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じんと 中学3年生
はやと 高校1年生
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いちばん。
とくべつ。
昼下がり。
中学校の門の前、女子たちが騒いでいるのは知っていた。さわさわと鈴が転がるようなさざめきに、「すごくかっこいい男の子がいる」という声が聞こえる。
楽しそうに笑いながら教室を出ていく背中をなんとなく見送り、自分も帰ろうと必要な分の参考書を鞄に詰めていく。
最近、同い年の幼馴染が少し余所余所しくなり一緒に帰ることが減ってしまった。
今日も授業が終わると同時に、教室を飛び出して行ってしまい声も掛けられなかった。
話す友だちはいるが、安心するのはやはり幼馴染の横なので、ぽっかりと空いた隣にはあ、と重いため息を吐く。
クラスメイトに挨拶をし、昇降口まで下りると、教室の比ではないくらいの騒がしさに手で耳をふさぐ。主に色めきだっているのは女子たちで、その間に男子の「あれがうわさの」など漫画でしか聞いたことがないフレーズまで聞こえ、なんだそりゃと吹き出しそうになるのをこらえた。
いずれにせよ、自分には関係のないことだ、と靴を履き替える。
テスト期間の一斉下校で、部活もないため全学年の生徒がいる。このまま校門に行けば、この騒がしさの原因がいるのか、と歩き始めて思う。裏門から帰ろうか、と足を止め、無意識に落としていた視線を上げれば、
「…勇斗?」
校門の前には、見知らぬ女子たちに取り囲まれ困惑した様子の勇斗の姿があった。
頬を染めて何やら勇斗に話しかける女子たちの姿に、足が止まる。
華やかな女子たちと、精悍(せいかん)な顔立ちの幼馴染。
正しさ、を見せつけられた気がした。
小さいころから見慣れた光景のはずなのに、なぜ今日はこんなに苦しくなるのか。
じりじりとどこかが妬けていく気がする。
気づかれる前に、逃げなくては、と後退った。きっと今、自分はひどい顔をしている。
自惚れではなく、勇斗はすぐに自分を見つけてしまうため、はやくここから逃げなくては。
それでも視線は勇斗から離れてはくれず、前にも後ろにも進めず俺は立ち竦む。
「邪魔!」
瞬間。
背中にドンという衝撃があり、後ろからぶつかられたのはわかったが咄嗟に反応することができずにバランスを崩した。
倒れる、と目を閉じて衝撃に備えた俺に、
「仁人!」
焦ったような勇斗の声が聞こえた。
◇
「んえ?」
目を開ければ、視界が白い。
死んだか、俺、と力のうまく入らない指で頬をつねる。ちゃんと痛い。
本当にどこだ、と痛む額をさすりながら身体を起こすと、学校の救護室だと分かる。
「起きた?」
目の前のカーテンが開き、養護教諭が顔を覗かせる。
「後ろからぶつかられて倒れちゃったみたい。痛むところは?気持ち悪くない?」
症状を聞かれ、「額が」と返事とすれば、少し赤くなってるねと教えられた。
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1,100
30
女性にぶつかられたくらいでバランスを崩した自分がものすごく恥ずかしく感じ、顔が熱くなるのがわかり、俯く。
「テストで疲れてたせいもあるかもね。頭打ってるし、念のため病院で検査してね」
「はい」
「親御さんには、どうしよっか。学校から連絡する?」
「…多分、電話出れないから一人でいきます」
時計を確認すると、仕事が終わる時間ではなかった。忙しい両親に心配をかけるのは気が引ける。
「じゃあ、職員室で待ってる幼馴染君にお願いするか」
病院の予約ってどうするんだっけ、と考えていた俺に、信じられない言葉が届く。
「え!?」
「君を運んできたの、幼馴染君だよ。いやー、かっこよかった。君をお暇様抱っこしてここに駆け込んできた姿とか」
王子様かと思っちゃった、と楽しそうに笑う養護教諭の声が遠い。呼んでくるね、と言いながら部屋を出ていく姿を視界の端で見る。
勇斗に、抱えられて?ということは、大勢の人に見られた?
キャパオーバーになり、再び意識が遠のきそうになる。
「仁人!」
羞恥心に布団にもぐろうか、勇斗が来る前に逃げようかとぐるぐる回るまとまらない思考に、騒がしい足音とともに勇斗の声が聞こえる。
「はや…」
「よかった。目覚めた!痛いところないか?病院行くなら一緒に行くからな」
駆け込んできた勇斗に抱き着かれ、大きな手が無遠慮にあちこち触られる。
いつもならやめろ、と振り払うのだが、怒涛の勢いの勇斗に圧倒され、二の句が継げない。
何も話さない俺に焦ったのか、養護教諭とわあわあと言い合いをする勇斗をそっと見上げる。
誰がどう見てもかっこいいのに、自分のために慌てる姿は、ちょっと情けない。
大きい手の感触も、高校生になってさらにたくましくなった体も。
少し裏返った声も。
あの子たちは知らないのだ。
妬けていたどこかが、じんわりと熱を持った気がした。
◇
「お騒がせしました。結果が出たら連絡します」
かかりつけ医には連絡しておいたから、明日一日休みなさいと言ってくれた担任に頭を下げ、職員室を後にする。ぶつかってきた生徒からは後日謝罪がしたいと言われたが、自分にも非があるため大丈夫です、と伝えてくださいと頼む。
その後ろで、なぜか職員と仲良くなっている勇斗は、またおいでね、と言われ嬉しそうに頷いていた。なんでだよ。
職員専用の通用口から帰りなさい、と言われ人気のない廊下を勇斗と歩く。
「仁人のお母さんには俺、連絡しといたよ」
「え!?」
「当たり前だろ、学校で倒れたなんて聞いたら焦るって。俺が病院連れてくって言ったらとりあえず落ち着いたけど」
「…ごめん、ありがと」
「ん」
落ちる沈黙に、居た堪れなくなりつま先を見つめる。
通用口までは、あと少しだろうか。
「勝手に来て、ごめん」
「…?」
いきなりの謝罪に、勇斗に視線向け、足を止める。
眉を寄せ、苦しそうな表情を浮かべている。
「なんか、一緒にいる時間減っちゃった気がして。なんも言わずに、会いに来てごめん」
「…はやと?」
「…、どうしても会いたくなっちゃって」
あ、泣くと思った瞬間、俺は勇斗の頭をぎゅっと抱き寄せていた。
整髪剤の奥に香る勇斗のにおいが鼻孔をくすぐる。もっと、と無意識に顔を摺り寄せた。
「仁人がこんなことになっちゃって。先生たちも俺のせいじゃないって言ってくれたけど」
「うん」
「目の前で仁人が倒れるの見てめっちゃこわくて」
「ごめん」
「目え開けないし」
「うん」
「かと思えば寝てるだけ、って言われるし」
「…ちょっと夜更かししてたから」
「お前は、自分の基礎体力のなさを理解しろ」
いつもの軽口の応酬になってきたことに、泣いてないと胸を撫でおろす。
腕の力を緩めようとした瞬間、心臓止まるかと思った、と掠れた声と一緒に抱き寄せられる。ぎゅうぎゅうと締め付けてくる腕の強さに、不快どころか安心を感じてしまう。
「ごめんね、勇斗。心配してくれてありがと」
俺も会いたかった、と続けようとしたが、
「お前らいちゃついてないで帰れ!」
と職員室からの怒声に、慌てて通用口から出る。
追い立てられるように裏門から出て病院のある道路に出る。
そういえば、荷物と手ぶらの自分に気づき校舎を見る。荷物、とつぶやけば勇斗が笑いながら俺持ってるよ、と教えてくれる。
よく見ると勇斗のかばんに隠れて自分の通学かばんが肩にかけられていて、参考書が入っているため重いだろうと手を伸ばせば、大丈夫と遮られた。
「けが人は重いもの持たない」と代わりに、と勇斗の手が繋がれる。
ものごころがつく前から、つないでいた手の温かさ。
すっぽりと自分の手を覆ってしまう大きさ。
何も言わずに握り返した俺の目に、嬉しそうな顔で笑う勇斗の顔だけが映る。
いちばんで、とくべつで。
この関係を壊したくない。
だから、そっとふたをするのだ。
おわり。