コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
夕食を食べ終わってからというもの、アリエッタは始終ニコニコしていた。
(新しい筆~♪ はやく試したいな~)
「アリエッタったら、嬉しそうなのよ」
「それはいいんだが、ちょっとちかすぎる。わぁっ、なでるな~」
テンションの高いアリエッタは、ご機嫌でピアーニャの世話をしながら歩き続ける。
さすがにずっとこの調子だと悪いと思ったミューゼが、アリエッタの頭を撫でて宥めると、少し顔を紅くして大人しくなった。
そのまま一行は、リージョンシーカー本部へと戻ってきた。
「ンフッ……お帰りなさい、総長。ロンデル副総長がお待ちです」
可愛い服でアリエッタに手を繋がれているピアーニャを見た受付嬢が、一瞬だけ噴き出して総長室へと案内する。
向かっている途中でピアーニャが「給料ちょっと減らしてやろうか……」と小さく呟いたのが聞こえ、受付嬢が涙目で謝るという出来事が勃発した。しかし、涙目を見て可哀想だと思ったアリエッタが受付嬢を撫で、笑顔のアリエッタを至近距離で見てしまった受付嬢が真っ赤になって放心し、そんな姿を見てピアーニャが満足した為、その場は丸く収まったのだった。
部屋に到着した一行は、ソファに座ってくつろぎ始める。昼前からずっと出歩いていた為、全員それなりに疲れていた。特にピアーニャの精神面が。
「さて、すきにくつろいでくれ」
「本部に泊まっていっても構いませんよ。なんでしたら、マルクさんにお会いになられるのも良いでしょう」
ずっと部屋で仕事をしていたロンデルが、宿泊を勧める。机の上では手乗りサイズの悪魔フェルトーレンが、触手を伸ばして書類をロンデルに渡すという手伝いをしていた。
「それじゃ泊めてもらおっか。パフィは好きな時にパパさんに会いに行くといいよ」
「そうするのよ。あとアリエッタが毛筆持ってウズウズしてるから、紙を渡すのよ」
「はーい、ほらアリエッタ、紙だよ~」
「はいっ」(やった! 何描こう! 今日見た思い出でも残そうかな)
まだお礼の言葉を知らないアリエッタは、代わりに元気に返事をして、紙を受け取った。手ごろな板が無い為、テーブルに置いて楽しそうに炭筆を持って描き始める。
アリエッタの楽しそうな姿に安心したミューゼとパフィは、少し休んでから行動する事にした。
「総長、何か手伝える事があればやりますよ」
「む? いいのか?」
「仕事の一環とはいえ、美味しい物いっぱい食べさせてもらえたのよ。暇な時くらいは手伝いたいのよ」
「そうか、まぁスグにはなにもないな。ねるバショをよういさせるから、てつだってやってくれ」
丁度飲み物を持ってきた受付嬢に、パフィ達の部屋を用意するようにと言いつけ、パフィは受付嬢について行った。ミューゼはアリエッタが不安にならない為の留守番である。
「総長とは一緒にいる事多くなったせいか、お泊り会みたいな気分ね。アリエッタも嬉しそうだし」
「……ちがうヘヤでねていいか?」
「それはこの子次第でしょ」
2人がのんびりと話している間に、ベッドの用意を済ませたパフィも戻ってきて、今日あった事について話し始めた。
エインデルブルグの事、食べ物の事、毛筆のこと。
立ち寄った店にあったのは、以前ピアーニャに預けたアリエッタの髪の毛を使った毛筆だった。それをピアーニャの過去の記憶を基に、細筆と平筆を追加で作ってもらったのだが……
「普段おとなしいアリエッタが、お店で大はしゃぎだったのよ。今もテンション上がりっぱなしなのよ」
「相当嬉しかったんでしょう。私もその現場を見てみたかったものです」
「あーもう、今思い出しても可愛くて悶え転がりそう♡」
テンションが上がり、宥められて照れながら自分の後ろに隠れた姿を思い出し、ミューゼはだらしない顔になっている。
その後もしばらく買い物をしている時の話をし、パフィがずっと気になっていた事を口にした。
「ところで総長、途中周りを気にしてたのは何なのよ? 変な人でもいたのよ?」
「んー、まぁな。いまはかくすコトでもないな。ずっとわちらをつけているモノがいたのだ」
「ずっと!?」
アリエッタとの散歩で浮かれていたミューゼは、始終気づいていなかった。もう少し周囲に敏感になれよとピアーニャは思ったが、ミューゼはまだ新人の域を出ていない為、強く言うのは止めて、パフィに任せる事にした。
「まぁジツガイはないのだが、いろいろとモンダイでな。それに……」
「それに?」
続ける代わりにピアーニャは立ち上がり、『雲塊』を大きく広げ、本棚に向かって叩きつけた!
ドスン
「うべっ!?」
本棚の後ろから聞こえた声に、ミューゼとパフィは当然、絵を描いていたアリエッタまで驚いてその方向を見る。
「んな、なんか潰れたような変な声が?」
「へんな虫でもいるのよ?」
そんな疑問は無視して、ピアーニャは『雲塊』を壁の隙間に潜り込ませ、本棚を移動させる。
その裏にいたのは……
「ふぎゅう……」
ぱたり
ずっとピアーニャ達を追いかけては失敗していた、黒髪の女性だった。
「………………えっ?」
「ナニコレ?」
(えっと、なんかのコント?)
この状況が飲み込めず、目が点になる3人。ピアーニャはジト目で睨み、ロンデルに至っては我関せずと仕事を続けている。
「こいつがアトをつけていたハンニンだ。ときどき、もぐりこんでくるぞ」
「なんでまた……」
「シュミだ」
「変人なのよ?」
(え~っと……だめだ、今ので集中力が……インパクト強すぎて……う~ん)
とりあえず黒髪の女性を引きずり出し、本棚を元の位置に戻して一息つく。その間に、気が散ったアリエッタは、ミューゼに新しい紙を貰って違う絵を描き始めた。
「コレどうするのよ?」
「このままおくりかえしてもいいが、モンクいってやりたいな」
日中から余計な気苦労が増えていたピアーニャは、ちょっぴり怒っていた。
結局このまま雑に放置しておいて、起きたら文句言ってはり倒すという計画に落ち着いたのだった。
「はっ!?」
半刻程経った時、黒髪の女性は唐突に目を覚ました。
その声を聞いて、ピアーニャはため息を漏らす。
「おきたか」
「起きたのよ」
面倒くさそうに、黒髪の女性を見て行った。
「あっ! ピアーニャ!」
そして勢いよく立ち上がり、ピアーニャを指差して騒ぎ始め、
「今日こそは説明してぉおぅ……」
台詞の途中で力が抜けてへたり込んだ。
「くっ……怪しげな魔法か何か使った?」
「いや、ただのタチクラミだろ」
「急に立ち上がるからなのよ」
女性に手を差し伸べるパフィ。
「あ、ありがと……」
礼を言いながらゆっくり立ち上がると、一度呼吸をしてから仕切り直した。
「一体どーゆー事なの!? なんで一向にその子の事教えてくれないの! ラスィーテから帰ってきても全然取り次いでもらえないし!」
勢いまで元に戻し、一気にピアーニャに詰め寄った。その向かいでアリエッタが驚いている。
(えっ、何? ぴあーにゃ怒られてるのか? でもこんなちっちゃい子に怒り続けて怖がったらどうするんだろ。ぴあーにゃも困った顔してるし)
「それにこの人達ばかりピアーニャと遊んでて、ズルい!」
「あそんでるわけじゃ……」
「お、落ち着くのよ。一応仕事なのよ」
言っている内容は分からないが、時々自分もチラ見されたり、パフィも間に入って何か言っているのを見ているアリエッタは、少し考えてポーチを開いた。
(よく分かんないけど、困ってるみたいだから早く助けた方がいいかな。それにちょっとうるさいし)
ギャーギャー騒いているせいで、ほんの少しだけイライラし始めたのか、単純な考えを巡らせ、ポーチから片手に収まる程の小さな木の板を取り出した。
黒髪の女性に全員気を取られている為、全員アリエッタの動きには気づいていない。
(ちょっと離れたらやってみよう。詰め寄ってる時だとぴあーにゃが困るだろうし。みゅーぜに任せなきゃいけないから、ちょっと声をかけておくか)
そう考えて、隣に座っているミューゼに身を寄せる。
「みゅーぜ」
「ん? そっか、あたし達も何言ってるか分からないけど、アリエッタはもっと分からないよね。怖くないから大丈夫よ」
(よし、だいじょうぶっと。さすがみゅーぜ)
(アリエッタはあたしが守る。えへへ……頼られたよ)
全く通じあっていない2人がそれぞれ安心し、成り行きを見守った。
一方的に騒がれては話が進まないと思ったパフィは、一度強引に間に入って、話を逸らす事にした。
「えーっと、この状況が全然分からないのよ。私はパフィなのよ。貴女はどなた様なのよ?」
「あら。そういえばごめんなさい。ピアーニャから何も聞いてないみたいだし、知らなくてもおかしくなかったわね」
名前を聞かれて冷静になった黒髪の女性はピアーニャから離れ、1歩下がって姿勢を正した。
それを見ていたアリエッタが手元を確認する。
「お初にお目にかかります。ネフテリア・エイ──」
黒髪の女性の自己紹介が、笑顔で口を開けたまま、途中で途切れた。そのまま沈黙が部屋の中を支配する。
『………………え?』
不可思議過ぎるその状況に、アリエッタ以外は短すぎる疑問の声を発する事しか出来なかった。