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放課後の駅前。 制服姿のりいなは、スマホをいじりながら、ベンチに腰掛けていた。 画面には、かいからの「あと3分!」というメッセージ。 でも、時計はすでに5分を過ぎている。
「……遅い〜」 小さく呟いたその声は、少しだけ拗ねていて、でもどこか楽しげだった。
そのとき、遠くから制服の男子が走ってくる。 髪を風になびかせて、笑顔で手を振りながら。
「りいな〜!待った?いや、待ってないよね?俺、3分って言ったし!」
「今、7分過ぎてるけど?」
「え、マジ?俺の時計、未来に生きてるかも」
「それ、ただの遅刻だから」
りいなが立ち上がると、かいは肩で息をしながら「ごめん、髪セットしてた」と言った。
「髪型に命かけすぎじゃない?」
「今日のテーマ、“笑わせたら勝ち”だから、まずはビジュアルで攻めようと思って」
「笑わせるって、そっちの方向なの?」
ふたりは笑いながら歩き出す。 駅前から続く下町の商店街。 古びた看板、焼きたてのたこ焼きの匂い、射的の店から聞こえるパチンという音。 平日の夕方、部活帰りの学生や買い物中のおばちゃんたちが行き交う中、ふたりの歩幅が自然に揃っていく。
「ここ、懐かしい感じするね」
「俺、小学生のとき、ここで射的やって、店のおばちゃんに“センス皆無”って言われた」
「今も変わってないんじゃない?」
「おい、俺の成長を信じてくれ」
ふたりは射的の店に入る。 かいが銃を構えて、真剣な顔で狙いを定める。
「いけー!」 パチン。外れる。
「……センス皆無」
「ちょ、早い!まだ一発目!」
りいなが笑いすぎて、肩を震わせる。 かいは「見てろよ〜」と意気込むが、結果は全敗。
「俺の運、どこ行った?」
「たぶん、髪セットに使い果たした」
「それ、今日一番のダメージ」
店のおばちゃんが「おまけでラムネあげるよ」と言ってくれて、ふたりは笑いながら店を出る。 かいがラムネの瓶を振って「ビー玉、取れそうじゃね?」とふざける。
「それ、取ったら中身こぼれるよ」
「じゃあ、俺の涙で補充する」
「泣くほど悔しいの?」
「りいなに笑われたのが一番悔しい」
「でも、笑わせたら勝ちって言ってたよね?」
「それは俺が笑わせる側のつもりだったのに〜!」
ふたりはたこ焼き屋の前で立ち止まる。 「半分こしよ」とりいなが言って、かいが「じゃあ、俺が熱いの担当な」と言う。
「え、なんで?」
「りいなが“あっつ!”って言うの、見たいから」
「それ、性格悪くない?」
「俺、ずるいの得意だから」
ふたりはたこ焼きを分け合いながら歩く。 くじ引きの屋台で、りいなが「やってみたい」と言って、引いたのは“ハズレ”。
「うわ〜、残念」
「俺の運、分けてやるよ」とかいが言って、もう一枚引く。 結果は“ハズレ”。
「……分けるほどなかったね」
「俺の運、絶滅してた」
ふたりは笑いながら、商店街の端まで歩く。 夕方の光が、ふたりの影を長く伸ばしていた。
「ねえ、かい」
「ん?」
「今日、楽しいね」
「まだ始まったばっかだけど?」
「でも、もう笑いすぎて、ちょっと疲れたかも」
「それ、俺の勝ちってことでいい?」
「まだ早いよ〜」
ふたりは並んで歩きながら、ふと立ち止まる。 かいが、少しだけ真面目な顔で言った。
「りいなって、笑ってるときがいちばん好き」
りいなは、少しだけ目を見開いて、でもすぐに笑って言った。
「…それ、ずるい」
「俺、ずるいの得意だから」
「知ってる」
ふたりはまた歩き出す。 商店街の端にある小さな公園に差しかかると、かいが「ちょっと寄り道しようぜ」と言って、ベンチに腰を下ろす。 りいなも隣に座って、たこ焼きの最後の一個を口に運ぶ。
「…熱っ!」
「よっしゃ、俺の勝ち!」
「なにが勝ちなの!?」
「“あっつ!”って言わせたら勝ちっていう、俺ルール」
「そんなルール聞いてないし!」
ふたりは笑いながら、ラムネの瓶をカランと鳴らす。 風が少しだけ吹いて、制服の袖が揺れる。 りいながふと空を見上げると、夕焼けがじわじわと広がっていた。
「…こういう時間、ずっと続いたらいいのにね」
かいは、りいなの横顔をちらっと見て、少しだけ黙る。 そして、ぽつりと呟く。
「俺、りいなの“笑ってるとき”がいちばん好きだけど…“黙ってるとき”も、けっこう好きかも」
りいなは、思わず吹き出す。
「それ、ずるい。そういう言い方」
「俺、ずるいの得意だから」
「知ってる」
ふたりはベンチから立ち上がる。 商店街の灯りが少しずつ点き始めて、夕暮れが夜に変わろうとしていた。
「次、カラオケでしょ?」
「よし、笑わせる準備は万端だ」
「こっちも、笑う準備できてる」
ふたりは並んで歩きながら、ゲーセンのネオンが見えてくる。 その光の中に、ふたりの影が溶けていく。
ふたりは並んで歩きながら、ゲーセンのネオンが見えてくる。 その光の中に、ふたりの影が溶けていく。
ゲーセンの奥にあるカラオケボックス。 受付で名前を書いて、部屋に通されるまでの数分間も、ふたりはずっと笑っていた。
「よし、今日の勝負はここからが本番だな」 かいがマイクを握りながら、得意げに言う。
「笑わせたら勝ちって言ってたよね?」
「そう。俺の十八番、いくぞ」
画面に映し出されたのは、テンションMAXなアニソン。 イントロが流れた瞬間、かいは立ち上がり、マイクを両手で持って謎の振り付けを始めた。
「かい、それ何!?踊り!?顔芸!?」
「魂の表現だ!」
「顔がうるさい〜!」
りいなは笑いすぎて、ジュースを吹き出しそうになる。 かいは歌いながら、テーブルの上に乗りそうな勢いで盛り上げる。
「俺のステージにようこそ!」
「ここ、ステージじゃないから!」
1曲目が終わると、ふたりはすでに息切れ状態。 りいなが「ちょっと休憩〜」と言いながら、ソファに倒れ込む。
「でも、かいの歌、全力すぎて笑った」
「それが狙いだから。笑わせたら勝ち、だろ?」
「うん、今のは完全に勝ち」
「よっしゃ、1ポイント!」
次に選んだのは、ふたりでデュエットできるポップソング。 でも、かいが勝手にハモり始めて、りいなが「ちょっと!音程ずれてる!」とツッコむ。
「俺のハモりは自由型だから」
「それ、ただの迷子!」
ふたりは笑いながら、歌って、ふざけて、また笑う。 時間がゆっくり流れていくような、そんな空間。
「ねえ、かい」
「ん?」
「次、ちょっとだけ…“本気のやつ”歌ってみて」
「本気のやつ?」
「うん。ふざけてないやつ。…聴いてみたい」
かいは少しだけ黙って、リモコンを操作する。 選んだのは、切ないラブソング。 画面に映る歌詞は、誰かを想って、でも届かない気持ちを綴ったものだった。
イントロが流れ、かいは静かに歌い始める。 さっきまでのふざけたテンションとは違って、声はまっすぐで、少しだけ震えていた。
りいなは、笑っていた顔をそっと真顔に戻す。 かいの歌声が、部屋の空気を変えていく。
歌詞のひとつひとつが、かいの声に乗って、りいなの胸に届いてくる。 “好き”って言えないまま、隣にいるだけの切なさ。 “伝えたい”のに、言葉にならないもどかしさ。
かいの声は、まっすぐで、でもどこか不器用で。 それが余計に、りいなの心を揺らした。
歌い終わったあと、部屋の中に静けさが残る。 りいながぽつりと呟いた。
「…ずるい。そういうの、響くじゃん」
かいは、少しだけ照れたように笑って言う。
「りいなが笑ってくれるなら、それでいいって思ってたけど…もっと響かせたいって思った」
「…それ、ポイント高いかも」
「じゃあ、俺の勝ち?」
「まだ早いよ〜」
ふたりは笑いながら、次の曲を選ぶ。 でも、さっきの空気は少しだけ残っていて、ふたりの距離が、ほんの少しだけ近づいていた。
「ねえ、かいって、いつも余裕あるよね」
「そう見える?」
「うん。なんか、ふざけてるけど、ちゃんと見てるっていうか」
「俺、余裕あるフリしてるだけかも」
「…昨日の校舎裏、ちょっとびっくりした。かいが“燃えてる”って言ったの」
「俺、負けず嫌いだからさ。でも、りいなが笑ってくれるなら、それでいいって思うときもある」
「…笑ってるだけじゃ、気持ちって伝わらないよね」
「じゃあ、どうしたら伝わる?」
「わかんない。でも、隣にいてくれるだけじゃ足りないときもある」
「じゃあ、俺は“隣にいる”だけじゃなくて、“見てる”って言えるようになりたいな」
りいなは、その言葉に少しだけ胸がざわつく。 でも、すぐに笑って言う。
「…それ、ずるい。そういう言い方」
「俺、ずるいの得意だから」
「知ってる」
ふたりはまた笑いながら、マイクを握る。 次に選んだのは、ふたりでふざけられるアップテンポな曲。 さっきの空気を少しだけ残しながら、でもまた“騒がしいふたり”に戻っていく。
「よし、変顔しながら歌うぞ!」
「それ、誰得!?」
「俺得!」
「じゃあ、私も全力で変顔する!」
「それ、俺の心臓に響くやつ!」
ふたりは笑って、歌って、ふざけて、そしてまた笑う。 でも、さっきの“本気の歌”は、りいなの胸の奥に、ちゃんと残っていた。
曲の途中、かいがふざけて「好きだー!」と叫ぶ。 りいなが「それ歌詞にない!」とツッコむけど、顔がちょっと赤い。
「アドリブってやつだよ」
「心臓に悪い〜!」
「じゃあ、次は“心臓に響く選手権”だな」
「それ、私の負け確定じゃん」
「いや、りいなの“笑い方”は、俺にとって最強だから」
「…それ、ずるい。ほんとに」
ふたりは笑いながら、最後の曲を選ぶ。 少しだけ落ち着いたテンポの、でも明るいメロディの曲。 ふたりで並んで座って、マイクをひとつずつ持つ。
歌いながら、ふたりの声が重なる。 ふざけた笑いも、ちょっとした照れも、全部混ざって、ひとつの音になる。
「ねえ、かい」
「ん?」
「今日、笑いすぎて涙出そう」
「それ、俺の勝ちってことでいい?」
「…でも、最後の一言が一番響いたかも」
「それ、ポイント高い?」
「…秘密」
「ずるいな〜、俺にも教えてよ」
「じゃあ、次の勝負で勝ったらね」
「よし、次はプリクラで勝負だ!」
ゲーセンのネオンの中、ふたりは並んで歩いていた。さっきまでのカラオケの余韻が、まだ笑い声の端に残っている。
「よし、次はプリクラで勝負だ!」
かいがそう言うと、りいなは笑いながら首をかしげる。
「プリクラで勝負って、どうやって勝ち負け決めるの?」
「変顔の完成度と、俺の心臓へのダメージ量で判定する!」
「また“俺得”じゃん!」
「俺得が青春の基本だから」
「そんな基本、聞いたことない!」
ふたりはゲーセンの奥にあるプリクラコーナーへ向かう。カラフルな照明に照らされながら、並んで歩くその背中は、さっきよりも少しだけ近い。
「じゃあ、テーマは“全力の青春”でいこう」
「それ、どういう顔すればいいの!?」
「叫びながらジャンプとか?」
「プリクラの中でジャンプしたら、フレームから消えるよ!」
笑いながらブースに入ると、ふたりはポーズを考えながら、画面のカウントダウンに合わせて動き出す。
「いくぞ、3、2、1…青春!!」
かいは両手を広げて謎のポーズ、りいなは思いっきり変顔。シャッターが切られるたびに、ふたりの笑い声が響く。
「これ、誰にも見せられないやつだ…!」
「いや、俺は部屋に飾る!」
「やめて〜!黒歴史確定!」
撮り終えたプリクラを見ながら、ふたりはまた笑う。ふざけた顔、照れた顔、そして、ちょっとだけ真剣な顔。
「ねえ、かい」
「ん?」
「今日、楽しかった」
「俺も。…りいなが隣にいてくれるだけで、勝ちって気がする」
「それ、ずるい。ほんとに」
「俺、ずるいの得意だから」
「知ってるってば」
ふたりはプリクラの落書きタイムに突入する。画面に映るふたりの顔に、ハートや星を描きながら、りいながふと呟く。
「ねえ、かいって、いつもふざけてるけど…ちゃんと見てるよね」
「見てるよ。りいなの笑い方とか、声のトーンとか、全部」
「…それ、ちょっと怖い」
「観察力ってやつだよ。俺、りいな検定一級だから」
「そんな検定、誰が認定したの!」
「俺が。自称だけど、信頼度は高い」
「自称は信頼度ゼロでしょ!」
ふたりは笑いながら、落書きを完成させる。画面に表示された「保存しますか?」の文字に、かいが即座に「はい!」を押す。
「保存しちゃった…!」
「青春は保存するものだから」
「それ、名言っぽいけど、意味わかんない!」
プリクラの写真が印刷されるまでの数十秒。ふたりは並んで立って、少しだけ静かになる。
「ねえ、かい」
「ん?」
「さっきの“本気の歌”、まだ胸に残ってる」
「…俺も。りいなが真顔になった瞬間、ちょっとドキッとした」
「それ、ずるい。そういうの」
「俺、ずるいの得意だから」
「もうそれ何回目〜!」
プリクラが出てくると、ふたりはそれを手に取って、並んで見つめる。笑いすぎて目が細くなった顔、変顔で口が変な形になった顔、そして、最後の一枚だけ、ふたりが少しだけ真顔で並んでいる。
「この最後のやつ、なんか…いいね」
「うん。ふざけてないのも、たまにはいいかも」
「でも、ふざけてるかいも好きだよ」
「それ、ポイント高い?」
「…秘密」
「ずるいな〜、俺にも教えてよ」
「じゃあ、次の勝負で勝ったらね」
「よし、次は…帰り道で“手つなぎ我慢選手権”だ!」
「それ、何!?どういうルール!?」
「手をつなぎたくなっても、我慢できたら勝ち!」
「それ、負けたくないけど…負けそう」
「俺は、最初から負ける気満々だけど」
「…ずるい。ほんとに」
ふたりは笑いながら、ゲーセンを後にする。手にはプリクラの写真、胸にはさっきの歌の余韻。ネオンの光の中、ふたりの影がまたひとつに溶けていく。
そして、りいながそっと言う。
「次の勝負、楽しみにしてるね」
「俺も。…次は、もっと響かせるから」
ふたりの笑い声が、夜の街に優しく溶けていった。
ゲーセンのネオンが少しずつ遠ざかっていく。手にはプリクラの写真、胸にはさっきの歌の余韻。ふたりは並んで歩きながら、笑ったり、黙ったり、また笑ったりしていた。
「ねえ、かい」
「ん?」
「さっきのプリクラ、変顔しすぎて顔面崩壊してる」
「それが青春の証だよ」
「証っていうか、証拠写真だよね。黒歴史の」
「俺は永久保存版にするけど?」
「やめて〜!将来の結婚式とかで流されたら死ぬ!」
「じゃあ、俺の結婚式で流すね」
「誰と結婚するのよ!」
「りいなと…って言ったら、笑う?」
りいなは一瞬、足を止める。そして、かいの顔を見て、笑う。
「…笑うけど、ちょっとだけ赤くなるかも」
「それ、俺の勝ちじゃん」
「まだ勝負中だから!」
ふたりはまた歩き出す。夜の風が少しだけ涼しくて、笑いすぎた頬を冷ましてくれる。
「ねえ、次の勝負って“手つなぎ我慢選手権”だったよね?」
「そう。手をつなぎたくなっても、我慢できたら勝ち」
「それ、かいが負ける気満々って言ってたけど…」
「うん。だって、りいなの手、つなぎたくなるじゃん」
「…それ、ずるい。そういう言い方」
「俺、ずるいの得意だから」
「知ってるってば!」
ふたりは笑いながら、歩道橋を渡る。下には車のライトが流れていて、まるで星みたいに見える。
「ねえ、かいって、ほんとにふざけてるよね」
「ふざけてるよ。全力で」
「でも、さっきの歌は、ふざけてなかった」
「…あれは、ちょっとだけ本気だった」
「ちょっとだけ?」
「うん。りいなが隣にいると、ふざけたくなるけど、ちゃんと伝えたくもなる」
「…それ、ずるい。ほんとに」
「俺、ずるいの得意だから」
「もうそれ何回目〜!」
ふたりは笑いながら、コンビニに立ち寄る。ジュースを買って、店の前のベンチに座る。
「ねえ、かい」
「ん?」
「“好き”って、ふざけて言うのと、本気で言うの、どっちが響くと思う?」
「どっちも響くよ。ふざけて言っても、りいなが笑ってくれたら、それで嬉しいし。本気で言ったら…泣かれそう」
「泣かないよ。…たぶん」
「じゃあ、試してみる?」
「どっちを?」
「両方」
かいはジュースを一口飲んで、空を見上げる。そして、ふざけた声で叫ぶ。
「好きだーーー!!」
「それ、また歌詞にないやつ!」
「アドリブってやつだよ」
「心臓に悪い〜!」
「じゃあ、今度は本気で言ってみる」
「え、ちょっと待って、心の準備が…」
かいは少しだけ真顔になって、りいなを見つめる。そして、静かに言う。
「好きだよ。りいなの笑い方も、変顔も、真剣な顔も、ぜんぶ」
りいなは、ジュースのストローをくわえたまま、目をぱちぱちさせる。
「…それ、ずるい。ほんとに」
「俺、ずるいの得意だから」
「もうそれ、永久ループじゃん!」
ふたりはまた笑いながら、ベンチを立つ。夜の街は少しだけ静かになっていて、ふたりの声がよく響く。
「ねえ、かい」
「ん?」
「手、つないでもいい?」
「それ、俺の勝ちってことでいい?」
りいなは、何も言わずに、そっとかいの手を握る。かいは、少しだけ驚いた顔をして、でもすぐに笑う。
「…りいなの手、あったかい」
「かいの手、ちょっと汗かいてる」
「緊張してるから」
「ふざけてるくせに、緊張するの?」
「ふざけてるからこそ、本気になると緊張するんだよ」
「…それ、ずるい。ほんとに」
「俺、ずるいの得意だから」
「もうそれ、名言にしようかな」
ふたりは手をつないだまま、ゆっくり歩く。ネオンの光も、車のライトも、ふたりの影を優しく照らしていた。
そして、りいながぽつりと呟く。
「今日、笑いすぎて涙出そう」
「それ、俺の勝ちってことでいい?」
「…でも、最後の一言が一番響いたかも」
「それ、ポイント高い?」
「…秘密」
「ずるいな〜、俺にも教えてよ」
「じゃあ、次の勝負で勝ったらね」
「よし、次は“好きって言わせたら勝ち選手権”だ!」
「それ、かいが圧倒的有利じゃん!」
「俺、ずるいの得意だから」
「…ほんとに、ずるい」
ふたりは笑いながら、夜の街を歩いていく。手をつないだまま、ふざけたまま、でも少しだけ本気のまま。
そして、りいなの胸の奥には、さっきの“本気の歌”と、“本気の好き”が、ちゃんと残っていた。
商店街の帰り道、ふたりは並んで歩いていた。ゲーセンのネオンも、カラオケの騒がしさも、プリクラの笑い声も、すっかり遠くなって、今は夕暮れの柔らかな光が街を包んでいる。
「今日、笑わせた回数、俺の勝ちだな」
かいが得意げに言うと、りいなはジュースのストローをくわえたまま、ちょっとだけ首をかしげる。
「でも、最後の一言が一番響いたかも」
「それ、ポイント高い?」
「…秘密」
「ずるいな〜。俺にも教えてよ」
「じゃあ、次の勝負で勝ったらね」
ふたりは笑いながら、近くの公園に足を向ける。夕焼けが空を染めていて、遊具の影が長く伸びている。子どもたちの声も少しずつ静かになって、ベンチの周りには、ゆるやかな時間が流れていた。
ふたりは並んでベンチに座る。さっきまでのテンションとは違って、少しだけ落ち着いた空気がそこにあった。
「ねえ、かい」
「ん?」
「今日、いちばん笑ったのって、どこだった?」
「うーん…りいながジュース吹きそうになったとこ?」
「それ、顔芸のときじゃん!」
「俺の十八番だから」
「十八番っていうか、十八番芸人じゃん」
「芸人枠でも、りいなが笑ってくれたら本望」
「…それ、ずるい。そういう言い方」
「俺、ずるいの得意だから」
りいなは笑いながら、少しだけ顔を伏せる。夕焼けの光が、髪のすき間から差し込んで、頬をほんのり染めていた。
「でもね、かい」
「ん?」
「最後の歌、ほんとに響いたよ。ふざけてばっかのかいが、急にまっすぐで、ちょっとだけ震えてて」
「…あれは、りいなに届いてほしくて、頑張った」
「届いたよ。ちゃんと」
「じゃあ、俺の勝ち?」
「まだ勝負中だから」
ふたりは笑いながら、ベンチの背もたれに寄りかかる。風が少しだけ吹いて、木の葉が揺れる音が聞こえる。
「ねえ、かい」
「ん?」
「次は、私もちゃんと“伝える”ね」
「伝える?」
「うん。ふざけてばっかじゃなくて、ちゃんと。…言葉にするの、ちょっと苦手だけど」
「りいなの“伝え方”、俺好きだよ。笑って、照れて、でもちゃんと届く」
「…それ、ずるい。ほんとに」
「俺、ずるいの得意だから」
「もうそれ、何回目〜!」
ふたりはまた笑う。でも、さっきまでの騒がしさとは違って、笑い声の奥に、少しだけ静けさが混ざっていた。
「ねえ、かいってさ」
「ん?」
「いつも余裕あるように見えるけど、ほんとはどうなの?」
「余裕あるフリしてるだけかも。りいなが隣にいると、ちょっとだけ頑張りたくなる」
「…それ、ずるい。そういう言い方」
「俺、ずるいの得意だから」
「もうそれ、永久ループじゃん!」
夕焼けが少しずつ赤から紫に変わっていく。公園の空気も、少しずつ夜に近づいていた。
「ねえ、かい」
「ん?」
「今日、いろんな“好き”があった気がする」
「いろんな“好き”?」
「ふざけた“好き”、笑わせる“好き”、本気の“好き”…あと、ちょっとだけ照れた“好き”」
「りいな、そういうの、ちゃんと見てるよね」
「かいが、ちゃんと“見てる”って言ってくれたから、私も見ようって思ったの」
「…それ、ポイント高い?」
「…秘密」
「ずるいな〜」
「知ってる」
ベンチを立ったふたりは、ゆっくりと公園の小道を歩き出す。足元には落ち葉がちらほらと舞っていて、夕焼けの光がそれを金色に染めていた。
「ねえ、かい」
「ん?」
「今日って、なんか“ふたりの日”って感じだったね」
「“ふたりの日”?記念日?」
「ううん、そういうんじゃなくて…なんか、ふたりだけの空気がずっとあったっていうか」
「それ、俺も感じてた。なんか、世界がちょっとだけふたりのために回ってた気がする」
「…それ、ずるい。そういう言い方」
「俺、ずるいの得意だから」
「ほんとにね」
ふたりは笑いながら、遊具のそばを通り過ぎる。ブランコが風に揺れて、ギシギシと音を立てていた。
「ねえ、かいってさ」
「ん?」
「“好き”って言葉、軽く言うけど、ちゃんと重さもあるよね」
「あるよ。俺、ふざけて言うけど、心の中ではけっこう真剣だったりする」
「…それ、ずるい。ほんとに」
「俺、ずるいの得意だから」
「もうそれ、口癖にしちゃえば?」
「じゃあ、名札に書いとく。“ずるいの得意です”って」
「それ、笑う〜!」
ふたりはまた笑って、でもすぐに静かになる。公園の出口が見えてきて、街の灯りが少しずつ点り始めていた。
「ねえ、かい」
「ん?」
「“伝える”って、難しいね」
「うん。でも、りいなはちゃんと伝えてるよ。言葉じゃなくても、笑い方とか、目の動きとか、全部」
「…それ、見られてるの、ちょっと恥ずかしい」
「でも、見てたい。ずっと」
りいなは、少しだけ足を止める。そして、かいの顔を見て、そっと言う。
「…それ、ずるい。ほんとに」
「俺、ずるいの得意だから」
「もうそれ、永久保存版だね」
ふたりはまた歩き出す。公園を出ると、商店街の灯りがふたりを迎えるように瞬いていた。
「ねえ、かい」
「ん?」
「次の勝負、ほんとはもう始まってる気がする」
「どんな勝負?」
「“どっちが先に本気で伝えるか”選手権」
「それ、俺の負けかも」
「なんで?」
「りいなの“伝え方”、もう響いてるから」
「…それ、ずるい。ほんとに」
「俺、ずるいの得意だから」
ふたりは笑いながら、駅へ向かう道を歩いていく。手はつないでいないけれど、距離はずっと近いまま。
そして、りいながぽつりと呟く。
「今日の“ふざけ”も、“本気”も、どっちも好きだった」
「俺も。りいなの“全部”が、好きだよ」
「…それ、ずるい。ほんとに」
「俺、ずるいの得意だから」
ふたりの笑い声が、夜の街に優しく溶けていった。そしてその背中には、確かに“次の物語”の予感が、静かに灯っていた。
夕暮れの公園。空はオレンジから紫に染まり、風が少しだけ肌を撫でる。ふたりは並んでベンチに座っていた。さっきまでの笑い声は少し落ち着いて、今は静かな時間が流れている。
かいは、りいなの隣で、少しだけ体を寄せる。
「ねえ、りいな」
「ん?」
「今日さ、ずっと笑ってたけど…今、ちょっとだけ甘えてもいい?」
「…え、急にどうしたの?」
「夕焼けって、なんか…りいなの隣にいたくなる」
「それ、ずるい。そういう言い方」
「俺、ずるいの得意だから」
かいはそう言いながら、りいなの肩にそっと頭を乗せる。重すぎず、でも確かに“甘え”が伝わる距離。
「…ちょっと、近いよ」
「近いの、ダメ?」
「ダメじゃないけど…心臓に悪い」
「じゃあ、もっと悪くするね」
そう言って、かいはりいなの手に自分の手を重ねる。指先が触れ合って、りいなの指がぴくっと跳ねる。
「かい…」
「りいなの手、あったかい。…今日ずっと、つなぎたかった」
「…それ、ずるい。ほんとに」
「俺、ずるいの得意だから」
かいは、重ねた手をそっと握る。強すぎず、でも離れないように。りいなは、少しだけ顔を伏せて、かいの手を見つめる。
「ねえ、りいな」
「ん?」
「今日、俺の“好き”って、どれくらい届いた?」
「…たぶん、半分くらい」
「じゃあ、残りの半分は…こうやって伝える」
かいは、りいなの手を握ったまま、そっと指を絡める。そして、りいなの耳元に顔を近づけて、低い声で囁く。
「好きだよ。ふざけてるときも、真剣なときも、笑ってるときも、照れてるときも。ぜんぶ」
りいなは、耳がじんわり熱くなるのを感じながら、そっと言う。
「…それ、ずるい。ほんとに」
「俺、ずるいの得意だから」
「もうそれ、反則だよ」
かいは、りいなの肩に手を回す。ぎゅっとじゃなくて、ふわっと包むように。りいなは驚いた顔をしながらも、逃げない。
「ねえ、りいな」
「ん…?」
「今日、俺の“甘え”って、何点?」
「…100点。いや、ちょっと悔しいけど、120点」
「よっしゃ、俺の勝ち!」
「でも、私も…ちょっとだけ甘えていい?」
「もちろん。りいなの甘え、俺の心臓に響くから」
りいなは、かいの胸にそっと頭を預ける。ふたりの距離が、言葉よりも近くなっていく。
夕焼けの空の下、ふたりは静かに寄り添っていた。ふざけた笑いも、照れた言葉も、全部混ざって、今だけの“特別”になっていた。
そして、りいながぽつりと呟く。
「…次の勝負、私が勝つかも」
「それ、楽しみすぎる」
ふたりの影が、夕暮れの道に並んで伸びていく。甘えと好きが、そっと重なって、夜に溶けていった。