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「あれ? あの時のお客さん?」
「え?」
「あの時の……店員さん?」
支部長室で顔を見合わせた『対戦相手』は―――
お互いに初対面ではない事に驚いていた。
「ん? 何だ、もう会ってたのか?
まあそれほど広い町じゃなし、すでに会っていても
おかしくはないが」
ギルド長の言葉に、私は当惑しつつ苦笑するも、
相手の方……
男性の方がクラウディオ、女性の方が例の貴族様
だろうか―――
睨みつけてくるような視線を返してくる。
何か恨まれるような事でもしたっけ?
「用心はしていたつもりなんだけど、ねぇ」
「ったく、油断も隙もあったもんじゃねーな……」
「うん?」
彼らの反応に、ジャンさんが私の顔を見るも、
私自身も何を言っているのかさっぱりわからず……
「では支部長さん。
顔合わせはこれでよろしいでしょうか?」
オリガさんが殺気のこもったような視線を
引っ込めると、それまでの態度がウソのように
責任者へ話を振る。
「ああ、『演武』まではまだ時間があるからな。
2時間後には始めるから、1時間半前にまた
支部まで来てくれればいい。
それまでは好きにしておいてくれ」
「へいへい。
ここまで来たら、ジタバタしてもムダだしな。
けど、そう簡単にはやられねぇぜ!」
今度はクラウディオさんが私を指差して何やら
宣言すると―――
2人で支部長室を退室した。
後に残されたのは、ポカンとしているアラフィフと
アラフォーのオッサン2人になり……
「なあ……シン。
お前、あの2人に何かしたのか?」
その質問に対し、私はブンブンと首を左右に振る。
一方で―――
冒険者ギルド支部から出た2人は、宿屋までの
道のりを歩く。
しばらく無言だった男女のうち、その沈黙を
破ったのはオリガの方だった。
「本当に―――あれだけ警戒心も殺気も無く
近付いてくる相手って初めてだわ」
「何の危険も感じなかったぜ……
ただの料理運んできたオッサンだと完全に
思ってた」
そこでピタ、と彼女の足が止まり、次いで彼も
歩みを止める。
何事かと思い、クラウディオはオリガの方を見ると、
彼女は視線を返す事なく正面を向きながら、
「それだわ……!
その時点でおかしいと気付くべきだったのよ」
「な、何がだよ?」
男の方は意味がわからず、思わず聞き返す。
「あの宿屋『クラン』に―――
年配者の男性はおろか、料理を運んでいた
男っていた?」
「……あ」
そこでようやく、彼女の言っていた意味を理解する。
「そうでしょう?
あの宿屋には何度か行ったけど……
普通は若い女性、百歩譲っても女将さんが
料理を運んできたわ。
どうしてこんな不自然な事に気付かなかったの
かしら……」
一方、冒険者ギルド支部長室―――
「しかし、あの2人の態度はなあ。
敵対とまではいかないまでも、何かやられたって
顔してたぞ」
ギルド長から、先ほど出て行った2人について、
尋問のようなものを受ける。
しかし、これと言って私には覚えが無いわけで―――
「そんな事を言われましても……
新しい揚げ物を作った時、ちょうどあのお2人が
店にいた、くらいですか」
「あー、『カツ』『フライ』ってのをまた
作ったんだっけ。
フーム……でもそれだけであの態度は」
ジャンさんは『真偽判断』を使えるため、
ウソは通じない。
もっとも、使うほどの出来事ではないと思うが。
一方、クラウディオとオリガは―――
「そういやあのオッサンから、魔力を全くと言って
いいほど、感じなかったんだよな。
今思えばそれも……」
「不自然過ぎた、でしょうね。
今さら言ってもどうしようも無い事ですけど。
必要とあれば自ら動く……
高い知性も併せ持つ獣―――
それはわかっていたつもりでしたのに」
ため息と共に、後悔と諦めの言葉が彼女の口から
漏れる。
一方、冒険者ギルド支部長室―――
「だとしてもなあ……
お前さんの魔力から何か気配を感じ取ったとか?」
アゴに手をあてて話すジャンさんに、私は片手を
垂直に立てて、顔の前で左右に振る。
「そもそも私が魔法を使えないって、ギルド長は
知っているでしょう」
「そうなんだよなあ。
隠蔽か隠密で気配遮断でも出来れば
話は別だが」
腕を組み、わけがわからん、とポーズで示すように、
彼はそのままソファへ背中を押し付ける。
一方、クラウディオとオリガ―――
「って事はさあ―――
この数日、町に来てから今日まで……
俺たち、ずーっと見張られていてもおかしく
ないって事?」
片手で顔を隠すようにして、空を見上げて
投げやりに話す彼に、彼女は―――
「ロック男爵が『依頼』をしてくるような相手だし、
恨みを買っているのもわかっているはず……
そんな相手が不用心で過ごしているわけが
無かったわね。
私たちの事は、全部丸裸にされていると
思った方がいいわ」
悲観的な言葉に、同行している彼も強い口調で
同調する。
「くそ!
魔力はおろか、気配にもそれなりに気を付けて
いたっていうのによ!」
「それは私も同じ……
でも、何も感じなかった。
視界にも入ってきてないわ」
お互いにふぅ、と一息ついた後、男の方はガシガシと
頭をかいて、
「ったくよぉ。
これじゃ、辞退した4人を笑えねーぜ」
「むしろ、いい判断をしたと褒められるでしょうね。
私たち―――
とんでもない相手と戦う事に
なっちゃったのかも♪」
強がりなのか、それとも吹っ切れたのか、
彼女はニヤリと笑った。
一方、冒険者ギルド支部長室―――
「で、会った事があるのは1回だけか?」
ソファにめり込ませていた腰を浮かせて、
ジャンさんはなおも聞いてきた。
「だってあれからすぐ、今日の『お祭り』までに
必要な魚やら鳥やら―――
町の外で集めてたんですから。
忙し過ぎて、もしすれ違ったとしても多分
気付きませんよ」
「悪い悪い。
そういやそうだったな。
まあ、泣いても笑ってもあと―――
2人合わせても3時間後にゃ、
全部終わってるだろ。
そこから先は俺が何とかするから、『演武会』
だけはやりきってくれ」
こうして、私とクラウディオさんとオリガさんは、
『その時』を待つだけとなった。
冒険者ギルド支部主催、『演武会』開始まで
30分―――
『会場』となった『訓練場』は、大勢の人間で
ごった返していた。
「はーい、押さないでくださーい!
ちゃんと席に座ってください!」
「まだ暑いので日差しには気をつけてください!
具合が悪くなったら、近くのギルド職員か
ギルドメンバーまでお願いしまーす!」
「10才未満の子供さんは見れませーん!
またお子様から目を離さないようお願い
しまーす!」
「チキンカツサンドと白身フライサンド、
もらってないお子さんはいらっしゃい
ませんかー!?
14才以下の子供はどちらも無料でーす!
大人の人はちゃんと買ってくださーい!」
ミリアさんや女性のギルドメンバーが大きな声で、
会場内を走り回り―――
思った以上の大盛況だ。
すると、私の姿に気付いたミリアさんが
駆け寄ってきて、
「あれ? シンさん。
まだ時間はありますけど」
「いえ、会場の様子を見ておこうかと思って……
しかし、こんなに人が来るとは」
前回のギルド長との『訓練』の時は、ざっと
100人ほどは来ていたと思うが、今回はさらに
それを上回る。
あとそれだけではなく、ギャラリーの客層も
異なって見えた。
「何か、同じ冒険者ギルドのメンバーの人が
あまりいませんね?」
「それはそうですよ。
今は裏方に回ってもらっていますからね。
後で交代で見に来ると思いますよ。
あとなるべく一般の人に入ってもらうため、
遠慮してもらっているというのもありますが……」
……?
何か、奥歯に物が挟まったような言い方だけど……
そう私が疑問に思ったのが顔に出ていたのか、
ミリアさんは言葉を続ける。
「それに、前回のギルド長との『訓練』を
見てしまった後では、今回はどうしても
見劣りするといいますか。
それでギルドメンバーの方は、どちらかを
見れたらいい、くらいの感じらしいです」
そんなものなのかな、と頭をポリポリとかき、
あいさつしてミリアさんと別れ……
『控室』としてあてがわれた個室で―――
私は予定時刻まで待つ事にした。
そしてもう一方にあてがわれた控室では、男女が
最後の作戦会議をしていた。
「……とにかく、長期戦に持ち込みなさい。
あなたの『無限体力』という二つ名―――
これを最大限に生かすのよ。
徹底して相手の攻撃をしのいで、疲れを待つしか
ないわ」
真剣な眼差しで話すオリガに、クラウディオは笑って
答える。
「おう、わかってるよ。
せいぜい引っ掻き回して―――
オリガと戦う時には、ヘトヘトに疲れ果てている
くらいには、やってやるぜ」
「バカ……!
確かに次は私だけど、休憩くらい挟むでしょ。
何なら、私が先にやってもいいのよ?」
彼は両膝をつかむように両手を置いて、
「冗談だよ、冗談。
俺だって別に、最初から負ける気でいるわけじゃ
ねーからさ」
「こうまで戦力がわからないと―――
私でもあなたでも、どちらが勝てるかなんて
誰にもわからないわ。
ただ、『お祭り』『見世物』になっていると
いう事は―――
あちらも最初から全力で来る気は無いと思うの。
焦らずに勝機を見出すのよ。
わかった?」
彼女は、彼がコクッとうなずくのを見届けると、
自分もまたうなずき……
そして、控室の扉がノックされた。
「そろそろお時間ですが、
準備はよろしいでしょうか」
その声に、中の男女はゆっくりと立ち上がった―――
「うっは……
何つーか、雰囲気違くね?」
私と訓練場の中央で対峙したクラウディオさんは、
観客を見て戸惑うように感想を漏らす。
「す、すいません。
こんな事になってしまって……
一応、お子様も見てますので―――
その辺りの事を考慮してもらうと助かります」
言い訳のように私が話すと、彼は私……
正確には手元を見て、
「で、それがあんたの得物かい?」
「ええ、まあ」
私の手……正確には両手にそれぞれ、長さの異なる
棒を手にしていた。
ジャンさんとやり合った時のような、
1メートル半のものではなく―――
一方が1メートル、もう一方は70センチ程度の
物だ。
これを選んだのは別にたいした意味はない。
ただ少しでも相手の意図をかき乱す事が
出来れば―――
という狙いがあった。
そしてそれを凝視する2つの視線が、会場となった
訓練場の最上段から注がれていた。
「やはり、使う武器は……
つまり彼は棒術を主体とした魔法―――
武器特化魔法に優れているという事でしょうか」
オリガは訓練場の2人を向いたまま、隣りにいる
ギルド長へ問いかける。
「どうかな。
ジャイアント・ボーアを倒した時は、
獲物の体に武器による傷は無かった」
「……!
ではやはり、主体は身体強化だと?」
そこで初めて彼女はジャンドゥの方へ向き直り、
改めてクラウの対戦相手の魔法を問う。
しかし、彼は笑いながら、
「お前さんたちはそれを知るためにわざわざ、
シンを『テスト』しに来たんだろう?
自分の目で見極めるんだな。
ホレ、そろそろ演武が始まるぜ」
その言葉に、彼女は無言で訓練場に視線を戻した。
「さてと、そろそろ始めよーぜ。
観客の皆様もお待ちかねのようだし」
「そうですねえ」
『テスト』であり、『演武』でもあるこの
イベントに、特に開始の合図は決められていない。
審判としてギルド長が試合の継続か停止を決める
立場にいるだろうが―――
それ以外はぶっつけ本番、舞台の上の2人にお任せ、
という感じだ。
彼が構え、私も呼応するように戦闘態勢に
入ると―――
ギャラリーがいっせいに沸き立った。
そして改めて、彼の得物を見つめる。
2メートルはあろうかという棒―――
先端には、何重にも布が巻いてある。
どう考えても槍タイプの武器だよな、アレは……
事前情報ではクラウさんは、『接近戦タイプ』と
聞いていたのだが……
どうも飛び道具でも無い限り、武器使いは
近距離メインにカテゴリーされてしまうらしい。
「ん……!」
両腕でしっかりとつかみ、そして腰を少し落として、
こちらに先端を向ける。
「はっ!」
「っと!」
こちらに向かって突いてくるが、初弾は様子見なのか
威力もほとんど感じられず―――
基本に忠実に、力を外へと受け流す。
受け止めるのではなく、押し返すでもなく……
ただ、やはりその一撃は重い。
恐らく身体強化か、ジャンさんのような武器強化か、
それとも別の魔法か―――
しかし、連続で仕掛けてくる気も無いようだ。
(少しは自分から仕掛けてみるとしましょう。
何もしないというのも、変に勘繰られるかも
知れませんし)
適度に距離を取った後、一気に前に詰める。
この程度なら相手に警戒を抱かせる事くらいは……
「……んっ!?」
私が距離を詰めるのと同時だった。
彼はそのまま背後へと飛び―――
結界でもあるかのように、あくまでも一定の
距離を保つ。
(―――まさか、長期戦を望んでいる?)
私は彼と視線を交わすと―――
クラウディオさんもまた、口元を歪めた笑いを
見せて答える。
いや、ちょっとそれはマズい。
何せこちらは魔法は使えないのだ。
今はまだ身体強化を使っているように思われて
いるからいいが、あまり時間をかけ過ぎて、
『どうして他の魔法を使わないんだ?』
と、ギャラリーに疑問を抱かれても困る。
そうでなくとも年齢差もあるのだ。
アラフォーの私が、20才そこそこの若者と
体力勝負ってのはちょっと……
しかし、私が押せば彼は引き、そして私が
距離を置こうとすると―――
すぐに一定の間合いまで詰めてくる。
この展開は想定していない。
段々と焦り、そして疲労が精神的にもたまり
始めた。
「オイオイ、イチャモン付けてきた割には、
ちょっと消極的じゃねぇか?」
観戦していたギルド長は、隣りに座る貴族の
女性に、皮肉混じりに声をかける。
「あら、わざわざ『テスト』したくなるほどの
人材よ?
簡単に決着がついてしまったら―――
試験にならないんじゃなくて?」
お互いに意図は読まれていると承知の上で、
言葉による火花を散らす。
しかし、オリガの真意とは裏腹に、ジャンドゥは
内心焦り始めていた。
(クソ、乱戦にさえ持ち込めれば―――
シンが魔法を無効化させても、誤魔化しようが
あるんだが……
無理に勝ちにいく必要は無いとしても、
最後まで魔法を使わないで負けるのは
何としてでも避けてくれ)
彼がポーカーフェイスのまま、しかし祈るような
思いで見つめる中、動きがあった。
「やれやれ……
ちょっと手を変えましょう」
私は常に距離を保つクラウディオさんを前に、
いったん立ち止まって構える。
どうやら相手は積極的に仕掛けてこない模様……
それならそれで、『茶番』に付き合ってもらい
ましょうか―――
「……んっ?」
彼は私の新たな構えを見て、足の動きを止める。
時代劇の二刀流のような―――
一方を上段に、そしてもう一方は水平にして正面に
差し出すように構える。
格闘ゲームで、こういうキャラいたよなあ、
と思いつつ、体を回転させ、
「おっ!?」
クルッ、と回ったかと思うと―――
そのまま突きを彼に入れる。
もちろん、そんな訓練を受けたわけではないので、
回転後は当てずっぽうになるが、とにかく相手に
突きを出す事が出来ればいい。
これは布石だ。
一回転して、短い方の棒を―――
次の一回転は、長い方の棒で突く。
それを適度に織り交ぜてやっていく。
回転も左右どちらかをランダムに。
どちらに回転するのか、そして長短どちらの棒で
攻撃されるのか、『その時』になるまで相手には
わからず、対応は出来ない。
「……く……!
うぉお……っ!?」
彼も反応し、戸惑いながらも槍で弾き返す。
多分、初めて見る戦法だろう。
相手が長期戦を望んでいると踏んでの事だが、
そうである以上、彼もこれに付き合うしかなく、
私の攻撃をさばく事に専念させられる。
実際のところ―――
こんなトリッキーな動きは非効率的だし、
リスクも高い。
もし彼がタイミングをつかんで、私が後ろを
向いている時―――
つまり視界に入っていない時を狙われ、突きでも
入れられたら、そこで私は終わる。
だがここは魔法のある世界……
私が何らかの『魔法』を発動させる事を、
彼は用心しているのだろう。
「おいおい、若いのだらしねーぞ!」
「やっちゃえー! シンさーん!!」
観客席から歓声が沸き上がる。
ギャラリーから見れば、私が一方的に押している
ように見えるからか―――
しかし、現実として……
クラウディオさんの防御は、より正確に、そして
精度が上がってきていた。
彼が攻撃してこないのは、新たな魔法への用心―――
そして反撃の機を伺っているに過ぎない。
即ち、こちらに疲労の色が見え始めたら……
ある意味、想定通りの展開ではあるが―――
正直なところ、精神的にも肉体的にも、
追い詰められているのはこちらであるとも言えた。
(ハァハァ……
これ以上時間はかけていられませんね……
ここらで勝負をつけさせてもらいます!)
また私は回転する動作に入り、その視界の片隅で
彼が構えるのがわかった。
だが―――
「……なっ!?」
私は彼に背を向けたまま、短い方の棒を空高く
放り投げた。
視点誘導出来ればいいが、恐らくこれは見破られる
だろう。
出来たところで一瞬だけ―――
すぐに視線は正面に戻るはずだ。
だがそれでいい。
私の次の行動……新たな動きの追加が出来れば
いいだけだ。
同時に、私は自分の能力を発動させた。
身体強化や、武器強化など―――
・・・・・・・・
出来るはずが無い、と。
「……がっ!!」
その時、私が取った行動、それは―――
『後ろ向きのまま彼に突進する』事……
そして脇腹から長い方の棒を差し込むようにして、
クラウディオさんがいると思われる方向に、思い切り
突き入れる。
手応えがあり、振り返るとそこには片膝を付く
彼の姿があった。
そしてそのまま、棒を彼の肩に置く。
「どうします? 続けますか?」
彼は得物を手放さずにいたが、もう片手で腹の辺りを
押さえ、ダメージを受けた事を隠せずにいた。
「力が入らねぇ……
わかったよ、降参だ」
彼が負けを認めると、会場からいっせいに歓声が
上がり―――
その喧噪に紛れて私は、また能力を発動させた。
身体強化や武器強化は―――
・・・・・・・・・・・・・
こちらの世界では当たり前だ、と。
これで恐らく、彼の魔法能力は戻ったはずだ。
そして試合を会場の最上段から見ていた男女のうち、
女性の方がその結果について大きく声を上げる。
「い、今の『抵抗魔法』―――
いえ、『無効化』じゃないの!?
アイツ、そんな魔法まで使えるわけ!?」
それを横目で見たまま、男の方も言葉を発する。
「落ち着けって。
魔力は感じたか? 発動は見えたか?」
「……ッ!」
その問いを彼女は即座に理解し、自分の考えは一瞬で
否定される。
「それより、行ってやらなくていいのか?
仲が悪いんなら、無理にとは言わないが」
「言われなくても行くわよ!」
そうしてオリガは、彼が運ばれるであろう控室へと
向かった。
「クラウ!! 大丈夫!?」
彼女が駆けつけると、そこにはすでに回復している
クラウディオの姿があった。
「いや、別にケガなんかしてねーよ。
どうやら、イイのを一発もらっちまっただけ
みてーだ」
控室のイスに座りながら、彼は片腕を回して
無事をアピールする。
彼女はホッと一息つくと、改めて向き直り、
「でもどうして?
アイツの―――シンの攻撃、いくらおかしな
動きであっても、あなたにそれほどダメージを
与えるようなものだとは思えなかったんだけど」
それに対して、彼はダメージのあった腹の部分を
手で押さえ、
「それが妙なんだ。
一瞬だけ、身体強化が消えたような―――
でも今は何ともねぇ。
こんな魔法知ってるか?」
「私も『抵抗魔法』か『無効化』だと
思ったんだけど、それにしては魔力発動は
感じなかったわ」
「ああ、それは実際に立ち会った俺も……」
と、そこへ―――
先ほどの対戦相手とギルド長、2人の男が姿を現す。
「あの、クラウディオさん。
大丈夫でしたか?」
「ケガは無いと聞いていたが―――
その様子じゃ大丈夫そうだな。
初めての『演武会』でケガ人が出たら、
この先続けるのが難しくなっちまうし」
心配なのはこのイベントが続行出来るか
どうかなのか。
さすがギルド長……
「相手の心配までなさってくださるたぁ、
余裕だねえ。
しかし、何だってあんな攻撃―――
食らっちまったんだろう。
急に体調でもおかしくなったのかな?」
やっぱり、勝負の瞬間……
私の能力で魔法の類を使えなくした事は実感して
いたのか。
そりゃ直接戦った相手だし、そうなるよな。
「おかしくなったのはその通りだ、クラウディオ。
いや―――
そうさせたシンの作戦勝ちか」
そこでジャンさんが、彼の疑問に答え始め―――
それに対しオリガさんが問い質す。
「どういう事?
確かに彼の行動は今まで見た事のないもの
だったけど……」
「恐らくだが―――
最後の、シンの攻撃を食らった時だけ、
身体強化が解けていたんじゃねぇか?」
ギルド長の言葉に、即座に当人が噛みつく。
「ンなわけあるかよ!
身体強化は常時発動だ、自分で解除しようと
思わなければ……!」
あ、一応任意で解除出来るんだ。
まあ、そうでなければ日常生活で常に強化が掛かって
いるから、不便そうだけれども。
「無意識に、だとしたら?」
ジャンさんの言葉に、若い男女はポカンとした
表情になる。
自分も危うくなりそうだったが、ここは話に
合わせるために何とかこらえる。
「ちょっと何言ってるの?
無意識に、って……」
「クラウディオ、聞くが―――
最後、シンが後ろ向きでお前に突進した時、
取った行動は何だった?
防御か? 攻撃か? それとも避ける、か?」
そう聞かれて、彼は困った顔になる。
「いや、あの時はとっさの事で面食らったから、
どっちだったか……」
「あ」
すると、彼の隣りにいたオリガさんが大きく
口を開けた。
「何だよ、オリガ」
彼は怪訝そうな表情をオリガに向けるも、彼女は、
「バカ! まだわからないの?
あの時のあなたは、攻撃も防御も選択していない
状態だったのよ!
混乱していたようなものなんだから……!」
「そういうこった。
確かに身体強化は常時発動―――
だが、行動を決めるのは自分の意思だ。
その意思がどっちつかずってんなら、
身体強化もへったくれもないだろう」
さすがに百戦錬磨のギルド長の言葉には説得力が
あるのか、二人は同調し納得していく。
「う……
そもそも戦いの場で混乱している事自体、
イコール敗北に限りなく近い……
でもよ、何でそうまでして接近戦に
こだわったんだ?
どうして身体強化以外の魔法を使わない?
俺はそこまでの相手じゃない……って事か?」
また答えにくい事を聞いてくるな……
しかし彼のプライドをこれ以上傷付けるのも―――
と思っていると、ジャンさんが答える。
「そりゃお前、『次がいるから』に決まってんだろ。
最初から手の内を全部明かすヤツはいねえ」
「そ、それでも結構手を使わされたんですよ?
それにもうあの手は、二度とクラウディオさんには
通用しないでしょうし」
何とか気遣って発言するが、微妙な視線を返される。
「そんな顔しない。
ほらほら、私が仇を取ってあげるから♪」
「別にそこまで気にしちゃいねーよ!
オリガこそ、俺より無様な戦いするんじゃねぇぜ」
何とか機嫌は直り、また魔法無効化についても
納得したみたいなのでホッとする。
「じゃあ、次の『演武』は15分後だ。
シンもそれでいいな?」
そこで私と次の対戦者は顔を見合わせ―――
「わかりました」
「わかったわ」
ほとんど同時に同意の返事を返すと、
私とジャンさんは彼らの控室を後にした。
「……で、実際のところはどーなんだ?」
廊下を歩いていく最中、ギルド長から話を振られる。
「最終的には能力を使いましたけど……
他は全部コケおどしと攪乱のため、ですね。
あとは、タイミングを利用したといいますか」
「タイミング?」
聞きなれない言葉だったのか、ギルド長は
疑問を込めて聞き返す。
「イチ、ニの、サン……
ってヤツですよ。
タイミングを合わせるための掛け声はこの世界にも
あったので、それを利用させてもらったんです」
「??」
意味がわからない、と首を傾げるジャンさんに、
私は理由を追加する。
「その掛け声って、自分でも無自覚で動きに
組み込んでしまうんですよ。
ギルド長の言う、無意識に、ってヤツです。
それまでずっと初動から攻撃に入るまで
イチ、ニの、サンで……
つまり決まった一定間隔の動きで、攻撃を
仕掛け続け―――
最後の攻撃で思いっきりタイミングを
ずらしたんです」
これは父親からの受け売りだが……
軍や治安機関を志す人間は、そのタイミングを
まず体から忘れる・抜けさせるよう―――
訓練させられるのだという。
決まったタイミングを体が覚えているというのは、
相手からすれば付け込むスキに他ならないからだ。
もっともこういう知識も、『普通』なら教わらない
だろうが……
「そういえば最後の攻撃、確かに妙な感じが
したんだよな。
タメというか、攻撃に入るまでの間隔が
無かったというか―――
全部、そのための布石だったってわけか。
お前さんもなかなかエグいねぇ」
ああ、やっぱり彼には読まれていたか。
最後の背中からの突進―――
それまでイチ、ニの、サンで仕掛けていた攻撃を、
アレだけイチ! で仕掛けたのだ。
クラウディオさんの対応精度が上がってきたのも、
そのタイミングに慣れてきたと思ったからで……
これならいけると踏んだのである。
棒を上空に放り投げたのも、タイミングを
ずらした事を悟られない・誤魔化すための
手段で―――
感心しつつ、意地悪そうに笑うジャンさんに
私は正面で両手を振って、
「で、でもメインは攪乱とコケおどしですよ。
それで引っ掛かってくれなきゃ、私には
どうしようもありませんでした。
特に最後のアレは、自分の背中の防御力を
信じて―――くらいのもので」
ふーむ、と息を吐いて彼は次の質問に移る。
「それで―――
彼女へのコケおどしはあるのか?」
「まあ、一応……」
「そうか。じゃ、次の『演武』も期待してるぜ!」
そして手を振るギルド長と私は別れた。
15分後―――
私は訓練場の中央で、オリガさんと対峙していた。
だが、観客席はざわつき……
彼女もまた、私に不審の目を向ける。
「ええと……それでいいの?」
「はい、『今回』はこれで……」
会場は私の言葉にどよめく。
その原因は―――私が素手でいる事にあった。
棒、木剣、槍……そのどれも私の手には無い。
文字通り『無手』だ。
そして私が一歩踏み出すと、
「……っ!」
まだ、『開始』ではないが―――
彼女はゆっくりと後ずさって距離を取る。
かなり用心されているようだ。
確かに、武器も何も無い状態で挑むのであれば……
普通は戦力ダウンと考えるだろう。
だがここは、魔法がある世界。
私が『遂に身体強化以外の魔法を使うのか』
と―――
彼女の警戒心はMAXになっているはずだ。
そして会場の最上段では―――
今度はギルド長とクラウディオが陣取り、『演武』の
舞台上の2人を見下ろしていた。
「素手って事は……
いよいよ、あのシンの本気が見られるのか」
「火魔法と風魔法の、遠距離攻撃の使い手が相手なら
接近戦の武器は意味がねえ。
当然の選択だが―――
当然じゃ無い事をしでかすかも知れんぞ?」
そうして会場全体が―――
『演武』が開始されるのを、固唾を飲んで見守り、
静寂に包まれた。