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土日は平日よりもゆっくりめに朝食の用意をする。
賢也と結婚してからずっと続いてきた生活。
昨夜はこの二年間のことを思い出していた。たったの二年間ではあるが、スマホに保存されている写真は結構な枚数になっていた。
すべてをパソコンの賢也と名付けたフォルダに入れ、スマホからはすべて削除した。
いつも持ち歩いている物に賢也の写真があるのは耐えられなかった。
「有佳おはよう」
昨夜は私から誘わなかったからか、機嫌がよさそうだ。
「おはよう賢也」
用意した朝食を一瞥すると、「うまそう、顔を洗ってくるよ」といって洗面所へ行った。
すべてが白々しく見えてしまう。
特に話すことも無いので無言で朝食をとる。
二人はどんな会話をしながら過ごしているんだろう。
どんなことをしてるんだろう。
少し気持ち悪くなった。
「最近、二人で出かけられなかったから今日はどこかドライブでもしようか」
しらじらしい・・・
たまには奥さんにもサービスするってこと?
「別に、あなたはスキナヒトト好きなところに行っていいよ。私はこれから友達と出かけるから」
賢也の箸がが止る
「何?俺の好きな人は有佳だよ」
口角だけかろうじて上げて微笑んだ。
「ありがとう」と一言だけ言って食器を片付ける。
嘘つき
初めて訪れた時とは違って整理された事務所の応接セットのソファにクライアントして松崎さんと向かい合わせに座っている。
目の前のテーブルには赤と青の二本のUSBが置かれている。
「盗聴器の音声だけど、結構よくとれていたよ。赤い方はフルで青い方は会話の部分をまとめたもので、なんつうかフルだとさ、結構キツいかなって思って」
「キツい?」
「フルだとさ、喘ぎ声とかも入っているから」
そういうことか・・・ちょっと無理かも
松崎さんはそういう気遣いができて一緒に仕事をしていても安心できる。
男性としても魅力的だが、36歳独身らしい。
モテそうだけど、もしかすると遊んでいるのかもしれない。
青いUSBをパソコンに差し込むと、男女が話す声が聞えてきた。
一人は賢也でもうひとりはあの部屋の女性。
「ねぇ、離婚はいつ成立するの?」
「あぁ妻がなかなか承諾してくれなくて」
「お前みたいなつまらない女はいらないって言ってさっさと判子を押してもらったら、性の不一致って言って」
「それだけじゃ離婚の理由にならないだろ」
「奥さんの写真って無いの?」
「無いから見せられないよ」
「そんなに不細工なの?不細工でエッチもつまらないなんて賢也が可哀想」
知らず、涙が頬を伝っていった。
松崎さんが肩をぽんと叩くと缶コーヒーを差し出してくれた。
「ごめんなさい、哀しいというよりも悔し涙かもしれないです」
松崎さんは椅子を持ってきて黙って私の隣に座った。
「私は、賢也が初めての恋人で初めての人でした、だから賢也のするようにしか分らない。そんなに不満なら教えてくれればよかったのに。私はどこでそんなことを勉強すればよかったの?」
涙が止らなくなって苦しくなってきたところを松崎さんはそっと抱きしめて背中をトントンと子供をあやすように叩いてくれた。
「私はどうすればよかったの?」
「こんなかわいい奥さん、一緒に気持ちよくなる様に二人で“勉強”すればよかったのにな」
松崎さんが勉強と言う言葉を使ったことがおかしくて
泣きながら笑ってしまった。
「どんな勉強?」
「言葉では説明できないこと」
「それなら松崎さんが教えてください」
「離婚が成立したら、教えますよ。ただし俺はスパルタだ」
二人で顔を見合わせて笑った。
こんなに笑ったのはどれくらいぶりだろう
「ありがとうございます。すこし楽になりました」
松崎さんは頭をポンポンと軽く叩いてから自分のデスクに戻っていった。
「報告書、自分で書きます」
「まぁ、辛いだろうが気持ちの整理ができるんじゃないか、ところでオプションの報告書を渡しておくよ」
そう言うとA4サイズの茶封筒を渡された。
「今回の調査の副産物みたいなものだ、どうするかは有佳ちゃん次第だよ」
書類をパラパラを見ながら言葉が漏れてしまった
賢也・・・バカだな・・・
書類を見つめながら気持ちが冷めていった。
「あと、部屋に鍵を付けたいんですが、そう言うのってどこに頼めばいいのか知ってますか?」
「ああ、それなら知り合いに鍵屋がいるよ、いつ付けたいの」
「月曜日の日中なら賢也がいないから」
以前は土日は夫婦でゆったりとした時間を過ごしていたが、今は苦痛だ。
日曜日も簡単に身を整えて出かける準備をする。
仕事を始めてよかった。
「有佳、今日も友達のところ?」
「ええ行ってきます」
「ところで最近は調子はどう?」
何を考えているのか賢也が肩に手をおこうとした事にとっさに反応して避けてしまった。
賢也は驚いた表情をみせたが、すぐに柔和な顔に戻った。
「明日、病院にいってくるから」
「そ・・・そうだね、体調が悪いなら今日はあまりおそくならないようにね」
「うん、わかった。ありがとう」
そう言って賢也を残して、事務所に向った。
初めて来たときは、入りにくかった入り口も賢也のいるあのマンションよりも居心地のいい場所になった。
大量にあった領収証も綺麗に整理され、会計ソフトはその役割を果たし始めた。
社会の中に自分の存在場所があるって、こんなに安心するんだ。
ずっとあのマンションの中で一人でいたら賢也を疑って心がぐちゃぐちゃになっていた。でも、今は与えられた仕事が楽しいそして、探偵事務所という職業柄、自分だけが裏切られて泣いているのではないと分った。
自分が自由を手に入れるための報告書を松崎さんに教えてもらいながら自分自身で書き上げていくことに変な気持ちになるが、色々と勉強になっている。
「鍵屋は有佳ちゃんが帰った後くらいに向わせるよ」
「ありがとうございます」
「それから、最終確認するけど離婚の方向でいいんだよね?」
「はい、賢也との生活は無理です」
「あの音声は盗聴だから、旦那さんの口を割らせたり追い込むには使えるが、裁判になったときは証拠としてつかえない。そこで、直接女から言葉をもらおうと思う」
「え?」
「彼女、大森恵美30歳、旦那さんとおなじ職場の庶務課勤務、そして彼女について調べたことと、あの音声データからすると結構焦ってる感じだし、なにより気が強そうだ」
「何をするんですか?」
「正妻と愛人の対決」
松崎さんはいたずらっ子のような表情をしていた。
***************
「はぁ・・・」
「大丈夫?まだ体調が悪い?」
「あっうん、ごめんね食事中なのに」
「気にしないで、後片付けはオレがやるからもう休んだら?」
「そうする、ごめんね」
明日のことを考えたら今から緊張して、ため息が出てしまった。
いけない・・・しっかりしなくちゃ
ここで賢也に何か悟られたら今までの事が無駄になってしまう。
松崎さんが「善は急げっていうだろ?」とか言って、でも使い方が違う気がしたけどそれ以上に大森恵美という女性に会うということで、頭がいっぱいで使い方についてはツッコめなかった。
鍵・・・どうしよう・・・
今日は掛けなくてもいいか・・・
ロックができるドアノブは今までのものとあまり見た目が変わらずマジマジと見ないと交換しているのがわからない。
明日、彼女に会いに行ったら賢也にも伝わるよね
賢也はどうするだろう?
怒るかな?
そんなことを考えているとゆっくりと意識が遠のいていった。
誰かが頭を撫でている・・・
この匂い・・・
気持ち悪い
「うっ」
吐き気がして目が覚めると賢也が頭を撫でながらのぞき込んでいた
「本当に大丈夫?」
「ごめんなさい、一人にして」
「そっか、ごめんな」
一人になりたい、こんなに嫌な気分になるなら、さっさとケリをつけたほうがいいのかもしれない。
松崎さんが気持ちをリセットするための調査費用だと言っていた。
私自身でリセットする。
あの日あの場所に行って良かった、そして松崎さんに出会えてよかった。
決意を固めると少しずつ吐き気も収まってきた。