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鷹槻れん

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#極道
鷹槻れん

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月詠 涼
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俺と芽生の結婚披露宴の日取りが決まった。四月の第一日曜日――大安だ。
……それは、芽生と俺が初めて会った日でもある。
ちょうど葛西のオヤジから母親が死んだと聞かされた頃だった。
生みの親が死んで悲しいとかそういう思いは全然なくて、むしろやっと自由になれたと思ったのを覚えている。
昔世話になった『陽だまり』への寄付を思い付いたのも、そういうきっかけがあったからだ。
長谷川に頼んで、長谷川建設からの寄付という名目で金を何度か送った頃、比田先生から脅迫まがいの連絡が入った。
顔を出さなけりゃ、支援者名簿に俺の名を出すとかバカなことを言ってきた先生に、そんなことをすれば極道と繋がりのある施設だと思われちまうだろ! と、長谷川のボディーガードという名目で渋々顔を出すようになった初回がその日だったのだ。
初めて会ったとき、芽生はまだ十歳くらいの、端々に幼さを残した少女だった。
表舞台は長谷川に任せ、園庭の片隅で苛立ちまぎれに煙草をふかしていた俺に、恐れた様子もなく「何してるの?」と話しかけてきたのが芽生だったのだ。
キョトンと小首をかしげる様が非力な小動物そのもので、こんな無防備に俺みたいな輩へ声を掛けてきて、この先無事に生き残っていけるんだろうか? と心配になったもんだ。
ちょうどその日、その時たまたま出先で生花店のオープニング記念に、と渡されたチューリップの花を持っていた俺は、それをじっと見つめてくるそのちっこいのに、ホント何の気なし。
「やる」
そのまま持っていてもどうせ捨てるだけだしな……と、ぶっきらぼうに差し出した。気を遣って持っていたわけじゃない。ギュッと握っていたせいで、すでに萎れかけてお世辞にも綺麗と言える状態じゃなかった花なのに、その子は一瞬驚いた顔をしてから、ぱぁっと瞳を輝かせた。
軽い自己紹介のあと、「私ね、赤ん坊のときからずっと陽だまり育ちだったの」とあっけらかんと己の生い立ちを話してくれた少女は、「だから私、お花をもらったの、これが初めて! 凄く嬉しい!」と微笑んだ。
その笑顔がまぶしくて、俺は「そんなんで良けりゃ、今度からお前だけにこっそりプレゼントしてやるよ」と約束してしまっていた。
柄にもなくそんなことをしてしまったのは、恐らくは葛西のオヤジの娘――俺がずっと面倒を見てきたお嬢の琴音と、目の前の少女が被って見えたっていうのもあるんだろう。
オヤジに箱入り娘として大事に育てられているお嬢と、目の前の少女。少しの違いでこんなに生い立ちが変わるというのが、自分の幼少期とも重なって見えたのだ。
指切りをさせられて、何となく気恥ずかしくなった俺は、〝神田芽生〟と名乗った少女のことを、〝子ヤギ〟と呼ぶことにした。代わりのように、芽生からは〝京ちゃん〟なんて今まで呼ばれたこともないような名前で呼ばれる羽目になっちまったんだが。
それもこれも、今となっては懐かしい思い出だ。
わざわざ口にしたことはないが、その日のことを俺はずっと忘れられずにいた。だから「四月頃に芽生との挙式を」と田畑のじいさんに言われた時、「どうせやるんなら俺はこの日がいいです」と提案したのだ。
「四月三日に式挙げんぞ?」と宣言した俺に、芽生は何も言わなかったけれど、俺の真意に気付いていた気がする。
それは、田畑のじいさんにしても同様に思えた。俺が四月三日を指定した時、妙に含みのある顔でニヤリとしやがったからな。
案外、俺が最初に『陽だまり』を訪ねた日付まで調べていて、全部分かっていたのかもしれねぇ。
下へ就いてアレコレ学べば学ぶほど、彼は相当なタヌキ爺だと俺は確信させられていた。
それはそれとして、今更だが俺がじいさんから任されようとしている会社は、日本でも屈指の大企業――さかえグループだ。さかえグループは本社を東京に置かず、地元に腰を据え、地元経済を支えてきた会社でもある。
その後継者候補の結婚ともなれば、こっそり身内だけでの挙式……というわけにはいかないのは俺だってある程度仕方がないとは思っていた。
だが――。
その結婚相手が現社長であり、さかえグループの創設者でもある田畑栄蔵の一人息子が遺した、血を分けた孫娘とあっちゃぁ、地元メディアが黙っていてくれるはずがなかったのだ。
俺は芽生の血統を少し侮り過ぎていたらしい。
地元の地方紙の経済面に、見出し付きで記事になっていて、正直かなり気恥ずかしい思いをさせられた。どうか、かつての仲間たちに見られていませんように、と希っちまったのは致し方ないことだろう。
俺はそこでふと、葛西了道の元へ盃わけを願い出た日のことを思い出した。
娘を助けた謝礼に葛西組へ入れてくれとは我ながらよく言ったもんだ。
まぁ、仕方ねぇよな。あの頃の俺には、それ以外に選択肢なんてなかったんだから。
母親から逃げるため、そして了道から受けた恩義に報いるため――足を踏み入れた世界へ背を向けられる道なんて、どこにも残されてなかった。
あの頃、俺はそのことを〝自ら選んだ道〟だと信じて疑わなかったが、今振り返ってみれば、ただ、追い詰められた先にひとつだけ残されていた道を歩いただけに過ぎなかったと分かる。
けど――芽生とともに生きていく、と決めた時の決意は違う。
あれは紛れもなく、俺自身が自分自身の意思で、葛西のオヤジの意向に歯向かってでも〝選びたい〟と思った道だ。
***
「京ちゃん!」
純白のウエディングドレスに身を包んだ芽生が、俺の名を呼んでにっこり笑う。
こんな綺麗な花嫁を、俺は今まで一度も見たことがないし、これからも二度とないはずだ。
「京介」
今、周りに人はいない。
何度訂正してもガキの頃の呼び名をなかなか改められない芽生に、俺はコイツのことをいつの間にか〝子ヤギ〟と呼べなくなっていることに気が付いた。
女として見てはいけないという気持ちの表れのように〝子ヤギ〟と呼んで子ども扱いしていた少女はもういない。
芽生の手には、ピンクのチューリップのブーケが握られていた。本数は九本。
そこでふと、先日掛かってきた懐かしい男――『雄相会』会長・千崎雄二からの電話を思い出す。
『ブーケは九本がお勧めだ』
それだけ言って、すぐに切れた。
(――千崎のやつ、記事で見やがったのか)
そうでなきゃ、わざわざあんな不可解な電話はしてこないだろう。
あいつらにだけは見られたくないと思っていたのに、クソッ! と舌打ちしながらも、何となく口元が綻んだ。
意味は分かっている。俺だって調べたからな。九本は「永遠に一緒に」を表す本数だ。
不器用な千崎らしい、恐らくは最後のアドバイスだった。
芽生にそのことを告げると、何も聞かずに「分かった」と頷いてくれた。芽生も、昔馴染みからのアドバイスだと分かっていたんだろう。
視線を巡らせれば、式場を彩る花々の中に、数え切れないほどのピンクのチューリップが紛れ込んでいる。
一本一本数えるのは手間だが、俺は知っている。あれは全部で九十九本だ。――それは「永遠の愛」を表す本数らしい。
そういうことが書いてあるサイトで調べたの、と芽生がにっこり微笑んだ。
『ブーケが九本なら……会場には九十九本しのばせよう?』
そう言った時の、タヌキ爺によく似た悪戯っぽい芽生の笑みを、俺は忘れない。
……芽生にピンク色のチューリップ一輪がモチーフになった指輪を渡した際、ショップ店員が芽生に告げたから、その花言葉に〝誠実な愛〟があることは芽生も先刻承知だ。だが、俺がこっちの方がしっくりくると思った、〝愛の芽生え〟って意味の方も、もしかしたら芽生はお見通しなんじゃないだろうか。
俺がずっと贈り続けてきたピンクのチューリップ一本には、「愛の芽生え」と「誠実な愛」という意味があった。
それが九本になれば「永遠に一緒に」となる。
そして芽生が提案した九十九本になったとき、その意味は「永遠の愛」へと変化するのだ。
俺が言えずに託していた諸々の気恥ずかしい想いを、芽生はちゃんと受け止め、自分の願いもそこへ付け足すように重ねてくれた。
――柄にもなく似合わないことをしているという自覚はあるのに、何故か胸の奥はじんわりと熱くなる。
言葉にしなくても、ただ一人の大切な女と気持ちを分かち合えたことが嬉しかった。
***
裏社会に生きてきた俺が、今こうして大勢の人たちの前で、明るい日の光の下、永遠の愛の誓いを立てている。
それは誰に強いられたわけでもない。
――俺が選んだ道だ。
芽生と共に歩く未来を、俺が自らの意思で選んだんだ。
式の終わり、司会者の声が響いた。
「それではここで、ご新婦様からのブーケトスです!」
芽生が俺の方を見て幸せそうに微笑んだ。
九本のピンクのチューリップを抱え直し、俺の耳元へ唇を寄せて囁く。
「幸せのお裾分けをしてくるね!」
芽生が会場のみんなに「いきまーす!」と声をかけてくるりと皆へ背を向ける。
「せーの!」
愛らしい掛け声とともに、芽生が抱えていた小さな花束が弧を描くようにゆっくりと宙を舞った。
ピンクの花弁が光を浴びてきらめき、参列者の間に歓声が広がる。
ブーケは放物線を描いて、ふわりと誰かの腕に収まった。
――花束が宙を舞った瞬間、俺は参列者の中に百合香の顔を見つけたが、舞い降りた花束を誰が受け取ったのかはあえて見ないでおいた。
ブーケトスの余韻にざわめく会場からふっと視線を逸らした俺は、俺の隣で幸せそうに微笑む芽生の手をギュッと握り締める。
そうしてこちらを向いた芽生の顔を見下ろして、俺は彼女の顔だけを視界へ収めた。
俺が選んだ未来は、芽生と歩き、誰かの幸せにも繋がっていく世界になる――。
END(2024/10/14〜2025/09/06)
※次回から結婚式裏話と車を手配する話を掲載します。(組カノにはもっとたくさん短編があるのですが、とりあえず別連載中の『それぞれの幸せ』に関連しているお話と、『組カノ』本編に出てきた車のことだけ)
ほかのお話が読みたい方、いらっしゃいましたらエブリスタにお越しいただくか、こちらにコメントを頂けたら転載しようと思います<(_ _)>
鷹槻れん
コメント
2件
最高のラストー!!! 京ちゃん、めいちゃんよかったねー!!
鷹槻れんさん、最終話までお疲れ様でした……! ピンクのチューリップの花言葉を重ねた演出、めちゃくちゃ胸に来ました。京ちゃんが「俺が選んだ道だ」って言い切るラスト、彼の人生の決着としてすごく綺麗だった。 九本と九十九本で想いを重ねる芽生の悪戯っぽい笑顔も、千崎からの最後のアドバイスも、全部がじんわり沁みました。素敵な物語をありがとうございます🌙