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──それから、数ヶ月後。
東京での身辺整理を終え、無事に関西の保育園への転職と引っ越しを済ませた俺は、約束通り元宮家を訪れていた。
「あらたせんせ、おかえりーーー!!」
「違うやん、洸くん! 新園長先生やろ?」
「そっか! 」
「おー新園長おかえりー!!」
「なんで弦はそんなに偉そうなん!?」
玄関を開けた瞬間に出迎えてくれたのは、既に腕捲りをしてやる気満々の洸くん、その後ろには満面の笑みの空、そしてマイペースにリビングのソファでゴロゴロしながら適当に手を上げた弦くんだ。
「……お邪魔します」
久しぶりの我が家に、少し緊張が走る。全員大人になったからか、家具もスッキリしてあの頃とは違うちょっとしたオシャレ空間になっている。
「あらたせんせ、『ただいま』やろ?」
後ろから現れた洸くんがそう言って、俺の鞄をスマートに奪った。そのまま背中を優しく押されながら、キッチンへと連れて行かれる。そこには、すでに少し手のつけられている料理途中の痕跡があった。
「……ただいま、洸くん」
「おかえり、あらたせんせ」
キッチンで2人きりの空間に浸っていると、「元宮さん、夕方には帰ってくるから」と、少しニヤついた空に声をかけられて「うん」と頷いて返事を返す。
「ふふっ、あらたせんせかわい。くうちゃんの前やと子供みたい」
「え、そうか? もうバリバリのおっさんやのに?」
「おっさんやけど、上位ランクおっさんやな?」
「おっさんにランクあるんや」
「えー、ごめん、嘘。あらたせんせに合わせて言うただけで、全然そんな事おもてへんよ? あらたせんせはずっと綺麗なお兄さん。俺が子供の頃は友達全員そう言うてたし、今もずっと変わらへん」
「ふふっ、素直に嬉しい」
洸くんの優しさに思わず顔が綻ぶ。久々やけど、あの頃とは違う、冗談めいたやり取り。向こうではここまで冗談を言い合えるほどの友人は出来なかったから、気持ちが楽なのは本当に久しぶりな気がして、純粋に楽しい。
「はい、出来た!」
「ありがとう、わざわざ買ってくれたん?」
「うん、あらたせんせに似合うと思って」
洸くんが丁寧に俺に着せてくれたのは、どこか少し面影のある、優しい色をした花柄のエプロンだった。そういえば昔、2人にカレーの口をエプロンで拭かれて大騒ぎした事もあったな、と懐かしい記憶が蘇る。
「……またお礼せなな?」
「あらたせんせがここにおってくれるだけで、十分やで?」
「はい」と、サラダ用の野菜を包丁と共に手渡される。あの頃は、俺が元宮さんをキッチンに連れてきて、一緒に料理したっけ。
「新えんちょ~、俺、きゅうりなしで」
「弦くんまだきゅうり嫌いなんや」
「……きゅうりなんて味せえへんやん」
キッチンの向こうから顔を半分だけ覗かせている弦くんが、俺にリクエストを送ってくる。洸くんが小言を言いながら、手際よく料理の手を進めてる。
もしかして、俺が抜けた後のもう1人のお母さんの枠は、洸くんが埋めてくれてたんかな。
「ん、あらたせんせ、ちょっと味見して?」
不意に、洸くんがスプーンですくったスープを、俺の口元に差し出してきた。
「え?」
「ほら、あーん」
「……うん」
少し気恥ずかしくて、スプーンを自分で取ろうとした俺の手を、洸くんが空いた左手で「ちがう、あーん」と優しく握った。
促されるままに素直に口を開けると、スパイスの効いた深みのあるカレースープの味が広がった。
「どう? 美味しい?」
「……うん、めちゃくちゃ美味しい」
「……良かった。これ、くうちゃんから教わったカレースープ。食べやすいから何杯でもいけるねん」
洸くんは子供の頃と同じ無邪気な笑顔を浮かべた。
だけど、俺の手を握ったままの彼の指先は、さっきから少しも離れようとしない。
俺は、その独特な空気の動揺を誤魔化すように、洸くんの弱点であるお腹を「えい」と空いている手の指で突き刺した。
「もう! あらたせんせ、こしょばい!」
「ふふっ、お腹、洸くんの弱点やもんな」
「ほんま、あらたせんせ子供返りしてるんちゃう?」
「こんなんで笑う方が、まだ子供ですぅ」
少しふざけながら言うと、洸くんもムキになってやり返してくる。
2人でわちゃわちゃとふざけていると、冷蔵庫に飲み物を取りにきた空に「料理してる時に暴れたら危ないで!」とピシャリと叱られた。「はい、ごめんなさい」と2人で綺麗にシンクロして謝った後、顔を見合わせてクスッと笑った。
「おとう、もうちょっとで帰ってくるって。今連絡あったわ」
「めっちゃいいタイミング! ほら、弦も手伝って」
サラダ用のお皿を棚から取り出しながら、手際よく盛り付けていく洸くんのお手伝いをする。
「あらたせんせのは特別!」
そう言って、洸くんは俺の皿に可愛いミニトマトを多めに盛り付けてくれた。
「洸くんも好きやったやろ?」
俺が自分のトマトのヘタを持って、一つ洸くんの皿へ移動させようとすると、洸くんは少し首を振って、俺の顔をじっと覗き込んできた。
「……俺が好きなんは、あらたせんせだけ」
「……っ!」
洸くんは何食わぬ顔で盛り付けに戻ったけれど、その口元には、どこか俺の動揺を見透かしたような、小さな笑みが浮かんでいた。
「……なんか、ちょっと思ってたんとちゃう」
恥ずかしさを隠しきれずに俺が小さく呟くと、洸くんも少し耳を赤くしながら、ただただ愛おしそうに、照れたように笑っていた。
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