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#ワンナイトラブ
篠原愛紀
何の後ろ盾も、身分もなかったはずの娘。
その彼女に、口止め料と称して、ランディリックが自身の養女としての身分を与えたことはセレノも知っている。
あの時は、自身の身の潔白を証明できず悔しかったが、それと同時に、自分のためにライオール卿がそこまでしてくれたことに感謝の念すら覚えた。
だが、あれさえもこうなることを見越しての布石だったように思えてしまう。
侯爵令嬢ならば、王家に嫁ぐのに、身分的な障壁もない――。
(やられた……)
そう思うセレノの心を知ってか知らずか、ランディリックが淡々と続ける。
「彼女はイスグランの色を強く受け継いだ外見をしています。貴方の隣に立てば、我が国との和平の象徴として、きっとリリアンナ以上に意味を持つ存在になるでしょう」
「……リリアンナ嬢ではダメだというのか?」
「ええ。わたくしの妻になる未来がなかったとしても……あの子は貴国の色を纏いすぎています」
ランディリックは迷いなく頷いた。
「それでは、イスグランとの架け橋としては弱い。――アレクト殿下にも、そうお話をして、納得いただきました」
根回しは済んでいるのだという宣言も兼ねた、静かな断定だった。
「それに」
ランディリックは、ゆっくりとセレノを見据える。
「殿下が隠しておられる黒髪に赤い瞳――。貴方のその色は、本来恥じるべきものではないとも、わたくしは思うのです」
セレノの目が、わずかに揺れた。
「イスグランとマーロケリー。両国の歴史がかつてはひとつだったことを現す証の色でございます。――むしろ、これからの時代を示すに相応しい色と言ってもいい」
「……僕の苦労も知らないで、随分と勝手なことを言ってくれるね」
「それはそうでしょう。――ですが、殿下もいつまでも国民を偽っていてはいけないとお気づきのはずです」
ランディリックは淡々と言う。
自国では、黒髪をマーロケリー国の象徴である色――赤毛に染め、偽りの姿で国民の前に立っていることを、やめるときがきたのではないか? と目の前の男は示唆していた。
「殿下は、生まれながらに持ったその色を、むしろ誇りに思っていい」
その瞬間。
セレノは理解した。
感情。
責任。
政治。
すべてを使って、ランディリックは自分を包囲している。
リリアンナは失った。
だが、ダフネを拒絶すれば、和平の道をも狭めることになる。
それに――。
仮にもセレノによって花を散らされたということになっている女性を見捨てることは、男としてしてはならないことに思えた。
(僕は、――王族だ)
個人の感情だけで動くことは許されない。
長い沈黙が落ちた。
目の前の銀髪の男はそれ以上は何も言ってこなかった。
セレノは、静かに視線を伏せる――。
「……少し、考えさせてもらってもいいかな」
明確な肯定ではない。
だが、否定でもなかった。
ランディリックはそれ以上追い詰めてはこなかった。
「もちろん、殿下の一生を左右することになる問題です。存分にお考え下さい。ですが――その選択肢の中にリリーが入ることだけはないということだけは、心に留めておいていただきたい」
穏やかな微笑み。
その余裕が、今はひどく遠く感じられた。
――主導権は、完全に奪われた。
セレノは静かに拳を握る。
敗北ではない。
まだ終わっていない。
それでも。
(……リリアンナ嬢は、彼に奪われた)
そのことだけは、まぎれもない事実だった。
コメント
1件
わー、ランディリック、策士だ。 なんかセレノ殿下が気の毒とも思っちゃう。 だってダフネを押し付けられるんでしょう?😭