テラーノベル
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二人はディルに良い記憶がない。若いからと言って、もう二十歳を過ぎたのならどんな生き方をしていようと、常識くらいは弁えて然るべきだ。彼にはそれができなかったから、ひどく嫌われてしまった。
きっとこれからも変わらないのだろう。そんな予感はあったが、金輪際関わらないという条件で助けることにした。シレント自身、深い傷がついたから。
エッセレの案内に従ってギルドの二階にあるワープポータルを使うと、廃都の門を目の前にシレントは降り立った。個人用とは違い、ギルドに設置されているものは特定の座標に一方通行で飛ばすこともできる。なんとも便利だな、と感動を覚えながら受け取った依頼書を開く。
「さて、そう遠くないみたいけど……」
転送されたスクロールには、依頼内容だけでなく彼らがどこから送ったかも明記されている。四人は金級ダンジョンの中腹あたりからスクロールを飛ばし、緊急依頼をギルドに提出するに至った。
廃都インサニアは五層からなる金級ダンジョン。五枚の城壁がひとつずつの層を区切っているから、他のダンジョンに比べて場所も分かりやすい。最初の城壁を前に見上げ、気合を入れて門を潜った。
(案の定だが、寂れすぎていて心が痛い……)
かつてインサニアは小さいといえども魔法都市として栄えていた。
しかし、魔法の実験による大事故が発生して風が毒を運び、大勢が息絶えた。まだ百年ほど前の話で、ひと晩のうちに滅んだ人的災害として名を残している。
問題は、その後に都市を出ていた者たちが復興を始めて、ようやく半世紀を掛けて立て直してきた矢先に突如ダンジョン化してしまったこと。それ以来、住民たちもどこへ行ったか分からなくなったという経緯があった。
(……建物は崩れてるのに生活の痕跡だけは残ってるのが痛ましいな。金級ダンジョンでも難易度の高い場所だけど、昇格試験で来たってことは、ディルの奴が功を焦ったんだろう。ここ最近、ちょっと可哀想な目に遭ってたからなあ)
レアナにはジョッキが割れる勢いでぶん殴られ、クローディアには片手で簡単に気絶させられた。傲慢なディルとしてはプライドが許さなかったに違いない。五年も一緒にいればなんとなく想像はついた。
「よし、さっさと見つけて帰ろう!」
海の遺跡と同様に中型から大型の魔物が跋扈する廃都で、シレントはできるかぎり見つからないように移動した。見つかったときは戦ったが、無駄な体力を使えば脱出で苦労すると分かっていたからだ。
そうして無難に第二層へ入ったときに、問題は起きた。
「おいおい、なんだいこりゃ?」
大型の魔物が倒れている。巨大なトカゲ型の魔物から巨大なカマキリのような魔物まで無残に引き裂かれた状態だ。他の冒険者も来ていたのかなと周囲を見て回るが、死体が積み重なるだけで気配はない。
やがて、その原因にシレントは辿り着いた。
「あぁ、そういうこと。これはちょっと困ったな」
二足歩行をする巨大な牛の魔物がいる。手には戦斧を握りしめ、筋骨隆々の巨躯を晒す魔物の名はミノタウルス。鼻息を荒くして常に獲物を探し求めて彷徨う魔物は、暴力が獣の体を借りているもさながらで、人間だろうと魔物だろうと遠慮はない。目についた全てを襲う、まさに嵐のような存在だった。
「あいつ速いんだよな……。仕方ない、正面からの捜索は諦めよう」
金級の冒険者でさえ油断すれば殺される。そうしてミノタウルスの暴虐は世間に広まった。シレントは今、レアナやクローディアの助けがない。無理はできないと遠回りしようとして────大声が響き渡った。
「シレント……! シレントか、よく来てくれた!」
「ディル!? ひどい怪我だ、無事だったのか!」
頭部の裂傷は顔を赤く濡らす。片腕はだらんとしていて、瞳は虚ろだ。服もぼろぼろで激しい戦いがあったのだと一目で理解できる。
駆け寄って、今にも倒れそうな体を支えた。痛みはあるものの呼吸は苦しそうではなく、ただ息があがっているだけ。大したことはないと安堵する。
「無事でよかった。さあ、こっちだ!」
どこか物陰に隠れようとした瞬間、目の前の建物が豪快に崩れた。ディルの声が響いたせいで、ミノタウルスが探しにやってきたのだ。
しかしだ。その大声が呼び寄せたのはミノタウルスだけではない。他の魔物も、獲物の声を聴いて寄り付く。そうなると、始まるのは魔物同士の大暴れだ。海の遺跡とは違い、魔物同士が獲物を我先にと奪いに行くのなら、廃都インサニアは邪魔者は容赦なく殺すという捕食者同士の争いが起きる。
その隙を狙い、ディルを連れて少し離れた建物の中に避難した。
「大変だったろ。僕が来たからもう大丈夫だ、まずは手当をしよう」
#学園
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回復薬を取り出して、まずは痛みを取り払うために飲んでもらう。それから傷に駆ければ、ゆっくりと塞がっていく。
「す、すまねえ……。油断してたら囲まれちまってよ」
「いいよ、別に。依頼だからね、報酬さえもらえればいい」
「報酬って……。いや、そりゃそうか。もう仲間じゃねえもんな」
「悪いが同情はしない。レアナやクローディアにも無礼だったろ」
「否定はしねえよ。ムシャクシャしてたんだ、最近は」
なんともいつになく気弱なので、シレントは不思議に思いながら。
「他の皆はどこにいるんだ、彼女たちも探さないと」
「……は? おいおい、ふざけんな。まずは此処を出るのが先だろ?」
「いや、そりゃ出ないとだけど、君の安全は確保できてる」
ボンサックをバシバシと叩く。特別な魔法が掛かっていて、中に入ればどれほどの衝撃を与えようとも入ったものには傷ひとつ付かない。それを安全神話とは見ず、ディルは掴みかかって懇願するような目で訴えた。
「そんなもん、お前が無事じゃなけりゃ二度と出られないだけのゴミだろ!? 此処に来たのだって、お前だけだ! パーティで来てたなら分かるが、お前ひとりで魔物から逃げる以外で何ができるんだよ、それすら危ういのに!」
違和感。そうだ、シレントが、ディルを恐ろしいと思った。
そんなはずはない。そこまでするはずがない。甘ったるい考えだ。
冷静に考えれば、彼がひとりでウロついているのは不自然だった。
「ディル。ひとつ聞かせてほしいんだ。────逃げてくるとき、まさか他の皆を囮に使ったんじゃないだろうな?」
「あっ……いやっ、それは違う……! ただ仕方なかった……!」
掴んだ腕を振り払ってシレントはボンサックを担ぎ直す。
「君に使った回復薬は貴重なものだ。痛みはないだろう、僕は他の子たちを探しに行く。逃げたければ、あとは自分で逃げればいい」
期待した自分が馬鹿だったと呆れる。この若く熱意溢れていたはずの若者の心は、今や生存本能によって突き動かされた。仲間を見捨てるという冒険者にあるまじき行動は、誰しもが看過できるものではない。
「ふっ……ざけるな! 依頼を出したのは俺だ、俺が依頼人だぞ!」
「だけど、その転送スクロールの管理はルルの仕事だ。今まで何かあれば彼女に任せてたくせに、そうやって自分が助かるためにわざわざ奪い取ったのか」
吐き気すら催す自己中心に、シレントも言葉がない。ただ背を向けて立ち去るしかできなかった。彼には言葉を与える必要すらないのかもしれない、と。
改心など期待はしていない。仲間を平然と捨てた人間が、いまさら素直に謝って元通りの関係を求めるなど愚かにもほどがある。ディルならば選ばないと分かっていた。だからこそ、腹が立つ。
せめて残ってくれた仲間には敬意を払えよ。そう言いかけてやめた。
コメント
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第16話、読み終わりました。シレントがディルに「期待した自分が馬鹿だった」と呆れるシーン、胸に刺さりました。生存本能で仲間を囮にするディルの行動は確かに軽蔑に値するし、シレントが最後に「せめて敬意を払えよ」と言いかけてやめる冷静さも、彼の性分がよく出てて好きです。過去のレアナやクローディアとのトラブルが、今回のディルの本質を浮き彫りにする構成も巧いなと。廃都インサニアの因習や魔物の生態も、世界観に厚みを与えてますね。続きが気になります。