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環奈と結ばれ深い仲にはなったものの、俺らはまだ、恋仲になった訳じゃなかった。
あれから環奈が喜多見に『別れたい』と電話で話したものの、アイツは『そんなつもりはない』の一点張りで聞く耳を持たない。
未だ環奈があの男の女という事が酷くもどかしい。
けど、そんなのあくまでもアイツが言ってるだけの事。
環奈の心はもう、俺にあるんだから。
しかし、それ以外にもまだ、問題は山積みだった。
「ねぇ芹、どうして最近アフター行ってくれないの?」
いつも通り接客をしていると、真美が頬を膨らませながら迫ってくる。
「だって真美は、アフター=ホテルだろ? この前話したと思うけど、俺もう、今後客とは寝ないって決めたんだ」
「どうしていきなりそんな事言うの? 私は他の客とは違って特別って言ってくれたのに!」
「……悪いな、それが嫌なら俺の事はもう指名してくれなくていいよ。誰が何と言おうと考えを曲げる気はねぇから」
「……本命が出来たって、事?」
「――そう取ってもらっても構わねぇよ。ここはホストだ。ここに居る間は尽くすよ。けど、店から出たら俺は、別の人間なんだよ。ごめんな」
「…………」
「今日は別の奴、席に付けようか?」
「やだぁ! 私は芹がいいの! 芹じゃなきゃ嫌なの! 分かった、それならアフターは普通に食事に行こ? それなら行ってくれるんでしょ?」
「そうだな、ホテルには絶対行かないって言うなら、アフターは良いよ」
「約束するから! 私、お店以外でも芹と一緒に居たいの!」
これまで寝て来た大抵の客は俺の意思を尊重して、今後一切身体の関係は持たない事を受け入れてくれたのものの、真美だけはなかなか納得してくれなかった。
一番の太客だから特別扱いしていたのがいけなかったと分かってはいるが、正直面倒臭い。
けど、店にいる間は『芹』として振る舞い、客に夢を見せないとならない。
それが俺の仕事だから。
一方の環奈はというと、未だキャバ嬢を続けていた。
俺としては辞めて欲しかったが、お金も無いし、せっかく慣れて来たからもう少し続けてみたいという彼女たっての希望で働いている。
まあ本人が楽しんでいるなら仕方が無いと、明石さんには厳しく監視を頼み、絶対に危険が無いようにしてもらっているから、まだ安心だった。
暫くは穏やかな日常を過ごしていた俺たちだったけど、ある日を境にそれは一変する事になる。
その日は珍しく開店と同時に客たちがやって来る。
「ちょっと! これ、どういうこと?」
「キャバ嬢に惚れ込んでるとか、本当なの!?」
「信じられない! 私だけって言ってくれてたのに!」
「はあ? アンタ何様よ? 彼は私の事が好きなのよ!」
「馬鹿じゃないの? あんたみたいなババアに本気な訳ないでしょ?」
「何ですって!?」
「お、お客様! 少し落ち着いてください!」
突然押し掛けた客が何やら口々に言うと、今度は客同士が喧嘩を始める始末。
これには黒服たちも驚き、数人で止めに入ったようだ。
「何だ? どうした?」
「今日は客入り早くねぇか?」
入り口が騒がしい事で俺と礼さんが姿を現すと、
「芹! ちょっと、これどういう事!?」
「説明してよ!!」
真美をはじめ、俺の指名客たちが黒服を押し退けて詰め寄って来た。
「な、何だよ?」
いきなりの事で何だかよく分からない俺に真美が一枚の紙を押し付けてくる。
それを手にして見てみると、そこには俺と環奈の事が書かれた書き込みの一部が載っていた。
恐らく、ネットで見付けたものをプリントアウトして来たのだろう。
「何よ、この環奈ってキャバ嬢! 芹、この女に惚れ込んだから私と寝るの止めたのね? 信じられない、こんな田舎臭い女!」
「芹、キャバ嬢なんて止めた方がいいわ! 金目当てよ」
「私、今まで以上に芹に尽すわ! だから、目を覚まして」
「ちょっと、アンタは黙っててよ」
「はあ? アンタこそ黙りなさいよ!」
女たちは次々に自分の言い分を口にしては、ライバルたちを罵り合う。
この光景を見て、心底醜いと思ってしまう。
(何なんだよ、何でこんな書き込みが……)
そこで、俺は気付く。これは恐らく喜多見の仕業では無いかと。
「礼さん、悪いけど俺、今日は帰るわ」
「ああ、そうだな。これじゃ営業にならねぇし、後はこっちで何とかする。この分だと恐らく、HEAVENの方にも皺寄せが行ってるかもしれねぇから頼む」
「分かった」
小声で礼さんと話を付けた俺が裏に引き返そうとすると、
「芹! 待ってよ! お金ならいくらでも出すわ! だから、私だけを見てよ!」
真美がそう叫ぶ。
そんな彼女の言葉に俺は足を止め、冷めた瞳を向けて女たちに言い放った。
「あのな、俺はホストだぜ? 初めから客の誰にも本気になんてなってねぇんだよ。それに俺は、そこに書かれてる通り、『芹』じゃなくて、『万里』だ。俺は万里として、環奈に惚れてんだ。他人にとやかく言われる筋合いねぇんだよ」と。