とても不思議だった。
体の変化を感じて病院に行って、先生に告げられた。
妊娠してるって――
最初はびっくりして、何が起こったか全然わからなくて、どうすればいいかずいぶん悩んだ。
私に子どもが育てられるの?
お金だってかかるだろうし、こんな経済状況で大丈夫なのか、想像もつかない。
それに、1番大事なことは……
生まれてきても、父親がいないということ。
ずっとずっと母親と2人だけの家族。
だけど、間違いなくこの子は「理仁さんとの子ども」。それは揺るぎない事実。
大好きな人の赤ちゃんがお腹にいるって、こんなにも温かくて、優しくて、ふわふわした感覚なんだ。
赤ちゃんに会いたい――
そう思うとだんだん幸せな気持ちが湧き上がってきた。
何の根拠もないけれど、きっと大丈夫。私は、そんな自分の気持ちを大切にして、この子を産む決意をした。
母になるってすごいと思う。
今までフラフラしてた気持ちが一気にキュッとなって、急に責任感みたいなものが出てきた。
おばさんに毎日イヤミを言われても、ほとんど気にすることなく、赤ちゃんに会える日を夢みて前に進めてる。出産して、なるべく早く家を出ることを目標にすれば、何でも頑張れた。
有難いことにつわりは無く、体調も安定していて、毎日を心穏やかに過ごし、ギリギリまで仕事を続けた。
結局、スクールには行けず、レッスンを受けられないまま、あの日以来涼平先生には会っていない。
きっと、気まずくなって辞めたとみんな思ってるだろう。
私に優しくしてくれたお姉様達には申し訳ないけど、いつまでも楽しくレッスンを続けて、いつか涼平先生にピッタリな女性を見つけてあげてほしい。
お腹が大きくなるにつれて、だんだん色んなことを考える余裕もなくなり、私の生活はどんどん変化していった。
私の妊娠を誰よりも喜んでくれたママさんが、ベビー用品をたくさん買ってプレゼントしてくれた。
自分の孫が生まれるみたいだって、ものすごく楽しみにしてくれてる。
父親が誰なのかをあえて聞かずに、私のことを最大限に支えてくれる2人には感謝しかなかった。
いよいよ陣痛がやってきた日、ママさんと朱里は店を休みにしてまで病院に付き添ってくれた。怖かったし、不安もあったけど、おかげで安心して出産することができた。
生まれてきたのは、とても元気な男の子だった。
嬉しくて嬉しくて、涙がいっぱい出た。初めて会った我が子がどうしようもないくらい愛おしくて……
小さな命を目の前にして、私はこの子を生涯守り抜くと心に誓った。
「松雪 結仁(ゆいと)」
そう名付けた我が子。
結仁が生まれてきたくれたおかげで、自分自身ほんの少しだけ強くなれたことを実感してる。
子どもって……本当にすごい。
結仁は、私を成長させてくれる存在なんだ。
理仁さんには……内緒。
あの日のことは私の大切な思い出。
結仁がいれば、私はあなたを思いながら生きていける。こんなに嬉しいことはない。
常磐グループの御曹司として、今、必死に頑張ってるあなた。これから世界で活躍していくとても大事な人材であり、最高に素敵な人。
私も、理仁さんには負けていられない。
弱くて後ろ向きな自分とはサヨナラしたい。
あなたがくれた宝物――結仁のために。
確かに経済状況は厳しいまま。
お金の返済と生活のために働くことは不可欠で、結仁を保育園に預けてファミリーレストランでの仕事に打ち込んでる。
子育てと仕事、目まぐるしい毎日を送っているけど、有難いことにもみじちゃんも協力的で助かっているし、今は何もかもが楽しい。
相変わらず、「ここから出て行かないで」と、もみじちゃんに言われてるけど……
私は、1日も早く結仁との2人だけの生活ができることを祈らずにはいられなかった。
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