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この部屋のシャワーは温度調整が出来ない。

井浦は「早く修理をしろ」と口を酸っぱくして言っているが、ここの住人は日々慌ただしくその暇すらないらしい。

それでも、薄茶グレージュの髪に打ち付ける熱めの湯は、検死で纏わり付いた珪藻類の忌々しい臭いを消すには最適だった。泡立つハーバルグリーンのボディソープは奴と同じ匂いがする、包まれる幸福感、洗い流してしまうのが惜しい。


「ふぅ、やれやれだぜ」


洗濯かごの中のバスタオルで引き締まった身体の水気を拭き取る。湿り気の残るバスタオルは奴が使ったものだ。クンクンと匂いを嗅ぐ。癒される。


(まだ寝てんのか。)


昨夜は夜勤だったのだろう、物音に目を覚ます事なく枕に埋もれている。

羽毛布団の中に手を忍び込ませると熱を感じる。堪らない。

井浦は下半身にタオルを巻き、源次郎の眠るベッドの端に腰掛けた。

窓の隙間の心地良い風がカーテンを揺らし、火照った背中を撫でる。


ギシっ


「・・・・しまじろー」


剥き出しになった源次郎の肩の脇に腕を突き、やや屈み込む。

その時、玄関ドアの鍵がカチャンと回り、ドアが勢いよく開いたかと思うと、黒いパンプスを脱ぎ散らかしそこに脱ぎ揃えてあった革靴を踏み付け、踵を鳴らして佐々木咲が部屋に乗り込んできた。


「あんた!また懲りずに!源次郎から離れなさいよ!」

「クソ、うるせぇチワワが嗅ぎ付けやがって!」

「外にあんたの車が停まってたわよ!ファンファン鳴るアレ、どうにかしなさいよ!みんな驚いて二度見してたわよ!」

「ファンファンだぁ?赤色灯って言うんだよ。ぶぁぁぁあか」


井浦が立ち上がると腰に巻いたタオルがはらりと床に落ちた。


「その醜いモノを何とかしなさいよ!」

「オメェには恥じらいってモンが無いのかよ」

「そんなちっぽけなモン、きゃーもわーも無いわ!」

「クソ!」


その賑やかしさに源次郎が目を覚まし、肩肘を突いて起き上がった。

目の前には素っ裸の男、その奥には鼻の穴を広げて怒り狂う彼女。


「あぁ、来ていたんですか。気が付かなくて」

「おう、シャワー借りたぞ」

「はい」

「おう、も、はい、も無いわ!」


この光景は3人にとって日常茶飯事であるらしい。

源次郎は黒いハーフパンツの中の尻をボリボリと掻きながら冷蔵庫からコカコーラのペットボトルを取り出した。

プシュ

上半身裸の腰に手を当て、ごくごくと喉に流し込む。

その姿さえも愛おしそうに眺める井浦、佐々木咲は床に落ちていたバスタオルをその惚けた顔に押し付けた。


リビングのベージュのカーペットに胡座をかく源次郎、正座をする井浦、佐々木咲は不本意ながらも3人分のコーヒーを淹れる湯を沸かしている。


「それで、何かわかったんですか?」

「蓮根畑の男の話はしたよな?」

「屍蝋化した遺体ですね」

「何よ、しろうかって」


井浦は鼻先で笑うと頭の上でクルクルと円を描いてパッと開いて見せた。


「蝋燭みたいになった人間ってこった、しらねぇのか」

「一般人は知らないでしょ!」

「おまえも蓮根畑に突っ込んでやろうか」

「警察官が物騒な事言うんじゃ無いわよ!」

「まぁまぁ、咲も、井浦さんも落ち着いて下さい」


眉間に皺を寄せながらもトプトプとコーヒーをお揃いのコーヒーカップに注ぐ。これは源次郎と佐々木咲が半同棲状態のこの部屋に、井浦がいそいそと買って来た物だ。何故に三客、解せない。


「その蝋人形と、もう一体の死体は何らかの関係がある」

「もう一体?」

「あぁ。」

「新しい死体が見つかったんですか?」

「居たんだよ、蓮根畑のど真ん中にな。まだ報道はされていない。」

「それも屍蝋化しているんですか?」

「いや、殺されてピッチピチ新鮮、フレッシュだぞ」

「ピッチピチとかジジィか」

「ウルせぇな」


睨み合う、ハブとマングース。


「そこでだ」

「おまえら北陸交通んとこで河北潟近辺まで客を送ったドライバーはいねぇか?」

「さぁ、聞いてみない事には分かりません。」

「当たってみてくれ」

「あ、はい」


「おい、チワワ」

「何よ」

「タクシーのGPS記録、半月分は残ってんだろ」

「良く知ってるわね」

「俺を誰だと思ってるんだよ」

「人の彼氏に手ェだそうとする色ボケジジィ」

「誰が色ボケジジイだよ!」

「ふん!」

「とにかく、その辺りをうろついたタクシーが居ないか調べてくれ」

「なんでよ」

「犯人は犯行現場に証拠が残っていないか確認しに来る、絶対にだ。」


佐々木咲は無言で手のひらを広げ、井浦の前に差し出した。


「チッ、強欲な女だぜ」

「何とでも」


井浦は立ち上がるとベージュのトレンチコートの内ポケットから黒い革の長財布を取り出すと、五百円玉を手渡した。目を半開きにし、眉間に皺を寄せた佐々木咲はそれを床に叩き付け、もう一度手のひらを差し出す。井浦は渋々五千円札をその手に握らせ、「チッ」と舌打ちすると床の五百円玉を拾い上げ、源次郎に手渡した。


「でも、犯行現場に行くのにタクシーなんて使う?」

「幹線道路じゃねぇんだ、バスも電車も通ってねぇ」

「自分の車は?」

「・・・・・・」

「あんた馬鹿なの?」

「じ、自分の車だと身元が割れるだろう!」

「じゃあ、レンタカーは!」

「それこそ身元バレバレだろう!」

「タクシーなんて使わない!」

「使う!」

「使わない!」

「あぁ、使うんだよ!クソ、チワワ!」


睨み合う、ハブとマングース。


「まぁ。確率は半々、当たってみるのも面白いんじゃない?」

「源次郎!また甘やかす!」

「面白いじゃないですか」

「面白いって、危ないんじゃないの!?」

「バァか」

「何よ!」

「男の浪漫がわからねぇ奴は恋人失格だな!」

「うるさい!」

「ふん」


そして井浦と源次郎と佐々木咲の、暴投変化球的な独自捜査が始まった。


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