——静かだった。
いや、静かすぎた。
教室のざわめきの中で、
私・柚葉(ゆずは)だけが透明人間みたいに扱われている。
誰も私に話しかけない。
誰も私の方を見ない。
私が落とした消しゴムは、誰にも気づかれない。
…いや、違う。
気づいていても、誰も拾わないのだ。
「ねぇ見て、美咲。あれ……押したら転ぶんじゃない?」
「やめなよ〜、ウケるけど。柚葉ちゃん、反応薄くてつまんないんだもん」
その声だけは、はっきり聞こえる。
私の椅子の後ろから、
足で軽く脚を蹴られる感触。
私は何も言わず、ただ前を見る。
言い返す勇気なんてない。
そもそも、言い返す言葉も知らない。
——ずっとこうだった。
小さくて、地味で、
自分の意見も言えなくて。
誰かが笑えば、つられて笑うだけの存在。
「柚葉、今日も髪ボサボサじゃん」
「ねー、手入れくらいしなよ」
いつも通りの、何気ないようで残酷な言葉に、
胸の奥が少しだけ軋む。
でも、私は笑う。
笑ってごまかす。
否定すれば、もっと面倒なことになる。
泣けば、それが“ネタ”になる。
私はこの教室の中で、
**「弱くていじめられても仕方ない子」**という役を、
勝手に押しつけられている。
ーーでも、その日は違った。
放課後。
机の中から、私のノートが破られた状態で落ちてきた。
真ん中から、ビリッと破かれた紙。
ページ全体に油性ペンで書かれた
**「キモい」「いても意味ない」**の文字。
ふっと、視界がにじむ。
『もう限界だよ』
心のどこかで、そんな声がした。
私はノートを抱きしめて家まで走った。
息が切れて、涙がこぼれて、
何度も足がもつれそうになりながら。
家に着き、玄関で座り込む。
誰にも言えない。
言ったら心配させるから。
迷惑をかけるから。
でも、胸が苦しくて、息がうまく吸えない。
その夜、
鏡の前に立った私は、
見慣れた“弱い顔”を見つめる。
「……なんで、私だけ」
言葉が震えた。
そこにいるのは、
頼りなくて、泣き続ける、情けない私。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
でも、鏡は容赦なく映す。
そのときだった。
——カチッ。
心のどこかで何かが外れる音がした。
涙が止まり、代わりに静かな熱が胸に広がる。
「……変わりたい」
「じゃなきゃ、きっと私、壊れる」
初めて出た“自分のための言葉”。
その日を境に、
静かだった私の世界がゆっくりと動き出す。
そして、あの冷たい教室に“復讐”を返す日も、
もう遠くなかった。
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