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目と口を大きく開いたリオンの前、白系統の上下にブルーのアスコットタイをアクセントにし、いつもと違うフレームの眼鏡を掛けたウーヴェがにこりと笑みを浮かべて立っていた。
「ウーヴェ!?」
「ようこそ、ヒンケル警部」
まるで魚か何かのように口をぱくぱくとさせるリオンを尻目に、ドアを大きく開いて二人を招き入れたウーヴェは、ヒンケルに目配せをした後、廊下の中央辺りの左手にある部屋で待っていてくれと告げて一足先に彼を家に上げる。
「リオン」
「ウ、ウーヴェ、なぁ、ここって・・・もしかしてここって・・・!!」
「ああ。私の家にようこそ、リオン」
「やっぱり・・・っ!!」
ぱくぱくと口を開けていたリオンだったが、ヒンケルが長い廊下の先に姿を消した途端我に返ったのか、ウーヴェの肩に両手を掛けてがくがくと揺さ振る。
付き合い出して半年、リオンの狭いながらも楽しい我が家をウーヴェが訪れたことは何度かあったが、残念ながら逆はまだなかった。
それがひょんな事から訪れる機会を得たリオンは、夢でも見ているのかと思わず頬を引っ張ってしまい、夢ではない事を知るとがっくりと肩を落としてウーヴェを抱き寄せる。
「どうした?」
「ウーヴェが金持ちだって知ってたけどさぁ・・・」
これはあまりにもあんまりだ。
くすんと情けない声を出すリオンの頭を撫でながらどうしたんだと囁き、どんな高級な店に連れて行かれて、この場違いな姿を笑われるのだろうといらぬ心配をしたと告白されて目を瞠る。
「そんな事を気にしていたのか?」
「あ、そんな事って言うけどなぁ・・・」
「リオン。お前の愉快な仲間達は賑やかに飲める店の方が好きだろう?」
いつもお前達が通っている店を思い出せと言われて顔を上げたリオンは、目の前に大好きな恋人がいる事に今更ながらに改めて気付き、顔中の筋肉が一気に弛緩したと思えるような表情になる。
「ウーヴェぇ」
「何だ?」
「うん・・・・・・逢いたかった。すげー逢いたかった」
「・・・・・・ああ。私もだ」
今日は逢えないと思っていたが、こうして予想もしない場所で逢うことが出来た。
その幸せにもう一度ウーヴェを抱きしめたリオンは、腰にしっかりと重ねられた手の温もりに目を閉じ、軽く身を預けてくる恋人を支えながら触れるだけのキスをする。
「あれ、じゃあさ、今日の飲み会って・・・」
「家じゃあ不満か?」
「まさか!」
今日の飲み会の場所がこの家であることに気付いたリオンは、二人並んでも十二分に幅のある長い廊下を通りながらきょろきょろと辺りを見回す。
廊下を少し進めば左右に伸びる比較的短い廊下があり、右手にはドアが三つ、左にはドアが二つ見えていた。
「あそこは?」
「客間として使うようにしているが、使ったことはないな」
何でもない事のように告げるウーヴェをちらりと見たリオンだったが、特に何も言わずに廊下をゆったりとした足取りで進む。
右手に見えるドアがバスルームで突き当たり手前の左がベッドルームだと教えられ、短い廊下に足を向けて深々と溜息を吐く。
「リオン?」
「・・・なぁ、ウーヴェ」
「どうした?」
「この短い廊下ってさ・・・もしかして俺の部屋と同じぐらいの広さ?」
とほほと肩を落としつつ問いかけるリオンに暫し沈黙したウーヴェだったが、黙っていても仕方がないと思ったのか、こっくりと無言でシルバーに光る頭髪を上下に揺らす。
俺は恋人の家の廊下に住んでいるようなものかと、情けない顔でウーヴェの肩に肘をついたリオンだったが、腰に回されていた手が慰めるように背中を撫で、早くドアを開けろと促した事に笑みを浮かべて一足先にヒンケルが入っていった両開きのドアを静かに開ける。
その瞬間だった。
「Alles Gute zum Geburtstag!」
「!?」
突然いくつもの声が響いたかと思うとドアの左右からクラッカーの弾ける音と拍手や口笛が聞こえ、ドアの中央で呆然と立ち尽くしたリオンの横、しっかりと腰に腕を回していたウーヴェがしてやったりとリオンを見上げる。
「少し早いが、誕生日おめでとう、リオン」
「・・・・・・え?え?誕生日・・・?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔でウーヴェを見下ろすリオンの間近でクラッカーが鳴らされ、思わず耳を押さえた二人にそれを鳴らした張本人が満面の笑みを浮かべる。
「何ぼけっとしてるんだ、リオン?今日の主役はお前だぜ」
「そうだぞ」
事態の把握が出来ていないリオンを取り囲むように同僚達が集まり、その腕を掴んで部屋の中央へと引っ張っていった時、ようやくリオンの顔に笑みが浮かび出す。
「驚いたか、リオン?」
どうだ驚いただろうと、胸を張るヒンケルに満面の笑みで大きく頷いたリオンは、口々に祝ってくれる仲間達の最も外側にいながらも、他の誰よりも優しい目で見つめてくるウーヴェに気付き、ただ笑顔で頷く。
「リオン、シャンパンを開けろよ」
「随分と張り込んだな」
誰かが持って来たのか、シャンパンでも名の通ったボトルを手にしたリオンが嬉しそうな声を挙げ、皆の見守る前で開けようとするが、ふと何かを思い出したような表情になり、ボトルをテーブルに置くと、壁に背中を預けて様子を見守っていたウーヴェを手招きする。
「どうした?」
「あのさ、ナイフを使って開けるやり方あったよな?」
「サブラージュか?」
「そう、それ。それさ、ウーヴェ出来るか?」
皆が一体何事だと見守る前で問われ、昔余興でやったことがあると答えたウーヴェに満面の笑みでボトルを差し出し、そんなリオンを止めるようにサーベルがないと出来ないと苦笑したウーヴェだったが、リオンはやらせる気満々だった。
「大丈夫」
「掃除が大変なんだぞ?」
「ここ絨毯敷いてないから大丈夫だろ?」
ぜひやってくれと、まるで好奇心だけで構成されている子供のような顔で懇願され、仕方がないと溜息を吐いて腕捲りをする。
「何をするんだ?」
「ナイフでシャンパンの栓を切るんです」
ひそひそと問いかけてくるヒンケルに何故かリオンが自慢げに答え、それをちらりと見たウーヴェが小さく溜息を吐くが、せっかくの恋人の誕生日を祝うパーティの席で失敗はしたくなかった為、静かに息を吸ってボトルをしっかりと支え、誰の趣味かは不明だが壁に飾ってあったナイフを手に取る。
ウーヴェの口が小さく何かを呟き、ナイフを握った左手がボトルを擦るように動いた直後、純白の細かな気泡を含んだ泡がボトルとウーヴェの手を濡らす。
その一瞬の動きをただ見守っていた面々は、ウーヴェが静かにボトルを掲げてリオンへと口を向けた瞬間、一気に沸き上がる。
「すげー!!」
一番感動したのは他の誰でもない今日の主役で、差し向けられたボトルの口から流れ出すシャンパンをグラスに注ぎ、満面の笑みで一気にそれを飲み干す。
「乾杯だ、乾杯!」
ヒンケルの怒声にも似た掛け声に各々グラスを持ち、ウーヴェも濡れた手を気にしながらシャンパンが注がれたグラスを手にする。
「乾杯!」
その掛け声に皆が唱和し、あちらこちらでグラスが触れ合う音が響き、主役のリオンとウーヴェも軽くグラスを触れ合わせる。
「・・・リオン」
「うん?」
「誕生日、おめでとう」
「・・・・・・うん。ダンケ、ウーヴェ」
ただ素直にそれが嬉しくて、二人でシャンパンを飲み干し、皆が持ち寄った料理を食べ、ワイワイと賑やかにパーティタイムを過ごすのだった。
リオンがビール瓶とピザを片手に同僚達と話している姿を椅子に腰掛けたウーヴェが微笑ましそうな目で見つめていた時、横に座った人がいた。
「ヒンケル警部」
「今日は場所を貸してくれてありがとうよ、ドク」
「いえ、気にしないで下さい」
頭を下げるヒンケルに目を細めたウーヴェは、ビールを注いだグラスを持っていたが、ヒンケルの手は何も持っておらず、傍にあったビール瓶を差し出せば笑顔で受け取って口を付け始める。
「・・・こんな事を今言うのも悪いとは思うが・・・」
「はい?」
その口調、こちらを見ない様子から何を言いたいかを察したウーヴェの心に皮肉気な思いが芽生えるが、リオンが尊敬するボスであるヒンケルにはなるべく皮肉は言わないようにしようと決めていた為、次の言葉を静かに待つ。
「まさかリオンが・・・その、ドクとなぁ・・・」
「私自身も彼と付き合うとは思ってもみませんでした」
まだ短いと言える人生の中、幾人かの女性とは付き合ってきたが、同性というのはリオンが初めてだった。
『うん、好きだ、ウーヴェ』
あの日、金髪を指で掻きながら、だがどこか自信を秘めたロイヤルブルーの双眸に笑みを浮かべて告白してきたリオンを思い出したウーヴェは、くるりとグラスを手の中で回して天井を見つめる。
初めてのデートの時は今までの彼女達よりも緊張し、待ち合わせた場所に車で向かう際、何度信号無視をしそうになったか分からない程だった。
回数を重ねるごとに緊張は減っていったが、次に芽生えたのは言葉には出来ない思いだった。
リオンが大好きなサッカーの試合を見ているとき、応援している地元チームの動向に一喜一憂し、勝てば大騒ぎをするリオンに当初は呆れすら感じたが、いつしかそれが当然のようになり、今まではあまり見たことのないサッカーの中継をテレビで見るようになってしまっていた。
お互いの仕事が忙しいときでも寝る前に電話で話をすると昼間の疲労が消え去り、穏やかな落ち着いた気持ちで眠りにつけるようになっていた。
昔付き合った彼女たちからは得ることの出来なかった安堵感を、リオンという青年と付き合いだしてからは得ることが出来ていた。
「俺は古い人間だから俺の子供がもしそうなったらって考えると無理だが・・・リオンが幸せになれるってのなら俺は受け入れたいね」
ビール瓶を同じようにくるりと回したヒンケルがウーヴェの横顔を見ながら告げれば、顔だけを振り向けたウーヴェの双眸が細められる。
昔に比べれば法律的にも道徳的にもかなり認められ、また受け入れられるようになった同性同士の関係だが、信仰心の厚いカトリック教徒には受け入れられないものがあるようで、こうしたヒンケルの言葉や態度は覚悟もしていたし、また実際にこの半年でかなり慣れてしまっていた。
だが、また今の言葉のように、控え目ながらも受け入れようと手を差し伸べてくれる人達も多くいて、そのありがたさに一度目を閉じたウーヴェは、深く溜息を吐いた後、ヒンケルに向き直って一礼する。
リオンに対する親兄弟のような親愛の情と、自分を受け入れようとしてくれるその努力には自然と頭が下がってしまう。
「ありがとうございます、警部」
「止めてくれよ。ドクに頭を下げられたら尻がむずむずするぜ」
「ホントだ。どうしてウーヴェがボスに頭を下げるんだ?」
普段仕事でウーヴェを便利屋か情報屋みたいに使っているのはボスで、本来ならばボスが頭を下げなければならないだろうと、舌を出しながら言い放ったのはピザを飲み込んだばかりのリオンだった。
「リオン」
二種類の声に同時に名を呼ばれてどっちに答えるべきか一瞬迷ったリオンは、ヒンケルが拳を握った事に気付き、ウーヴェの背中に張り付いて更に舌を出す。
「リオン!」
「暴力はんたーい」
ウーヴェの身体をバリケード代わりにしながら子供顔負けの子どもじみた顔で訴えたリオンに、二人の間に挟まれてしまったウーヴェがやれやれと溜息を吐きつつ肩を竦める。
「警部」
「何だ?」
「少々のことではへこたれないですから、思い切りこき使ってやって下さい」
「ウーヴェ!なんて事を言うんだよっ!!」
背後で上がる不満タラタラの悲鳴をわざとらしく両耳を掌で覆って遮ったウーヴェがヒンケルに片目を閉じて告げれば、どちらかと言えば強面のヒンケルの顔に常人ならば腰が抜けそうな凶悪な笑みが浮かび上がる。
「ウーヴェの悪魔っ!!」
「悪魔は警部だろう?この間そう言っていたのはリオン、君だ」
しがみついて叫ぶ恋人ににやりと笑みを浮かべてさらりと暴露したウーヴェは、背後で上がる悲鳴にくすくすと笑ってしまい、次いで羽交い締めにされて目を白黒させる。
「苦しいぞ、リオンっ!」
「いじめっ子ウーヴェなんか嫌いだっ!」
図体のでかいいい年をした男が泣き真似をしても鬱陶しいだけだと、リオンの頭を一つ叩いて腕の中から抜け出したウーヴェは、こんな子供のような彼ですが、どうかこれからもよろしくお願いしますと祈りを込めて頭を下げる。
それをしっかりと受け取ったのか、ヒンケルが見るものを安心させるような笑みを浮かべて大きく頷くのだった。
そんな二人の姿を、にこにこと嬉しそうな顔でリオンが見守っていた。
賑やかで楽しかった時間はあっという間に終わりを迎え、酔い潰れたものを介抱するものや後片付けを手早く手伝ってくれる面々にウーヴェは笑顔で応えていた。
パーティが終わった後の何とも言えない寂寥感を感じたのか、リオンが後片付けをするためにエプロンをしていたウーヴェの背中から覆い被さる。
「リオン?」
「・・・うん」
「どうした?」
後片付けが出来ないから離れてくれと、首の下で交差する腕を軽く叩いて苦笑すれば、するりと腕が離れていく。
「いや、楽しかったなーって」
「本当にな」
今まで数多くの種類のパーティを経験してきたがこんなにも楽しかったのは初めてだと、粗方の片付けが終わった事を示すようにエプロンを外したウーヴェに、リオンが嬉しそうに顔を笑み崩れさせる。
「楽しかった、ウーヴェ?」
「ああ」
場所を貸してくれただけではなく、料理も幾つか作ってくれたと後で聞かされたリオンは、パーティの準備などかなり労力のいる事で本当はやりたくないと思っていたのではないか、しかも本来ならば誕生日の本人がパーティーの用意をしなければならないのにと、ウーヴェが知れば苦笑しそうな事を考えていたのだ。
並んでいたテーブルや椅子はすべて持ち帰られ、その上にあった料理や酒もすべて姿を消したダイニングを見るとは無しに見ていたが、不意に得体の知れない感覚に囚われてしまい、再度ウーヴェを背中から抱き締める。
先程まで賑やかだったこの場所に今いるのは二人だけで、当然ながら家中がしんと静まりかえっている。
こんな静かな場所にウーヴェは一人で暮らしているのだ。
どうしたと首を捻ってくるウーヴェの細い身体を思わずきつく抱き締める。
「リオン?」
本当にどうしたと腕を撫でながら苦笑する恋人に無言だったリオンは、掻き消すことの出来ない感覚に身体を震わせる。
この家の前に立ったとき、どんな金持ちが住んでいるのだろうと半ばやっかみ気分で考えた。
その住人が己の恋人である事を知り、己の境遇と比較して一人落ち込んでしまいそうになったが、金では手に入れることの出来ない愉快な仲間達が集まり、己の誕生日を祝ってくれたのだ。
金も社会的地位もあり、また持て余すほどの広さの家を所有してはいるが一人きりの恋人と、金はないが周囲には人がいる自分では一体どちらが幸せなのだろうか。
不意に浮かんだその疑問に応えるよりも先に、こんなにも広い家にただ一人で暮らしているウーヴェの事を思うと胸の深いところが痛くなる。
その痛みを堪えるようにきつくきつく目を閉じ、じわりと浮かび上がる感情を押し殺そうとするが、幼い頃、眠りに就く直前に己の頭を撫でてくれたマザーと同じ温もりが頭を撫でた為、固形物のような呼気を吐き出してしまう。
「リオン─────何を考えている?」
腕の中の身体が反転し、何度も髪をゆっくりと撫でる手の温もりがいつかのマザーやシスターらと同じで、一体いつから恋人は一人になったのだろうと息苦しさの中で考える。
両親と兄と姉がいることは初めて出会った時の聴取や本人が時折溢す話題の中で耳にしたことはあるが、家族と会ったという話は聞いたことはなかった。
姉の夫が世界を転戦するラリードライバーで、帰国したときに姉夫婦と一緒に食事をする事を聞いたぐらいで、家族との繋がりを顕著に示す写真を見たこともなければ、誕生日に届けられたカードを見たこともなかった。
「どうして・・・ウーヴェが一人なんだろうなって事」
「それは・・・・・・」
きつく抱き締めながらぽつりと呟き、珍しく口籠もった恋人の顔を両手で挟んで軽く額を触れあわせる。
「ウーヴェ」
「何だ?」
「うん────好きだ、ウーヴェ」
「・・・っ・・・ああ」
真正面からの告白に僅かに息を飲んだウーヴェの気配に、リオンがメガネを取ってやりながらゆっくりと顔を近付ける。
「・・・・・・ん」
鼻から抜けるような呼気に一度唇を離し、頬を両手で包んで目を閉じる。
「ウーヴェ、俺、決めた」
「何を決めたんだ?」
どうか、どうか都合の良い言葉だと、口先だけだと思われませんようにと祈りつつ、至近距離にあってぼやけるターコイズを真正面から見つめて笑みを浮かべる。
「お前を一人にしない」
「!」
「うん。決めた。今まで一人だったんだよな?それも今日で終わりだ」
もうお前を一人にはしない。
同じ言葉を繰り返し、嘘ではないと伝えたリオンの背中、微かに震える腕が回される。
「これからさ、俺と一緒に面白おかしく毎日を過ごそう」
馬鹿みたいに騒いだり、たくさんの人と一緒に笑いあって生きていこう。
「今日のパーティのように?」
「うん、そう。俺とウーヴェの二人で毎日パーティをするんだ。時々ボスを呼んだりみんなを呼んだりして・・・」
そしてもし可能ならば、ウーヴェの家族も呼んで、みんなでパーティをしよう。
ウーヴェの頬に何度もキスをしながら告げれば、最初はくすぐったかったのか肩を竦めていたウーヴェだったが、次第に力を抜いてリオンに身を預けてくる。
「いつか・・・そう・・・出来れば良いな」
「違う、ウーヴェ」
「え?」
厚い胸板にもたれ掛かりながら夢を見るように呟いたウーヴェに、リオンがやけにきっぱりとした口調で否定する。
「それは違う、ウーヴェ。出来ればいいじゃなくて、そうするんだ」
自分たちは境遇も何もかも対照的だが、心の底で欲しているものは同じだとしっかりと見抜いているリオンは、思わずウーヴェが息を飲んでしまう程強い笑みを湛えた双眸で見つめてくる。
「リオン・・・?」
「いつか、そうするんだ」
繰り返される言葉に目を閉じ、そんな夢を見れればいいと呟いてしまうが、今はまだ夢物語だけどと茶目っ気たっぷりに返され、リオンの腕の中でその顔を見上げる。
自信に満ちた、何にも負けることのない、だが優しさと少年のような心を忘れていない顔のリオンがそこにいた。
「そう言えばさ、ウーヴェの誕生日って聞いたこと無かったよな?」
顔を覗き込むように見つめてくるリオンに苦笑し、一緒だと呟けばさっきの顔とは打って変わった間の抜けた顔になる。
それがおかしくてつい小さく吹き出してしまうと、笑うなよとすぐさま唇がへの字になって頬が膨らむ。
本当に子供のようだともう一度笑い、俄に出来た頬袋を撫でた後、君と同じだとはっきりと告げる。
「え?」
「・・・・・・今月の24日が誕生日だ」
「俺と一緒!?」
「ああ」
年齢も境遇も同じものはあまりないが、ただ一つだけ、生を受けた日は同じだ。
呟いた瞬間、頭上で素っ頓狂な声が聞こえた直後、意味の分からない歯軋りの音が響く。
「リオン?」
「どうして言わなかった?そうすれば皆に一緒に祝って貰えたのに!」
今日の誕生日はリオンが主役で盛り上がったパーティだったが、本当ならば今こうしている恋人も一緒に祝って貰えるはずだったのだ。
教えてくれていなかった事への言い様のない思いと、それに気付かなかった己の鈍感さに歯がみをしたリオンは、腕の中でウーヴェが小さく頭を振ったことに目を瞠る。
「良いんだ、リオン」
「何が良いんだ?」
心底腹を立てている事を感じ取りながらもお前が腹を立てる必要はないと告げ、誕生日は祝わないと決めていることも告げると、リオンのブルーの双眸が最大限に見開かれる。
「どうしてだ?」
「・・・10歳の時に決めた事だ」
「何だそれ!?」
この世で最大の理不尽さだと言いたげな口調で言い放つリオンの頬を撫で、己の誕生日を生涯祝うことはないと決めた日を思い出す。
自分と自分を取り巻く人々が巻き込まれた忌まわしい事件。それを切っ掛けに、生涯何があっても自分の誕生日を祝うことはないと決めたのだ。
「じゃあさ、誕生日プレゼントも駄目なのか?」
誕生日を祝う形としてはパーティだけではなく、それに付き物のプレゼントもある。
現に今日は愉快な仲間達が抱えきれない程のプレゼントも用意してくれていたのだ。
それを贈ることも出来ないのかと淋しげな声で問われたウーヴェの心、ぎしりと何かが激しく軋む。
今まで付き合っていた彼女達にも同じ言葉を告げ、どういう事だと食い下がられたり、あっさりと了解されその上プレゼントを悩む必要がないと強がりさえ言われたことがあったが、その時でさえもこんな胸の痛みは感じなかった。
だが、どれ程胸が痛むような顔を見せられても、幼い日のあの誓いは生涯破ることは出来ないものだった。
その思いからきつく目を閉じて小さく頷けば頭上に重苦しい沈黙が流れるが、程なくして肺の中を空にしたような吐息が零れたことに気付く。
「そっかぁ・・・うーん・・・どうするかな」
「リオン?」
「うん?」
どうしたと問いかければ、まるで子供がイタズラを思いついたような表情でリオンが見下ろしてくる。
「良いこと思いついただけ」
「良いこと?」
「そっ。今はナイショ」
くすくすと笑いながら片目を閉じたリオンの顔、先程も見た何にも負ける事のない男の様に見え、やはり自分はリオンが好きなんだと改めて気付いたウーヴェは、恋人の金髪を抱き寄せるように腕を回し、自信に満ちた笑みを浮かべる唇にキスをする。
それに応えるようにリオンも口を開いて受け入れてくれるが、そのキスはいつもの触れるだけのものとは決定的に何かが違っていた。