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私達は、今日も世界中を旅していた。「さ、寒い……。凍ってしまいそうです」
「大丈夫か? ほれ」
相棒のカレンが、魔法で編んだ毛布を私の肩にかけてくれた。
「温かい……」
毛布からはカレンの優しい香りがして、眠くなるほど心地よい。この温かさが、どれほどの安らぎをもたらすか、私には痛いほどわかる。
「もうすぐ着くぞ」
箒(ほうき)を操るカレンの声に、私は顔を上げた。
「あの国ですよね?」「ああ、そのはずなんだが……」
眼下に広がるのは、国と呼ぶにはあまりに無惨な光景だった。割れた窓ガラスが宝石の成れの果てのように散乱し、街にはコンクリートの粉塵と、凍てつく無機質な匂いが漂っている。かつて人の営みがあった場所とは思えない、冷え切った沈黙が支配していた。
「何があったんだ?」
「もうすぐ日が落ちます。とりあえず、今夜はここで野宿しましょう」
私達は荷を解き、焚き火を囲んで夕食の準備を始めた。パチパチと燃える薪の音だけが、不気味なほどの静寂を破る。肌に感じる毛布の温もりが、この街の冷たさをより際立たせていた。
日が沈み、静寂が街を支配したその時――。
「たすけて……たすけて……」
湿り気を帯びた、重く苦しげな声が響いた。まるで、冷たい水底から聞こえてくるようだ。
「向こうからみたいだぜ!」
カレンが魔法の光を灯し、声の元へと走り出す。私も後に続いた。
辿り着いたのは、一軒の朽ち果てたビルだった。入り口は崩れ、暗い闇が奥へと続いている。
「この下ですね。行きましょう」
地下へ続く階段を降りると、そこには獣を閉じ込めるような鉄格子の牢獄があった。冷たい土の匂いと、微かに漂う血の臭い。
「助けて……っ」
重い鎖に繋がれ、今にも息絶えそうな一人の少女が横たわっていた。その瞳には、もはや生への執着よりも、深い諦めと孤独が宿っているように見えた。
「今、出してやるからな」
私達は錆びた鎖を魔法で断ち切り、彼女を救い出した。冷え切った体を毛布で包み、焚き火の傍へ連れていく。懸命に看病すると、やがて、少女がゆっくりと瞼を開ける。
「水の魔女……起きたぜ!」
「大丈夫? 具合はどう?」
「ありがとう、お姉さんたち……」
少女は力なく微笑み、ぽつりぽつりと語り始めた。その声はか細く、今にも消え入りそうだ。
「私、この街の人たちに嫌われていたの。……ある時、街に謎の病気が流行ったわ。大人たちは恐怖で理を失って……『あの子が病を連れてきたんだ』って。私は無理やり腕を掴まれて、あの冷たい場所に閉じ込められたの。寂しくて、悲しくて……。でも、お姉さんが来てくれた。最後に、誰かに触れてほしかったの。ありがとう」
私の指先が、震える少女の頬に触れた。その瞬間、少女の身体が淡い青白い光に包まれていく。それは、夜明け前の湖面のように静かで、しかし確かな輝きだった。
「……どういたしまして。もう、寒くないわよ」
私の言葉に、少女は満足そうに、そして安堵したように微笑んだ。その笑顔は、どこか透明で、水面に映る月のように儚い。光は次第に強まり、少女の体は、まるで溶け合うように、煌めく水の粒子となって闇に溶けていった。その粒子は空気中の粉塵を清めるように舞い上がり、微かな雨のように降り注ぎ、冷え切った大地を潤していくようだった。
「この街は、謎の病と……恐怖が生んだ狂気に飲み込まれて消えたんだな」
カレンの呟きに、私は静かに頷いた。
私は人間だった頃、不治の病に侵されたことがある。全身を蝕む病の痛み、次第に失われる希望、そして周囲の目。だから、少女が感じた絶望も、そして皮肉なことに、死を恐れて誰かを犠牲にしようとした街の人々の醜い心情も、分かってしまう。その両方の痛みが、今、私の胸を締め付けている。
「人の感情って、本当に複雑ですね」
「ああ、そうだな。……行こうか」
夜明けの風が吹き、微かに残る水の粒子が頬を撫でていく。新たな朝が、静かに訪れようとしていた。私達の旅は、まだ続く。