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あまなり☆
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『崩れる音』
私は小1から、公文に通い始めました。初めは「英語」という存在に慣れる事に必死でした。徐々に、英語を理解していき、小2の冬、私は中学生レベルをやり始めることになりました。この瞬間、地獄の扉を自ら開いたことも知らずに。
私の両親は共働きで、勉強や晩ごはんは母方の祖父母がしてくれていました。
でも、その状況は父にとって好ましくなかったみたいです(笑)
ある日、帰ってきた父が私の終わった宿題を見るなり、声を荒げて、
「何だよこれ!!ふざけてるのか!こんなのバカがやるやり方なの考えればわかるだろ!!バカがバカになろうとしてどうする!?どんだけお前に金使ってるとおもってるんだよ!」
と、いい物にあたりはじめたんです。
小さい頃の私は、こんな父を見たのは初めてだったから自分が良くないことして怒られてるんだって思って、その後必死に父といっしょに宿題をやり直したのを覚えています。
でも、月日が経つにつれて周りと違うことに気づいてこれは「普通」ではないことに気づきました。確かに、あの父を見て以来大きい音やものが落ちるっていう動きが視界の隅で見えたても体が大きく反応してしまうのがあった。学校の友だちにも「大丈夫?」と聞かれることがあった。自分は気づいてないだけで、記憶はもうそれを恐怖として認識していた。
それを自覚したらもう戻れませんでした。何事にも父の機嫌を疑い、母がいないこと嫌がるようになりました。多分母も祖父母も不思議でしかなかったと思います。父がそんなことをするのは私と二人きりの時だけでしたから。そして、中学受験をする直前に英検をすることにしたんです。結局は目標の級は合格できなかった。その晩、家の素材ゴミには今まで頑張ったプリント、ノート、公文のバッグすべて捨てれていました。流石にそれは母に見つかってその日は両親の怒鳴り声が家に響いていた。そして、その時私を見る父の顔が、
私に呆れ、怒り、後悔の目で睨みつけて母に聞こえないように、「出来損ない」と言われた。その瞬間私はこの人を父と認識できなくなりました。
『守ってくれる人』
そして、小3の春休み明け中学受検のために公文を辞め、茨進に通い始めました。
そして、ここからあの人から接しられ方はどんどんヒートアップしてきました。たまに、登校班の同級生に夜な夜などうした?とよく聞かれるようになった。私は「大丈夫」しか言えなくて、今じゃ、このときに勇気を持って言えばなにか変わっていたかもしれないと思います。母も忙しい中でも、できるだけ早く帰ってくるようにしてくれていました。でも、両親は多分だけどだいぶ好き同士で私のせいで二人の関係が壊れるのはなんか違う気がして、母にも日に日に「心配せずに、仕事頑張って」というようになりました。そんな私でもユイツ本音で話せる人たちがいました。学校の友達です。楽しいときほど、不意に涙が止まらないことがこの時期増えていて、よく昼休みに泣いていて、友達が絶対にそばにいてくれたのを覚えています。「いいよ、泣こ。お前、いつも隣りにいてくれるから、今日は俺達の番。大丈夫。大丈夫。怖くない。怖くない。」この一人称でわかると思うけど、自分は女で、心も女。でも、どうにも女が苦手で、気づけば隣りにいるのは男。その方が本当の自分を見てくれた気がして、楽しかった。でも、周りからは「男で遊ぶヤバい女」的な感じで見えたらしく、一定数の女子からはまぁ、明らかな態度で避けられるようにはなっていくようになっていきました。でも、そんな中でも仲良くしてくる女の子もいて、今も親友と呼べる存在であります。それでも、もう限界で中学受験を小6の秋に辞めました。
コメント
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第2話読みました。小1の頃から父に厳しく当たられる描写、すごくリアルで胸が痛みました…。特に「出来損ない」の一言で父を認識できなくなる瞬間、ぞっとした。でも、そんな中でも友達が「いいよ、泣こ」ってそばにいてくれた話にぐっときた。つらい記憶をこうして綴るのは勇気いると思う。続きもちゃんと読ませてもらうね。