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僕 と心野さんは今、浴衣姿でお茶を飲んでくつろいでいる。畳の藺草の香りを心地よく感じながら。
一体どこにいるのかって? 今、僕達がいるのそこは熱海の旅館だ。
音有さんが僕に手渡してくれたチケットは、この旅館の宿泊チケットだったのだ。
高校生同士の場合、親の承諾書が必要なのでちょっと一悶着あったけれど、なんとか無事に許可をもらえて泊まることができた。
「はあー。落ち着きますねえ」
「そうだね。音有さんには、今度しっかりとお礼をしなきゃね」
あの夜の後、心野さんはバッサリと前髪を切ったことで髪型が不格好になってしまった。なので美容院に行ったそうだ。髪を切るのも美容院に行くのも数年振りだったらしく、えらく緊張したらしい。
だから今、僕の目の前に座る心野さんは前髪パッツンのボブカットになっている。うん、ほんとパッツンさんみたい。
「あ、あのですね、但木くん。ここ、貸し切りの露天風呂があるみたいですよ?」
「そうなんだ。まあ、僕達には関係ないけどね」
「……そうですよね」
その間は何? しかも何故かシュンとしてるし。高校生同士で、しかもまだ付き合って数日しか経っていない僕達が一緒に入れるわけがないじゃないか。
でも、もしかして心野さん、貸し切りの露天風呂に僕と入りたいと思ってる? まあ、さすがにそれはないか。
という僕の考えは甘かった。
それからも心野さんは事あるごとに「貸し切り露天風呂があるいたいですよ?」と言ってきた。合計すると、十四回も。
そして豪華な夕食を堪能した後、まさにそれについての会話をすることに。
「ね、ねえ但木くん。その……貸し切り露天風呂が」
はい、これで十五回目。
「……あの、心野さん? どうしてそこまでして僕に勧めてくるの?」
「い、いえ、その……せっかくですし。それに、但木くんの裸……いいえ、なんでもありません……」
今、僕の『裸』って言わなかった? いや、あの夜を境に心野さんは積極的になったわけだけれど、なんというか……。
「というわけで、貸し切り露天風呂があるみたいですよ?」
じゅ、十五回目ですか……。というわけでの意味もよく分からないし。
まあ、積極的になったのは良いことだ。でも、今回に限ってはベクトルが違う方向に向いてると思うんですけど。
そういえば、心野さんってムッツリスケベなんだった。うん、言い切ることができる。心野さんは今、絶対にエロいことを考えているのだと。
「このムッツリスケベさんが……」
「だ、だから違いますって! 何回言えば分かるんですか! 私はムッツリスケベなんかじゃないですから!」
「じゃあ一緒に入るのはなしで。それでいよね?」
「う……そ、それとこれとは別の話でして……」
別の話と言われてもなあ。というか、なんか怖いんですけど。心野さん、僕に一体これから何をしようとしてるんだろう……。
「で、ですね。貸し切り露天風呂が……」
「分かった! 分かったから! 入る! 入ります! だけど、これだけは守って。絶対にバスタオルをしっかりと巻くこと! いいね!?」
「も、もちろんです!」
すごくハッキリと答えてくれたけど、なんだろう。嫌な予感というか、何というか。積極的になったからこそ、何かしてくるんじゃないかと思えて仕方がない。
もう、不安だらけだよ!
* * *
「あ、あのー、但木くん? な、何か喋ってください。気まずくて……」
「いや、それは同じくなんだけど……」
結局、その貸し切り露天風呂に一緒に入ることになり、今まさに入浴中。だけど僕は心野さんの目を見ることもできないし、景色を堪能する心の余裕もない。
どうしてこうなった……。
「ねえ心野さん? もう出ない?」
「……い、いいえ、もう少しだけ」
「というか心野さん。さっきから僕の裸をガン見してるのは何故?」
「み、見てませんよ! 一切見てません!」
とか言いながら、目が泳ぎまくってるし。ここまでバレバレの嘘をついてくるとは……。後でちゃんと音有さんに報告しておこう。うん、報連相は大事。
ちなみに、これはとても嬉しいこと。
あの夜の件があった次の日、心野さんは教室で音有さんに自分から話しかけに行ったのである。当然、全クラスメイトが一気にざわめいたのは言うまでもない。バッサリと前髪を切って顔が露わになったことで、その可愛さに対する驚きも含めて。
これから心野さんはどんどん変わっていく。克服していく。
そう、僕は確信した。
で、早速だけど、変わってほしいことがある。今すぐに。
「このムッツリスケベめ」
「ムッツリじゃないって何度言ったら分かるんですか!!」
さすがにカチンときたのか、心野さんは勢いよく立ち上がった。
「ちょっ! 心野さん! 落ち着いて! 立ち上がらないで! って、あ!!」
「あ……」
勢い良く立ち上がったせいで、心野さんが巻いていたバスタオルがはらりと落ちてしまった。つまりは全裸。つまりはスッポンポン。
さすがに慌てた心野さんは両手で胸を隠し、ドボンと再び湯船に浸かった。そして、心野さん以上に慌てた僕は素早く後ろを向いた。
「……但木くん、見ました?」
「見てない見てない! もうなーんにも見てないから!」
嘘です。見ました。見てしまいました。全部見てしまいました。しかも内心、喜んでいる自分もいるし。
まあ、とにかく僕の嫌な予感は的中したわけだ。
「あ、あの、但木くん……」
「なにさ、ムッツリスケベさん?」
「わた、私の裸を見たんだから、た、但木くんも見せてくださいよ」
「心野さん! な、何言ってるの!? 嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ! ぜーったいに嫌だ! 見せるわけがないでしょ!?」
「じゃ、じゃあ私、どうしたらいいんですか!!」
「なんで逆ギレしてるのさ!」
もう……だから嫌だったんだよ!
お願いします、心野さん。
そのムッツリスケベなところ、早く変わってください!
『エピローグ』
END