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ロガートは二人を案内するようにオークション会場から出る。
会場の手前で、通訳の女性は裸足の輝夜にハイヒールを渡す。
「……どうも」
輝夜はまたハイヒールかと複雑な気持ちになりながら、軽く頭を下げてからハイヒールを履く。
会場の外には無数のパトカーや装甲車が押し寄せてきており、赤色の回転灯で星の海が形成されていた。
「流石はアメリカ……パトカーの量もスケールが違うね……」
「さ、こっちだ」
無数に停まっているパトカーや装甲者の中に、場違いなリムジンが一台停まっており、ロガートは二人をそのリムジンへと案内する。
ロガートはリムジンのドアを開けて、輝夜と通訳の女性の二人だけを車内に入れる。
リムジンの中はかなり広く、立って歩けるほどに天井も高い。
見るからに高級そうな革のシートに、ワインセラーの中には幾つものボトルが陳列されていた。
「いつまでもレディにそんな格好をさせるわけにはいかないからね」
そう言ってドアを閉めると、氷室と車外で待つ。
「えっと……?」
「お召し物が汚れておりますので、こちらにお着替えください……と」
そう言って通訳の女性はケースの中から黒のドレスを取り出す。
「……またドレスか」
一度着たなら二度目も対して変わらないと思い、輝夜はドレスを受けとると、通訳の女性に手伝って貰いながらドレスを脱ぎ、用意された別のドレスへと着替える。
一方、輝夜が服を着替えている間、車外では氷室とロガートが立ち話していた。
「んで、何の用や?」
煙草を咥え、ライターで火をつけながら氷室は尋ねる。
「別に個人的な用事で来たわけじゃないんだ。SWATだけじゃ、君を相手にするのは心許ないからね」
「アホ抜かせ。やるわけないやろ」
SWATを相手に戦う理由がないと、氷室は煙草の煙を吐き出してそう言う。
「上はそう思ってないんだよ。どうあっても百足旅団を確保したいらしい」
「確保したいんは百足旅団だけちゃうやろ」
「……あわよくば彼女も手に入れたいと思ってるんじゃないかな」
そんなことだろうと思ったと言うかのように、氷室は鼻で笑う。
「悪いがアレは渡さへんで」
「僕に言わないでくれ。その件に関しては関わってないんでね」
鋭い目付きでロガートを睨み付ける氷室に、困ったロガートは苦笑いを浮かべてそう言う。
「着替え終わったよ」
リムジンのドアをゆっくり開けて、輝夜が顔を覗かせる。
「さよか、ほな行こか」
「どこに?」
「ホテルさ。そこで駐日アメリカ大使のサムエルさんが君らを待ってる」
「さよか」
リムジンに乗り込み、輝夜達が泊まっているホテルへと向かう。
そこで車を降りた輝夜達は、ホテルの最上階に位置するスイートルームへと案内される。
部屋に入る前に簡単な身体検索を行った後、ロガートがドアをノックし、返事があってからドアをあける。通訳と輝夜が入室し、その後に氷室も入室する。
「はじめまして、私はサムエルだ。さぁ、どうぞ座って。君、飲み物を用意してくれ」
「朱月輝夜です。輝夜でいいです」
「氷室透」
互いに握手を交わしてからガラス製のテーブルに向かい合うようにして座る。
「ではミス輝夜。ミスター氷室。まずは百足旅団のメンバーの確保に協力してくれたこと、国を代表して礼を言わせてもらおう」
一呼吸おいてからサムエル大使が話を切り出す。
「それで、ワイらを呼びつけた用はなんや?」
前置きなしに、氷室は単刀直入に要件を聞く。
「二、三確認したいことがあってね。正確には君達にではなく、妖精の方になんだがね」
サムエル大使は一度話を区切り、紅茶を一口含んで舌を湿らせてから続ける。
「百足旅団の言っていたダンジョンタワー……本当に実在するのかね?」
『あるわよ』
「……それは、どの程度の規模なんです?」
突然現れたナディにサムエル大使の眉が少し動き、驚いた様子を見せるも、すぐにナディに質問を続ける。
『知らないわよ。少なくとも、この世界にあるダンジョンなんて氷山の一角にすぎないわね』
「……この世界にある最大規模のダンジョンは何階層だったかね?」
「エジプトの八十六階層が最大となります。到達したのは四十二階層までですが」
サムエルがロガートに尋ねると、彼は顎に手を当ててそう答える。
「それですらほんの一部にすぎないということか」
『そうよ』
「最低でも百層以上はあると覚悟しといた方がエエな。一層毎の広さも比べ物にならん筈や」
氷室は深刻そうな表情を浮かべて、紅茶をぐいっと一気に半分以上飲む。
「そんな話、初めて聞いたんだけど」
『別に言う必要なかったもの。どうせ行けないし』
それもそうかと輝夜は思った。ダンジョンタワーの存在を聞いていたところで、行けないのであれば意味がない。
しかし、百足旅団の一件で事態は変わった。
「精鋭のハンターが集まっても、四十二階層の攻略が限界。百階層以上ダンジョンがそのまま現れたら……」
最悪の場合、人類が滅亡してしまうという考えが頭をよぎり、サムエルは冷や汗を流す。
「なんとしても、ダンジョンタワーの出現は阻止しなければならない」
「わかっとるわ。あのいけ好かんジジイから情報を聞きだせっちゅーこっちゃ」
『そう簡単にいくとは思えないけどね』
「そうだな。百足旅団側も口封じはしてくるだろう」
「せやろな。警備は厳重にして……」
「ならば、魔塔からも応援を……」
サムエル、氷室、ナディらが今後の予定について話し合いを始め、蚊帳の外に放り出された輝夜は暇をもて余してロガートの方に目を向ける。
ロガートは輝夜の視線に気付くと、彼女の手を取り部屋の外へと出る。
「レディには少し退屈でしたか?」
「こういう政治……ではないけど、込み入った話って苦手なんだよね」
通訳を介しながら他愛ない会話を続けつつ、ホテルの最上階にあるバーへと向かう。
「ここはノンアルコールのカクテルも出してますから、安心して楽しめますよ」
「普通にアルコール飲んでもいい?」
「……ええ、どうぞ」
酒が飲みたいと言う輝夜に、ロガートは少し面食らった表情をするが、すぐに微笑んで頷く。
カウンターテーブルに座った輝夜はメニューを手に取って何を飲むか考える。
「通訳の人は飲まないの?」
「まだ仕事中ですので」
「……じゃあ、やっぱりオレンジジュースで」
通訳の女性が飲めないと知った輝夜は、メニューをパタンと置いてオレンジジュースを注文する。
気にせず飲んでも構わないと言うも、輝夜は首を横に振って提供されたオレンジジュースに口をつける。
「なら、僕はジンジャエールでも貰おうかな」
一人だけで酒を飲んでもつまらないと思い、ロガートはジンジャエールを注文する。
「そういえば、さっきチラッと言ってたけど、エジプトのダンジョンってプロのハンターが集まっても四十二層までしか攻略できてないってホント?」
四十二階層といえば、輝夜が一人で到達した階層である。
「ああ、本当だ……そして、プロの中でも上位の実力を持ったハンター達がチームを組んでようやく攻略できる深層のダンジョンを、君は一人で攻略したんだってね?」
ジンジャエールを飲みながらロガートはそう聞く。
「運が良かっただけだよ」
「謙遜することはない。配信を見たが、あれはどう考えても君の実力さ。だから、君は日本から出てくることはないと思っていたから、ここで会えたのはとても幸運だった」
ロガートはそう言って名刺をテーブルの上に置いて輝夜に渡す。
「君にはプロハンター何人分もの価値がある。ぜひともうちに来てほしい」
「悪いけど、他の国に行くつもりはないよ」
しかし、輝夜はその名刺を受け取ろうとはしない。
「……遅かれ早かれ、各国が直接接触してくるだろう。だがうちに来ればそんな面倒ごとはない」
アメリカ政府なら各国から圧力をかけられることもなく、面倒ごとはすべてシャットダウンすることができると、ロガートは遠回しにそう言っている。
「火の粉は自分の手で払える」
オレンジジュースを飲み干してそう言う輝夜の言葉に、ロガートはそれはそうだと微笑む。
「まぁ、気が向いたらでいいんだ。いつでもその番号に連絡してくれ……そろそろ戻ろうか。あまり大使から離れるとまずいんだ」
空になったグラスを重しにして、百ドル札を二枚テーブルに置いたロガートは席を立ってスイートルームに戻る。
輝夜はロガートが置きっぱなしにした名刺を手に取り、それをポケットに入れてロガートの後についていく。
「話終わった?」
部屋に戻るとすでに話し合いは終了していたらしく、ソファーの背もたれに体を預け、天井を眺めながら煙草を吹かす氷室と、優雅に紅茶を楽しむサムエル大使の姿があった。
「おう、とりあえず百足旅団の調査に関しては日米合同でやることになったわ」
輝夜に気づいた氷室は、煙草の煙を吐きながらそう答える。
大使の前でチンピラ然とした態度で堂々と煙を吹かす氷室を見た輝夜は、流石に怒られるんじゃないかと思いながらサムエル大使の方を一瞥する。
しかし、当のサムエル本人は氷室の態度に慣れているのか、全く気にすることなく紅茶の香りを楽しんでいた。
(紅茶の香りわかるのかな? 煙草の臭いしかしなくない?)
「その都合で、ワイあと一か月くらいアメリカ残るさかい、悪いんやけどお前ひとりで日本帰ってくれんか?」
「おう、また唐突だね」
「ほな、ワイらはお暇させてもらうで」
氷室は煙草を灰皿に押し付けて火を消すと、輝夜を連れて部屋を出る。
「ちょっと話があるさかい、ワイの部屋に来てくれんか?」
部屋を出た氷室は、輝夜の肩を組んで小声で話しかける。
『あらあら、か弱いレディを部屋に連れ込んで何するつもりかしら?』
氷室の部屋に入ると、ナディがからかうような笑みを浮かべて二人にそう言う。
「か弱くないやろ」
氷室は鼻で笑って冷蔵庫からペットボトルの水を二本取り出して、一本を輝夜に投げてよこす。
「レディでもないね」
輝夜は水を受け取り、ベッドに腰を下ろす。
「それで、話ってなに?」
輝夜はハイヒールを脱ぎ、ベッドに横になりながらそう聞く。
「ほかの国がお前の事を狙っとるんは知っとるな?」
「まぁ一応は。かといって何かアクションがあるわけでもないし、いまいちピンと来てないんだけどね」
輝夜は明確に勧誘されたのも今日が初めてだよと言いながら、ロガートから渡された名刺を眺める。
「今まではそういった勧誘は情報調査室で止めとったからな。せやけど、暫くワイは日本から離れなアカン」
自分が日本から離れれば、ここぞとばかりに輝夜を狙ってくる。氷室はそう考えていた。
『正直、海外に行くのもアリだと思うけどね』
氷室の話を聞いていたナディが、横から口を挟む。
『男に戻る方法を探すなら、日本よりも大きいダンジョンが多い海外に行った方が、なにか手がかりが掴める可能性が大きいでしょ』
「それはそうかもだけど、知らない土地で過ごすのって怖くない?」
輝夜のセリフに、ナディと氷室は唖然とする。
『モンスター相手に大立ち回りしてる人間のセリフとは思えないわね』
「……まぁ、別に日本に残ってくれるんならなんでもエエわ」
「とにかく、氷室が居なくなったら色んな国から勧誘が来るけど、自力でどうにかしろってことだよね」
「まぁ、早い話がそういう事や。この際やし、学校でも通ったらエエねん」
「えぇー、そっちの方が面倒くさいよ」
輝夜は面倒くさそうな顔でそう言って枕に顔をうずめる。
「そうは言うけど、ハンターになって十年くらい経つやろ?」
「まぁ、十年とまではいかないと思うけど、それくらいは経つね」
「十年前と比べて、ハンターも色々変わっとるさかい、色々と新しい発見があるかもしれんで」
「そうはいっても、ハンター専門学校なんてさ。試験に受かれば誰でもハンターになれるのに、わざわざ学校で教えるようなことなんてなくない?」
ベッドから上体を起こし、ペットボトルの蓋をあけながらそう言う輝夜。
「ハンター専門学校やのうて、ダンジョン高等専門学校な……というか、なんや知らんのか? ハンター試験って年々難しくなりよるさかい、今は結構な難関資格やで。合格率も10%とかやで?」
「うっそマジ? 僕の時なんて名前書いたら貰えたのに」
輝夜は受験票に名前を書いて、ゴブリンを一匹倒すだけでハンター資格を貰った過去を思い出す。
「誰でもハンターになれるせいで、ハンターになった奴が大勢死んだり、皆こぞってハンターになりよるもんやから、他の仕事で人手が足らんなって問題になったりしたさかいな」
「あー、そういやそうだったね」
ダンジョンが現れてから間もなくの間は、ダンジョンのみに存在する鉱石や植物がかなりの高値で取引されており、多くの人間がダンジョンで一攫千金を夢見てハンターになっていたが、その反面でハンターの死亡率の高さや、他の業種の人手が足りずに社会問題になっていた。
「そんなわけで今は筆記試験やら、マッピング技術やら、地図を読めるかやらで、かなり難しくなっとるで」
「うわー、今受けても受かる気しないんだけど」
氷室から試験の概要を聞いた輝夜は、名前を書くだけで受かる時代にハンター資格を手に入れておいてよかったと心の底からそう思った。
「せやから、学校通えば学べることも多いやろうし、もしかしたら男に戻れる手がかりも掴めるかもしれへんで」
「そこまで言うなら……行ってみようかな。ダンジョン高等専門学校とやらに」