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いつも別れ際に交わしていた触れるだけのキス。
それとは違うキスをしたと感じた時、背筋を何かが駆け抜けた。
指先までをも包んだそれにきつく目を閉じれば、離れた唇から満足そうな吐息が零れ落ちる。
「・・・は・・・っ・・・」
「今日は泊まっていっても良いよな?」
小さく問いかけられて躊躇うことなく頷いたが、心中では今夜は泊まって帰る事が前提となっていた為、今更何を聞くと言い出しそうになって苦笑する。
お互いに好きなだけ酒を飲んでいるのだ。車で送り届けることは不可能だった。
「ああ」
着替えなどは姉の夫が置いていった新しいのがあるためにそれを使えば良いと囁き、何故かお互いの顔を見ることが出来なくなってしまう。
どちらも女性経験はそれなりに豊富でこのような場面は幾度となく経験している筈だったが、過去の実例は今回に限って言えば役に立たないようだった。
互いの肩に腕を掛けて額を触れ合わせる距離にいながらも視線は互いの肩を捉えているらしく、ターコイズとロイヤルブルーが視線を重ねることはなかった。
「シャワー借りても良いか?」
「ああ。準備をするから待っていてくれ」
「うん」
パーティの名残がまだ少しだけある部屋にいたが、どちらも顔を見ることなく相手から離れたかと思うと、ウーヴェの手がリオンからメガネを取り返して踵を返す。
「な、どこで寝るんだ?」
ウーヴェの背中に問いかけるが返事はなく、ウーヴェと名を呼べば肩越しに振り返られる。
「部屋だけは幾らでもある。好きな部屋で寝ればいい」
聞こえてきた言葉にさすがに絶句したリオンに気付いたのかどうなのか、ウーヴェが廊下に出てバスルームのドアを開ける。
「ウーヴェ、もしかして俺、お客さん?」
「そうなるな」
「どうしてそうなるかな?」
「違うのか?」
どうやら滅多に使わないバスルームらしく、お湯が出るかどうかをしっかりと確認しているウーヴェにドアに背中を預けて腕を組んで眉を寄せつつ問いかければ、何を言っているのかが分からないと言いたげな顔で振り返られる。
「なぁ、ウーヴェ」
「だから何だ」
「俺さ、さっきウーヴェに何て言ったっけ?」
「・・・・・・一人にしない、だろう?」
「うん、そう」
組んでいた腕をそのままに、前屈みになって顔を少しだけ突き出した姿でウーヴェを見たリオンに、見られた方は何故か居心地の悪さを感じているように身を引く。
「どういう意味か分かってるよな?」
「・・・・・・そのつもりだが?」
「じゃあさ、一人にしないって言った俺を一人にさせるのか?今まで付き合ってた彼女も同じように一人にしていた?」
家に連れ込んだ彼女も同じように客間のベッドで一人で寝させたのか。
ロイヤルブルーの双眸を半ば隠して意地の悪い声を出すリオンの言葉に目を瞠ったウーヴェだったが、過去を振り返ってみてもリオンが想像しているような光景は思い出せなかった。
「それは無い」
やけにきっぱりと言い切られてリオンが片眉を上げてへぇと呟き、ウーヴェが苦笑しつつメガネを押し上げる。
それが一種の癖であることをリオンは見抜いていたが、どんな言葉が出てくるかを待ち構えるように腕を組み替える。
「彼女を連れてきたことはない」
「へ!?」
聞かされた事実に思わず腕を解いて素っ頓狂な声を挙げたリオンは、一人もいないのかと、一度もないのかと重ねて問いかけ、今までこの家に来た人間で家族以外は君が初めてだと告げられて絶句する。
「じゃあ今までどうしてたんだ?」
まさかお手々繋いでキスしてバイバイなどというオママゴトな関係だったのか。
リオンのあからさまな言葉にじろりと睨み、子供じゃあるまいしそんな事があるかと素っ気なく返せば、じゃあどうしていたと畳み掛けられる。
「ホテルか彼女の家だな」
さも当然のように答えたウーヴェの前、くすんだ金髪をガリガリと掻きむしるリオンがいて、どうしたと目を瞠れば深々と溜息が流れ出す。
「今まで誰もこの家に来た事がない?」
「ああ」
「今日みんなが来たけど、それが初めて?」
「そう言っているだろう?」
リオンの読み取れない表情に苛立ちを覚え、そこまで疑うのならばもう私の知った事ではないと言い放てば、そっと伸ばされた腕が肩から背中へと回されて抱き寄せられる。
「ごめん」
反省の念が滲んだ声で謝罪され、深呼吸を一つした後広い背中をぽんと叩く。
「ウーヴェはどうするんだ?」
後でここのシャワーを使うのかと気を取り直したリオンが問えば、色素の薄い灰色の髪が左右に揺れる。
「ベッドルームにもあるからそっちを使う」
「ふぅん。じゃあ俺もそっちで良いや」
「は?」
「ウーヴェと一緒に使う」
幾ら恋人とは言え一つのシャワーを同時に使うなど経験した事のないウーヴェに、リオンが頭の後ろで手を組んでけろりとした表情で見つめてくる。
「良いだろ?」
「・・・・・・狭いぞ」
「良いよ、別に」
俺の家のシャワーほど小さくないだろうと突き抜けたように笑うリオンにただ呆然としていたウーヴェは、早くシャワーを浴びようと促されて背を向ける。
恋人なのだ。一緒に風呂に入るのは当然と言えば当然の事だったし、さっき交わしたキスは明らかに情よりも欲が表に出ていたもので、自分達の関係の先を強請られている事にも気付いていた。
今まで同じようなキスを彼女にしてきていたのだ。同じ男としてその気持ちは充分に察することが出来たが、どうした訳かキスから先に進めないどころかキスだけでも十分満足している自分がいた。
女を抱いた時に感じた絶頂感、それに似た感覚がリオンとキスをするだけで得られる時すらあった為、敢えてその先に進む必要性が感じられなかった。
また、現実問題として男相手のセックスのやり方など知る機会が無く、一体何をどうするのかさえも分からない状態だった為、付き合い出して半年が経過するがリオンとは未だにキスしかしたことがないのだった。
鼻歌交じりに着いてくるリオンをちらりと振り返ったウーヴェは、仕方がないと諦めの境地に達した己に溜息を吐き、ベッドルームのドアを開ける。
これまた他の部屋と同じように広い部屋の窓の下、ぽつんと置かれたダブルベッドのシーツを撫でたリオンが部屋を見回した後、断りを入れてベッドに座るなり嬉しそうに笑みを浮かべて呟いた。
「ウーヴェだ」
「リオン?」
どういう意味だとバスルームのドアとはベッドを挟んで反対側にあるクローゼットのドアを開けつつウーヴェが振り返って眉を寄せれば、何が嬉しいのかにこにこと顔を笑み崩れさせたリオンがベッドに両手をついて天井を見上げて大きく息を吸い込む。
「うん。ウーヴェがいる」
「何を言ってるんだ?」
「この部屋にはちゃんとウーヴェがいる」
それは当然だろうと言いかけたウーヴェは、リオンが仰け反った姿で見つめてきたことに苦笑し、何が言いたいのだろうと考えて一つの答えに辿り着く。
この部屋はウーヴェが寝起きしている部屋で、この広い家の中で使っているのはこことこの部屋にあるベッドルームだけだと言っても良かった。
その部屋の中は当然ウーヴェが生活する事で生じる諸々のものがあり、恋人がその一つ一つからウーヴェの存在を感じ取ったのではないのか。
思い浮かんだ答えが正しいかを知る為に他の部屋にはいなかったかと問えば、逆を向いた顔に我が意を得たりと言いたげな笑みが浮かび、勢い良く振り返ってベッドの上でまるで東洋の仏像のように足を組む。
「いなかった」
「・・・そうか」
「ああ」
にこりと嬉しそうに笑ったリオンに真新しいパジャマや着替え一式を差し出したウーヴェはシャワーを浴びるんだろうと目を細め、くしゃくしゃとくすんだ金髪を掻き乱す。
「ははっ。止めろよウーヴェっ」
両手でウーヴェの手を掴んで阻止しようとするリオンだったが、いつまでも止まる気配が無い事に軽く頬を脹らませ、細い手首を掴んで引き寄せる。
「っ!!」
引き寄せられたことでリオンの上に倒れ込みそうになった為、咄嗟にベッドに手を着いて身体を支えたウーヴェを双眸がイタズラっ気を隠しもしないで見上げる。
「危ないだろう?」
「平気だって。ぶつかっても俺が受け止めるからさ」
だからどーんとぶつかってこいと掌で胸を叩きながら宣言するリオンに目を瞠った後、堪えきれずにくすくすと笑えば、片目を閉じて悪戯小僧の顔でリオンが笑う。
「君は本当に子供みたいだな」
「でもそんな俺が好きなんだろ、ウーヴェ?」
呆れ混じりに告げたそれに返されて目を瞠れば、腕に手を重ねて自信に満ちたロイヤルブルーの双眸が意味ありげに見上げてくる。
悔しい事にそのとおりだった。半年前には想像も出来なかったが、日が経つにつれリオンという人間を一つずつ知っていくにつれ、どんどんと好きになっていくのだ。
素直に認めるのは癪だったが、今ぐらいは構わないだろうと脳味噌の何処かが嗾けてくる。
「────ああ。大好きだ」
今度はリオンが目を瞠る番だったが、身を起こそうとするウーヴェの手を掴んで更に引き寄せたかと思うと、あっという間に痩身を抱いてベッドに仰向けに倒れ込む。
「リオンっ!」
危ないだろうとさすがに目を吊り上げそうになったが、再度メガネを奪われてしまい、瞬きを一つする間に見下ろしている恋人の顔付きが一変する。
一度見てしまえば二度と目を逸らすことなど出来ない、喩えようもない魅力に満ちた双眸を光らせたリオンがそこにいた。
さっきも感じた息苦しさを再度感じてしまい、呼気の塊を吐くように短く呼吸をすれば、しっかりと腰に回された腕が身体を引き寄せてくる。
「リオン・・・っ・・・シャワーを・・・!」
「うん。後で」
腰に回された腕の強さは弱まらず、身動ぎ出来ない苦しさとそれ以外のものから顔を逸らせば、頬に何度もキスをされる。
そのくすぐったさについくすくすと笑い出してしまった時、リオンが勢いを付けて寝返りを打ち、シーツと己の身体でウーヴェを挟み込んでゆっくりと顔を寄せて唇を重ねてくる。
それを受け入れたウーヴェは、再び身体中に何かが駆け巡る感覚に襲われるが、その後、バスルームへ向かいながら服を脱がし合い、ガラスで仕切られているシャワーブース-やはりここもリオンが想像したとおり広かった-で交互にシャワーを浴びながら、初めて素肌に直接触れた喜びをほぼ同時に胸に芽生えさせていた。
その思いを大事に閉じ込め、シャワーを頭から浴びつつ顔を寄せて何度もキスをし、素肌の腰に回した腕で互いの身体を抱き寄せ合う。
バスローブを肩に引っかけただけの姿で出て行こうとしたリオンをウーヴェが押し止めようとしたが逆に押し切られてしまい、バスローブ姿でベッドへと連れて行かれてしまう。
「リオン・・・っ!」
半ば担がれるように連れてこられた後、ベッドに投げ出されて思わず抗議の声を挙げたウーヴェにごめんと短く謝ったリオンが覆い被さり、両肘を後ろについて身体を反らせる。
「ウーヴェ、好きだ」
「・・・俺も好きだ」
こつんと額を重ねながらの告白に同じ言葉を返し、まだ濡れている金髪を抱き込めば、嬉しそうな吐息が一つ胸に零れ落ちる。
「良いよな?」
この先に、キスから先に進んでも良いよなと問われて無言で頷くが、その時どうしてこれまで先に進めなかったのかに気付き、今までの雰囲気をぶち壊す勢いで叫んでしまう。
「待てっ!!」
「な、何だ何だ?」
せっかく良い雰囲気で先に進めそうだったのにと目を白黒させるリオンの顔をがしっと両手で掴んだウーヴェは、ロイヤルブルーの瞳を真正面から見据えて問いかける。
「まさかと思うが・・・君が私を抱くのか?」
「へ!?」
まさかこの期に及んでの問いにリオンが素っ頓狂な声を挙げてウーヴェを見返し、どうなんだと問われてぱちぱちと目を瞬かせる。
「どうって言われても・・・」
「どうなんだ!?」
「え、何、もしかしてウーヴェが抱くつもりだった!?」
俺に突っ込みたかった訳と直截に問われてじろりと睨み、無言で頷いたウーヴェにリオンも無言になる。
男同士でのセックスの知識などウーヴェが持ち得るはずはなかったが、リオンは友人の中に同性愛者がいたため、ある程度の話は聞いていた。
それ故、当然ながらウーヴェを抱く-有り体に言えばウーヴェの中に入るつもりだったが、まさかウーヴェもそう考えているとは思ってもみなかった。
よくよく考えれば付き合うまではどちらも相手に対して男、つまりは受け入れさせる側だったのだ。男と付き合うようになったからと言って、ある日突然すんなりと相手を受け入れられると言う訳ではなかった。
傍から見れば間抜けに見える問答にどちらも沈黙し、何とも言えない空気が流れるが、リオンがガリガリと頭を掻きむしりながらウーヴェぇと情けない声を挙げる。
「何だっ」
「俺、ウーヴェは好きだけど、尻に突っ込まれるのは嫌だ」
「!!・・・・・・私も嫌だ」
お互いの尻に入れなくても気持ちよくなる方法がある筈だと、ウーヴェが理性を取り戻した顔で呟くが、リオンの言葉に絶句する。
「二人でやるマスターベーションかよ」
「っ!!」
確かに気持ち良いかもしれないが、どうして惚れている恋人の中でイク事が出来ないんだとやけに真剣な顔で問われてしまえば、何も返すことが出来なかった。
メンタルクリニックでドクターとして働く自分が、年下の刑事の口に負けてしまうのかと危機感を募らせる反面、リオンだから何もかもを許してしまいそうになる己も存在していた。
「なぁウーヴェ、気持ちよくしてやるからさぁ・・・」
だからお願い、お前の中に入れさせて。お前の中で踊りたい。
「────っ!!」
耳に口を寄せて直接流し込まれた言葉に鼓動が跳ね、言葉を無くしたウーヴェが思わずぞくりと身を震わせた事に気付き、リオンがもう一度Bitteと囁く。
その囁きに今までの頑なだった己がふわりと霧散し、すべてを委ねて受け入れても構わないと思えてくる。
だがそれを素直に表すことが悔しくて、じろりとリオンを睨んだウーヴェに対して後一押しだと感じたのか、リオンが止めとなる表情でウーヴェを見つめる。
それは付き合おうと決めた夜に初めて見た、照れながらも自信に満ちた、周囲を一瞬にして明るくしてしまう太陽のような笑みだった。
ああ、やはり自分は年下の恋人にどうこう言っても惚れていると改めて気付いた瞬間、全身から力が抜ける。
「ウーヴェ?」
「・・・君の好きにすればいい」
投げ遣りではなく相手を想う心から伝えたそれが上手く伝わったらしく、リオンが満面の笑みを浮かべた後、そっと目を閉じキスをする。
「ダンケ、ウーヴェ」
「・・・ああ」
相手を想う心があれば、受け入れる事すら些細なことだと思えてくる。
その気持ちのままキスを受け止め、覆い被さってくるリオンの背中に腕を回したウーヴェは、背筋を震わせた感覚が何であるかに気付き、小さく溜息を零すのだった。
リオンが宣言したとおり、ウーヴェが今まで経験した事のない与えられる快感に荒い息と堪えきれない声が部屋に流れていた。
初めて受け入れるウーヴェの身体には負担が大きいと思っていたが、大量に飲んでいた酒に助けられているからか、それとも心がすべてを受け入れると決めていたからか、密かにどちらも危惧していたような痛みは奇跡的に感じていないようだった。
それどころか、何度か経験を積まないと得ることの出来ない中での快感すら感じ取っているようで、リオンが驚くほど高い声を挙げてシーツを握りしめ、悩ましげに眉を寄せている程だった。
本当に初めてかと、聞けば間違い無く殴り飛ばされる様な事を思い浮かべるが、痛みよりも強く感じているらしい快感に歪んだ顔を見ればそんな事はどうでも良くなってくる。
何度も名を呼び、欲に彩られたターコイズを覗き込もうと伸び上がってキスをすれば、熱を持つ襞がじわりとまとわりついてくる。
気持ちよくしてやると言い切ったが、自らがして貰っている礼を言うよう、熱に潤む瞳と目尻にぽつりと存在するホクロにキスをする。
その気持ちよさもそろそろ絶頂を迎えようとしている事を伝えれば、白ともシルバーともつかない不思議な色合いの髪がぱさぱさと音を立てて振られる。
終わってしまう残念さはあるが、これからはいつでも抱き合えると実感したリオンは、細いがしっかりと筋肉の付いている腰を掴んで腰を押しつける。
一際高い声が上がった時、熱の籠もった呼気の合間に名を呼ばれたことに気付くが、今までの呼ばれ方ではない事にも気付いてもう一度呼んでくれと強請りつつ、最奥を突き上げていたものを完全に抜けないようにゆっくりと引き、一気に押し戻す。
「ぁああっ・・・あ・・・っ・・・リーオ・・・っ!!」
快感に舌が回らないのかそれとも別の意図があってか、リーオと呼びながら頭を仰け反らせて背中を撓ませるウーヴェの顎から汗が流れ落ち、ナイトテーブルの照明で微かに光る。
今の顔を正面から見下ろしたかったが、さすがにウーヴェが窮屈そうで、いつか慣れてくれれば出来るだろうと思いながら、日に焼けることのない白い背中に口を寄せ、あと少しだと囁けば仰け反っていた頭が前に傾く。
その前にもう一度呼んで欲しいと強請れば、快感に霞んだターコイズが肩越しに振り向いてくる。
「リーオ・・・?」
「それ、好き」
他の誰でもないお前にそう呼ばれるのが好きだと、うっすらと紅くなっている目元にキスをして囁けば、少しだけ考え込むような色を浮かべた直後、綺麗な笑みが顔中に広がる。
「!!」
「っ!!」
見せられた笑顔が繋がっている所に直接響き、結果ウーヴェが短く息を呑む。
そんな顔は反則だと泣き笑いの顔でウーヴェを見つめれば、どこか誇らしげな笑みが浮かび、自重を支えていた腕が持ち上げられて後ろ手に頭を抱き寄せられる。
「リーオ」
「なに?」
「・・・好きだ」
「う、ん・・・俺も好きだ」
同じ男という事を意識していたからかキスから先に進めなかったが、こうして受け入れてしまえば何やら随分と些細なことだった様に思えてくる。
繰り返される告白を受け止めて同じ思いを返せば、繋がっている場所がじわりと熱くなる。
互いを想う気持ちをしっかりと胸に刻みながらも、今は二人揃って快楽に溺れてしまおうとリオンが笑み混じりに誘えば、同意を示すように髪を撫でた手がシーツの上に静かに落ちる。
片手で腰を支えながらウーヴェの手を握れば、やんわりと握り返され、腰を押しつければきつく握りしめられる。
その痛みを堪えるように動きを速くし、悲鳴じみた声を挙げさせた直後、かくんと頭が枕に落ち、次いで肩もシーツに沈み込む。
二人ほぼ同時に熱を出したことに気付き、汗の浮く白い背中にそっと覆い被さり、肩で息をするウーヴェにキスをする。
「ウーヴェ」
「な・・・んだ?」
「気持ちよかったか?」
なぁ、と、強請るように言葉を続けるリオンに荒い息を繰り返していたウーヴェは、抜いてくれと小さく告げた後、慌てて出て行くその感覚に鼻から抜けたような息を吐いて寝返りを打つ。
「リーオ」
「うん」
「────初めてだけど…最高だった」
不安げな色を隠しもしない双眸に目を細め、熱を出した後の気怠さと襲いかかってくる眠気を堪えつつ腕を持ち上げてリオンの背中を抱きしめて囁けば、息を呑むような気配が伝わってくる。
「ダンケ、ウーヴェ」
「ああ」
目を開けていることが辛いと呟き、同じように背中を抱こうとする恋人に気付いて僅かに身体を持ち上げて横臥する。
お互いの背中を抱きながらうとうととしているが、二人とも裸のままだった。
パジャマを着ずに寝る事など今までほとんど経験がないウーヴェだったが、さすがに身支度をしてから寝る気力が今はなかった。
ウーヴェと呼びかけるリオンの声に何とか返事をしたとは思うが、その先の言葉と額に触れた濡れた感触を、眠りに落ちそうになっていたウーヴェが知覚することはなかった。
窓から差し込む朝の気配にぼんやりと目を開け、いつもとは何かが決定的に違う朝であることを肌が感じ取る。
未だ睡魔の支配下にある脳味噌はその違いを把握できていないのか、確認しろと指令を出した為、ウーヴェは眠い目を瞬かせながら顔を持ち上げて最大限に目を瞠ってしまう。
寝息の掛かる位置で薄く口を開いて穏やかな寝息を立てているリオンがいた。
「!!」
一瞬現状が把握できず、のろのろと起き上がろうとしてあらぬ場所に芽生えた痛みに思わず小さく悲鳴を上げてしまう。
何故、自分でも殆ど触れる事のない場所がじくじくと痛みを訴えているのか。
痛みを堪えるように拳を握り、目覚めた脳味噌が唐突にすべての事を理解する。
リオンを受け入れた痛みだと思い出し、昨夜はこんな痛みを感じていなかったのはやはりアルコールのせいだろうかと自問自答する。
リオンとのセックスは想像以上に気持ちよくて、途中の事は良く覚えていなかった。
それ程までに気持ち良いセックスなど経験した事はなく、熱に浮かされて何かとんでも無い事を口走らなかったかと、今更ながらに考えて青くなる。
覚えているのは、背後から覆い被さられて首筋やうなじに受けたリオンの荒い息遣いと、シーツを握った手に重ねられた大きな掌の熱さ、そして最奥を満たす熱だった。
思い出すだけで赤くなったり青くなったりと、朝っぱらから百面相で忙しいウーヴェだったが、ふと何かに気付いて視線を流して驚愕に目を瞠る。
「おはよ、ウーヴェ」
今まで穏やかな寝息を立てていた筈のリオンが朝から見るには刺激的過ぎる笑みを浮かべて頬杖をつき、じっとウーヴェを見つめていたのだ。
「!!」
「ウーヴェの百面相って楽しいな」
また見せてくれとにやりと笑われ真っ赤になって絶句したウーヴェは、羞恥と悔しさとそれでもやはり惚れているとの思いを隠す為にシーツを奪い取って顔を隠す。
「ウーヴェぇ」
「うるさいっ!」
背中を向けた恋人に覆い被さって名を呼ばれてもうるさいと叫び、バクバクとうるさい心臓を宥めようと深呼吸を繰り返す。
「ウーヴェ、顔見せろよ」
「見るな」
「えー。せっかくの美人さんなのに見るなっていうのか?」
「うるさい。男に美人だとか言うな」
シーツを挟んでの攻防を繰り返していたが、不意に肩を掴まれて勢い良くひっくり返され、その上シーツを奪い取られてしまって瞬きを繰り返す。
「ご拝謁、恐悦至極に存じます」
「・・・・・・バカ」
真面目くさって目礼をし、仰々しく挨拶をするリオンについに吹き出してしまい、くすくすと笑いながら肩を揺らせば、晴れ渡った青空のような笑みが浮かび上がる。
どのような表情も見ていたと思っていたが、やはり最も望むものはこの笑顔だった。
望むそれを見れた事に自然と目元が緩み、また見せてくれと願いながら目を閉じる。
「────ん」
欲よりも情を深く感じるキスを交わした後、コツンと額をぶつけるリオンの背中に腕を回す。
「今日は休みだからさ、何しようか?」
「そうだな。何処かでランチを食べてドライブにでも行くか?」
「良いな・・・あ、スパイダーが無かったぜ?」
「ああ。家に置いてきた」
昨日ここに来た時、キャレラホワイトのスパイダーが停まっていなかった事を思い出したらしいリオンに、何でもない事のように答えたウーヴェだったが、実家からどうやって戻ってきたと問われ、もう一台車があると返す。
「へ?」
「AMGがあっただろう?」
「あのベンツ、ウーヴェのかよ!?」
ボスことヒンケルの車を横に停めた時、見れば見るほどデカイ車だと思っていたが、まさかそれが恋人のものだったとは思わなかったリオンは、呆気に取られた後深々と溜息を吐く。
この家といい高級車を2台所有していることといい、やはり自分とは懸け離れた世界の住人のように思えてくる。
その思いに囚われそうになった時、背中に回った腕の力が強くなり、寸分の隙間も空かないように素肌の胸をぴたりと重ねられる。
「リオン────リーオ」
「・・・うん」
「そんなことで悩むな」
小さく頷きながら顔を寄せれば背中を抱いていた腕が頭へと回され、マザーやシスターのように温かな手で何度も頭を撫でられる。
その心地好さに目を閉じれば優しい声がいつも笑っていてくれと願った為、そうしようとの思いを胸に秘める。
最愛の人が笑顔を望むのならば何があろうとも笑っていよう。また笑っていられる強い男になろう。
「ウーヴェ」
「何だ?」
「昨日も言ったけどさ、もうお前を一人にしない。お前の傍でずっと笑ってる」
何があっても、例え辛く悲しい出来事があろうとも二人並んで笑っていられる、毎日が楽しいと笑いあえる関係でいよう。
お互いに望むものが同じである事に気付き、その通りだと素っ気なく返しながらも腕の中の金髪に口を寄せたウーヴェの顔は満足そうだった。
「毎日がパーティみたいに楽しいってのは良いよな」
「程々が良いな」
「あ、どうしてそんな事を言うかな、ウーヴェ!?」
毎日笑っていようと言ったのはウーヴェの癖に。
「毎日毎日がバカ騒ぎも疲れる」
リオンの提案にウーヴェが反論をすれば、がばっと頭が上がって口を尖らせるが、ウーヴェのきっぱりとした言葉に項垂れる。
「ウーヴェのバカ」
「そんな事を言うのはこの口か?ん?」
リオンの頬を軽く引っ張りつつ目を細めれば、ひひゃい、ひひゃいれふ、うーふぇたんと言われてしまい、堪えきれずに吹き出す。
「取り敢えずさ、美味い店でランチ食ってドライブに行こうか」
一頻り笑いあった後、互いの背中を叩き合ってこの後の予定を立てた二人は、もう一度軽くキスをして起き上がるのだった。
毎日がパーティのような日々を二人でこれから作り上げていこう。
そんな言葉が二人の胸中に刻まれた朝、世界はまるで春のように温かだった。