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盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

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盲目王子の策略から逃げ切るのは、至難の業かもしれない

50 - あの時は、そんなつもりじゃなかった。なのに気付けば恋に落ちていた①

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2025年09月16日

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半分だけ血が繋がった男から呪いを受け、光を失ってから──アシェルは暗闇の中をさ迷い歩くような日々だった。


煌眼では無くなったアシェルは、日常の風景に溶け込んでいた精霊の姿は、もう見ることができない。数年経てば当たり前に聞こえていた精霊の声すら忘れてしまった。


加えて、王位継承を剥奪されたアシェルの元から家臣だと思っていた人達が次々に去っていった。


己が何のために生きているかもわからなくなったアシェルは、いっそ全てを捨てて隠遁生活を送ろうと何度も考えた。


きっとその方が楽に生きていける。悔しさも、苦しみも、遣る瀬無さも、もう抱えたくなかった。


そんなふうに幾たびも自暴自棄になったアシェルだが、それでも望みは捨てきれず──遥か昔の恋物語に縋った。


精霊姫と初代の国王の悲恋は、市井の民にとってはただのおとぎ話に過ぎないが、アシェルにとったら最後の切り札だった。


精霊姫の生まれ変わりを、妻に娶る。


煌眼を失ったアシェルが再び玉座を狙うためには、もうその手段しか残されていなかった。


アシェルに呪いをかけた第一王子ローガンの魔力は、さして強いものではなかったが、人を呪う才能だけはあった。


欲深く、短絡的思考のローガンは、精霊姫の生まれ変わりなどはなから信じてはいなかった。


実際、精霊姫の生まれ変わりなどこれまで一度も現れたことがなかったからそう思うのは致し方ないのかもしれない。


しかしアシェルは秘密裏に探し続けた。いっそ執念と呼ぶべき思いで、探し求めた。


そうして、見付けた。胸に雪花の紋章を刻む少女──ノアを。




その日は、いつもと何ら変わらなかった。


官僚の尻拭いの為に面倒な書類を片付けて、精霊姫の生まれ変わりかもしれない少女を迎えに行ったグレイアスの報告を待っていた。


穏やかな昼下がり。政務室の窓は閉め切っていて風の音一つ聞こえない。側近達は廊下に待機させていたから、静寂だけが部屋に満ちていた。


そんな中、不意に懐かしい声が聞こえた。


「ハヤク、ハヤク」

「コッチ、コッチ」

「ハシッテ、ハシッテ」


言葉を覚え始めた幼子のような声が一つではなく幾つも聞こえて、アシェルは息を呑んだ。


あまりに久方ぶりの為、これが精霊たちの声だと気付くのにしばしの時間を要した。


「チョット、モタモタシナイデ」

「ハヤク、コッチニキテ」


苛立つ精霊たちの声に、アシェルは考える間もなく乱暴に窓を開けると、窓枠を飛び越えて外に出た。


それからは精霊たちの声だけを頼りに、ただただがむしゃらに走った。その声に従わなければ一生後悔するという予感があった。


どれくらい走っただろうか。城の作りは熟知しているが、無我夢中で走ったせいで正確な位置が把握できていない。


上がる息を整えながら、アシェルは物音と、つま先だけの感覚でここがどこなのか探ろうとする。


しかし、すぐにそんなことはどうでも良くなった。


なぜなら、見えたのだ。これまで暗闇でしかなかった視界に、突然、騎士に肩担ぎされた一人の少女が映り込んだのだ。


「……っ!!……っ……っ!!」


声を出すことができないのだろうか。少女は口をパクパクさせながら手足をばたつかせていた。


痛ましい姿だが、少女を担いでいる騎士は表情を変えずに、そのまま城内へ消えていった。


それは、時間にして数秒の出来事だが、アシェルにとったら一生忘れることができない光景だった。





(今思い返してみても、とんだ出会いだったな)


苦笑しながらアシェルは目を開いた。


黒い毛に覆われた鋭い牙と爪を持つ魔獣は、唸り声をあげて、今まさに自分に飛びかかろうとしている。


「ははっ。イーサンもなかなか見栄えの良い魔獣を連れて来てくれたものだ。申し分ない……おい、悪く思うなよ」


ニヤリと口の片側を持ち上げたアシェルは、指を弾いて魔力を形にする。己の魔力で作られた光り輝く剣は、しっくりと手に馴染んでいた。


アシェルが剣を構えると同時に、魔獣は尖った爪を振り下ろす。


しかしアシェルは難なくそれを避け、逆に魔獣の爪を踏み台にして高く跳躍した。


変わりゆく視界の端にノアが見えた。ワイアットに羽交い絞めされている彼女は、今にも泣きださんばかりの表情だった。


(ああ……ノアが私を見ている)


初めて彼女を目にした時、胸の奥で焼き切れそうな感情が暴れた。


あの時はそれに名前を付けることができなかった。しかし、今はこの気持ちが何なのか明確にわかる。


欲しい。手に入れたい。一生、傍に置いておきたい。


そんな独占欲で誤魔化したくなる愚かな感情──恋だ。


生涯、味わうことなど絶対にないと思っていたそれはとても凶暴で、ノアの前でだけはアシェルはただの男になってしまった。


自分でも目を逸らしたくなる程のもう一人の自分が持つ残忍な思考を、彼女は根こそぎ奪い取ってくれた。いとも容易く。


「……女は強い男に惹かれる。これでノアが私に惚れてくれるなら安いもんだけどね」


跳躍したアシェルは、突きの体勢を取る。切っ先は寸分狂いもなく魔獣の眉間に向かっている。


片思いのぼやきができるぐらい、アシェルは余裕だった。


対して魔獣は、たかだか人間一人と甘く見ていたのだろう。知性の欠片もなさそうな外見とは裏腹に、苛立ちの咆哮をあげる。


「うるせぇんだよっ。お前は私の踏み台になれっ」


何の踏み台なんだと思わずツッコミを入れたくなるような意味不明な言葉を吐いたアシェルは、その身に似合わない豪快さで魔獣に一撃を喰らわせた。


人間であれ、動物であれ、魔獣であれ、眉間は総じて生きとし生けるものの急所である。


例にもれず夜会会場に乱入してきた魔獣もアシェルの一撃で、あっさりと地面に倒れ、黒い霧となり飛散した。


この全ては時間にすれば、わずか数分の出来事だった。


軽々と着地したアシェルは、ぐるりと辺りを見渡す。会場は水を打ったかのように静まり返っていた。


無理もない。突然凶暴な魔獣が現れたと思ったら、今度は盲目の第二王子がいとも容易く退治したのだ。しかもその王子は、現在進行形で目を開けている。


(まぁ、確かにリアクションに困る展開だろうな)


指を鳴らして剣を消したアシェルは、呆れ顔で笑う。


そうすれば招待客の一人と目が合った。かつて忠誠を誓った男は、ばつが悪そうにすぐに目を逸らした。

アシェルは更に笑った。まるで「私は全部覚えているぞ」と訴えかけるように。


会場の空気が重くなる。招待客たちは居心地の悪そうな顔をしている。窮地を救ってくれた英雄を褒め称えるより、己の保身を守ることの方が大切なようだ。


そんな中、ただ一人、純粋にアシェルの身を案じていた者の声が響いた。


「で、で、で、殿下!殿下っ、殿下!!……あ、あの……ちょっと失礼します。ごめんなさい。失礼、失礼!」


転がるように人混みを掻き分けこちらにやって来るのは、アシェルが切望している少女。


「ノア、走ったら危ないよ」

「危ないのは殿下です!!もうっ、本当に!もうっ、もう!!」


涙混じりに怒りの声をあげるノアが愛しくて、アシェルはこみ上げてくる感情のままノアを強く抱きしめた。


(好きだ。ノアが好きだ)


柔らかい髪。ほっそりとした身体。愛らしい声。


そのどれもが魅力的でかけがえのないもので、守りたくて、手放せない。


「……で、殿下ぁ。怪我は……な、ないですか」


苦しそうにしながらも、自分の身を案じてくれるノアにらアシェルはほんの少しだけ腕を緩めて微笑む。


「大丈夫、どこも怪我してないよ」

「そ、そうなんでーー え?え!?殿下、目、目、目がぁ!!」

「ああ」

今頃になってようやく盲目では無いことに気付いたノアに、アシェルはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。


けれど心の中は、違う感情が暴れていた。


(ねえノア……この後に起こる出来事を目にしても、どうか……どうか私を嫌わないでくれ)

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