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指輪を一緒に買いに行く約束をしたが、互いに忙しい身ゆえ、そろって休日をとることがなかなかできなかった。
それでも仕事をなんとか調整して、隙間時間を見計らい、ネクタイピンをオーダーした店に向かう。
(――やれやれ。時間に遅れがちな雅輝より、俺が先に着くことは想定していたが、中に入って、待っていてもいいものだろうか)
男ひとりでジュエリーショップの前に、待ちぼうけすることを考えたら、あまりにもシュールな絵面だったので、思いきって店の中に入ってみた。
「いらっしゃいませ!」
入店したと同時にかけられた声に、橋本は若干ビビりつつ、反射的に愛想笑いを浮かべる。奥から顔を覗かせた男性の店員の視線が、痛いくらいに突き刺さった。
「すみません、連れと待ち合わせしているのですが、まだみたいで……」
橋本が重たい口を開いたというのに、男性店員は難しい表情で黙ったまま、じーっと見つめ続ける。
「あのぅ?」
あまりに凝視するので、恐るおそる声をかけたら。
「橋本だったのか……」
男性店員からのいきなりの名指しに、驚きを隠せなかった。
「なん、えっ⁉︎」
「ひでぇな、僕のこと忘れたのかよ。芸能界に入れって背中を押してくれた、張本人のくせに〜」
「芸能界? ちょっ、まさか野木沢?」
芸能界のひとことで、高校の頃のことをあっさり思い出し、男性店員の名字を告げてみら、満面の笑みで肩を竦める。
「しょうがないか。モテる橋本の、お相手の一人だっただろうし」
「そんなことないって。野木沢は今は、どうしてるんだ?」
いやらしさ満載の、過去の話題の矛先を変えるべく、現在の話に無理やりすり変えた。橋本の愛想笑いが、引きつり笑いに変化する。
「高校を卒業してから、5年ほど芸能活動していたけど、あんまりうまくいかなくてさ。もともと興味のあったジュエリーデザインの勉強をしながら、こうして店を構えたっていうわけ」
「もしかして、このネクタイピンーー」
言いながら橋本がそれを、胸元から引っ張り出したら、野木沢がカラカラ大笑いした。
「宮本様がネクタイピンを贈る相手のことを、詳細に語ってくれた相手が、まさに橋本像って感じだったのは、間違いなかったんだな」
「橋本像って、なんだよそれ……」
「誰よりも男気あふれていて、頼りになる頑固者で優しい男って」
大笑いされながら告げられた内容が微妙すぎて、橋本の眉間に皺が寄った。それに反比例して、野木沢の口角がぐんと上がる。
してやったりなその態度に、橋本は苛立ちを隠せなかった。
「それ、アイツが言ったのか?」
「お客様のプライベートな話だからな。言えないよ」
「野木沢っ!」
眉間に皺を寄せて怒る橋本を見て、野木沢は肩を揺すりながら、クスクス笑う。
「橋本の気の短さは、相変わらずなんだなぁ。そういう子どもっぽいところに、宮本様は惹かれたのか」
「なんだよ、子どもっぽいって」
「はいはい、訂正。見た目とのギャップに、やられたんだろうね」
「優柔不断のくせして、口だけは達者なんだよな。まったく……」
つんと顔を逸らした橋本のネクタイに、野木沢は手を伸ばした。
「自分でデザインしたものだけど、想像以上に似合ってる」
「そうか?」
顔を逸らしたまま視線だけで前を向くと、満足げに微笑んだ顔が目に映った。
「スターサファイアの煌めきと、橋本の雰囲気がマッチしていて、互いの良さを相乗効果してる感じ」
「そうなんだ。アイツがおまえに、なにを言ったか知らねぇけど、サンキューな」
告げられた言葉に照れた橋本は、ふたたび視線を逸らした。
「宮本様とは、付き合いは長いのか?」
いきなりプライベートなことを訊ねた野木沢の態度が気になって、ゆっくり顔を戻す。
自分よりも、少しだけ背の低い彼を見下ろしながら、橋本はちょっとだけ微笑んだ。宮本に告白されたのが、つい最近のような気がしたのに、他人に改めて訊ねられて、一緒に過ごした過去が脳裏に、鮮やかな映像としてよみがえる。
「いや、そろそろ1年ってところ」
「そうなんだ、へえ……」
「倦怠期っぽいもん、俺から感じてる?」
付き合った期間を告げた途端に、野木沢の顔色が曇ったので、思わず訊ねてしまった。
「まさか! 橋本の雰囲気から、仲の良さしか感じてない。羨ましいなって」
「そういう言葉が出てくるということは、野木沢は独り身か」
「残念ながら正解だよ。忘れられない恋をしたせいで」
忘れられない恋というワードで、榊への恋心を思い出した。友人がそんな恋をして、未だに独り身でいることがかわいそうになり、腰に手を当てながらレクチャーしてしまう。