テラーノベル
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「おはよう。」
朝起きると、寒いはずのリビングはポカポカと温かくて、両側に二人の姿はもうなかった。
「おはよ〜。」
ぼんやりした頭で目をこすっていると、後ろから涼ちゃんの明るい声が聞こえる。
振り返ると、写真を飾っている棚の前で何かしている様子で、気になったぼくは、布団から抜け出し、そっと近づいていく。
「…写真?」
覗き込むと、涼ちゃんが写真を写真立てに入れているところだった。
「うん。ずっと飾ろうって思ってたのに、ちょうどいい写真立てが見付からなくてさ〜。でも、昨日、いい感じの写真立てを見付けたから…」
そう言いながら、写真をセットし終えた涼ちゃんは、カタッと小さな音を立てて写真立てを棚の上に置いた。
「あ、学祭の時の。」
今の今まで、すっかり忘れていた。
グリーンの縁の写真立ての中に収まっていたのは、学園祭のときに三人で撮ってもらった一枚だった。
涼ちゃんが、ふっと目を細めて言う。
「みんな、いい顔してるよねぇ。」
「本当だね。みんな楽しそう。」
思わずこぼれた自分の声に、少しだけ胸の奥があたたかくなる。
あの日の笑い声や、陽の光、焼きそばの匂いまで、ふわっと蘇ってくる気がした。
ちなみに、ぼく達が朝からなんでこんなのんびりしているかと言うと…
「あ、元貴おはよ。今日から冬休みだからって寝すぎ。」
そう、今日から待ちに待った冬休みだからだ。
やはり、イブより激戦だったバイトを終えて、今年最後の講義では、先生から『冬休みだからってダラけんなよー。』と言う言葉を掛けられ、見事、初日からダラけているぼくは、さっそく冬休みを満喫していた。
「ふふっ、若井もさっき起きたとこじゃない。」
ぼくに『寝すぎ』だと言った若井に、涼ちゃんが笑いながらツッコミを入れた。
「なにそれ、若井も人の事言えないじゃんっ。」
「ちょ、涼ちゃんー、それは秘密にしといてよー。」
「あははっ、ごめんごめん。」
冬休みに入ってもぼく達は相変わらずで、朝から笑いが耐える事はなかった。
・・・
「今日、何するー?」
時刻は10時。
ぼくが寝坊したせいで(若井も)、朝ご飯を食べるタイミングを見失ったぼく達は、とりあえずスープが入ったマグカップを片手にリビングに集まっていた。
「うーん……何もしないっていう最高の贅沢。」
なんて、ぼくは怠け者の見本みたいなことを言う。
「ふふっ、それもアリだねぇ。」
涼ちゃんは笑いながらそう言うと、マグカップに口をつけた。
何も決めていない、何もしなくていい一日。
冬の光がカーテン越しに差し込む部屋の中で、
そんな時間が、ぼくにはちょっと特別に思えた。
「ねぇ、そういえば、二人ともお正月とか実家に帰るの〜?」
チビチビとスープを飲みながら、特に興味もないテレビ番組を見ていると、涼ちゃんがコトリとマグカップをテーブルに置き、ぼくと若井に目を向けた。
「おれんちは、家に誰も居ないから帰んないよ。 」
「え?なんで誰も居ないの?」
「親から、旅行に行くって連絡来てた。」
「そうなんだ〜。元貴は?」
「一日くらいは顔見せに帰ろうかなー、とは思ってるけど、同じ都内だし、朝行って夜には帰って来ようかなって。涼ちゃんはー?」
「僕は帰らないよ。勉強もしなきゃだし、二人が居るならここに居た方が楽しいし。」
「確かに。」
「間違いないねっ。」
そう言って笑い合ったあと、しばらくはテレビの音だけが部屋に流れていた。
カチャ、カチャとスプーンの音。
マグカップの湯気がゆらゆら揺れて、 カーテンの隙間からこぼれる朝の光に、ぼくは目を細める。
年末年始って、実家に帰るものだと思ってた。
でも今は、三人でここにいることが、 なにより自然で、心地よく思えてしまう。
「じゃあ、年越しも三人一緒ってことだね。」
若井が笑いながらそう言って、マグカップを持ち上げた。
そんな若井を見て、ぼくと涼ちゃんも、それぞれのマグカップを持ち上げる。
「そゆこと。」
「だね。」
カチン、と三つのカップが小さく音を立てた。
まるで乾杯みたいなその音が、
もうすぐやってくる新しい年を、
少しだけ楽しみにさせてくれるような気がした。
・・・
この日のぼく達は、見事にだらけきっていて、
お昼ご飯すら『作るの面倒くさいね』という話になり、結局、各々カップラーメンを持ち寄って、ケトルでお湯を沸かしたらそれで終了。
食後もそのままソファーに沈み込んでいたら、誰かがぼそっと『ゲームしない?』と呟いたのをきっかけに、午後は気付けば外が真っ暗になるまで、延々ゲームに没頭していた。
勝った負けたで一喜一憂して、ちょっと本気になってムキになったり、どうでもいいことで爆笑したり。
気付けば時計の針はとっくに夕方を過ぎていて、いつの間にか部屋の中も薄暗くなっていた。
「…ねぇ、晩ご飯どうする〜?」
ゲームの合間にふと涼ちゃんが伸びをしながらそう言って、
『…またカップ麺でいい?』と若井が半分冗談みたいに返すと、
『いやさすがに飽きるでしょー』と、ぼくは笑いながらコントローラーのボタンを連打した。
そんな、ゆるくて、なんでもない一日。
だけどきっと、あとになって思い出すと、
『あの冬休み、めっちゃのんびりしてたよね』って、
三人で笑える気がしてた。
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