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 北東の音楽の街、「キーウ」にある女声種アルカノーレたちの館「ヴァニタス」では、ソプラノ・メゾソプラノ・アルト・そして主人格であるコントラルト、通称「ミト」の4人が暮らしていた。


「ヴァニタス」と「カンターヴィレ」、二つの館は、まるで対を成すようにその機能と役割を持っている。

 男声種アルカノーレたちが住む「カンターヴィレ」には、最近、新たな主人格が現れたという。その話題が、キーウの館にも届いていた。


「ふむ…カンターヴィレに新しい主人格か。どんな人物なのか気になるわね。」と、ソプラノは少し首をかしげて言った。

 彼女は、カウンターテナーと同じく僧侶の人格であり、同じ力を持つ。だが、その姿勢からは優しさと慈しみを感じさせ、館の雰囲気を和やかに保っている。


「新しい主人格が現れたのなら、ちょっと見てみたいものだわ。」


 メゾソプラノは、バリトンの双子の姉。その力を借りて、強力な結界や遠方攻撃の魔法を操ることができる。ただし、そうした力を使う際は、冷徹な顔を見せることが多かった。


「ま、気にすることはないだろ。あっちの館は、あっちの館だ。こっちにはこっちの問題があるし。」


 アルトは、館の中ではムードメーカー的な存在だった。武器を使いこなす技術を持ちながらも、その性格は非常にマイペースで、おっとりとしている。


「アルトの言う通りだ。外のことにこだわっても仕方なかろう。自分たちのやるべきことをやっていくまでだ。」


 コントラルト、通称「ミト」は、そんな彼女たちをまとめる調律係であり、館の中では一歩引いた立場で物事を見守っている。

 だが、彼女の目は鋭く、館の中で起きているすべての事象に対して、深い関心を持っていた。


「まぁ、でも新しい主人格がどんな人物なのか、少し気になるのも事実だな。」

 ミトは少し考え込みながら言った。彼もまた、決して表には出さないが、興味を持たずにはいられないタイプだった。


 アルトはその言葉を聞いて、軽く肩をすくめながら答えた。


「ふーん、じゃあちょっと覗きに行ってもいいかな。でも、他人の庭に首突っ込むのはちょっとなー。」

「アルト、そう言っていつも行ってるくせに。」


 コントラルトは半ば呆れたように、方言を交えて言った。


「でもまぁ、行きたければ行け。アタシはその間に、ちょっとお昼寝でもするから。」

「そういうの、もう慣れたし。行く前に、少しでも何か情報を集めておこうと思っただけだよ。」


 メゾソプラノが冷たく言うと、アルトは「はいはい、わかったわかった」と手をひらひらと振った。


「お前たち、全く…」とミトは少し呆れながらも、彼女たちの様子をじっと見つめた。彼は、ただの調律係としてではなく、館の運営やメンバーの動向を常に把握しておくことが自分の役割だと自覚していた。


 そして、ふと目を向けた先にある、木々の間から差し込む日差しに、彼は少しだけ深いため息をついた。館内で過ごす日々が、予想外の出来事によって動き出すのだろうか。その予感が、彼女には微かに感じられていた。




 一方、「カンターヴィレ」の館では、アソビがようやく歌えるまでに体力やその他の状態が回復しつつあった。完全に回復したわけではないが、日常生活に支障がない程度には動けるようになり、少しずつ本来の調子を取り戻している様子だった。


 それに、バスとテナーがアソビにべったりとくっついているのが、まるで家族のような光景を作り出していた。アソビは今や子供のように甘えん坊になっており、彼ら二人はまるで父親と母親のように彼を世話していた。

 アソビが何かを頼めば、すぐにバスかテナーが駆けつけ、心配しているのだ。そんな二人を見て、バリトンは呆れた顔をしていた。


「お前たち、またくっついて…まるで親バカじゃないか。」


 バリトンは少し遠くから彼らを見つめながら、手紙を広げていた。


「本当にどうしてこうなったんだろうな。」


 ……と呆れつつも、手紙の内容に目を通す。


 その手紙は、ヴァニタスの館から届いた季節の挨拶と共に、少しばかりの情報を含んでいた。そこでバリトンはペンを取って、素早く返事を書き始めた。書き進めるうちに、バスがその場に歩み寄り、突然こう言い出す。


「なぁ、猪が食べたいな。」


 バスはぼんやりとした声で言った。その目は少し遠くを見つめているが、確かに何か決意を持ったような輝きを帯びていた。


「猪?」


 バリトンは顔を上げ、少し呆れたようにバスを見た。


「今、そんなこと言ってる場合かよ。」

「食べたいんだよ。どうせ裏庭の森には、まだ猟銃持ってる奴がいないし。」


 バスはいつものように無邪気に、そしてまるで当然のように答えた。言いながらも、彼はすでに部屋の隅に置いてある猟銃を指差していた。


「…またか。じゃあ、行ってこいよ。お前が食べたいんだろ。」


 バリトンは深いため息をつきながら、手紙の続きを書き始めた。


「まあ、何かを捕まえてきたら、後で作ってやるよ。」

「おお、ありがとう!」


 バスは嬉しそうに声を上げて、すぐに猟銃を持って立ち上がると、裏庭の森へと向かっていった。テナーとアソビは、バスが出ていくのを見送りながらも、何も言わず、ただその後ろ姿を見守るだけだった。


バリトンは、その間に返事を書き終え、封筒に入れてテーブルの上に置いた。


「さて…あとは後で送るだけだな。」


 そう呟くと、背中にまだバスの無邪気な声が響いていた。



 

(アルト視点。)


 木々の隙間から、森の中を静かに見渡していた。カンターヴィレの裏庭、ここはいつもと違って少し静かな気がする。何かがいる気配があったけど、すぐには見つけられなかった。


 ふと、茂みが揺れる音が聞こえてきた。静かな森の中で、そっと歩く猪の姿が見えた。大きくはないが、確かに動いている。


「あれ、ちょうどいいな。」


 その瞬間、自然とそう思った。今日の昼飯はこれで決まりだ。俺は静かに銃を構え、猪の動きに合わせて身をひそめた。


 猪はゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。焦らず、慎重に。狙いを定めて、少しだけ位置を変え、引き金に指をかけた。


その時だった。


 ポン、と銃声が響く。それがちょうど俺の発砲と重なった瞬間だった。あれ?と思ったが、すぐにピンと来た。あれはバスの銃声だ。


「あいつもここにいるのか…」


 無意識に呟いてしまった。その声で気づかれていないか少し心配になったけど、あのタイミングじゃ気づくのは無理だろう。

 猪は一瞬驚いて走り去ってしまったけど、俺の方は、あいつのことが気になってしょうがなかった。どこにいる、あいつ…。



◇◆◇


 銃声が響くと、猪は驚いて森の中に逃げていく。その瞬間、俺は「ああ、やっちまった」と心の中で叫んだ。猪なんてどうでもよかったんだ、今思えば。

 けど、気がつけば周囲が静まり返って、その静寂を破ったのはバスの声だった。


「誰だ!」


 あ、まずい。バスの声があまりにも真っ直ぐで威圧的で、まるで雷みたいに響いてきた。バスに見つかるのは、さすがにまずい。


「ちょっと、何してんだよ、俺…!」


 思わず自分にツッコミを入れるが、もう遅い。俺、完全にやらかした。銃を撃った瞬間、俺の存在がバスの耳に届いてしまったんだ。結界がある場所だから、普通なら俺みたいな者は入り込めない。

 でも、バスと俺は例外だし、今やらかしたことを取り消せない。


 焦る気持ちを抑えて、隠れようと思ったんだが、ちょっと木の陰に動いただけで、足元からバスの足音が聞こえた。


……いや、ちょっと待って、この状況マジでまずいって!


 こっそり後ろを振り返ると、バスが銃を構えてこっちに向かってきてる。冷徹な目で周囲を睨みつけながら、完全に警戒してる様子。あの厳しい顔、普段の余裕なんて微塵も感じられない。


「侵入者か!?」


 バスの声がまた響く。もう完全にバレたな、と思った瞬間、俺は心の中で言った。


「詰んだ…いや、まじで詰んだ」


 バスの目がキラリと光った。その視線が俺に突き刺さる。もう完全にアウトだ。けど、どうしても焦って足が動かない。こんな時に限って、動けないのは本当、ダメだよな。


(やっべー! こんなことで見つかるなんて…!)


 内心でアタフタしながら、バスがもうすぐ目の前に来るのを、どこか冷静に感じていた。


侵入者?


(バス視点)


 俺は銃を構えて、森の中を慎重に歩きながら、視線を巡らせた。

 俺の耳には、森の木々が揺れる音や、風が吹く音が響く。それにしても、何だろうな。この感じ…。


「アルトか?」


 結界の抜け道を使えるのは、俺とあの女声種のアルカノーレ、アルトだけだってことは知っている。だけど、顔も声も知らない。

 どうせ、俺みたいな無茶苦茶なヤツだろうとは思ってるけど、どこにいるのか全然分からない。


 俺は周りを警戒しながらも、どこかでアルトがいたらどうしようかなと考えていた。さすがにこんな警戒してる中で、まさかの敵襲ってわけでもないだろうし。


……あ、でも、何かちょっとした気配を感じたような気がした。


 風が止んだ瞬間、冷たい空気が流れ込む。そのタイミングで、なんとなく上を見上げると、木の上で、うっすら人影が見えた。


「おい…!」


 目を細めてもう一度見直すと、そこには間違いなく誰かが隠れてる。なんでこんな場所で隠れてるんだ?


その人影、木の枝から垂れ下がってるように見えるし、姿勢も不自然だ。でも、まさかアルト…?


「おい! なんだよ、そこで何してんだ?」


 俺は警戒しつつ声を上げる。相手がアルトだとしたら、何かしら反応してくるはずだ。もしくは、こっちに何かしら気づいてて、そのまま隠れてるんだろうな。


 でも、何かを狙ってる感じじゃないな…。ふと疑問が頭をよぎった。何であんな隠れ方をしているんだ?


「おい、アルトか?」


 思わず自分でも呆れたように呟いてみる。どうしてこんなところで、木の上に隠れてるんだよ。

 普通、こういう場面じゃ…「隠れる」ってのはあまりしないだろう。


 とりあえず、俺はそのまま銃を持ってじっとしている。相手がアルトなら、それでいいんだけど、もし違ったらちょっとヤバいからな。


 ああ、でも、やっぱりアルトっぽいな。あの不器用さが、どうしても伝わってきた。

 少し前にアルトがやらかしたことを聞いたのを思い出して、苦笑が浮かんでくる。でも、まだ確信は持てない。


「何かしら返事しろよ~…あ、でも返事しなかったら、ただの野生動物か?」


 俺は少し笑いながら、でも手を緩めずに、警戒を続けた。


―――――――――――――――――――――――――


(アルト視点)


「あれ?待てよ。これ……気づいてねぇよな?」


 枝にしがみついたまま、俺はバスの動きをじっと見つめてた。だが、奴の構えた銃口がピタリと俺の方に向いた瞬間、背筋が凍る。


「いや、待て待て、絶対気づいてるだろこれ!つーか、まず声かけろよな!いきなり銃口向けてくるとか、怖ぇだろが!」


 心の中で叫びつつ、息を潜める俺。枝がギシギシ鳴らないように必死で体重を分散させながら、どうするか考える。


「お嬢さん、降りてこいやぁぁぁ!」


 ……おい、ちょっと待て。叫ぶのはいいけど、その声、森の木々の音でかき消されてんじゃねぇかよ!俺には聞こえねぇし、絶対届いてねぇぞ。


 ちらっと下を見ると、バスは相変わらず銃を構え直しながら叫び散らかしてる。目はギラッギラしてて、なんか殺気まで漂わせてやがる。


「マジかよ、なんでそんな本気なんだよ……やらかした俺も俺だけどさぁ!」


 焦りすぎて手汗がひどい。いや、冷や汗も混ざってるな。とにかくこの体勢、ヤベぇ。ぶら下がったままだと余計に目立つし、少しでも安全な場所に移動しなきゃ……ってことで、俺は木の幹に移動することにした。


ゆっくり、慎重に。音を立てないように枝を掴みながら……って!「バサッ」葉っぱ落ちた!落ちたよ!その音に敏感に反応するバスがさらに銃を構え直す。


「ぶら下がってないで降りてこい!」


 でっかい声で怒鳴り散らしてるバスの姿を見て、俺は内心泣きそうになった。いや、怒ってるのは分かるけどさぁ、そんなに威圧感出さなくても良くね?


「お〜い、バス、何やってんの?」


 静かで落ち着いた声が響いた。振り返ると、森の中から例の主人格…テノールが現れていた。タイミング悪すぎだろ……いや、ある意味助かったか?


「アソビ、今それどころじゃねぇんだよ!侵入者だぞ!」

「侵入者って、そんな怖がらせたら余計に出てこなくなるでしょ。」

「怖がらせてるわけじゃねぇ!降りてこいって言ってんだ!」


「詰んだ……これ、完全に詰んだわ。」


 俺は木の上で頭を抱えた。


 やべぇ、この状況。俺の位置は完全にバレてるし、バスはピリピリしっぱなしだし、アソビと呼ばれていたテノールもどんどんこっちに近づいてきてる。逃げ道なんてない。


「悪い悪い、ちょっと狩りに来ただけだからさぁ!」


 ついに俺は大声で開き直った。バスの目がさらにギラついたのを見て、次の瞬間、俺の心は「こりゃ怒られるな……」って覚悟を決めたのだった。




 俺の目の前で、木の上にしがみついていた奴が「はぁ」とため息をついてから、スルスルと降りてきた。地面に降り立つと、そのまま膝を折って正座する。


「お前、女の子じゃねぇか。」


 木の上から降りてきたその子は短髪で、キリッとした目つきをしていたが、どこか気怠そうな雰囲気をまとっている。


「俺の張っている結界を安々と突破するってことは……『ヴァニタス』のアルトだろ。」


 探るように言葉をぶつけると、その子――アルトはニヤリと口角を上げた。


「ありゃ、ばれちったか。」


 なんつーか、開き直りもいいとこだな。警戒心がなさすぎて、逆に困惑するレベルだ。


「お前、何のために来た。」


 俺が問い詰めると、アルトは肩を竦めながら答えた。


「カンターヴィレに主人格がいきなり現れたって話を聞いてさ、不審に思ってた館の女どもがうるせぇんだよ。ソプラノも主も、バリトンの姉貴も、ピリピリしっぱなしでなぁ。事実かどうか確かめに来たってわけ。」


 女どもって言い方どうなんだよ、と思ったが、それより気になるのは次の一言だ。アルトはアソビの方を見て、軽く顎をしゃくった。


「んで、そこのメガネを外したバリトンみたいなアンタが『テノール』か?」


 アソビは一瞬、ぎょっとした顔をしたが、すぐに頷いた。


「そ、そうだけど……」


 次の瞬間、アルトは立ち上がると、ズカズカとアソビに歩み寄った。俺は身構える。


「ちょ、ちょっと何する気だ!」

「別に。ちょっと観察させてもらうだけさ。」


 そう言うと、アルトはアソビの身体をまじまじと眺め始めた。身長、肩幅、指先まで丹念に観察するその姿は、妙に真剣で、かつ遠慮がない。


「あー、確かにメガネ取ったバリトンっぽいな。でも、この華奢さ……声がテノールだってのは納得だわ。」


 アルトはアソビの腕に触れたり、肩を軽く叩いて感触を確かめたりし始めた。


「お、おい……!」


 アソビが困惑しながら身を引こうとするが、アルトは全然お構いなしだ。


「ちょっと待て!あんまり馴れ馴れしく触るな!」


 俺が声を張り上げると、アルトはようやく手を止めた。


「触ってみたかっただけだよ。テノールの主人格ってどんなやつか気になってたんでね。」


 その無邪気な笑みに、俺はますます呆れるばかりだった。


 アソビはというと、少し赤くなった顔をして視線を逸らしている。こんな調子で、この妙なアルトがどう動くか、ますます油断できそうにないな……。




「おっ、見ろよ。熊じゃねぇか。」


 森の奥に進むと、先ほどの猪よりもはるかに大きな影が木々の間から見えた。クマだ。しかも、かなりの大物。


「ありゃ脂乗ってそうだな。こりゃぁ、当たりだぜ。」


 興奮が抑えられなくて、思わず笑ってしまう。アルトの方を見ると、奴も目を輝かせている。


「これは的が大きくて助かりみだな。」


 アルトはノリノリで銃を構える。頼もしいじゃねぇか。俺はアソビの方に視線をやった。


「耳塞いどけ。」


 俺が声をかけると、アソビはハッとした表情で慌てて耳を塞ぐ。それを確認してから、俺とアルトは同時に銃を構えた。


 クマがこちらを一瞥した瞬間、俺たちは一発ずつ狙いを定めて引き金を引いた。どん、と森に響く音がして、巨体のクマが倒れる。


「よっしゃ!成功!」


 アルトが手を挙げてガッツポーズする。俺もにやりと笑って、手を合わせた。


「いやぁ、久々にこんな大物を仕留めたぜ。今日は豪華な飯になるな!」

「最高だな!」


 アルトも声を弾ませて応じる。


――と、そこまでは良かった。


「さて、こっからが本番だ。」


 俺とアルトは声を揃えてそう言うと、手際よく血抜きの準備を始める。


「お前、慣れてんな。」


 俺がアルトに言うと、彼女は得意げに鼻を鳴らした。


「これでも猟師の心得は叩き込まれてるからな。」


 2人で楽しそうに手を動かしながら、狩った獲物を処理していく。


……そんな俺たちを見ているアソビは、というと。


「……うっ……」


 顔を青ざめて、口元を押さえている。


「おい、大丈夫か?」


 声をかけるが、アソビは震えるように首を振る。


「だ、大丈夫……だけど、そんなことするの、普通なのか……?」


 俺とアルトが血抜きの作業を進めている様子に、ドン引きしているのが丸わかりだった。


「普通っつーか、これしねぇと美味しくならねぇんだよ。」


 俺がさらりと答えると、アソビはさらに引いた顔をしている。


「そ、そんなこと言われても……これ、ちょっと……」


 吐き気を堪えながらアソビが木にもたれかかる。


「おいおい、こんなんでアルカノーレの主人格が務まんのかよ。」


 アルトがからかうように言うと、アソビは恥ずかしそうに目を逸らす。


「俺たちの世界じゃ普通だからな。」


 そう言って、俺とアルトは手際よく作業を続けた。横で青ざめているアソビを気にしながら、今日は楽しい晩飯になりそうだと心の中で笑った。



 ……猪と熊を担いで館への道を歩きながら、アルトは妙に馴れ馴れしい。初対面のはずなのに、距離感ってやつを知らねえらしい。


「いやー、結界抜けた時さ、アンタらどんな顔するか楽しみだったんだけど。バス、めっちゃ怒るんだな!」


 ケラケラ笑いながら歩くアルト。


「怒るに決まってんだろ。普通、結界ぶち抜いて侵入したやつがいたら、どこの誰でも警戒するわ。」


 俺が肩越しに冷たく返すと、アルトは全然気にしてない様子で「まぁ、そらそうだろ」と軽く返した。


 その横で、アソビはどうしているかと言えば――。


「……うっ……やっぱり、血抜き後の獲物って……グロテスクだよね……」


 さっきから顔色が悪いまま、俺たちの後ろをふらふらついてきている。


「おい、気持ち悪いなら、歩くなって言いたいとこだが、置いてくわけにもいかねぇからな。」


 俺がそう言うと、アソビは蚊の鳴くような声で「わかった……」とだけ返してきた。



◇◆◇


 館の裏庭に着くと、テラス席でバリトンとテナーが優雅にお茶している姿が見えた。


「おっ、バリトンじゃーん!おっす、元気してた?」


 アルトが手を振って声をかける。


「アルト……!?なんでここに!?」


 バリトンが驚きで立ち上がると、アルトは飄々とした態度で肩をすくめて答えた。


「いやいや、なんでって言われても、気になることあったら来るだろ?ついでにサボりたかったし。」

「ついでにサボり……って何それ!?」


 バリトンが頭を抱えるのを見て、アルトは「まぁまぁ」と手をひらひらさせて笑っていた。

 一方、テナーはそのやり取りを黙って眺めているだけだったが、ふと控えめに口を開いた。


「えっと……アルトさん、ですか?」

「おっ、そっちはカウンターテナーか。よろしくな!」


 アルトは気さくに笑ってテナーに手を差し出す。


「あ、えっと……よろしくお願いします。」


 テナーは戸惑いながらも手を握り返していた。





 館内に戻ると、バリトンは調理室で調理師たちとともに狩った獲物の処理を始めた。

 アルトはカウンターに腰を下ろし、彼らの作業を興味津々といった様子で見ている。


「いやー、ほんと迷惑かけてごめんなー。アンタら怒るのもしゃーないけどさ、俺んとこの女どもがさ、カンターヴィレに主人格が現れたって聞いてから、ギスギスしてて……。あの空気、耐えられないんだわ!」


 アルトは大げさに肩をすくめてみせる。


「だからって、結界ぶち抜いて侵入していい理由にはならねぇだろ。」


 俺がじろりと睨むと、アルトは「あはは、確かにそれはごもっとも……」とまったく反省する気配がない。


「まぁ、でも確認したらスッキリしたわ。おかげで久々に大物も狩れたしな!」


 アルトはニカッと笑って、また「ありがとな!」と手を振る。


 俺はため息をつきながら手を止めず、調理を進めるだけだった。


「次からは、最初っから話通してこい。次はねぇと思えよ。」


 そう言うと、アルトは「了解了解、次はちゃんとするって!」と全然信用ならない笑顔で答えた。


◇◆◇


 夕食の席。


 大きなテーブルには、見た目も香りも豪勢な料理が並べられている。

 メインはさっきまで俺がドン引きしながら見ていた、血抜きされた熊と猪の肉だ。


「いや~、バスの狩った肉はやっぱ美味しいね!」


 満面の笑みでシチューを頬張るテナー。


「おう、こっちも柔らかくていい感じだぜ。」


 バリトンもステーキを一口頬張りながら、満足そうに笑っている。


 バスは「まあな」と鼻を鳴らしているけど、どこか誇らしげだ。


 一方の俺はというと――。

 目の前の料理を複雑な気持ちで見つめていた。


「あんなに大きな体をしてたのに、こうやって一皿の料理になるのか……」


 思わずそんなことを考えながら、スプーンを手に取ると隣から声がした。


「ねぇ、どうしたんだアソビ?そんな顔して食べてたら、せっかくのご飯がまずくなっちゃうぞ?」


 アルトだ。俺が困惑しているのを察したのか、箸を持ちながら話しかけてくる。


「いや……さっきまで生きてたものが、こうやって料理になってると思うと、なんだか不思議で。」


 俺が正直に言うと、アルトは「そっか、まだ慣れてないんだな」と軽く頷いた。


「カンターヴィレに来てから、まだそんなに経ってないだろ?それまでどうしてた?」


 唐突な質問に少し戸惑いつつ、俺は異世界から転移してきた話をした。


「へぇ、異世界から来たんだ!それなら、うちの主(コントラルト)と似てるな。」

「……主?」


 アルトはコントラルトについて話し始めた。


「うちの主はさ、幼い頃に祭りで迷子になって、気づいたらヴァニタスにいたらしい。」

「ヴァニタス……」


 俺がその名前を反芻すると、アルトは続ける。


「ヴァニタスってカンターヴィレより厳かな雰囲気なんだよね。うちにはソプラノとバリトンの姉がいるんだけど、あの二人がめちゃくちゃ厳しくてさ。正直、苦手なんだ。」

「……そんなに厳しいの?」

「厳しいどころか、性格までキツいんだよ!でも、主はいい人だよ。アソビに似てるっていうか、むしろバリトン寄りの性格かな。なんだかんだ面倒見が良くて、ドレスが苦手な俺のために、パーカーとかラフな服まで作ってくれるんだよね。」


 そう言って、アルトは嬉しそうに笑う。


「へぇ……なんだか、いい主なんだな。」

「でしょ?あの人がいなかったら、俺、本当にあの2人と一緒にいるの無理だったよ。」


 アルトの話を聞いていると、不思議と安心する自分がいた。

 こんな風に気さくに話してくれる奴がいて、なんだか心が軽くなるような気がする。


「ほらほら、話してばっかりいないで食べなよ!テナーがさっきから『シチュー冷めるぞ』って言ってるよ!」


 アルトに急かされて、俺はようやくスプーンを口に運ぶ。

 確かに、温かいシチューはほっとする味だった。




 アルトと食事をしながら、彼の話を聞いていると、どんどんヴァニタスについて関心が湧いてきた。

 ただ、アルトが何度も「バリトンの姉」って言うたびに、疑問が頭をよぎる。


「ちょっと待って、バリトンの姉って、どういうこと?」


 俺が思い切って尋ねると、アルトは少し考えた後、静かに答える。


「うん。あの『バリトンの姉』っていうのは、メゾソプラノっていう女声種アルカノーレで、バリトンの双子の姉だよ。」

「え!?バリトン、姉弟なの!?」


 驚きが声に出てしまった俺に、アルトは真顔でうなずいた。


「うん、双子してアルカノーレだからね。しかも、バリトンはヴァニタスにも時々顔出してるんだ。」

「え、そうなんだ。」

「まあ、ヴァニタスのみんなとも顔見知りだよ。」


 バリトンからそう言われて、なんだか複雑な気持ちになる。ここは、やっぱりただの異世界じゃない、奥が深い世界なんだなと思う。


「でもさ、なんで『バリトンの姉』って言ってるの?メゾソプラノって名前じゃないの?」


 俺がさらに掘り下げて聞くと、アルトはまた少し考え込んでから答えた。


「それがさ、実は『メゾ』って名前の王族の人がすでにいるから、混同しないようにわざと『バリトンの姉』って呼んでるんだよ。」

「ああ、なるほど。ややこしいもんな、確かに。」

「そうなんだよ。」


 その後もアルトは、ヴァニタスの世界の話を続ける。

 その横で、バリトンは俺に話しかけてきた。


「でもね、アソビ……ちょっと厄介なんだ。コントラルトっていう、ヴァニタスの主人格がいるんだけどさ、ほんっっっとうに面倒くさい奴で。」

「え、コントラルトが?」

「うん、主は女声音域の中でも、男性種に近い深い声を出せるんだよ。『女声のテノール』って呼ばれてるくらいだから。」

「すごい声なんだな。」

「うん。でも、厄介さで言ったら、アルトよりもタチが悪いかもしれない。」

「……そうなんだ。」


 俺が真剣に話を聞いていると、アルトは軽くため息をついてから、さらに一言。


「まぁ、主に気に入られそうな雰囲気だもんな……アンタは。気をつけろよ〜〜wwあの人には。」

「わかった。気をつけるよ。」


 そう言って、俺はアルトとバリトンの忠告を心に留めた。ヴァニタスの人々、それぞれがただ者じゃないってことを、少しずつ実感している。



【Novel版】陰キャ細もやしの俺は異世界で歌の力を手に入れました。

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