サーガラは海から頭を出した。
そして、霧がかった山を細い目で見ると
群青色の鱗を逆立てて言った。
「弟が死んだ。」
「首の筋を引き抜かれてぐったりと
倒れて死んでいた。俺にはどうすることも出来ない。」
悲しそうに目を細めて
一粒涙をこぼした。
「…殺した張本人も亡くなってしまったんだ。
仕方がない。俺も頑張らないと。」
唇を噛んで雨空を見上げると
天に向かって昇っていった。
雨に当たりながらも目を瞑って
昇ると地が見え始め、人界へ到着した。
人界はからりと晴れていて
鈴の乾いた音が聞こえるくらいだ。
サーガラは日陰を通って
和式の家に行くと戸を開いた。
ガラガラ…という音と共に
緑色の麒麟が出てくる。この麒麟の名はリキだ。
「今帰ったのか?」
「うん。」
「そうか…そうか。入れ。」
リキに付いて行くと
サーガラは鷹のような爪で
リキの肩を掴んだ。
「反応が薄い。」
「お前こそテンションが低い。」
「…そりゃそうだよ。」
「愚痴なら聞くぜ?」
「ありがとさん。なら、お茶でもだして欲しいね。」
「言われなくてもある。待ちなさい。」
和室を出ると
リキは茶の湯を持ってきて
机に置いた。使い古した座布団にサーガラを
座らせると話し始める。
「なにがあった?」
「…二日前の朝、哪吒という少年が
俺の弟を殺して、首の筋を抜き取った。
それで、ベルトなんかを作って
殺したことを悪いとも思っていない。」
「自惚れなんてよく言うよ。」
「俺はそんなに自分に惚れてないのに。」
ため息をつくと
茶の湯にフーッと息を吹いて
一口飲んだ。苦い味が口に広がる。
「お前が自惚れなのは本当のことだろう。」
「違うもん。」
「違くない。弟が亡くなったのは気の毒だろうが
それだけは否定できないな。」
「それに、自惚れじゃないお前は…お前じゃない。」
リキが言うと、サーガラはハッとした顔をした。
だが、一瞬にして表情が曇った。
「う…ぅん。」
生返事をしてリキから目を逸らすと
しばらく沈黙が続いた。
網戸から風が入ってきて
サーガラのヒゲが揺れると
始めに口を開いたのはリキだった。
「……失敬。」
「そんなつもりじゃなかった。」
「いや、いいよ。そんなもんだから。」
「そうか。」
「それより、今日は泊まらせてよ。追われてるんだ。」
「指名手配かい?」
「いや、違うね。」
「ならなんだい?」
「殺されそうになってるんだよ。
ほら、暗殺目的で。しかも友人だから手は出せない。」
「お気の毒にな。」
「友人が殺されそうになっていても、その調子かい。」
「死んでも俺が暴れるだけさ。」
「そうか。ふぅん。面白くない。」
フッと鼻で笑うと
サーガラは庭を見た。
「来年の春に俺は死んでる。
お前よりも先に死ぬかな。」
「不死の術があるだろう。」
「あっても海底界と人間界には戻れないよ。」
「ならどこに行く?」
「地獄だな。」
サーガラがニヤニヤとすると
リキは笑い出した。
「ふははは!貴様が地獄行きなら、俺は何処に行くのだ?
次元を壊しては作り直す悪魔ではないか!」
「お前が死のうが、どうでも良か。」
「けれども退屈だとは思う。」
「……退屈だなんてお前らしくないね。」
「だって、友人はお前しか居ないしなぁ。」
「損しかない男だね。」
「損なんてない。人と関わる方が損だ。」
「なら俺も損?」
「お前は損ではない。馬が合う。」
「そう。」
頷くとリキが立ち上がり
こう言った。
「…はぁ、気分転換に散歩でもどうだ?」
「行く」
「そんなら、山にでも行こう。静かな方が良い。」
リキはカツカツと鉤爪を鳴らしながら
和室を出ると、戸を開けて
出ていった。少し遅れてサーガラも出た。