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幼児化
楽屋のソファで柔太朗が気だるそうに背もたれに沈んでいた。
「それ、ほんまに飲むん?」
近くで見ていたが、思わず呆れて声をかける
「大丈夫だって」
軽く答え、小瓶を揺らす
「こういうの俺、外したことないし」
「その自信どっから来るん」
「経験?」
「ほんま信用ならんわ」
そんなやり取りの延長みたいに、柔太朗はぐい、と水と共に薬を飲み干した。
「……ほんまに飲んだ、」
目を伏せた直後、柔太朗の体がぐらりと揺れた
「……あれ」
「じゅう?」
次の瞬間ぼふん、と軽い音がした後、体が一回り小さくなった柔太朗だけが残っていた。
「……は?」
服に埋もれるようにして小さな柔太朗がたしかにそこにいる。
しゃがみこんで顔を覗き込む
「じゅう?」
呼びかけると少年はゆっくり顔を上げた。
その目は完全に“知らない人を見る目”だった。
「……お兄さん、誰?」
一瞬だけ間が空く。
「…ま…まじか」
小さく息を吐いてからなるべく落ち着いた声で言う。
「俺は舜太。で、じゅうはさっき薬飲んだやろ?それでこうなっとる」
「…えっと…薬?」
「そう、元はもっと大きかったやろ?」
言葉を選ぶ。
少年はじっとわけも分からず見つめてくる
疑うような、でも完全には拒まない目
「そっか、その、しゅんた…は変な人じゃない?」
「たぶん、大丈夫やと思う」
「たぶんなんだ」
「そこは許して」
少しの沈黙のあと小さく頷く。
「…とりあえず家わかる?」
「知らない」
「よな、」
とりあえず今はこのちびっ子を家に届けることが最優先の課題みたいだ。
その後マネージャーに説明をし、叱られながらタクシーを待つ。ただ横で見ていただけの舜太にとっては地獄の時間だった。
タクシーを降りて歩き出すと最初はきっちり距離があった
突然服の裾がくいっと引かれる
振り向くと少年が軽く掴んでいた
「……ここどこ?」
「ごめん、怖かったな」
そのまま手をぎゅっと握りしめる。
家に着いて中に入る頃にはその距離はずっと自然になっていた。
小さくなってしまった家主をソファに座らせて水を渡す
少し離れて座ろうとしたが結局やめた。
いつもなら隣にいるのが当たり前で、わざわざ距離を取る方が不自然なくらいなのに。
さっきの「誰?」が、ほんの少しだけ引っかかっている。
隣にいるのが当然の相手で、全部理由なんていらない関係で。
付き合ってる、なんて改めて言うまでもないくらいもうずっとそうやって過ごしてきたのに。
今はそれを本人に一から説明しないといけないみたいで。
その違和感に少しだけ戸惑う
「この部屋寒い」
「さっきまで大丈夫やったやん」
「今は寒い」
「都合ええなぁ」
しばらく沈黙が落ちる
でも居心地は悪くない
「ねえ」
「ん?」
「将来俺、何してる?」
「……仕事の話?」
「うん」
「実はな、アイドルしとるよ」
そこまではいつも通りみたいに言う
そのあと一瞬だけ言葉が続きかける。
…俺らは、
喉の奥まで出かかった言葉が止まる
恋人として 触れてくる距離、他のことも、ちゃんと名前のある関係
分かってるからこそこういう聞かれ方をすると妙に言いづらい。
全部付き合ってる、なんて一言で済むのに。
それを“説明する”みたいに言うのがなんとなく違う気がしてしまう。
ほんの一瞬の沈黙
結局そのまま全て飲み込んだ。
「……まあ、そんな感じ」
曖昧に笑って流す
「……ふーん」
明らかに拗ねた声。
何か言おうとしたその前に
「舜太」
「ん?」
振り向いた瞬間、目の前には少年…いや、真剣な柔太朗の顔があった。
「動かないで」
言われるままに止まった 次の瞬間、頬にやわらかい感触があたった
「……は?」
理解するより早く視界が揺れる。
ぼふん、と音がして腕の中の重さが一気に変わる
目の前にいるのはいつもの柔太朗。
距離はそのまま、むしろさっきより寄りかかってきていた。
先ほどまで子どもだったはずの体温が大人のそれに変わっている
「……っ、は、」
一瞬で顔が熱くなる
近い
近すぎる
さっきまで平気だった距離が急に意識にのぼる
柔太朗の顔がすぐそこにあって、視線を逸らすタイミングも分からない
「……ごめん変なことした」
柔太朗が先に少しだけ視線を逸らす。
その何気ない仕草までやけに大人で、余計に意識してしまう
「いや、そういう問題ちゃうって、!」
声が少し裏返る。
「ほんまなんなん今の」
「子どもだから」
「通るか」
即答するけど顔の熱は引かない。
柔太朗は小さく笑う
「それで?まだなんか言いかけてたでしょ」
「……別に」
視線を合わせられないまま答える
「言えばよかったのに」
その簡単な一言に何も言えなくなる。
分かってて言ってる顔
でもそれ以上は踏み込まない顔
ただ、ほんの少しだけ距離が近いまま隣にいる
次の日
楽屋で思い出したように口を開く。
「なあ、だいちゃん、あの薬なんやったん」
太智があっさり答える。
「えっとな、幼児化の薬?とかで記憶残るタイプの方らしいな」
「…え、…は?」
「解毒剤もあるらしくて好きなタイミングで戻れるやつってはやちゃんが言うてた」
「……は?」
ゆっくり柔太朗の方を見る。
柔太朗は朝から何事もなかったみたいに座っている。
目が合うと ほんの少しだけ口元を緩ませる。
「おまっ!」
「なに」
「昨日全部覚えとったん やろ」
柔太朗は少しの間考える素振りをする
「……どうだろ」
「いや絶対覚えてたやつやん」
立ち上がって詰め寄る
「なんなんあれ、距離もち、ちゅーも全部!」
「子どもだから」
「昨日も聞いたわそれ」
思わず声が強くなると 柔太朗は少しだけ笑う。
「嫌だった?」
声を落として囁かれたその一言で詰まってしまう。
「……いや、そういうわけじゃないけど」
思わず視線を逸らす
柔太朗が一歩だけ近づいてくる。
「じゃあ、いいじゃん」
「よくないわ」
即答するのに離れてくれない
「全部……ずるいって」
「今さら?」
軽く笑う声が近い
昨日言えなかったことがまだ胸に引っかかっている
でも今さら言うのもなんか違う。
そんな舜太を見て、柔太朗は少しだけ満足そうに目を細めた。
距離はそのまま
昨日より、ほんの少しだけ近いまま。