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1.走馬灯
(私の両親は狂った人間だった)
あれはもう随分と前。星野がまだ小学生だった頃の話だ。
「将来はデビルハンターになりなさい。安定した収入を得られる仕事の方が幸せになれる」
そう諭す父の声。母の笑った顔。周りからすればただの普通の家族だった。
だが、子供の幸せを願う親の行き過ぎた行動により、星野の人生は大きく変わっていった。
いつの日だったか、父がどこかの家の飼い猫を連れてきてこう言った。
「この猫を殺せ。デビルハンターになるための練習だ」
普段親に反抗することがなかった星野でさえ、この時ばかりは「は?」と聞き返した。
恐怖と罪悪感で吐き気がした。
(私はデビルハンターになんてなりたくなかった)
その後も親の異常な言動は続き、星野は高校生になった。
(ある日、親友が死んだ)
悪魔に殺されたのだという。出先でそれを聞いた星野は真っ先に家に戻った。
『デビルハンターにはなりたくない』。
そう、言おうとして。
(悪魔を恨むでも、親友の死を悲しむのでもなく、こんなときさえも自分の将来のことを考えていた私は、やはりあの2人の子供なのだと思い知った)
家に帰った星野はリビングにいる母の元へ向かった。
(ドアを開けると、目が合った母はどこかに電話をしていた。どこに電話していたのかと聞くと、母は口を開いた)
「公安が募集してる悪魔人間の人体実験の実験体。将来デビルハンターになるなら必要でしょ?」
(母は確かにそう言った)
そう、母は星野がいない間になんの許可もなく、人体実験の実験体募集に応募していたのだ。
困惑と怒りで呼吸が乱れるのを抑えながら、星野は親友の訃報を母に告げた。
すると、母は笑みを浮かべて言った。
「良かったじゃない。これでデビルハンターの練習に集中できるし、死に慣れる特訓にもなったわね」
耳を疑った。この世にこんなに気の狂った人間がいるものかと思った。
2.実験体
それから数ヶ月後。星野は公安が所有する収容施設へ送り込まれた。
(両親は終始笑顔だった。私は両親が本当に怖かった)
手術室に入り、四肢を拘束され、麻酔を打たれ─
(気がついたら、全てが終わっていた)
星野の体内には、悪魔の心臓が埋め込まれていた。
(そして私はその後、強制的に公安に入らされた)
それから暫く両親と会うことはなかったが、何を思ったか、ふと気になったので知り合いに調べてもらった。
両親は既に悪魔に殺され死んでいた。
心底どうでもよかった。
何も感じなかった。
自分の心臓と一緒に、人としての心まで奪われてしまったかのようだった。
時々思う。自分自身のものでない、偽物の心臓を埋め込まれた「私」は、「私」の心は、本当に「私」なのだろうか、と。
味方もいない。居場所もない。自分には何もないのに。
(生きている意味も、悪魔を追う意味もないのに、どうして私は生きているんだろう)
私は一体、何がしたいんだろう。
何度も何度も、繰り返し呟いた言葉だった。
3.現実
ガッ!!!
「!?」
星野の走馬灯はそこで途切れた。強い衝撃を受けた感覚がして、星野は顔を上げる。
「お前─!!」
星野を間一髪で救ったのはイサナだった。星野とは目も合わせず、すぐに院瀬見たちがいる場所に星野を連れて走る。
「なんで私を助けた!?お前!!…お前は…!!」
意味もなく半ば怒ったように叫ぶ星野に、イサナがぼそりと静かに言う。
「…あのハンカチの件、まだ謝ってもらってないので」
唖然とした。そんなくだらない理由で、嫌いであろう人を助けたりするなんて思ってもいなかった。
「あなた自身、自分を不要な人間だと思っていても、周りはあなたを必要としています。現に2課はあなた以外全滅です。そのままあなたが死んでしまったら、2課の人たちの意思を継げないんじゃないんですか?」
「─!」
「あなたにもあるんでしょう。周りの人と同じように。大切な人を失った記憶が、思いが、苦しみが」
星野には、イサナの感情の起伏がほとんど感じられなかった。星野の頭の中に、今は亡き親友の姿が思い浮かぶ。
「その人たちがやりたかったこと。伝えたかったこと。あなたがここで死んでしまったら、その人たちの思いが全て消えてしまうんです。あなたが覚えていないと、全て忘れられてしまうんです」
『─仇討ちなんて無意味だ。そんなことしたって死んだ奴は戻ってこない。人間、死んだらそこで終わり。意思を継ぐだの、恨みを晴らすだの、くだらない』
ずっと前、誰かにそう言われた。星野もそう思っていた。仇討ちのためにデビルハンターになった奴をくだらないと思っていた。意思を継ぐことも、恨みを晴らすことも全部、無駄だと思っていた。
でも、今の星野は違う。
たとえ意味がなくとも、味方がいなくとも。
イサナの言葉で、今この瞬間に、やらなければならないことに気づいたから。
「…なぁ、おいテメェ」
星野はゆっくりと立ち上がった。垂れた髪のせいでイサナからは顔が見えない。だが、その目ははっきりとイサナを見下ろしている。
「テメェ…赤の他人に意志を継げだの、思いを繋ぐだの、無責任なこと言ってんじゃねぇよ」
パチン!
そして、天高く挙げた手を上に向け、指を勢いよく鳴らした。
「んなこと言われたら、何が何でもあの爆弾女を殺さねぇと気が済まなく─」
なっちまうじゃねぇか。
そう言った時、星野は悪魔の姿へと変わっていた。
4.悪魔人間
ゴォォォォ…
「っうぅ…!!」
とてつもない強風が吹き荒れる中、リヅはかろうじて残っている電柱にしがみつく。
院瀬見や、少女を救急隊員に引き渡したイサナも同様にしがみつく。
その時。台風で飛ばされた車がこちらへ吹っ飛んできた。その吹っ飛んだ先にいたのは─
リヅである。
「!!」
避けないと死ぬ。だが電柱から離れても台風に巻き込まれて死ぬ。どちらにせよ死ぬ。逃げ道がない。
リヅは死を覚悟し、ぎゅっと目を瞑った。
キィン!!
「ッ…!」
矢先、金属の鋭い音が響き、リヅが恐る恐る目を開ける。
リヅの目の前には、悪魔の姿と化した星野が立っていた。
「悪魔人間…!?」
星野は黙っている。星野の目線の先には、先程の音の元であろう、綺麗に真っ二つになった車があった。悪魔の姿の星野は両手から鎌のようなものが生えており、頭部がカマキリのような形に変形している。
星野はそのまま台風の悪魔へ向かって飛び出していった。
「あれは…」
「鎌の悪魔」
「え?」
後ろから声がしてリヅが振り返る。後ろにはイサナが立っている。
「あの人、鎌の悪魔の心臓を持ってる。あの敵やデンジさんと同じような戦法を使ってる」
「…あぁ…せやな」
イサナが伸ばした手を取り、リヅは起き上がる。未だ大きな戦いが続いていた。