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リアナが放った矢は、アスモディアの横、十テグルを通り抜けた。それは倒れながらクロスボウを構えていた盗賊の脳天を撃ち抜く。
生き残りがいた。
身構える慧太だが、それよりもセラの声が届いた。
「アスモディア! あなた、矢を」
「……平気よ。ちょっとチクリとはしたけれど」
修道服姿の女魔人の右肩後ろに、クロスボウの矢が刺さっていた。
「私を庇ったの……? あなたが?」
「貴女を守れ、とマスターからの命令だから」
ユウラさんの――セラが青い瞳を向ければ、青年魔術師は軽く頷き返した。
アスモディアは右肩に手を伸ばし、矢を抜こうとする。だが位置が悪く、抜きづらそうだった。
「わたしが抜く」
リアナが弓を背中に引っ掛け、アスモディアの背後に回った。
「ッ!?」
シスター服の女魔人が歯を食いしばって耐える中、クロスボウの矢が引き抜かれた。
少し血が飛んだが、すぐにその傷は消えていく。その様子を見やり、セラは当然ながら、リアナもわずかに驚いたようだった。
「……痛いのは最初だけだったわね」
アスモディアは、もう何ともないらしく右肩を回し始めた。
「平気、ですか?」
「ええ、これでも不死の召喚眷属になってしまった身たから。大したことなかったわね」
「……」
セラが何か言いたげな目を、アスモディアに向けている。
「あ……あり――」
「マスター、ご無事ですか?」
アスモディアはユウラのほうへ駆けていく。たぶんお礼だろうが、セラは何とも気まずげに女魔人を見送った。
「……彼女は私を守ってくれた」
「ユウラがそう指示したからだろう?」
慧太は言ったが、セラは首を横に振る。
「そうだとしても、実際に実行するかどうかは別です」
青い瞳は、ユウラ相手に身をくねらせているアスモディアを見つめる。
「魔人にとって私の一族は仇敵も同然。……昨晩だって私は彼女と……」
「喧嘩した……?」
「そこまでのつもりは、なかったですけど」
セラは苦笑した。
「少し、彼女を見直したかな、って」
「そうか」
まあ、いがみ合うことなく、無難に過ごしてくれるならそれでいいと慧太は思うのだった。
・ ・ ・
エーレ街道に沿って移動することしばし。
昼食時に、保存食である堅焼きパンを食べ、再び移動。
途中、セラとアスモディアが慧太を巡って――必要以上の接触に対して口論した以外は何事もなく、一行は歩いた。
「妖しい色気を振りまいて……あなたには羞恥心というものがないのですか!」
「羞恥心……はっ、貴女は魔人を何だったと思っているの? わたくしにだって羞恥心はあるわよ」
そう言いながら、慧太に身を寄せるアスモディア。セラは声を張り上げた。
「ハレンチです! ハレンチ!」
「もう、お姫様お堅いぃ。……わかったわ。今夜はわたくしがあなたと添い寝してあげるから」
「お断りです! どうしてそうなるんですか!?」
「え、わたくし、女の子好きだもの。本当は女の子とイチャイチャしたい」
バッと自身の身体を抱きしめる仕草をとるセラ。
「じゃ、じゃあ何でケイタに構うんですか! 彼は男の子ですよ」
「だって、ケイタってシェイ――」
――!?
「おおっと危ない」
声を出したのはユウラだった。次の瞬間、アスモディアは自身の喉もとに手を当てて苦しみ出す。
彼女にかけられた黄金の首輪。契約の証であり、奴隷の証であるそれが、マスターの指示で締め上げているのだ。
「お喋りが過ぎますよ、アスモディアさん」
「は、はい、マスター。……申し訳、ございません」
苦痛から解放され、息をつくアスモディア。ユウラはニコリと笑った。
「あまりにあまりだと、お仕置きする羽目になりますからね」
――いや、もうしてるだろ。
呆れる慧太だが、「お仕置き」の言葉にアスモディアが背筋を伸ばす。
「おいおい、お前は何でそこで期待するような目になるんだよ!」
思わずツッコミを入れてしまう。ドMかこの魔人は――
それからしばらくして、日が傾き、野宿の準備に入った。
手分けして焚き木を集める一方、リアナは狐人の能力を生かした狩りを行い、鹿を一頭しとめ、晩餐に彩りを添えた。
戦闘狂、狐人の暗殺者と、こと戦闘面に秀でる彼女だが、野外の調理では実はこのメンバーの中で随一の腕前と知識、経験があるのだ。
交代で見張りを行ったが、特に盗賊や野獣が現れることもなく、翌日の朝を迎えた。
外套に包まって寝て硬くなった身体をほぐす仲間たちを見やり、慧太は鷹に変化させた分身体の様子を確かめる。
上空をぐるっと周回しての偵察。森の中は見通しが悪いが、街道沿いを見た限りでは問題はなかった。
――それにしても、本当に人がいないな。
ゴルド橋が落ち、おそらくまだ修復されていないだろうが、王都からシファードへ行く商人や旅人などを一人も見かけないというのはどういうことだろう。
――まあ、危険がないならいいか。
慧太は思い直すのである。
朝食のあと、再び移動を開始。一時間ほど歩くと、両側の森が途切れた。その先には広大な丘陵が続く。
街道が走るなか、地形を見やれば緩やかに波打っているように見える。
「何となく思い出してきた……」
セラがそんなことを言った。慧太が顔を向ければ、彼女は西のほうを指差した。
「あちら側を通ったことがあるんです。もう少し季節が進むと、この丘陵の草が黄色みをおびて、日の角度によっては黄色一色に染まるんです」
「へえ……セラは王都エアリアに行った事が?」
「何度か。リッケンシルト国と聖アルゲナムはお隣さんですから」
セラは目を細める。
「前に来たのは、ちょうど一年前ですね。……リッケンシルトのリーベル王子の生誕パーティーに招待されて……そういえば」
銀髪のお姫様は小首を傾げた。
「そろそろ、その誕生日が近いんじゃなかったかしら」
そうなのか――その情報は、慧太にとってはどうでもよかった。
くるぶし程度の高さの草を踏みしめ、丘陵地帯を越える。
風が吹き、草が揺れ、うねっていた。
やがて、丘を越え視界が開けたその時、目指すリッケンシルト国の王都が見えてきた。
頑強な石壁が周囲を取り囲む王都、エアリアだ。