テラーノベル
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海水エリアに足を踏み入れたパブロフたち。
このエリアでは、甲幅3メートル前後の巨大ガニ、ラッコ男、養殖の人魚などが狙える。
人魚を狙うならば、クレジットカード、あるいはカリスマホストをエサとして投げ込むと良いらしい。
パブロフの近くでは六名前後の釣り人が思い思いに釣りを楽しんでいる。
理想の冒険者が釣れたのだろう。そこかしこで歓喜の声があがる。
あいかわらず暑い。ホッキョクグマなら2分で気絶するだろうな……。
太陽をにらみながら、パブロフは額の汗を拭った。
ビーチパラソルでも設置するか。
釣り堀の改良点を模索しながら、イスとして設置してあるビールケースに勢いよく腰をおろす。
ケースはグシャリと潰れ、パブロフは尻もちをついた。そんな彼の趣は、ご機嫌ナナメの赤子のよう。ばぶぅ体勢で糸にクレジットカードをくくり付ける。
人魚を狙うようだ。
竿を振り上げ、どぎつい太陽の顔が反射する水面にカードを放り込んだ。
時折、竿を軽くしゃくる。活きの良いエサにみせかけるためだ。
ふと、アゴがしゃくれた魔術師の顔がパブロフの視界に入り込んでくる。
見なかったことにしたパブロフは、リールのハンドルをゆっくりと回転させ、カードを引き寄せる。
カードが手元まで戻ってきてしまった。
普通のカードではダメなのか?
パブロフは首を傾げ、年会費36万円の『アメリケン・エキスプレスカード』に交換した。
「出かけるときは忘れずにぃ!」
ひとこと叫ぶと、高級なカードを池に投入する。
時計の秒針が5回転くらいしたころ。グイと竿がしなる。
「フィッシュ!」
水面に向かってきついカーブを描く竿。逆回転するリール。
池に引きずり込まれないよう、足に力をこめる。
「ボクが掬ってあげるから、リーダーはバラさないように竿を操って」
タコのような顔をした魔術師が、網を手に待ち構える。
誰だよ、オマエ?
パブロフは思わず魔術師を2度見する。
すくう必要があるのはオマエの顔だろ。
コイツの顔面がタコっぽくなったことを、すっかり失念していた。まあ、今はどうでもいいか……。
パブロフは糸が切れないよう、竿を巧みにコントロールする。絶妙な力加減でリールのハンドルを回す。
謎の物体と格闘すること15分少々。
なんだよ、これ。気持ちわる……。
釣れたのは、甲羅の幅4メートルの『スベスベまんじゅうガニ』だった。
名前のとおり、表面はスベスベ。白い網目模様があるカーキ色の地色の甲羅が、陽光でテカテカと輝いている。
スベスベまんじゅうガニは左右の太いツメを掲げ、フガーっとパブロフを威嚇する。
カニが苦手なパブロフは、手刀を甲羅に叩き込む。
このあと、スタッフが美味しくいただきました! なんてことにはならず、真っ二つになったカニが、スベスベと水の底へと消えてゆく。
「いやあ~、仕事の前の一杯って最高だね! リーダーもどうだい?」
「仕事しろよ……」
パブロフの向ける冷たい視線の先で、ビール片手に魔術師がカニの味見をしていた。
指先から出したマヨネーズを塗りたくった巨大なカニの脚をかかえ、喜々とした表情でカニを堪能している。
「食っても平気なのか? 兵器ではないのか? 毒はないのか?」
胃腸がデリケートなパブロフは、食材選びに関してかなり慎重なようだ。
「マヨネーズをつければ解毒できるし、そもそも“食後3秒ルール”があるからね」
飲み込んでから3秒経過しても異常がなければ大丈夫と魔術師は言うが、おそらく死ぬ。
スベスベまんじゅうガニはフグに近い毒がある。
大人が死ぬほどの毒が脚一本に含まれているらしい。当然ながら、マヨネーズに解毒効果はない。
「ごちそうさまでした。リーダーも食べてみれば良かったのに」
「いらん。どうでもいいが、せめて火は通せ」
手遅れだとうことをパブロフは知らない**。**
スベスベまんじゅうガニは、煮ても焼いても食ってはいけない代物だ。
就寝前のOLかのごとく、顔がスベスベしている魔術師を確認したパブロフは、まあいいかと釣りを再開する。
5分ほど経ったころか。
厄介なものが掛かったな……。
物体の頭部しか見えていないが、パブロフには分かっていた。海の奥底で眠っていたはずの邪神『クトゥルフ』を釣ってしまったのだ。
クトゥルフが水面から顔を覗かせる。
同時、青い空が墨汁をたらしたようなドス黒い色に染まる。
重くるしい空気が一帯を覆い、火の粉をあびたような刺激がパブロフの全身を襲う。
「※△☆▲※◎……」
#ファンタジー
#クトゥルフ神話
#現代ファンタジー
人間には理解できない言葉を発するクトゥルフ。
空気が揺らめくと、複数の釣り人が意味不明なことを叫びはじめた。
頭を抱え、次々と倒れていく。
クトゥルフの声を聴いた人間は正気を失うという。
クトゥルフの言葉は、いわば精神攻撃。
ヤツの攻撃は普通の人間の精神力では到底耐えきれない。
パブロフは平然と構えている。レベルカンストしている彼の血圧と血糖値は高い。
正気度にいたっては別の意味で計測不能。
元から正気でないパブロフには精神攻撃など無効だ。
タコのようなクトゥルフの頭部を、鼻ホジしながら彼は涼しい顔で眺めている。
魔術師は大丈夫だろうか?
視界に入ったデカイ体のほうに目をむけると、魔術師は白目をむいて元気にスクワットをしていた。
スーハーと寝息のような音が聞こえてくる。
魔術師は寝ているらしい。
元気そうだが、寝たまま筋トレできるなんて器用なヤツだな。
魔術師の行動に疑問をいだきつつも、パブロフは安堵の表情を浮かべる。
「起きろ。電気ショックぅ!」
なけなしの魔力を使い、パブロフは魔術師を覚醒させる。
白目しか見えていなかった魔術師の瞳に、黒い光が戻ってきた。
「俺のビリビリ攻撃を受けてもオマエは平気なのか?」
左側の鼻の穴をホジホジしながら、魔術師のほうにパブロフが顔を向けた。
「すこし頭痛はするけど問題ないよ。これってクトゥルフだよね?」
クトゥルフ顔の魔術師が、頭を押さえながら水面を指さしている。
スマンな。その頭痛は俺のせいだ……。
喉元まで出かかった言葉を、パブロフは強引に飲み込んだ。
「そういえば、オマエも邪神とバトルしたことがあるのか?」
「クトゥルフではないけど、旧支配者の一柱とね。結局、倒せなかったけど。おかげで魔法の呪文をすべて忘れるって呪いをもらったんだよね……」
「そうか。魔術師と呼んでいいのか微妙なオマエに頼みがある。クトゥルフの声が届かないところまで釣り人たちを運んでくれ」
「リーダーはどうするの? まさか倒そうと思ってない?」
「レベルカンストしている俺でもコイツは倒せない。追い返すのが関の山だろう」
「わかった。あまり無理しないでね」
ガタイのいい魔術師は、6名の釣り人を安全そうな場所へと運んで行った。
怪訝そうな表情で、パブロフは魔術師の姿を目で追った。
釣り人のひとりを引きずっているが、大丈夫か?
後頭部がズルズルになっているけど平気なのかね。
あ……落ちた……。
酔いが回ったのか、釣り人を抱えた魔術師が、池にダイブした。
釣り人といっても曲がりなりにも冒険者だ。
まあ、いいか……。
さて、バケモノをどうやって追い返すかだが……。
パブロフは商店街で地面に貼られたステッカーに極大魔法をお見舞いした。
魔術師にもビリビリ攻撃を使用したおかげで魔力は残っていない。
出せるものといえば、いとしさと、切なさと、心強くないカラの財布しかない。
やる気を出した財布でも投げてみるか。
いや、やる気満タンの財布ってなんだよ……。
そういえば、牛皮の財布は牛属性でいいのか? 皮属性か?
やはり水属性のバケモノには風で対抗すべきか……。
風属性の魔法は、風疹くらいしか思いつかない。
というか、風疹って病気じゃねぇか!
ノリツッコミをしながら、怪しく光る黒い水面をパブロフは眺めていた。
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