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次の日、榊を迎えにいつものマンション前にハイヤーを停めて、わざわざ車の外で待った。昨日の礼を、直接言うために――。
「橋本さん、おはようございます!」
「おはよ。昨日はありがとな」
微笑みながら駆け寄ってきた榊に、橋本は右手をあげて挨拶しつつ、お礼の言葉をしっかり告げた。
「もしかしてクリスマスプレゼントは、そのネクタイピンだったんですか?」
目ざとく気づいた榊の視線に、ちょっとだけ照れてしまう。
「まぁな……。雅輝がこれを渡すタイミングを、なかなか掴めなかったところに気づいてもらえて、すげぇ助かったって言ってた」
「その石の色、橋本さんの愛車の青色と同じなんですね。宮本さんって、いいセンスしてる」
ニヤニヤして、自分をおちょくる榊から逃げるように、さっさと運転席に腰を下ろした。
「その言葉、アイツに伝えておくな」
橋本を追いかけるように、後部座席に乗り込んだ榊に言うと、「ついでにお幸せにという言葉も、付け加えてください」なんて、わざわざオマケまでつける始末。
「了解! きちんと伝えるよ」
言いながらシートベルトをしっかり締めて、ギアをドライブにいれる。ウインカーを点灯後、車がいないかしっかり確認してから、アクセルを柔らかく踏み込み出発した。
「橋本さんってば、てっきり指輪を貰ってると思いました」
「俺もな―、あのビロードのケースを見た時点でそう思ったんだが、その前にちょっとした事件があってさ」
「事件?」
「ソムリエ野郎が、雅輝をナンパしてきた」
「それって、大事件じゃないですか!!」
ちょうど信号が赤になる手前で、榊が大声をあげたので、橋本は驚きながらブレーキを踏んだ。いつものような振動を感じさせないブレーキングができず、上半身が前のめりになるものだった。
「橋本さん、よく喧嘩になりませんでしたね。俺ならブチ切れてますよ」
「ブレーキ、驚かせて済まない。喧嘩になる前に呆れちまってさ」
後ろを振り返りながら告げると、気難しい顔をした榊が首を傾げながら、橋本の視線を受けつつ口を開く。
「恋人が目の前でナンパされてるっていうのに、呆れる意味がさっぱりわかりません」
「だってよソイツ、雅輝のヤツがネコだと思って、誘いをかけたんだぞ」
「あ~……宮本さんのあの雰囲気だと、そうとられても仕方ないと思いますけど。でもそこはきちんと、牽制したんですよね?」
話が長くなりそうだったので、さっさと前を向いて、信号がいつ変わってもいいように、ハンドルを握りしめた。
「牽制っていうか、正しい事実を伝えてやった。コイツはタチだって。そしたらすげぇ驚いた顔してた。いやはや、滑稽だったなぁ」
忍び笑いする橋本に、榊は深いため息をついた。
「恭介なんだよ、その態度。俺は間違ったことしてないぞ」
「そうなんですけど年上の恋人として、もっと宮本さんを守ってあげるような言葉が、橋本さんにはなかったのかなぁって」
「俺が守る以前に、雅輝が恋人らしく堂々と対処してくれたから、俺の出番はなかったというわけ」
「いやそこは橋本さんが、ビシッと言ってやるところだと思いますよ」
やり取りしてる最中に、信号が青に変わった。額に手を当てて、うんうん唸る榊をルームミラーで確認後、アクセルをゆっくり踏み込む。
「俺さ、嬉しかったんだ。何かあっても、今まではオロオロしていたアイツが、「陽さんとは兄弟以上の関係ですので、お引き取りください」なんて、きっぱり断ってくれたのが、すげぇ進歩だなぁって」
「兄弟?」
「ソムリエ野郎が言ったんだ、ご兄弟かと思ったんだと。全然似てねぇのにな」
通い慣れた道すがら、昨日の出来事をアレコレ語る橋本に、車窓を横目で見ながら榊は穏やかな笑みを浮かべた。
「あのさ、恭介……」
「はい?」
「おまえがつけてる結婚指輪って、ふたりで選んだものなのか?」
ふたたび話題が指輪のこととなり、榊は目を見開きながら前を見据えた。
「実はサプライズで、和臣が用意したものなんです。もしかして橋本さん、指輪の購入を考えているんですか?」
「なんつーか、自然な流れで買うことが決まってさ。近いうちに雅輝と見に行く約束をしたんだが、宝飾品関係はとんと疎くてな」
「橋本さんが宮本さんと結婚。お似合いのカップルだなぁと思っていたのが、ついこの間なのに、ずいぶんと早い展開ですね」
意味深に瞳を細めた榊の視線が、ルームミラーからビシバシ刺さってきたが、華麗にスルーしながら返事をする。
「早くしないと若い雅輝が、誰かに目移りするかもしれないだろ。とっとと、首輪をつけておこうと思ってさ」
「宮本さんが、目移りするわけないですって。あんなに橋本さんにぞっこんなのに!」
「あんなにって、なんだよ……」
軽快な会話に比例して、赤信号に当たることなく、ハイヤーは順調に進んだ。右ウインカーを点灯して右折したら、目と鼻の先に榊の勤める証券会社が見える。
残り時間が僅かだからこそ、榊がたたみかけるような早口で言った。
「ちなみに俺は、そこまで宝飾品には詳しくないのですが、橋本さんがプレゼントされたそれは、とってもセンスのいいものだというのがわかります。なので、宮本さんにお任せしたらいいんじゃないですか?」
橋本がスムーズにハンドルを切り、会社前にハイヤーを停車させたら、優しく肩を叩かれた。
「恭介?」
「橋本さんが宮本さんをしっかり愛していたら、なんの心配もいらないですよ。想った分だけ、相手もしっかり想い返してくれるものですから。それじゃあいってきます!」
勢いよくハイヤーから降りた榊の背中に、橋本は慌てて声をかけた。
「アドバイスありがとな、頑張れよ!」
のちに、このアドバイスが痛いほど胸に染みることが、橋本と宮本に起ころうとは、夢にも思わなかったのである。
※タイトルはまだ決まってないけど、指輪を買いに行く話を連載しようと思います。
とりあえず決まってるのは、学生時代に橋本と肉体関係のあった人物が登場し、ふたりの仲を揺るがすという感じなのですが、いや本当にどこまで突っ込もうかと(ナニを!?)
お楽しみに!