残すは魔術と……少し魔素を分けるか。魔術を直接植え付ける以上、馴染みやすいものでないと難しい。というか、無駄に容量を圧迫することになる。
「親和性があるのは……闇か」
闇、影、病、翼、予兆、視覚。太陽も悪くないが、野生のカラスじゃ流石に遠いな。
「偵察や調査用だからな、隠密性を高めるものは悪くない」
カラスには人の目に見えないものが見える。これで調査能力も上げられそうだな。
「影歩き、影法師……向こうじゃかなりメジャーだったが」
こっちじゃ知られてすらいないだろう。それに加えて、暗き天翼。真眼。闇障り。少し高度な物ならそこら辺だろうな。後は戦闘用に使えるものだと……病魔の風、くらいか。かなりピーキーだが。
「さて、流石に時間がかかりそうだな」
主従の契約を結んだので、その魂の形や情報は良く把握できるが、流石に他人専用に魔術を調整するのは難しい。時間はかかるが、どうせ暇だからな。
「それに、この作業は嫌いじゃない」
何かに集中している時間は良い、心を無に出来る心地よさがある。
「……意外と馴染むな。簡単な魔術なら少し入りそうか」
やっぱり使い魔の類いは一から作る方が簡単だな。自由度もそっちの方が高い。ただ、元が動物である分、親和性の紐付けはしやすいな。
……そういえば、白雪は放置したままメールも送っていないな。まぁ、章野が伝えるか。
♦
オレはカラス。人間どもはオレ達のことをそう呼ぶらしい。名前を付けてやろうかとも言われたが、オレはそのカラスって響きが気に入った。
今は、ボスから与えられた力に慣れる為に異界の上を飛んでるとこだ。
「カァ」
気分が良い。ボスから貰った思考領域というのはオレの知力を大きく引き上げてくれた。昔と違って、今なら細かいことも全て覚えられるし、ボスから流れ込んだ知識だってしっかりと忘れずにいられる。
「……カァ」
見つけた、ゴブリンの群れだ。オレはその中にポツリと降り立つ。
「グギャ?」
「グギャァッ、グギャッ!」
数は三十三。オレを取り囲むゴブリン達はギャァギャァと騒ぎながら、その手に持った棍棒や錆びついたナイフを振り上げた。
「カァ」
棍棒が、ナイフが、空振る。オレの姿は既にそこには無い。奴らの影の中にオレは入り込んだ。
「グギャッ!?」
「グ、グギャ?」
オレは食いもしない獲物を殺すのは好きじゃない。だから、ちょっと強引だが……これで、ヒトで言う正当防衛って奴だ。
「――――カァ」
オレの潜む影から、大量のカラスが飛び出していく。勿論、本物ではない。オレが『影法師《フィギュラ・グール》』で作り出した影のカラス達だ。
「グ、グギャッ!?」
「グギャァッ! グギャァッ!」
実体の無い影。ゴブリン達はそれに翻弄され、飛び回る影に棍棒を振り回す。
「カァ」
ここにもう一工夫だ。『闇障り《ダークオビエクティオ》』によって無数のカラスの影が実体化し、質量を持つ。
「グギャ――ッ」
実体の有る影の群れが、ゴブリン達の体を貫いていく。魔術で作られたカラス達の強度は本物のカラスよりも圧倒的に高い。
「グギャァッ!?」
「グゲェッ!」
「グギャ、グギャッ、グギャァァッ!!」
一体、二体、三体。嵐のように吹き荒れたカラスの群れは一瞬でゴブリン達を死体に変えた。
「……カァ」
やっぱり、オレは偵察用だな。この程度の攻撃力じゃ勝てない相手も多そうだ。防御力も心許ねぇし、直接戦闘は可能な限り避ける方針だな。
さて、残りの力も試しちまったら……今日のところは、街を掌握しに行くか。
♦
東京の街の中。もう日は暮れ始めている。
「……どのくらい本気でやったもんかな」
今日はカラスを使い魔にしたが、ソロモンを探るのはアイツに任せて放置するか? 常に気を張って敵を探り続けるなんてこと、こっちに帰って来てまでやりたくないからな……まぁ、一旦放置にするか。
「小腹が空いたな」
コンビニがあるな。肉まんでも食うか。
自動ドアが開き、音が鳴る。そろそろ、この現代の空気にも慣れて来たな。思い出してきた、と言うべきか。
「いらっしゃいませ~」
俺は会釈だけして、店の中を歩く。肉まんの他にも幾つか買っておこう。今日は屋上で晩餐だ。そういえば、まだ日本のビールをまともに飲んだことって無いよな。酒は向こうで飲み慣れたが、現代の酒とどっちが美味いか試してやろう。
「二本あれば良いか。後は……つまみだな」
何か、新鮮だ。こっちで酒買ったことなんて無いからな……若干、悪いことしてる気分になる。
「こんなもんか」
肉まんは普通ので良いか。ピザまんも昔はよく食ってたが、今は気分じゃない。
「こちらどうぞ~」
良し、レジが空いたな。
レジ袋を持って外に出た。しかし、コンビニの商品もかなり変わってたな。昔からずっとあるようなお菓子も何個か消えていたが、これが時間の流れという奴なのか。
「……んー、そっかぁ。まぁ、邪魔してくるならやっといて」
コンビニの壁際で何かを呟いている女が居る。白い短髪に赤い目、学生服を着ているが、犀川のとこの制服とは違いそうだ。電話も持っていないのに誰かと話しているのは引っかかるが、現代ではこれくらいが普通なのかも知れない。
「まぁ、良いか」
どちらにしろ、この女から例の魔力は感じられなかった。多種多様な人間が混ざり合うこの東京で変な奴を一々気にしていてもしょうがないからな。さっさと屋上で飯を食おう。
「ビールがぬるくなったら不味いからな」
俺は少し歩いて物陰に身を隠し、自分の姿を不可視にして跳躍した。出来るだけ高いところで食おう。低い場所だと、更に高いビルから見られかねない。
「良し、ここにするか」
中々景色が良いな。東京を一望できる。夕暮れ時ってのもあって、風情がある。
「太陽が綺麗だな」
赤く燃える太陽を背に、カラスの群れが飛んでいく。その群れの中に白いカラスが一匹、見えたような気がした。
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