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まなこ〜友
117
#ますしき
T
5,800
中居の背中が見えなくなると、部屋の中は二人だけになった。
畳の香りと、先ほどの料理の余韻、そしてお酒の香りがほんのり漂う中、私は思い切って前から気になっていた質問を口にした。
「ねぇ、そろそろいいんじゃないの。何で女遊びなんて始めたわけ?」
その問いに、雅は眉をひそめ、目を少し逸らした。返事はすぐには返ってこない。
前もはぐらかされ、話したがらなかった。私には話したくない、とその態度は今も変わらないようだった。
「……何、聞いてどうすんの」
「どうするって……、ただの興味よ」
「興味で話すには重たいから良いよ、聞かなくて」
雅はそう言いながら、グラスにお酒を注ぎ足す。仕草ひとつで「これ以上踏み込むな」という牽制が、微かに滲み出ていた。付き合いが長いからか、こういう空気もお互いになんとなく読めてしまう。
女遊びの理由が「重たい」というのはどういう意味なのか、私にはまだ理解できない。ただ、単なる興味で聞いた質問を、これ以上突き詰めても仕方ないと判断し、私は小さく「そう」とだけ返す。
二人の間に緊張感がうっすらと残った。
「ていうか、本気でこれから恋愛する気ねぇの?」
雅からの問いかけに、私は「んー」と声を漏らす。
良い人が居れば、その時は関係なく好きになってしまうのかもしれないけれど、胸を打たれるような相手はまだ現れないし、これから出会えるとも思えない。
新しい関係を築いて駆け引きするのも面倒だ。恋人になったとしても、それはゴールではなく、これから先の未来を共にする、ある意味長いスタートを切ることになる。
仕事のことでぶつかり合ったり、気持ちを疑われたりするのも、想像しただけで疲れる。
恋人との時間を優先できない私は、そもそも付き合うべきではない。
「無いかな。今一番遠ざけたいものかも」
そう答えると、雅は突然私の隣に体を寄せ、肩を軽く抱いてくる。距離が近すぎて、自然に心拍が早くなるのを感じた。
まだ料理も残っているし、中居がいつ戻るかもわからない状況なのに、雅は甘い声を含ませ、囁く。
「せっかくこんなに綺麗で可愛いのにもったいない」
そのまま、私が結っていた髪を指先でゆっくり解きながら、頬にかかる髪を指でかき分ける。
胸の奥がぎゅっと締め付けられるような感覚。でも、心のどこかでは理性が「この距離はまずい」と警告している。それでも、雅の甘い香りとぬくもりが、緩やかに心を揺さぶってきていた。
「結んでんのもエロいけど、解いてる方が好き」
「あんたの好みなんて知らないんですけどというか、中居さん来るかもしれないでしょ。離れて」
「もう料理なんて目に入んない。抱きたいんだけど」
力の入らない手で押しても、雅はびくともしない。
むしろ、まだ誰かが来るかもしれないというスリルを楽しんでいるようで、意図的に距離を詰めてくる。
無理やり顔をこちらに向けさせられ、唇が触れそうな距離まで近付いてくる。
「キスだけでもしたい」
「ダメに決まってるでしょ。離れて」
「無理なお願いじゃね?」
「本当あんたって男は……!」
私の声はかき消され、唇は重なり、髪を掻き込まれ後頭部を抑えられ、逃げられなくなる。
アルコールの香りに加え、煙草のほろ苦い匂いが鼻をかすめ、思わず顔を顰めた。
煙草を吸ったことはないけれど、この匂いと味で、どうしてあんなものに嵌まるのか理解できない。
奴の浴衣の胸元をぎゅっと掴み、必死に応える中で、ようやく唇は離れた。
奴は熱の籠った瞳でこちらを見て、私は息が上がり文句を言う間すらもらえない。
「……早く片付けてもらわね? これ」
「残すの、もったいない。こんな料理早々食べられないのに」
「また連れて来てやるからその時食ったら良いじゃん」
余裕なさそうな顔で囁いたあと、雅は立ち上がり、部屋の受話器を取って受付に電話をする。
心臓が跳ねる。今、目の前でこの男に抱かれるかもしれないと思いながら、料理が片付けられるのを待つこの時間は、羞恥心と昂ぶりが入り混じり、息が詰まる。
中居が部屋に来て料理を下げ、静かに出て行くのを確認すると、雅はすぐに部屋のドアに鍵をかけ、私のすぐそばまで迫ってくる。
そのまま布団まで攫われると一気に押し倒され、強引に唇を奪われる。長く息が詰まるようなキスが何度も繰り返され、抵抗しようと手を伸ばせば、その手までぎゅっと握られ、布団に縫い付けられた。
唇が離れた後も、至近距離で熱を帯びた瞳と視線が絡み合う。息が荒くなるのを感じながら、掠れた声で問いかけてくる。
「……逃げねぇの? 本当にこのまま抱くけど、良いの」
今更逃がす気も無いくせに、良いのなんて確認を取ってきて、どういうつもりなのか。
「……どうせダメって言ってもするでしょ」
「うん、我慢出来ないから、俺」
そう言って笑い、顔の角度を変えてまた唇を重ねてくる。息が絡み合い、体が熱を帯びるたびに理性が少しずつ溶けていくのが分かる。頭では止めなきゃと思っていても、体は正直に反応する。
こうなってしまえば、もう何も考えられない。いつもお酒のせいで、まともな思考なんてできない。
いつもお酒のせいと言い訳するのは、自分の意思で選んだ結果を認めるのが怖かったから。
本当は理解している。この状況を招いたのは、自分自身の選択だということを。なのに、どうしても言い訳を作らずにはいられない。
コメント
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ああ、この距離感、たまらないですね。元彼なのに「女遊びの理由」をはっきり聞けないもどかしさと、それでも「お酒のせい」って自分を誤魔化す主人公の心情がすごくリアルでした。「無理なお願いじゃね?」って言いながら押し切る雅のクズっぽさに、ちゃんと甘さと色気が乗ってて、読んでるこっちの心拍も上がりました。