テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
32
学年中に「瑠衣の恋人は渉」という最悪な噂が定着してしまい、渉は断りきれずに休日の街へと連れ出されていた。待ち合わせ場所の駅前。私服姿の瑠衣は、相変わらず無駄にイケメンでスタイルが良く、通りすがる他校の女子たちの視線を集めている。それがまた渉の神経を逆なでした。
「遅い。1分と45秒遅刻だ。お前のその無駄に速い足は飾りか?」
不機嫌そうに、可愛げの欠片もない第一声を放つ渉。小柄な体に、少し大きめのパーカーを羽織った渉を見て、瑠衣は遅刻を怒られたことなど気にも留めず、嬉しそうに目を細めた。
「ごめんごめん。渉の私服、なんかちっちゃくて可愛いなと思って見惚れてた」
「……死ね。からかうなら帰るぞ」
「冗談だって。ほら、行くよ」
瑠衣が当然のように渉の手を握ろうとする。男子校のノリではない、明確に『男同士のデート』としてのスキンシップだ。渉はビクッと体を震わせ、バッとその手を振り払った。
「触るな! 街中で男同士で手を繋ぐ奴があるか、変態!」
「えー、だって俺たち学校公認のカップルじゃん。デートなんだからこれくらい普通だよ」
「フリだろ! 僕は認めないからな!」
とフンと鼻を鳴らす渉を、瑠衣は楽しそうに笑いながら、予約していた最新のVR脱出ゲーム施設へと連れて行った。超難関の暗号を解かないと部屋から出られない、頭脳派の渉にはうってつけの場所だ。
「フン……僕の頭脳を試そうなんて、いい度胸だ。お前みたいな脳筋に、僕の英知の足元にも及ばないってことを思い知らせてやる」
ゲームが始まると、渉は水を得た魚のように生き生きと動き回った。壁に書かれた数式や、部屋に隠された仕掛けを、驚くべき速度で解き明かしていく。ひねくれた愚痴を口走ってはいるが、その瞳はキラキラと輝いていた。
「おい、瑠衣! そこにあるレバーを僕の指示通りに引け! 計算が狂うだろ!」
「はいはい、渉様。仰せの通りに」
瑠衣はゲームを解くことよりも、真剣な顔で命令を下してくる渉を見るほうが、何倍も楽しかった。いつもは斜に構えているクソガキが、自分の得意分野で必死にドヤ顔をしている。その姿が、眩しいくらいに愛らしかった。結果、2人は施設始まって以来の最高記録で脱出に成功した。
「ハッ、見たか! 僕の完全勝利だ! お前はただの置物だったな!」
施設の出口で、渉はこれ以上ないほどのドヤ顔でふんぞり返った。
「うん、本当に凄かった。渉ってやっぱり天才だな」
瑠衣が心底感心したように微笑み、渉の頭をポンポンと撫でる。
「っ……な、撫でるな!」
また真っ赤になって怒る渉。しかし、その時、渉の脳裏にふと冷静な計算が走った。
(他校の女子のファンも完全に諦めたみたいだし、今日のデートで貸し借りはなしだ。もう十分だろ……)
最近、瑠衣が近くにいると心臓がうるさくて調子が狂う。これ以上あいつのペースに巻き込まれるのは危険だ。頭脳明晰な渉は、ここで「論理的に正しい選択」をすることにした。夕暮れの公園のベンチ。自販機で買った炭酸サイダーを瑠衣に突き出しながら、渉はぶっきらぼうに切り出した。
「おい、筋肉ダルマ」
「なに?」
「もうこの『恋人のフリ』は終わりだ。他校の女子の撃退には成功したんだから、週明けにでも学校で『別れた』ってことにしろ。これで元の関係に戻れる」
完璧な引き際。これで元の、ただの優秀な同級生に戻れるはずだった。しかし、サイダーを受け取った瑠衣から返ってきたのは、いつもの軽い笑い声ではなかった。
「……嫌だけど」
低く、少し冷たい声。驚いて渉が顔を上げると、瑠衣は見たこともないような真剣な目で渉を凝視していた。いつもの「面白い」瑠衣ではない、男としての強い視線だった。
「な、なんでだよ……目的は果たしただろ」
「最初から『フリ』のつもりなんてないって、言ったじゃん」
瑠衣はベンチの上で身を乗り出し、渉の両脇にバッと手を突いた。あの放課後と同じ、逃げられない至近距離。
「お前が俺を陥れようとして噂が広まった時、本気で嬉しかったんだよ。これでやっと、渉を俺だけのものにできるって。他校の女子なんかどうでもいい。俺はお前が欲しかっただけ」
「っ――――」
渉は息を呑んだ。完璧超人のプライドをへし折るはずが、すべては瑠衣の計算通りだったのだ。
「お前が俺を嫌いでも、可愛げがなくても関係ない。俺は、お前がいいんだよ。……これでもう、逃がさないからね」
瑠衣の顔がさらに近づき、その綺麗な瞳に、夕日と、真っ赤になってフリーズしている自分の姿が映る。
「……最悪だ。僕の計算が、全部狂っていく……」
手首を掴まれたまま、渉は顔を真っ赤にして、今度は「死ね」という言葉さえ紡げなくなっていた。天才クソガキの完全な敗北。2人の本当の恋は、ここから始まるようだった。
コメント
1件
この「フリのはずが本気で絡め取られる」展開、めちゃくちゃときめきました……! 最初は渉が不機嫌でツンツンしてるのに、VR脱出ゲームで目を輝かせるギャップが眩しくて。しかも瑠衣が完全に計算済みで「最初からフリのつもりはない」って言い放つラスト、痺れましたね。頭脳明晰な渉が恋愛にだけは抗えないって、可愛すぎます。続きがすごく気になります!