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荷車に乗っていたすべてのブロックを敷き詰め終わり、夕日に照らされた街道を慎重に進む。
「昼飯は半分しか食えなかったが、仕事も終わって街道もきれいになったし、ウルフの討伐報酬ももらえて一石二鳥だな」
「一部、血だまりができてるけどね」
「うっ……」
すべてのウルフを倒したはいいものの、運ぶには荷車に乗せなければならない。
だが、ウルフの死体からはどくどくと血が流れていて、そのまま乗せれば借り物の荷車を汚してしまう。
そこでしたのが、ウルフの血抜き。それを全て同じ木の枝に吊るしてやったせいで、そこだけが血の池みたいになってしまったのだ。
「まあ、怒られたら謝ろう……」
「そういえばお兄ちゃん。スキル使わなかったね」
「スキルってなんだ?」
「スキルはスキルだよ? 技って言えばいいのかな? プレートにその人が使えるスキルが登録されてて……。説明聞いてないの?」
「初耳だが……」
「ええ……。プレート渡す時に教えないとダメなのにぃ」
ソフィアから聞いているはずだったらしいスキルの説明。
それが使えれば、もっと楽にウルフたちを撃退できたかもしれないとも思った反面、正直そこまで苦戦したわけでもなかったので、それほど気にはならなかった。
「じゃあ、ここで教えてあげる。ちょっと端っこで止まって」
街道の端に荷車を寄せて止める。
「利き腕じゃない方でプレートを触って。そしたら目を瞑ってプレートに意識を集中して。そうすると頭の中に何か浮かんでこない?」
言われた通りやってみると、ぼんやりと浮かんできたのは二つのスキル。ロングレンジショットとマルチレンジショットだ。
「それが、今お兄ちゃんが使えるスキルだよ。頭の中でスキルの名前を思い浮かべれば、どう動けばいいかわかるはずだけど……。あ、試すならこっち向いてやらないでね」
スキルは、冒険者の証であるプレートに“行使手順”として刻まれているとのこと。
使用者がスキルを思い浮かべると、プレートから脳へと一瞬の閃きのように情報が流れ込み、頭の中に『どう動けばよいか』が明確に描かれる。
実際に体を動かすのは本人だが、失敗なく最適な形で行動できるのは、その補助があるからで、駆け出しはそれに頼るのが一般的らしい。
ミアに言われた通りにしてみるも、いまいち要領が掴めない。
名前からの推測であれば、長距離射撃のようなものであることはわかるのだが……。
「物は試しだ」
ミアと荷車、それと折角直した街道の床が壊れないように、森に向かって棒を構え、集中する。
「いくぞ」
ミアは大袈裟に耳を塞ぎ、ぎゅっと強く目を瞑る。
「…………」
俺の頬に一筋の汗が流れるも、何も起きる気配はない。
「お兄ちゃん?」
「わからないんだが?」
およそ一分ほどだろうか。何度か頭の中で繰り返しても、スキルというもの使い方がよくわからない。
「まじめにやって?」
真面目にやってるんですけど……。
「もう片方のやつでやってみる。いくぞ?」
……結果は先ほどと同じだった。
「お兄ちゃん。怒るよ?」
「いや、待ってくれ。本当に真面目にやってるんだがわからないんだ。スキル使用時はプレートを触ってないとダメとかあるんじゃないか?」
「そんなことないよ。それだと両手が塞がってたらスキル使えなくなっちゃうじゃん」
「でも、ソフィアさんもミアも魔法使う時はプレート触ってるよな?」
「それは規則だもん。込める魔力量によって効果が増減するのはよくないでしょ?」
ギルド職員は、プレートを通じて魔法の効果を一定に調整しているとのこと。
本来、魔法は込める魔力量によって効果が増減するため、使う人や状況によって大きくブレてしまう。
そのため、職員が魔力量を正確に計測・調整し、常に一定の効果が得られるよう管理しているのだ。
それによる対価を受け取っているのだから、当然と言えば当然か。
「そんなことより、お兄ちゃんだよ。スキルなんだったの?」
「ロングレンジショットと、マルチレンジショットだ」
「……あれ? お兄ちゃんって遠隔系の適性って持ってないよね?」
「遠隔系ってのがよくわからないが、言われたのは死霊術と鈍器だけだが……」
ミアは顎に手を当てると、不思議そうに首を傾げた。
ミアには少々似合わない真剣な面持ち。
「死霊術の方で使うスキルなのかな……。うーん。わかんないや……」
「ひょっとしたら、骨を投げるスキルなんじゃないか?」
「ええ……。そんなのあるかなあ……」
ミアの反応はあまりよくない。
死霊術と呼ばれるくらいなのだから、きっと魔法の一種。だが骨を投げるとなると、どう考えても物理方面な気がしないでもない。
「ウルフの死体いっぱいあるし、この骨でやってみる?」
さすがミアだ。ナイスアイデア――と思ったが、荷車に重なり合っているウルフの亡骸を見て、考えが変わった。
「いや、やめよう。査定に響く……」
今はスキルよりお金の方が大事だ。
――――――――――
「じゃあ裏口にいるから、報告してきてくれ」
「はーい」
ミアは元気よく返事をすると、報告のためギルドへと戻っていく。
俺は昨日のように、ギルドの裏口に回って査定待ち――なのだが、昨日ほどは待たなかったのは、ソフィアがすっ飛んできたからである。
「本当だ……。あっ、ケガとかないですか? 大丈夫ですか?」
「ええ。俺もミアもケガはないです」
「お兄ちゃん強かったよ?」
「そ、そうですか……。ひとまず無事でなによりです……」
安堵の表情を浮かべるソフィア。
「で、何匹相手にしたんですか? こんなに狩ってきたなら相当数に囲まれたと思うんですけど……」
「これで全部ですが?」
「え?」
「八匹に囲まれて、八匹倒したんですけど……」
「それはおかしくないですか? 普通は何匹か倒せば敵わないと思い、逃げていくと思いますが……」
「そうなんですか? ウルフの習性は知りませんが、本当に全部襲ってきたんですよ。最後の一匹まで……。なあ、ミア?」
「うん」
「そうですか……。まあ、でも二人とも無事でよかったです。このことはあとで少し調べてみますね」
昼間の街道でウルフが人を襲ったという話は、今回が初めてのことらしい。
ギルド本部には一応報告を入れるとのことだが、正直そんなことはどうでもよかった。
早くウルフの査定をしてくれ!
結局、ウルフの査定は金貨二十枚。もうちょいいくかと思ったが、仕方ない。
毛皮の状態を気にするほどの余裕はなかった。
とにかく、これでミアから借りていたお金を全額返済できる。
もう少し時間がかかるかと思っていたが、あっさりと返済できたので、案外異世界での生活も慣れれば快適かもしれないと思い始めていた。
そして明日は、初めての休日。
というのも、ミアが休みの日には村の外に出る依頼を受けることができないため、冒険者と担当の休みは、基本同じなのだ。
もちろん俺が望めば、担当の必要ない依頼は受けることができる。
ミアに返済したお金を除くと、残りは金貨二枚。明日はこれで買い物へと繰り出すのだ。
必要なのは服と靴。優先度から言えばまずは靴である。
それと時間があればギルドで地図を見せてもらい、ミアがよければ昨日できなかった炭鉱の下見にでも行こうと思う。