。そしてそのまま頰に口付けると、俺の頰を両手で掴みながら言った。
「せら、もっと気持ちよくなっていいよ。」
その声と表情にゾクゾクとした快感を感じ腰を動かすスピードを上げると奏斗が甘い声を上げる。
「……んっ……あ、あっ……ふぁ、好きぃ…んぁっ…♡」
「……ここ?気持ちいい?」
「んっ……いいよぉ、気持ちぃ。」
奏斗の甘い吐息に興奮していく。そして奏斗の性器に手を触れると腰を動かすスピードに合わせて上下にしごいていく。
「あん、せら、ぁっ…だめっ……イっちゃう♡」
「うん、……いいよ。俺もイきそう。」
「っ……んっ、せらっ……好きぃ。」
奏斗はそう言うと俺にキスをした。そして舌を絡ませるとそのまま同時に果てた。
はぁはぁと肩で息をしながら奏斗の中から自分の性器を抜くとコンドームを外した。そしてそれをゴミ箱に捨てる
「せら…気持ちよかった?」
全くバテてなくそれどころかどこか余裕気の奏斗は、俺が頷くと満足そうに笑った。
「…僕も気持ちよかったよ」
奏斗はそう言うと俺の頭を撫でる。そしてそのまま自分の胸に抱き寄せた。
「いい子だね…せらは本当にいい子。」
まるで子供をあやすように優しく頭を撫でてくる。
「……子供扱いしないでよ。」
「あはっ……ごめんねぇ、せら。」
俺は口を膨らましてそっぽを向いた。そりゃあ自分はその手のことに関しては素人でやったこともないけれどあまりにも想像していたセックスと違いすぎて恥ずかしくなる。何か奏斗に一泡吹かせる方法を考えて一つの考えが頭を過ぎる。
「分かってると思うけど、俺童貞だからさ。」
何年も一緒にいた為、奏斗がどういうことで喜ぶのか、誰よりも理解しているつもりでいた。新しいゴムを手に取って自身の性器につける。
「奏斗にはじめて、取られたんだよ?」
そして彼の体に猫のように四つん這いで近づいて彼の秘部へもう一度手を伸ばす。
「せ、せらふ、さん?」
奏斗は驚いたように俺を見上げると、ニコリと笑った。その笑みは恐ろしく綺麗でゾクリと感じていると、気づけば性器が奏斗の中に入っていた。先ほどの行為で柔らかくなったそこは簡単にそれを受け入れていく。
先ほどとは違う角度から入るそれに奏斗を見下ろしながら、あざとくこう言った。
「……初めて奪った責任取ってね?」
男らしさと幼さが残る顔でそう言われ、しかも自分が最愛の子の童貞という人生で一回しかないものを取ってしまったと考えてからか、俺の 性器が中に入った瞬間に奏斗が鼻血を出す。思わず動きが止まる。
「っあ……ご、ごめっ…ひ、あっ、可愛い、可愛すぎて、つい…、!!」
ーーー
てっきり「もー奏斗ったら」とか言いながら鼻血をティッシュで拭ってくれるかと思っていたがせらは表情を変えないまま舌で僕の鼻血を舐めた。
「本当、俺のこと好きだね。」
そう妖艶にクスリと笑うとせらは僕の腰を掴んで動き出した。
「あっ……せ、ぁっ……まって…!♡」
「待たない。」
鼻血が止まらないまま、先ほどとは違い、激しく動くせらのそれに翻弄されるように甘い声を上げる。そしてせらの腰が奥に当たるたびに中をギュッと締めつけた。
「んっ……あ、あっ、気持ちぃ……。」
「さっき覚えたよ、ここでしょ?」
せらはそう言って同じところを重点的に攻めるように腰を動かした。意思とは関係なくビクビクと体を震わせる。学習能力が高いせらはいつか僕がぐったりするほど成長するだろう。まだ稚拙さが残るが、時折僕を翻弄させる動きをするせらにたまらなくなり抱きつくと甘い声で鳴いた。
ーーー
俺はあの白い肌で黒髪の美しい男を思い出す。
(もう、あなたはいらない。)
だって奏斗はこんなにも俺で満たされてくれるのだからアキラという体がなくても奏斗は俺がいることで幸せになれるのだ。
それからは毎週のように奏斗の家に来ては強制的に奏斗と熱を分け合った。その時はいつも奏斗は困ったような蕩けたような笑みで俺を見つめてくる。
「ねぇ、一緒に住もうよ。」
そんな日々が数週間経った後に、先手を打つようにこんなことを言ってみると奏斗は大きく狼狽えた。
「ねぇ、いいでしょ?」
奏斗はグッと喉を詰まらせた。そして視線を色んな方向に向けて考え込んだ後、俯いて俺にこう聞いた。
「せらはさぁ……好きな子とかいないの?」
それは俺が求めていた答えではなかったので、目を細めて奏斗を見下ろす。
「どうして?」
「だってせらモテるでしょ?こんなにかっこいいし、綺麗だし、僕の自慢だから彼女の1人や2人いてもおかしくないなぁって。」
「………。」
「僕と暮らしててもさぁ、子供が生まれるとか、家族ができるとか幸せな結婚とかそういう生産性はないし。まぁ、もちろん僕的にはせらがいれば生活の質は最高なんだけど……そうじゃなくって、せらは、そうじゃないでしょ?」
奏斗がしどろもどろと言った言葉は……そう、例えるならば行き過ぎた愛のように思っている自分を諌めるような声色だった。
「せらは、僕のこと。そういう風じゃ、なかったじゃん。」
「そういう風って?」
「僕と過ごしたいとか…世話焼かれたいとか、そういうんじゃないでしょ。それをどこか煩わしく思うタイプでしょ?」
奏斗もそれには気づいているようだし俺も否定しない。今までの自分だったらきっと奏斗と暮らすことなんて耐えきれなくなっていた。適切な距離で適切な関係を築く方が楽だったしストレスなく過ごせたはずだ。それでも一緒にいたいと思う理由はきっと……
「俺、奏斗のことが好きなんだと思う。」
そんな、どこか他人事の言葉は自分でもよく分かっていない証拠だった。
俺は奏斗に弟のように可愛がられたいわけでも世話を焼かれたいわけでもなかった。行き過ぎた過干渉は正直面倒くさいけれどそれが自分だけに向けられているならばまぁ別に仕方ないかと思っていたのだ。
再び、何が不満なんだろうと考える。
考えて考えて、ようやく導き出された答えは奏斗が自分以外の他の誰かを特別にすることだということに気づいた。
「一緒に暮らそうよ。目が覚めたら俺がいて、夜寝る時も隣で寝るの。素敵じゃない?」
奏斗はどこか困惑している表情をしていたがきっと断らないことは知っていた。だって彼が俺の申し出を断るなんてあり得ないから。
奏斗は目を細め考えるように俯いた。
けれどその数秒後、諦めたような笑顔でこう言った。
「……わかった、いいよ。一緒に暮らそう。」
奏斗は今、もしかするとあの黒髪の紫の瞳の彼を思っているのかもしれない。だって奏斗は抱かれている時、別の誰かを求めている様な気がしてならないから。彼に会わないように告げてから奏斗が上の空なのを一番感じているのは俺なのだから。
あくまでも自分に対して向けられているのは恋ではないと、そう気づいてしまうのが嫌で、俺は自分の全てを使って外堀から埋めていくことにしたのだ。
ゆっくりでいい。いつか自分だけを見てくれるように戻していけばそれだけで十分だ。
けれど今、どうしても聞きたくて俺は奏斗にこうたずねた。
「ねぇ、奏斗は俺のこと好き?」
無性に彼の口から聞きたかった。
その言葉を聞いた奏斗は、少し目を大きくして、それからいつも通り俺に見せる特別な笑顔でこう言った。
「好きだよ。愛してる。」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!