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自分が誰だったのか、思い出せない。
記憶喪失──というよりも、強制リセット。
私は目の前の男──ビヨンドに襲われて、記憶を失ってしまった。
自分自身さえ、誰か分からない。
「……私の、本当の名前は──?」
声に出してみても、何の違和感もないはずの“L”という呼び名が、どうしても皮膚に馴染まない。
「……………」
なぜ記憶喪失になったか──
曖昧な記憶の断片だが、覚えている。
背後からビヨンドが迫ってきて、後頭部を打たれた。その直後に、視界がブラックアウトし、気づけばここだ。
見知らぬ天井。部屋は異常というくらい綺麗で逆に不気味な部屋。
そして──
やけに親しげに話しかけてくる、男。
ビヨンド・バースデイ。
彼は──何者だ……?
「そんなに睨まないでくださいよ。L、相変わらず目つき悪いですね」
その言葉と同時に、男の指先が頬に触れた。
すっと伸びてきた手。警戒する間もなく、指先がLの肌を撫でた。
「……っ」
反射的に顔を顰める。
けれど男は、その反応すらも楽しむように、にやりと笑った。
彼──ビヨンドと名乗る男は、片手に持ったマグカップをこちらへ差し出してきた。
「コーヒー飲みます? 入れたんだあ、朝。あなたが起きてくるのを見越してね」
Lはその手を見つめたまま、しばらく言葉を発さなかった。
微かな香り。確かにコーヒーではある。だが、安易に信用できるはずがない。
「……いらない」
ぴしゃりと断った。
だが、ビヨンドは動じない。
「一口だけでも。ほら──」
すっと、距離を詰めてくる。
ずいっとマグカップを唇の前に差し出してきた。
「何も入ってないよ。あなたを眠らせる薬も、記憶を消す毒も──もう、使ったあとだからね」
Lは、じっとビヨンドを見つめた。
「……………」
この男、サラッととんでもないことを──
(……あの時の紅茶、やっぱり)
口の奥に、残っていた違和感を思い出す。
あの妙な甘さ、少し舌にざらつくような感覚──やはり、“あれ”だったのだ。
変だと思ったのに、無理やりでも抵抗すべきだった。どうして、あのとき素直に飲んでしまったのか。
今さら悔やんでも遅いが──悔しい。
「ほら、飲んでごらん?」
ビヨンドが、唇のすぐ前までマグカップを押し当ててくる。
軽く笑いながら、じっとその目でLの表情を観察している。
「それとも、私がまたあなたの後頭部を狙うとでも?」
そう言って、ビヨンドは自分の手をヒラヒラと振ってみせた。無害を装うその仕草が、逆に不気味だった。
「……っ」
「そんなに警戒しないでくださいよ。そういう顔されると──……唆るじゃないですか」
「……、変態」
Lがそう呟くと、ビヨンドはくつくつと笑った。
次の瞬間──
ちゅっ、と軽い音がした。
頬に触れた温度。
何が起きたのか理解するより早く、もう一度。
「やめ──」
ちゅっ。
拒絶の言葉すら途中で遮られる。
抵抗しようと腕を動かすが、力が入らない。薬の後遺症か、単純な体格差か──押し返せない。
そのまま、背中がシーツに沈んだ。
「……っ」
視界が揺れる。
白い天井と、覆いかぶさる黒い影。
ビヨンドは、上から覗き込むようにLを見下ろしていた。
狂気と、妙な慈しみが同居した瞳。
「L、愛してますよ」
囁きと同時に、手が頬へ伸びてくる。
触れられる、その直前──
ぴぴぴぴっ。
無機質な電子音が、空気を切り裂いた。
「……」
ビヨンドの動きが止まる。
露骨に、心底邪魔されたと言わんばかりに肩を落とした。
「……はあ」
小さく溜息を吐きながら、体を起こす。
ベッドの上に残されたLは、息を整える間もなく彼を見上げていた。
ビヨンドはほんの少しだけ表情を緩める。
「いい子にしててくださいね」
そう言って、額にそっと口づけた。
先ほどまでの強引さとは違う、妙に優しいキス。
そしてそのまま、通信端末を取る。
通話を接続。
一拍の間。
低く、落ち着いた声で──
「Lです」
そう、名乗った。
「……?」
ベッドの上で、Lの思考が止まる。
──L?
どういうことだ……?
今、彼は──私の名を名乗ったのか?
Lと名乗るその声は、先ほどまでとは違い、冷静で、凛としていた。
目の前で豹変したようにすら見える彼の態度に、Lは言いようのない違和感を覚える。
いや、違和感ではない。
──怒り?
──混乱?
そして、ほんの少しの……恐怖。
ビヨンドの声が続いた。
「──南空さん、どうでしたか?」
通話先の女性の声は小さくて聞き取れなかったが、次の彼の言葉でおおよその内容が察せられた。
「……第3の被害者を見つけたと?……なるほど」
私と同じような声……喋り方……。
でもどこか違う。
真似てるような……変な気分だ。
「またしても──藁人形が打ち付けられていたんですね。場所は?……壁、ですか」
背筋が粟立つ。
会話の内容は、殺人事件だ……。
しかも、第三の。
(……藁人形……? 腕と脚の欠損?)
その言葉の羅列が、意識の底に沈んでいた何かをかき回す。
記憶というより、感覚。
凍えるような違和感と共に、それはゆっくりと目を覚ましかけていた。
事件──そう、事件だ。
私は、この事件を──
(──知ってる)
ぼやけた映像が、遠くの方でちらつく。
誰かが倒れている部屋。
壁に──藁人形。
思い出せそうなのに、思い出せない。
何か、おかしい。
何かが、決定的に足りない。
(なんだ……これは)
“知らないはずの光景”が、勝手に脳内へ流れ込んでくる。
「……っ」
目の前でビヨンドが立ち上がり、ゆっくりと部屋を出て行く。
こちらに背を向けたまま、扉の奥へと姿を消した。
閉まる音が、やけに重く響く。
(──! 今しかない)
Lはベッドから身を起こし、慎重に立ち上がった。まだ足元はふらつくが、歩けないほどではない。
まずは、ベランダを確認する。
窓を静かに開けて外を見ると──
(……、高すぎる)
下はアスファルト舗装された路地。少なくとも10階かそれ以上。
飛び降りたら、確実にただでは済まない高さ。
(ここからは無理だ。なら……)
そっと窓を閉じ、今度は玄関へ向かう。
廊下を抜けた先、家の正面方向──
そこに“それ”はあった。
(……なんだ、これは)
Lは、思わず絶句した。
玄関へと続く扉。
そのドアノブには──無数のロック。
南京錠、チェーン、スライドボルト。
だが、それだけではなかった。
最後には、暗証番号式のデジタルロックが3つ、縦に並んで取り付けられている。
──鍵の数、20個以上。
尋常じゃない。
閉じ込めるための扉だ。開くためではなく、出さないための。
「……っ」
Lはしばらくその場に立ち尽くしていた。
脳が処理を拒む。何重にもかけられたこの異常な施錠が、冗談ではない現実であるという事実を。
すると──
「外には出ないでくださいね」
背後から、声がした。
心臓が跳ねた。
振り向かずとも分かる。
──あの男だ。
先ほど部屋を出て行ったはずのビヨンドが、いつの間にか、すぐ背後に立っていた。
「──困りますよ。あなたは今、療養中なんですから。……ほら、薬もまだ抜けてないでしょ?」
声は穏やかだった。
それが、一層怖かった。
最初から──逃げ出そうとするのを予期していたかのような口ぶり。
「ほら、こっちに──」
そう言って、ビヨンドがLの手首に指をかけた。
その手が熱を持っていることに、Lはなぜかぞっとした。
「……っ!触るな!」
反射的に、Lはその腕を力いっぱい振り払った。体がふらつく。だが、そんなこと構っていられない。
次の瞬間にはもう走っていた。
廊下の突き当たり、白い扉へ駆け込む。
──トイレ。
ドアを閉め、鍵をかけた。
がちゃり。
中は狭い。鏡と洗面台、タイル張りの床。
息が荒く、肩が上下する。
「……はぁ……っ……はぁ……」
すると、すぐに音がした。
──どんどん!
「L、開けてくださいよ。ねえ、逃げないで。……ちゃんと話しましょう? 逃げる必要なんてないでしょう?」
──どんどん!
ガチャガチャガチャ!!!
ドアノブが狂ったように揺れる。
内鍵が、か細い希望のすべてだった。
Lは壁にもたれ、息を潜める。
(やめろ……)
──ガチャ!ガチャッ!ガチャガチャ!
──どんどん!
「ほら、出てきて」
──ガチャ!ガチャッ!ガチャガチャ!
──どんどん!どんどん!
「L、こっちに来て」
──ガチャ!ガチャッ!ガチャガチャ!
そして──
急に、音が止んだ。
静寂。
無音。
時間だけが止まったような、嫌な沈黙。
……扉の向こうから、男の声が落ちてくる。
「……ここも、壊さなきゃだめか」
ひどく冷静で、ひどく楽しげで、ひどく確信に満ちていた。
逃げ場なんて、最初からなかったのかもしれない──────
それから──丸一日が経った頃だった。
──バキン!!
──ガンガンガンッ!!
突然、金属のぶつかるような激しい音が空気を裂いた。
銃声だ。
間違いなく、至近距離での実弾の衝撃音。
「……ッ!!」
Lは跳ねるように立ち上がった。
思わず壁に手をつき、頭を押さえる。
(なんなんだ、あの男……!)
どういう神経をしている?
本当に撃った? この鍵を?──いや、それ以前に、どうしてそこまでして追い詰めてくる?
──ドン。
鈍く、最後の音。
続いて、鍵の部品が転がり落ちる乾いた音。
カチャ。
錠が外れる。
扉が、ゆっくりと開いた。
光が差し込んだその隙間に、ビヨンドの姿が見えた。
Lは顔を上げた。
──と同時に、さっと彼の手が動いた。
背後、腰のあたり。
何かを──“隠した”。
(……今の……)
ほんの一瞬だったが、Lは見た。
ビヨンドの背後に隠したのは──黒い金属の塊。
あの銃声と、つながる。
(銃を背中に──)
「おはようございます、L」
穏やかな笑顔で、何事もなかったかのように、彼は言った。
笑顔の奥で、どこか熱に浮かされたような目が揺れている。
ビヨンドは、先ほど銃を隠した手で、何食わぬ顔をして立っている。
「よく寝れました?」
その言葉に、Lの身体がわずかに震えた。
反射的に、背筋が冷たくなる。
(殺される……)
そう思った。
今、この場で。この男ならやれる。
躊躇などしない。
──あの手にあったのは、拳銃だ。
引き金ひとつで命が終わる。
自分は無力だ。抵抗も、逃走も、選べない。
怖い。
怖い。
怖い。
「……っ」
感情を悟られまいと、歯を食いしばる。
しかし、それも意味がなかった。
「そんなに怯えないでくださいよ」
そう言って、ビヨンドは一歩踏み出し──
Lの頭を、優しく撫でた。
片手で、髪を、さらりと梳くように。
──さっき、拳銃を持っていた、その手で。
(……っ)
皮膚が拒絶反応を起こす。
頭の奥まで、静電気が走ったようだった。
「殺しませんよ。というか──殺せないので。安心してください」
声は、変わらず穏やか。
それが、またもや──怖い。
「……何、を……」
Lが搾り出すように言葉を吐いたとき、ビヨンドの瞳がふっと細められた。
「今さら、私に怯えずとも……ね」
微笑みながら、彼はこう続けた。
「もう十分、殺さない程度に──殺されてるの、自覚してくださいね」
笑っていた。
優しい声だった。
だけど、そこにあったのは──
完全な、支配。
Lの身体が微かに震えると、ビヨンドはためらいもなく腕を回して、抱きしめた。
逃げ道を奪うような強さではない。だが、確かに“離さない”という意志がその手には込められていた。
「もうすぐ、殺人事件は終わります。あなたの役も、私が引き受けますから──大丈夫ですよ」
背中を撫でるその手は、ひどくあたたかかった。
そのぬくもりが、かえってLの神経をじわじわと侵してくる。
「これからは、あなたが“私のバックアップ”」
「……」
「“L”は──“私”」
その宣言と共に、すべてが塗り替えられていく。
名も、役割も、過去も。
この世界で“L”と呼ばれる者は、──もう、自分ではなかった。
「ずっと、ずっと、私に追われてくださいね、L」
そして──
キス。
柔らかく、優しく。
別れのようで、始まりのようでもある温かいキス。
唇を離すとき、ビヨンドの目がわずかに細められた。
そこにあったのは、愛情のふりをした檻。
絶対に逃がさないという執念と、Lという存在への執着。
Lは言葉を失い、ただ瞳だけが揺れていた。
──彼にとっての“L”は、今やこの部屋に、ふたり存在している。
どちらが本物か。
どちらが生き残るか。
それを決めるのは──まだ、先の話だ。
꒷꒦❤︎꒷꒦❤︎꒷꒦❤︎
「L、そんなに怯えないで。仲良くしましょうよ」
ソファに蹲る私に、ビヨンドが手を差し伸べてきた。
その指先は穏やかで、傷つけるよりも“抱きしめる”ことを選びそうな手つき。
「後ろから殴ったことは……謝りますから」
微笑を浮かべて言う。
友人の諍いのように、軽く、無邪気に。
Lは、それに何の反応も示さなかった。
差し出された手も、声も、見えていないかのように。
──無視。
沈黙。
目を伏せたまま、ひとつ、息を吸う。
「………………」
その静寂を、ビヨンドが破った。
「──あ!じゃあ、こんなのはどうですか?」
顔を上げるより早く、彼はすでに隣の棚を開けていた。
「もし、私がまたあなたに手を上げたら──」
そう言って、ビヨンドは引き出しの奥から黒い拳銃を取り出した。
「──この銃で撃ち抜いていいってことにしましょうか」
平然と、恐れることなく、“新しいルール”を提案したきた。
ビヨンドはテーブルの上にそれを置いた。
カチャリ、と金属が乾いた音を立てる。
Lの表情が、明らかに固まり──グニャリと歪む。
(正気か……ッ、頭が、おかしい……)
その黒く冷たいフォルムが、彼の提示した“信頼の形”だというのなら──あまりにも狂っている。
「……引いてます?」
と、ビヨンドがいたずらっぽく笑う。
「いやあ、暴力の抑止には暴力。シンプルでフェアじゃないですか?」
そう言って、にこにこと笑っている彼の瞳には、何の罪悪感もなかった。
歪んだ優しさ。
「………………」
Lは、テーブルの上の黒い塊をじっと見つめていた。
無言のまま、恐る恐る手を伸ばす。
拳銃。
冷たく、重い。
金属の感触が、掌の温度を奪っていく。
(……これが、命を奪う道具)
そんなことは知っていた。知っているはずだった。けれど、こうして実物を持った感触は、記憶や知識よりも、ずっと現実的だ。
Lは、銃口をこちらに向けないよう注意しながら、手首の角度を変え、そっと穴の奥を覗き込んだ。
その瞬間──
「だめですよ」
手首を、すっと掴まれた。
「危ないじゃないですか、L。そんなふうに覗き込んで、誤射でもしたら──どうするつもりです?」
声は柔らかいのに、掴む手は強い。
ほんの少しだけ、爪が皮膚に食い込む感触があった。
Lは、息を止める。
「……今、引き金に指がかかってましたよ?あなたが撃つのは、私に対してだけにしてくださいね」
にっこりと、満面の笑み。
こいつは分かっていて笑っている。
Lが、まだ引き金を引けないことを。撃つ理由も、覚悟も、そして──名前すら曖昧なことを。
「……まったく、危なっかしい人ですね。この部屋の中で一番信用できないのは──案外、Lかもしれないなあ。くっくっくっ──」
──その時だ。
テレビのボリュームがわずかに上がる。
『……続いてのニュースです。ロサンゼルスで起きた連続殺人事件について、新たな情報が入りました』
Lは、思わず目を向けた。
画面には、赤と黄色の規制線が張られた住宅街の映像。
その上に、アナウンサーの声が重なる。
『本日午前、第3の被害者が発見されました。被害者は“B・B”のイニシャルを持つ人物で、名前はバックヤード・ボトムスラッシュ氏。遺体は失血死で、死後に腕と脚が一本ずつ切断されていたとのことです』
Lの背筋が凍る。
その名前、構図──既視感。
脳の奥が警鐘を鳴らしていた。
『なお、第一・第二の被害者も含めて、全ての現場に共通していたのは、藁人形の存在。壁面や柱などに、複数の藁人ぎょ──』
ぶつっ。
画面が、唐突に暗転した。
アナウンサーの声が途中で途切れ、部屋に沈黙が落ちる。
「……え?」
思わず振り返ると、そこにいた。ビヨンド。
手にしたリモコンのボタンを押し切ったばかりの姿。
「……今のニュース……」
Lが声をかけると、彼はすぐには反応しなかった。
「………………」
Lは一歩踏み込んで問う。
「この事件は?」
ビヨンドは、リモコンを持った手をだらりと下げたまま、数秒──いや、数十秒、黙っていた。
表情は読めない。
だが、その沈黙そのものが、なにかを考えている証拠だった。
そして──
「……なぜ──聞く?」
目線だけがLを捉えた。
Lは、わずかに唇を噛む。
迷いを押し殺すように、言葉を選んだ。
「……私は、この事件──知ってるんです」
「……」
「でも、なぜ知っているのかが分からない。……記憶に、あるのか、ないのかすら……」
言葉は途中で薄くなる。
けれど、最後に、Lはまっすぐ訊いた。
「私は……この事件に関与していたんですか?」
その問いに、ビヨンドはすぐに答えなかった。
目を細め、呼吸を整えるように間を取った。
──そして、ぽつり。
「……知りたいのは、この事件か?」
視線がぶつかる。
「それとも──“自分のこと”か?」
Lの喉が鳴る。
視線がほんのわずか揺れた。
(……どちらも、気になる。でも……)
「……自分のことが知りたい」
はっきりと、Lは答えた。
すると、ビヨンドはその答えを聞いた直後、頭を抑えて、俯いた。
「……そう、長くはない……か」
意味深な言葉を呟いた。
そして、躊躇うことなくLの腕を取った。
「来てください」
そのまま、ぐいと引かれる。
廊下を横切り──別の扉の前に立つ。
「この部屋に、あなたの“答え”があります」
そして、ドアノブをゆっくりと回した。
꒷꒦❤︎꒷꒦❤︎꒷꒦❤︎
──嘘だ……嘘だ……嘘だ……!
──私が、世界一の探偵?
──世界中のテロ事件や凶悪犯を捕まえてきた?
あり得ない。そんなはず──ない!!
叫びは内側から漏れ出し、Lの視界が揺れる。
息が詰まり、心臓が無理やり縮こまるような感覚。
「──これが、あなたの正体ですよ、L」
青白い光の中、次々とウィンドウが開いていく。
無機質なフォルダ名。
そこに並ぶのは──
“(2000年)ストックホルム複数爆弾予告事件”
“(1999年)ギアナ高地製薬施設ウイルス拡散計画”
“(2000年)南米7都市連続無差別爆破事件”
“(2001年)ロンドン政府中枢監視網乗っ取り事件”
“(2002年)ロサンゼルスBB連続殺人事件『進行中』”
凶悪犯罪。
そのどれもが、世界を震撼させた事件。
そして、その全てに──“解決者:L”と記されていた。
「……っ」
崩れるように、Lは床に膝をついた。
腰が抜けた。
震えが止まらない。
目の前に広がる事実の数が多すぎて、理解が追いつかない。
「私は……知らない……っ!
こんなの、知りませんよ……!」
吐き捨てるように叫ぶLに、ビヨンドは、にこやかに首を傾げた。
「でも──全部あなたが解決してきた事件ですよ?」
「……!」
「忘れてしまっても、過去が消えるわけじゃない。あなたは、間違いなく“L”として、世界中の闇を照らしてきた」
Bはまるで“光栄なことだ”と言わんばかりに言った。
けれど、Lにはそのすべてが──呪いのように聞こえた。
あまりに重く、あまりに血にまみれている。
もし、それが本当に“自分”の過去だというのなら──思い出してしまった瞬間、もう引き返せなくなる気がした。
ビヨンドはふっと微笑んだ。
「……記憶なんて、取り戻さない方がいいこともあります」
「……」
「知らなければ、事件にも触れずにいられる。世界の闇にも、悪意にも、あなたはもう晒されずに済む。思い出さなければ──穏やかに、生きていける」
その言葉は、Lにとって──あまりにも優しすぎて、甘すぎて、手に余るものだった。
毒を包んだ飴のように、喉の奥に貼りついて、呼吸を塞ぐ。
「これらの事件は──」
Bが、目の前のファイル群を一瞥し、
「これからは私が引き受けますから」
「……」
「もう、思い出さなくていいですよ。L」
そう言って、Lの顔を包み込んだ。