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R side
ブンッ…!!
R「い”っ…!」
顔の横を、木刀が勢いよく掠めた。
師「若様、何をぼーっとしてるんですか!」
剣術の師範が眉間に皺を寄せ、語気を強める。
R「申し訳ありません…」
頬がヒリヒリと痛む。避けきれなかった。
師「また、いつ侵入者が現れるか分からないのですよ 」
R「…はい」
あの夜から、数日経った。
毎日、その時の事を思い出す。
口付けの後の、動揺したかのんの瞳、弱々しかった拒否の言葉、強く押し返された事。
色々な場面が浮かんでは消える。その度に、やるべき事に集中出来なくなっていた。
我ながら、酷い有様だな…。
“恋”がこんなにも心を乱すものとは思ってもみなかった。
恋をしてみたいーー、と軽く考えていた自分がみっともなく思える。
かのんは、今、どうしているだろう…。
もう、どんな顔して会えば良いのか分からない。
「嫌」と突き返されたことが心に深く沈んでいた。
それでも、またひと目でも会いたいと思ってしまう。
かのんの存在が頭から片時も離れてくれなかった。
K side
るい様とのあの夜から、どのくらい経っただろうか。遠いことのようにも、昨日のことのようにも思える。
時々、るい様と触れ合った感触を身体が探してしまう。
今後呼ばれない限り、るい様との接触はあの日で最後だ。
泣きそうな表情を思い出す。
あんな顔をさせてしまった。傷付けてしまった。だから、この先呼ばれて会う事はない、と思う。
身体が忘れてくれないのは、きっと、あの最後の日の事をちゃんと覚えていたいから。
K「……ふぅ」
今日も一日を無事に終えた。
そして、呼び出しも、ちゃんと無かった。
ほっとした気持ちと同時に苦しさが胸に込み上げてくる。もう無いと分かってるのに、それが最善と思っているのに、どうしても胸が苦しい。
それはどうしてか、痛いくらいに分かっていた。
懲りないな…。
どうして、また、手に届かない人を好きになってしまったのだろう。
ーー夜
書庫へ向かう為、るい様の屋敷の近くを横切っていた。
夜番「おい」
ふと呼び止められる。
K「はい」
夜番「お前、よく若様の部屋に出入りしているよな」
K「はい…」
少し前までは、だけど…。
夜番「若様の部屋の夜番が欠けてしまってな、お前に頼みたい」
すぐに返答できなかった。
もう、るい様に近づいてはいけない、そう思った。
夜番「いいな、すぐ向かってくれ」
K「え!…わ、分かりました…」
もたもた考えている内に、強引に押し付けられてしまった。
夜が深くなってきた。就寝時間が近い。この時間だったら、顔を合わせなくて済むだろう。
襖の前の廊下には、夜番が一人膝を揃えて座っていた。
反対側に自分も座る。
夜番「悪いな、急で」
K「いえ…」
儚い月明かりの夜だ。見上げると、細い三日月が顔を出していた。
襖一枚隔てたこの向こうに、るい様がいるのだな…。そう思うと少しだけ顔を見たくなった。また、何事もなかったかのように、談笑できたらいいのに。
物思いに耽っていると、廊下の奥から数名の足音が聞こえてくる。
こんな夜中に誰だろう。
視線を寄越すと、白い着物に身を包んだ若い女性がこっちに向かって歩いて来ていた。その方を挟むように二人の年配の女性が付いている。
夜番「あぁ…」
隣で夜番が声を漏らす。
夜番「最悪だ…今日はお夜伽の日か…」
それを聞いた瞬間、心臓が強く鳴った。
喉が詰まる。
身体が固まって動けなかったが、ようやく目だけをその女性に向ける事ができた。
気付かれないよう、盗み見る。
目元が優しい、可愛い方だった。
襖を開けると丁寧に一礼して、静かに入っていく。
これから、あの方と……。
首を横に振る。
余計な事を考えるな。強く言い聞かせる。
しばらく談笑の声が聞こえていた。
女性の柔らかい笑い声と、久々に聞く、るい様の声。
そして、段々と静かになる。
あ、始まってしまった…。
そう思った後、急に泣きそうになった。
俺を抱き締め、”恋”だと言い、唇を重ねてきたるい様。それが今は、別の方に触れている。甘い言葉も囁くのだろうか。
…嫌だ…。
涙を我慢している分、呼吸が震える。
『…ぁ……』
追い打ちをかけるかのように、女性の甘い声が鳴った。
さっきまで談笑していたのとは違う声音。
周囲を見張るため庭先へ向けていた視線は、ただそこをぼんやりと見つめているだけで、何の役目も果たしていなかった。
膝に置いていた手を、爪が食い込むくらいにぎゅっと握る。
女性の声が、少しずつ様子を変えていく。
もう無理だ。
この場から逃げることは出来ない、その代わりに耳を塞いだ。
なぜこの夜なのだろう、俺が呼ばれたのは。
きっと、罰が当たったんだ。
るい様に想いを寄せたから。
我慢していた涙は、いつの間にか零れていた。
ボタボタと止めどなく、膝を濡らす。
情けない。
自分の不甲斐なさに、溜め息に笑いが少し混じった。
しばらくして、恐る恐る耳から手を離す。
元の静寂が戻っていた。
少しずつ息を整える。
るい様と俺はもう関係ない。若様と大勢の中の家臣の一人に戻る。そう何度も言い聞かせる。
そんな事を繰り返していると、部屋から足音がこちらに向かってきた。
るい様が来る。
そう思って、顔を俯けた。
…今晩が満月でなくて良かった。この暗さでは、気づかれることはないだろう。
スッ…
襖が開く。
R「厠に行ってくる」
そう言った後、間ができた。
るい様の持った、行灯の明かりが俺の頭上で止まっている。横目にるい様の足先が見えた。
まだ、動かない。
心臓が、ばくばくとうるさく鳴り始める。
R「………か、のん…? 」
るい様の、絞り出したような小さな声が頭に下りてきた。
俺は俯いたまま動けない。
気のせいだと通り過ぎてくれたらいい。でも、その願いは、すでに手遅れだった。
R「…なんで……」
掠れた声でそう言った後、急に手首を掴まれた。
K「っ…!!!」
R「…来い」
強い力で引かれ、転びそうになりながら歩く。
K「…るい様…お待ちください…っ」
るい様の指先が手首に食い込んでいる。
痛い…。
長く、暗い廊下の角を曲がった所で、誰もいない部屋に入った。
壁際に放り出すように手が離れる。
R「なんで…お前がいる…」
るい様が静かに声を荒げた。
頼りない行灯の光。
暗さに目が慣れず、るい様がどんな表情をしているのか、分からない。
でも、その声と震えた息遣いで怒っていると分かった。
畳に膝をつき、頭を深く下げる。
K「申し訳ありません。夜番の一人が具合が悪く、代わりにと頼まれました」
本当に最悪だ…。
夜伽で心を押しつぶされ、今、目の前には怒りに震えているるい様。
畳を見つめたまま、怖くて頭を上げられない。
るい様の荒い息遣いが、ただ耳に届くだけだった。
コメント
3件
うわぁー‼️色々とやばすぎます😭😭かのんくんは大修羅場ですし、るいくんがどういう心情なのか…めっちゃ知りたいです‼️かのんくんを呼び出して何を言うのかも楽しみです!また更新楽しみにしてます✨️
第8話、読み終えました…。両方の視点から描かれる想いのすれ違いが、胸に刺さりますね。特にK sideで夜伽の場面を聞かされる彼女の心理描写が本当に苦しくて、耳を塞ぐ仕草や涙が零れるシーンにこちらまで息が詰まりました。それでいて最後にるい様に気づかれて引きずられる展開…「なんでお前がいる」と怒りに震える声も、彼の動揺が伝わってきて、次がどうなるのか気になりすぎます。切ないけれど、引き込まれました。