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念入りにメイクをする。
大森さんはボリュームのある体型で私よりも背が低いようだった。
それなら、正反対に薄手のゆったり気味のニットとハイウェストの膝下丈のフレアスカートに7cmヒールを履いた。
私にだって意地がある。思いっきり見下ろしてやる。
「いつもの有佳ちゃんも可愛くていいけど、清楚系のファッションも色気があっていいね」
松崎さんはニコニコしながら嬉しい言葉をくれる。
「そうやって、いろんな女の人に言っているんでしょ」
ははははと笑いながら
「勘違いされると困るから、褒め言葉の安売りはしないよ。有佳ちゃんは特別だから」
「じゃあ、ありがたく褒められておきます」
私は勘違いしてもいいのかしら?
松崎さんとは一回りほど年の差がある、そのせいか子供扱いされている気がする。
早すぎず、遅すぎずで午後4時に賢也の務める会社が入っているビルに来た。
一階はロビーといくつかのテーブルが置かれている。
簡単なミーティングができるような感じだ。
松崎さんは近くで見ていてくれるということで、深呼吸をひとつして受付に向った。
受付には2人の女性が座っていて、一人は年配の男性になにかを説明していた、もう一人は長い髪を後ろでまとめ上品な雰囲気の女性だ、私が近づくと柔らかい笑みで迎えてくれた。
「総務部の大森恵美さんをお願いします」
「約束はございますか?」
「いいえ、ただ直接お目にかかってお伝えしないといけないことがありまして」
「かしこまりました。失礼ですがお名前をいただいてもよろしいですか?」
「片桐です」
「少々お待ち下さい」
受付嬢の名札をさりげなく見ると“三輪”と書かれていた。
三輪さんが内線で誰かと話している、いきなり片桐ですと言われて彼と同じ名字でも盗聴の会話からすると私を見下しているようだから、乗り込んでくるとは思っていないだろう。
三輪さんが受話器を置くと「今こちらに向ってくるそうです」と微笑んだので、私も微笑みで返した。
もう一人の受付嬢はまだ先ほどの年配男性につかまっているようだ、わたしは三輪さんの横に移動して大森さんをまつ、まずは三輪さんの記憶に残るようにここから離れすぎる訳にはいかなかった。
緊張する、バックのスマホを確認する。
「大森恵美との会話は録音しておいて、で本当は先に宣言した方がいいけど、難しいと思うから途中からでもネタばらしをして」
そう指示を受けているのでスマホのボイスメモをすぐに起動できるようにした。
「わたしに来客って?」
小柄な女性が三輪さんに対して高圧的な物言いをしている、自分が7㎝のヒールを履いているせいもあり、大森恵美は予想していたよりも小柄にみえる。
胸を張れ!
大森恵美の前では毅然とするように松崎さんに言われている。
私は一歩前にでると胸を張って少し大森恵美を見下ろしてから
「初めまして、大森恵美さんですね?わたしは、片桐賢也の妻の有佳といいます。少しあちらでお話をしていいですか?というより、聞きたいことがございますからあちらの席にいきましょう」
窓際にある席を指さした。
大森恵美の目がせわしなく動く。
手もすこし震えているようだった。
「もちろん、逃げませんよね?」
松崎さんが大森恵美は挑発すればするほどこちらの思うとおりに動くタイプかもしれない、だからどんどん挑発するといいよと教わっていた
「逃げるってどういう意味か知りませんが、失礼な人ですね」
精一杯の虚勢にみえる。
だから、私は胸を張って
「時間を無駄にしたくないの、早くあちらに行きましょう?」
わざと三輪さんに聞えるように言うと大森恵美は慌てた様子で私の前を歩いて行った。
本当だ、簡単にムキになる人なんだ。
なんだか、おかしくなってきた、ニヤつきそうな顔を必死に引き締めながらスマホをバックから取り出すとボイスメモの録音を開始して、大森恵美が先に座っている席の向いに腰をおろし、手に持ったスマホをさりげなくテーブルに置いた。
背筋を伸ばし、頭をかしげながらニッコリと微笑む、大森恵美が何かをいう間に先制をかける。
「賢也の浮気相手の大森恵美さんですね?って、確認は必要ないですよね」
「何のことでしょう?」
「先ほどもいいましたが、時間を無駄遣いしたくないんです」
そう言ってから
賢也と二人でホテルに入っていく写真と出てくる写真とさらに、大森恵美のマンションに二人で入って行く写真をテーブルに置くと、大森恵美はあわてて写真を手で隠した
「何?こんなところでわざと写真を出すなんて、誰かに見られたらどうする気?」
「別にどうもしません、大森さんがとぼけるからです。ただ私は事実確認がしたいだけですから」
目の前でみるみる顔面が赤くなっていくのがわかる。
怒髪天を衝くとはこういうことかも知れない。
「なら、わたしもいいますけど、いったいいつになったら離婚するんですか?賢也くんがかわいそう」
「賢也がかわいそうとは?」
大森恵美は今度は口の端を上げ作りものの笑みをたたえながら身体を乗り出すと
「性の不一致も十分な離婚の原因になるとおもいません?マグロ女じゃ賢也くんがつまらないって、だからわたしが慰めてあげてるの。それに、賢也くんもわたしと再婚したいのにマグロ女が離婚に応じてくれないって嘆いているのよ。かわいそうでしょ」
「マグロ女ってだれか分ってるわよね?お・く・さ・ま」
「だから、さっさと別れなさいよ」
大森恵美は威圧的な態度でそう言い放つ。
心の中で深呼吸をする。
挑発にのってはダメだ。松崎さんとのたわいも無い会話を思い出し大森恵美の言葉をやり過ごす。
「慰めるとはどういうこと?相談に乗ってくださっているのですか?親切にありがとうございます」
今度はあからさまにバカにしたような表情になる。
「そんなだから、つまらないって言われるのよ。あなたとのセックスがつまらないからわたしとセックスしてるの。すごく気持ちいいって。妻とは味わえないって、わたしの身体がたまらないって、分った?」
「それは、賢也と身体の関係があり不倫をしているということを認めるんですね?」
「不倫なんて変な言いがかりを付けないで、わたしと賢也くんは愛し合ってるの。恋人同士だけど、たまたま賢也くんが結婚していただけのこと。だから、さっさと賢也くんを自由にしてあげて」
愛し合っているとか、恋人同士とか私にマウントを取っているのかもしれないけど、そもそも賢也は既婚者だ。
そんな言葉で挑発をしてくる目の前の女に無性に腹が立つが冷静に処理をしないといけない。
イライラする。
あとで松崎さんに癒してもらおう
だから
がんばれ私
「賢也があなたと結婚したいと言っているんですか?」
「そうよ」
「賢也から離婚したいなんて一度も言われたことがなかったから、お話を聞けてよかったです」
大森恵美の目が見開いている。
さっきから百面相でやっているように、表情がコロコロと変っていく。
「事後報告で悪いんですが、今までの会話を録音してました。それでは失礼します」
大森恵美は「え?」と一言だけ呟いて固まってしまっているが、必要な話も聞けたので後ろを振り返ること無く出口に向った。
「おつかれさん」
外に出ると松崎さんが待っていてくれた。
*************
どんなに自分では割り切ったと思っても、一つ一つの証拠が重しのようにのしかかってくる。
賢也とは顔を合わせるのも嫌で、夕食をテーブルにならべてからメモをのこして自室のソファアベッドに横になった。
もう泣く事は無いと思ったのに、あのビルから出た途端に涙が止らなかった。
二人で私を馬鹿にして嘲笑しながら身体をかさねていたんだろうか。
私はどうすれば良かったんだろう。
賢也はやさしい笑顔の裏で汚い言葉を私に投げかけていたんだろうか。
「誰を信じればいいんだろう」
「なら俺を信じればいい」
思わず声に出してしまった言葉に松崎さんが応えてくれた。
「俺を頼ってくれればいいよ」
そう言って抱きしめてくれた腕の中で枯れるほど泣いた。
目が覚めると心も体もどこもかしこも痛かった。
それでも、まだ私はこのまがいものの夫婦を演じなくてはならない。
「おはよう、大丈夫?」
「うん、本当にごめんなさいもう大丈夫だから気にしないで」
焼き鮭にほうれん草のごま和えに冷や奴と具だくさんのお味噌汁の朝食
賢也はおいしいと言ってすべて平らげてから仕事に向った。
心配する言葉も嘘、料理がおいしいという言葉も嘘、嘘、嘘、嘘
もう、一分も一秒も一緒にいたくない。