気が付いたらもう外は暗くなっていた。
芥川にホットココアを渡し、其れを飲み終わったら寝てて善いぞ、と云うと、否、未だ起きてます、とのことなので、俺は書かなければいけない書類に取り掛かることにした。
芥川は物珍しいのか、部屋を行ったり来たりして動き回っている。貧民街での生活の影響か、足音を殆ど立てずに移動している為、気が散ることはない。
俺の部屋の物に興味を示している芥川がちらりと見えて頬が緩んだ。
今俺が書いているのは、芥川の個人情報である。ポートマフィアに入っている人間は皆、此れを書かなくてはならない。
勿論其れ等は機密情報なので厳重に保管されている。個人情報含めたマフィアの機密情報が閲覧出来るのは限られた人間────、詳しくはあまり判らないが、最低でも幹部クラス以上の人間のみであろう。
作業をしていると、急に芥川が話し掛けてきた。
「中也さん、此れは何を書いているのですか?」
「此れかァ?芥川の情報だよ」
「僕の情報、ですか?」
「嗚呼。身長、体重、名前、その他諸々………、新しく入った奴は全員書かなきゃいけねェんだ。勿論俺のやつもあるぞ」
「そうなのですか」
「一応間違えが無いか、確認して呉れねェか?」
そう云うと、芥川は少し間を置いて云った。
「お恥ずかしながら、僕は、字が読めないのです」
と。
字が読めない可能性を失念していた。芥川は小難しい言葉遣いをする為、字が読めると思い込んでいたのである。
何時かは芥川にも書類仕事をしなければいけない日が来る。首領に与えて貰った此の一年で字も教えねェとな、なんて。自分が芥川に何かを与えられることに嬉しくなる。
「俺が空いた時間で教えてやるよ」
そう云うと、ありがとうございます、と云った。其の時見えた芥川の顔は少しだけ緩んでいた。
今の時点で埋められる所は凡て埋め終え、腰を反らすとバキバキ、と鳴った。如何やら随分と凝っていたらしい。時計に目を遣るともう直ぐで夜の0時を回るところだった。
芥川は俺の部屋を見ている内に疲れてソファーで座っていた。首が時折カクンと揺れて今にも眠ってしまいそうだ。暖房が入っている為寒くはないだろうが、風呂に入り終わった後なので風邪を引きやしないか心配である。
そろそろ寝るか、と芥川を寝室に運ぶ為、そっと芥川の後頭部と膝の裏に手を掛けると、芥川の目がゆるゆると此方を向いた。
ちゅうやさん、?と何時もより舌っ足らずに俺の名前を呼ぶ。其の声が幼くて、可愛らしくて。少し笑った後に、眠そうだなァ、先に寝室に行って寝てても善かったのによ、と返すと、予想外の返事が返ってきた。
「…だって、ちゅうやさんといっしょに、ねたかったから…………。おやすみなさい、ちゅうや、さん……」
そう云って芥川は眠りの世界に落ちていった。
────ちゅうやさんといっしょに、ねたかったから…………。
如何しても頬が緩んでしまう。我ながら単純だとは思う。思うのだが。
嗚呼、こういうところが好きだなあ、なんて思うのだ。