「無光ーーーーっ!!会いたかったよーー」
「そうか」
「ちょっ、冷たいよ!そんなんだから慚愧様にあんなに帰ってこいって言われてんだよ」
「知らない。そもそも外に出ろと言ったのはお父様の方だ」
仇桜慚愧。無光の父親にして、エデンホールの長、王様である。
無光は、さも怪異達はみな慚愧を「お父様」と呼ぶかのように説明したが、実際のところは息吹が言った通り「慚愧様」と呼ぶのが正解である。
ここまで見ればわかる通り、無光は怪異討伐部隊に本当の情報を少しも渡していない。
記憶喪失なのは認める。でも、記憶喪失のせいにして話していない情報がいくつもある。
実際のところはこうだ。
生まれたころからニンゲンにとても近かった無光は、慚愧に言われて怪異討伐部隊に潜入することにした。要は、スパイ行為をする。
スパイは無光だけじゃないけれど、次期王様を敵の本拠地に潜入させるなんて酷いことをしてくれる。しかし、この旅にはもう一つ目的がある。それは、彼がニンゲンに近づくため。
ニンゲンの暮らしや生活、喋り方等を勉強して来いと言うのだ。それで、よりニンゲンに近づいた無光をニンゲンと怪異を統べる最強の王にする。それが、慚愧の目論見である。
しかし、慚愧は王としての威厳を捨てる程度に親バカだ。過保護すぎる。ニンゲンにすると丁度反抗期くらいの年齢を迎える無光側にも原因があるのかもしれないが、とにかく親バカ。彼の計画にはこの行動が必要不可欠なのだが、一向に無光を向かわせようとしなかった。「可愛い子には旅をさせよ」……というか、むしろ”させろ”。
彼の親バカ度合が測れるエピソードとして、彼は息子が新しい言葉を覚える度に写真を撮っていたらしい。写真フォルダは無光で埋まっていた。なんだか申し訳ない気分になったが、その後普通に親を殴ったのはいい記憶である。
「なんか言われなかったの?チームのニンゲンに」
「別に。そも、俺は下等生物を同じチームと思っていないのだが」
ニンゲンは嫌いだ。
すぐ情に走って失敗する。
選り好みして失敗する。
油断して失敗する。
咲、瓜香、葉泣、その他もろもろ。無光を怪異だと知っている奴と知らないやつ。それら全てが、無光に友好的に接する。
馬鹿だ。本当に馬鹿だ。これから支配されゆく生活が始まるとも知らずに。
下等生物が触らないで欲しい。話しかけてこないで欲しい。近づかないで欲しい。喋らないで欲しい。声を荒げないで欲しい。
出来るなら穏便に、何もせず、下等生物らしく抵抗もせず、さっさと滅されて欲しい。流石の下等生物でも、怪異に勝てない事くらいわかってほしい。それが理解できないお前らは、相当な馬鹿だって言ってんだよ。
無光が怪異討伐部隊に入る前、隊員が様々な怪異を倒していくところを見た。
無論、人型怪異以外とはコミュニケーションできないから、面識もない。それでも、同胞が殺されてゆくのは嫌だった。
でもそれ以上に可笑しかったのは、隊員達。
総じて、喜んでいる。
なんて愚かなんだろう。その裏に陰謀が蠢いていることを彼らは知らないのだ。知らずに、目の前にいた怪異を倒した自分をヒーローだと勘違いして浮足立っている。
そんな怪異、何の足しにもならない。倒して意味のない怪異だ。それなのに。
やはり下等生物は下等生物だ。
「そういえば君はそんなタイプだったね。……いやー、僕はニンゲンのこと好きだけどな」
「何故だ?感情などとかこつけて、全てから逃げようとする下等生物を好きになる要素等存在しないだろう」
「そういうところだよ。愚かでかわいいでしょ?ほら、ハムスターが回し車を速く走りすぎて落っこちちゃう瞬間とか超かわいいじゃん。それと同じ」
「その例えはよくわからないが、そもそもお前のことがよくわからないのだから当たり前だったな。王にあるまじき失態だ」
そして、慚愧と同じくらい、いやそれ以上に無光に執着しているのが、他でもない饗場息吹である。
彼は召使の家に生まれ、すぐさま無光と仲良くなった。召使の中でも上の方の階級だったため、近づくことも許可されていた。幼き頃からの、かけがえのない友人である……のだが。
ある時、息吹は無光とお揃いの髪飾りを着けて来た。
それだけならまだしも、息吹は「ぜんぶ無光とお揃いがいい」だとか言って、
目を。あの瞳を。光を映さぬ瞳を。
それ以降、しばらく接触禁止令が出されていた。しかし、召使としてかなり使える息吹を王宮から追い出しては困るというので、仕方なく接触が許可されている。
「でもさー、情が移るとかないの?一応は死線を潜り抜けて来たチームメイトなんだしさ」
「俺には移る感情すらないって知っているだろ?」
そう、無光に感情はない。
感情というのは下等生物特有のシステムで、どんなに無光が学習を重ねても、下等生物に近い生まれをしていても、コピーすることは叶わなかった。
だから、無光が持っているのは感情に近い何かだ。
例えば、下等生物は何かを褒められたとき喜ぶ。喜んで、頬を赤く染める。笑顔になる。ありがとうございます、と感謝を述べる。このうち、無光は頬を染めたり笑ったり、感謝を述べたりはするものの、心はいつもからっぽだ。
正直、下等生物の真似をしろと言われて、しかも元々下等生物に近くて、なんて屈辱的だし、下等生物をも統べる王になれというのも本能的に嫌悪するが、これも全て慚愧の望みなのだから仕方がないと思っている。
「で、何しに来た。特に用なしだと言うなら、早く帰れ」
「あるよ。シスターの祈りの事とか、あの計画の話とか」
「進展があったのか?」
「うん。……そろそろやるよ、ブラックホール計画」
まるで競馬みたいな名前を付けられているブラックホール計画だが、これは慚愧及びエデンホールの製作者が計画している事柄だ。
内容については、理屈が分かっていないので正直理解できていないけれど、世界軸をどうこうするらしい。
「具体的な日時は出さないのか?」
「一週間後」
「分かった」
「”掴まる物”を用意しといてね」
まだ息吹は話したりなそうだったが、強引に引き剥がして外に出た。いや、出ようとしたのだが、途中で足が止まった。
「……あいつは?」
「ちょっと無光、浮気?」
「あ?」
「一夫多妻制ってやつかぁ~」
「は?」
もはや息吹に顔を合わせる気もなく、視線は完全にあいつの方へ向いている。……指がハサミの刃になっているあいつに。
真っ黒いボロボロになったTシャツ、真っ黒い帽子。今から銀行強盗でもしに行くかのような恰好だが、それに反して絵文字のにっこりマークと同じ文様が刻まれた白い仮面の異物感。デスゲームの主催者か、快楽殺人鬼と言った方が近い。
こんな奇抜な恰好をしているのにも関わらず、無光はこいつをどこかで見た事がある様な気がするのだ。
一体どこで。エデンホール内なのは確かだ。あの桜の花びらが視界にあった。でも、本当にどこで?
そして、息吹がかなり執拗に止めてくる。腕を引っ張るのはいつも通りだが、前に出てきたり無光を蹴ったりするのは本気で嫌な時だ。これは裏を返せば、息吹から離れるキーパーソンの可能性が高い。無光は、外路地の椅子に腰かけている男に話しかけた。
「あいつ、どこかで……」
「ちょっと、話聞いてる?君の隣に立つべきは僕だけでしょ?」
「……なぁお前、名前は?」
「名前ェ?そんなの捨てたぜ、好きに呼べばいいんじゃねぇかァ?」
「……お前」
あり得ないくらい懐かしい名前が口から飛び出て驚いた。
「……鈴、か?」
「あァ?」
「あ、いや、なんでもない……」
「ね、別にこんなのと話しても収穫ないでしょ?」
「……」
あのハサミを見た時、一瞬だけ、下等生物の言葉を借りれば痛々しいと思った。思考の過程は不明瞭だけど。
*
「え、吟、お兄ちゃんがいるアル?!」
「そ~だよ~」
まとも枠が欠けたBは、現在次の任務に向けて出発中。
コスプレでばっちり決めて来た桃蘭(桃琳……?)と、氷空、そして吟である。
「双子だけどね~。だから年齢とかは変わんな~い」
「双子ってことは、やっぱり似てるんですか?」
「そだね~」
「えっと……お兄ちゃんも……その、君が信じてる事を信じてるアル?」
桃蘭はかなり遠回しに言った。つまりは、吟の兄貴も陰謀論者なのかと聞きたいらしい。
「いや~、お兄ちゃんは病院に行ってたから、真実に気付けてないんだ~」
「病院に?」
「真実はね~、お父さんとお母さんが教えてくれたんだけどね~、お兄ちゃんはずっと入院してたから、伝導できてないんだ~」
急に訪れたダークな話題に、社会人コスプレイヤー・桃蘭は頭を抱えた。
吟は家庭環境から電波だったらしい。陰謀論者×陰謀論者の子供など陰謀論者に決まっている。
家に染められてしまったのだろう。そこから逃れられる手段が入院しかなかった。吟の兄貴は狙ってか偶然か、その状況になって、家から逃げてこれたのだ。
「そう言えばね~、お兄ちゃんも怪異討伐部隊に居るんだよ~!僕の一年前に行っててね~」
「……たっ、大変アルね」
「そんなことないよ~、僕は真実に気付いちゃったから~!」
陰謀論者に育て上げられた少年は、唯一まともな神経を持っていた兄が異世界に行って何を思ったのだろう。
悲しかっただろうか。異教徒だから連れていかれて当然だと思っただろうか。真実を教えてあげられなくて悔しかっただろうか。それとも、これも新しい陰謀だと騒いだだろうか。
いずれにせよ、その先に真実はない。それに気づくのは死んでからか、あるいは死んでも気が付かないか。
「ちなみに、お兄様のお名前は?」
「焦音!」
「黄金……?」
「黄金の方じゃないよ~?」
「いや、こがねで黄金以外て何アル……」
それから、目的地に着いた。そこは、洞窟……というより、洞穴である。
そこには、巨大な蝙蝠がいる。人間と同じくらいの背丈をしていて、羽を広げたらもっと大きく見える。その翼には鋭い爪がついていて、主に翼で攻撃してくる。
ただの蝙蝠だと思うかもしれないが、なんとこいつは蝙蝠で連想される全ての怪異の特徴を持ち、その能力を使用するらしい。
だからかなり強いのだ。たかが蝙蝠となめてかかってはいけない相手だ。
しかし、今回はさらに……本来到着予定のあいつらがいない。
「あれ、今回って葦辺さんたちが来てくれる予定だったネ?」
「……無断欠勤ですか。シフト変われって言うなら会社に報告報告……」
「とにかく、いないみたいだね~」
そう、三人に減ったチーム同士でなんとか討伐してほしいとのことを受けて、葦辺らのチームと共同での討伐任務だったのだ。
残念なことに、葦辺は来ていない。でも、もう時間だ。それに、目の前には普通に怪異が居る。
戦うしかないらしい。六人で戦う用の敵と。
「無理アル!!」
「無理じゃないアル」
「やるしかないんじゃないの~?」
「……うげっ。そも、こいつ不潔アル……」
「マジキモーですか?」
「マジキモアル」
「マジキモ~」
「……このノリ何アル?!」
「やーんマジキモで萎えぽよー……アタック!!」
やけに発音のいい掛け声と共に、氷空は唐突に攻撃を始めた。
彼の長所はやはりその持続性だろうか。超異力で理論上永遠に動き続けられる彼は、長期戦にもつれ込んでも戦闘継続が容易だ。その代わり、「何の運動を継続するか」をこまめに切り替えねばならず、その切り替えの際に生じる傷がかなりの物と言うのもあって中堅クラスの強さに落ち着いている。
今の彼も、チェーンソーにかけている持続性を走りに切り替え、またチェーンソーに戻し、とかなり忙しそうだった。しかし、痛みに顔を歪めることもない。慣れてしまったのだろうか。
そのインパクトに少し出遅れたが、桃蘭と吟も攻撃を始める。桃蘭にはいつもの掛け声が必要だ。……チャイニーズドラグーンは毎話ごとに変身台詞が変わると言うのが売りだった。後半になれば使い回しが横行していたが。
完全なオタクである桃蘭は、変身台詞は全て完コピしている。今日は56話の気分だ。
「『中国王朝3000年!長らく続いたお前の息の根、止めてやる!……高まる期待を胸に秘め!竜の力を手に収め!」
「悪!即!斬!チャイニーズドラグーン・タオ、ここに見参したネ!』」
「その掛け声、時間の無駄なんじゃないの~?」
「そ、そんなことないアル!雰囲気をぶち壊すなアル!……『ヒーローは遅かれ速かれやってくるネ!少年、悪い奴を一緒に倒そうアル!』」
「やめてくれない~?君のヒーローごっこに巻き込まれたくないんだけど~」
吟の自殺に追い込む能力は非常にいい性能をしている。敵の行動を自殺のみに絞れるのは中々凶悪だ。
そこから行動を縛って、氷空と桃蘭で攻撃するというのが主流だった。
「氷空!『私と一緒に、ドラグーンパワーを集めるネ!』」
「頭まで中国製ですか?」
「メイドインチャイナを馬鹿にすんなアル!!」
「純日本製の方がいいのに……。ええと、攻撃を合わせろって意味でいいですか?」
「『答えは是!少年、私の援護をお願いするネ!』」
「ワンモア萎えぽよアタックですか?」
「……そうアル!さっさとやるアル!!」
「萎えぽよアタック援護版!」
「『ドラグーン・ハリケーン!!』」
ふざけ倒している氷空だが、攻撃はしっかりしている。援護を求むとしたおかげで、右翼を切りつけた。
桃蘭はメインの頭を直接攻撃しに行く。保持数をゆうに超えた数のクナイを宙に舞わせ、ブレイクダンスのような動きから攻撃を繰り出す。技名通り、竜巻と共にクナイをくるくる舞わせ、唐突に攻撃するタオの得意攻撃だ。
左翼の方は、吟が動きを封じているため無力化されている。つまりは、桃蘭を誰も止められないのだ。
桃蘭のドラグーンハリケーンは無事に全弾命中した。しかし、蝙蝠には傷一つつかない。
「……」
先日、久東にB全員が呼び出された時、それぞれの改善すべき点が話された。
吟は攻撃手段が無に等しいこと。氷空は行動一つ一つの消耗が激しい事。そして桃蘭は、当然のごとく火力不足。
クナイという武器には付き物だ。小さくて刃渡りがなくて。もしも忍者みたく毒でも塗ったらかなり強いんだろうけど、それは桃蘭の、いや、コスプレイヤー桃琳としてのポリシーに反する。
コスプレイヤーはなぜコスプレをするのか。それは、単に自分をよく見せたいからじゃない。コスプレ対象のキャラクターになってみたいから。それほど愛しているから。
チャイニーズドラグーン・タオは、毒を使わない正統派なキャラだ。むしろ、そういう小賢しい戦法を毛嫌いしている。
だから、桃蘭は毒を使おうと思っても使えない。使おうとすらも思わないのだ。
実を言うと、桃蘭の本当の超異力は別にある。いや、桃蘭としての超異力は苦しまずに敵を倒す能力で合っているのだが、理屈は分からないもののコスプレをするとその超異力が強化される。
桃琳としての超異力は、「子供たちに夢と希望を与える能力」。すなわち、「ヒーローになる能力」と言っても差し支えはないだろう。
桃蘭にとってのヒーローなど、タオしかいない。つまりは、桃蘭はタオを完璧に再現できるのだ。タオの技、言動、能力。
タオ以上に強いヒーローは無限にいる。マーベルシリーズのあいつ?ゲームのあいつ?もしあいつらを再現できるなら、桃蘭は最強になれる。しかし、タオだけを桃蘭は強く愛している。
チャイニーズドラグーンシリーズはゴレンジャー的な戦隊ものだから、タオ単体ではどうしても弱い。それでも。
「『ヒーローは、こんなところで諦めないアル!ね、みんな!』」
「もう一発”萎えアタ”りますか?」
「いつでもいいよ~」
「『みんなの応援で私は強くなるネ!……ドラグーン・ウィンディー!!』」
56話にしなければよかった、と桃蘭は今更思った。あの回は割と名作で、オタク内でも人気だったからつい選んでしまったが。
この話の内容として、「少年を守るべくタオが一人で怪獣と対峙するも敗北し、そこを助けに入ったリといい感じになって、キムがそれに嫉妬する」というものだ。
つまり、56話の内容を完コピする桃蘭は……
「ーーーっ!!」
やられ役になる、というわけだ。
*
「……桃蘭、どっか行っちゃったね~」
「ガンガン萎えぽよです」
「なんか君って~……難しいよね~」
「何がですか?」
「なんでもない~」
洞穴は縦長な構造になっていて、その手前の方で戦っていたのだが、桃蘭は蝙蝠につかまれて奥へ運び込まれてしまった。
彼女は火力不足を指摘されてはいたが身体能力がとても高く、何よりBで最も強いのだから彼女なしで耐え抜くことは不可能だ。奥に進むしかない。
「俺が先に走って行くんで、吟さんはここにステイで」
「あ、ありがとうございます、マジで助かりま……」
「え?」
「あっ」
やらかした。よりによって今。そうだ、「今の俺は吟だった」。
「その喋り方、デフォじゃないんですか」
「……聞かなかったことにしてもらっても」
「無理がありすぎますよ?」
「ほ、ほら、こうしてるうちにも桃蘭さんが大変な目に!!」
「聞かなかったことにはしませんけど急ぎますね」
絶望している吟をよそに、氷空は走り出した。
……いや、本当の彼は吟ではない。
あの日の昼、入院中の彼に花束を持ってきた兄弟。
そこから、彼の名前は変わった。人生も、服装も、口調も、友人も、何もかも。
斎焦音、それがBチームに所属する彼の真の名前である。
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