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しめさば
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――シルヴェスター……。
私がかつて、クレントスで目にした英雄。
消息不明が囁かれる中、人魚の住む世界を訪れていた人物だ。
そのシルヴェスターが――
「『螺旋の迷宮』から戻ってきた……?
まさか、半年もダンジョンの中にいた……?」
人間、飲み食いをしなければ死んでしまう。
『螺旋の迷宮』は海に沈んだダンジョンだから、水の方は何かしらの対策が出来たのかもしれない。
しかし食糧は――いや、高レベルのアイテムボックスがあれば、どうにでもなるか。
「ふむ、半年か……。
それほどの時間があれば、恐らくは辿り着いたんじゃろうな」
「え? それってどういう……?」
意味深なグリゼルダの言葉に、私はつい聞き返してしまった。
「ダンジョンにはな、人間を魅了するアイテムや財宝もあるが――
……その最たるものは、最下層にあるものなんじゃよ」
「最下層? そこには何が……?」
「いや、アイナは辿り着いたことがあるじゃろ?」
「……あ」
かつて私は『螺旋の迷宮』と同じ、深淵クラスのダンジョンの最下層を訪れたことがある。
……『疫病の迷宮』。
私はそこでリリーと出会い、それからずっと行動を共にしているのだ。
「特に例外が無ければ、最下層にはそのダンジョンの『意識体』が存在する。
霊体のような触れられない場合もあるし、リリーのように触れられる場合もある」
「シルヴェスターの目的は、それだったと?」
「さぁて、のう……。
しかし人間の短い寿命の中で、半年はそんなに軽いものでは無かろう?
ゆえに、冒険者が気軽にダンジョンに挑む程度の理由ではあるまいて」
「あの……アイナさん?
そちらの女性、ずいぶんとダンジョンのことに詳しそうだけど――」
話の合間に、マイラさんが私に話し掛けてきた。
彼女の知らないダンジョンの知識が語られたため、緊急時とはいえ、その正体が気になったのだろう。
「そうだ、紹介するね。
このひとが、この前話したグリゼルダだよ」
「――っ!! この方が、光竜王様っ!?」
「うむ? ああ、あまり恐縮せんで良いからな」
グリゼルダはマイラさんに軽く言い付けた。
しかしマイラさんはグリゼルダに向かい、頭を深く下げ続ける。
「そんな、恐れ多くございます……っ!」
「だから、そういうのは要らないんじゃよ。
アイナなどを見てみぃ。妾に軽口を叩いてくるほどじゃぞ?」
「えぇー……。それはグリゼルダの、日頃の行いのせいですよ……」
普通に話していると、ツッコミせざるを得ない場面が多々あるのだ。
そこら辺が積み重なって、『軽口を叩く』と評されても仕方が無いとは思うんだけど。
「まぁそんなことは良いわ。
それでマイラとやら、お主が見聞きしたことを教えてくれんかのう」
「はい、かしこまりました……!」
マイラさんは引き続き頭を下げながら、グリゼルダに向かって静かに語り始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それは恐らく、数時間前の話。
今日は早朝から、向こうの世界では海が荒れていたらしい。
普段は平穏な時間を過ごしている彼らだが、さすがの異変に、人魚の全員が集まっていたとのこと。
そんな折、海に空いた大きな穴――私たちも見た『螺旋の迷宮』に繋がる大穴から、突然人影が飛び出てきたのだという。
「――あの大穴から出てきたって……? シルヴェスターって、もしかして空を飛べるの!?」
「ううん。自由に浮いているというよりは、強い力で跳躍したって感じかしら……。
そのあとは剣を横に薙ぎ払って、その衝撃波? で、陸の方に着地してきたわ」
「あ、あの距離を……?
そんなの、ルークもびっくりの行動だね……」
「……アイナ様。何でそこで私が出てくるのですか……」
思わぬ自分の登場に、ルークが私に聞いてきた。
「いや。ルークも割と、何でもありな人だから」
「さすがにあんな穴を、跳躍して出るのは無理ですよ……」
困ったように言うルークではあったが、逆に、宙を横に移動してくるのはできるのだろうか。
……ほら? やっぱり割と、何でもありだよね?
「っと、本題に戻ろっか。
それで、シルヴェスターが来て……どうしたの?」
「アイツが言うには、最下層まで行ったのに目的のものは無かったんだって……。
だから、私たちにそのことを聞いてきたの」
「ふむ? ダンジョンの『意識体』とは会えなかったのかのう」
「いえ、グリゼルダ様。
アイツの目的は、それではないと。だから。殺したって言っていました」
「なんじゃと!?」
マイラさんの言葉に、グリゼルダは口調を荒げた。
ダンジョンで最も価値のあるものは、そのダンジョンの『意識体』。
しかしそれが目的ではなく、しかも殺してしまったということは――
「……え? え? それって、え?
ダンジョン……『螺旋の迷宮』が死んじゃった、ってことですか?」
「うむ……。
短期的な影響としては、このあたりの海流も直に平穏になるじゃろう。
……何せ、荒い海流を作っていたダンジョンが消えてしまうのだからな」
なるほど、それだけを見れば結果オーライではあるけど……。
あ、いや。冒険者を呼ぶためにダンジョンを使いたかったんだけど――いやいや、そんなことを言っている場合じゃないぞ。
「ダンジョンの『意識体』って、つまりリリーみたいな感じなんですよね?
何て酷いことを!!」
リリーのこともあり、私はついつい感情的になってしまう。
私は『疫病の迷宮』の最下層で、思い掛けない嬉しい再会を果たしたけど――
……でも『螺旋の迷宮』は突然、思い掛けない死を与えられたんだよね……。
「他には、何か言っておったかの?」
「はい。改めて情報を得るために、伝承に詳しい者を求められました。
でも半年前、長老たちはすでに亡くなっているんです。……アイツが、自分で殺したっていうのに」
グリゼルダに話しているにも関わらず、マイラさんはどんどん感情的になっていった。
半年程度の時間では、あの惨事は忘れることなんてできない。そして、許す理由だって当然無いのだ。
「……ところでそやつ、身体に何か妙なオーラを纏っていなかったかの? 例えば水色の……」
「水色の……オーラ、ですか? いえ、特には」
「ふむ、それは不幸中の幸いか」
「どういうことです?」
私の言葉に、グリゼルダは間を少し空けてから答えてくれた。
「神の加護を受けて創られたものはな、その存在が世界を流転していくんじゃよ。
例えば、妾も転生したじゃろう? アイナたちが来ないままであったら、妾はあのまま死んでおったんじゃが――」
「……え。そ、そうだったんですか?」
「まぁそれならそれで良かろうとは思っておったがの。
ちなみに死んでおったら、妾の代わりの存在がどこかで生まれておったはずじゃ。
何の力も記憶も受け継がない、生まれたての光竜王がのう」
「はぁ……」
世界に1つだけの存在。
ユニークスキルに少し似ているけど、ユニークスキルは世界に『1つ以下』なんだよね。
同じものを2人が持つことはあり得ないが、だからといって、必ずしも1人が持っているということもない。
逆に『神の加護を受けて創られたもの』は、何かしらの形で世界に必ず1つだけ存在する――ということだ。
「話を戻すとな、ダンジョンの存在も世界を流転するんじゃ。
完全に破壊されれば世界のどこかでまた生まれるじゃろうが、そうでは無い場合が厄介でな」
「……というと?」
「ダンジョンを攻略した場合、攻略者とダンジョンの合意があって力が受け継がれる、『継承』や『加護』というものがあるんじゃ。
あるいは合意無しで力を受け継ぐ、『吸収』や『強奪』といったものもある。
こういった力の移動が発生すると、攻略者は特殊なオーラを纏うようになるんじゃよ」
「へぇ……。
というと、シルヴェスターはダンジョンの力を手にしていない……っていうことですね」
「うむ。参考までに、もしもアイナがリリーの力を得たら、黒いオーラを放つようになるぞ」
「えぇっ!?」
「疫病も、自由自在に放てるじゃろうな!」
「そんなのより、私はずっとリリーと一緒にいたいですからね!?」
「ふふふ、分かっておるわ。
だから妾も、お主とリリーのことは安心して見ていられるんじゃよ」
「そ、それは何よりで……」
微笑むグリゼルダの前で、私がそう言った瞬間――
ズン……ッ!!
ズン……ッ!!
――どこからともなく、重い揺れのようなものが響いた。
先ほども感じた、空間干渉と呼ばれる揺れ――
……しかも、その回数は多くなっている。
「やはり……人魚たちの空間と、こちらの空間が統合されておるな」
「統合が、始まる……?」
「いや、これは最終段階じゃ。ところどころでは、すでに統合は終わっているはず。
ほれ。その人魚の娘がここにいるのが証拠じゃて」
「私、ですか……!?
そうですね、気が付いたときには、見覚えの無い――この場所で、光竜王様やアイナさんに会っていましたし……」
「ママ! あそこっ!!」
「え?」
突然、リリーの声がした。
彼女の指差す方向を見てみれば、少し離れたところにぼやけた人影がひとつ見える。
それは地面に立つ人間が、中途半端にこの世界に存在しているような……何とも言えない姿だった。
「恐らくあれが、シルヴェスターという者じゃろう。
空間の統合が終われば、こちらのことにも気付くじゃろうな。……いや、もう気付いておるか」
「はい、そうですね……。
……みんな、戦闘準備。職人さんたちは、ここからすぐに逃げてください」
私の言葉に、仲間たちは構えを取り、職人さんは一目散に逃げだした。
英雄シルヴェスターとの久し振りの対面。……いや、実際に会うのは今回が初めてか。
話す余地があるかは分からないけど、私たちの邪魔はさせない。
もしも邪魔をするのであれば、そのときは――