諸々の話が止まっているのに降ってきたから書いちゃった。
休止期間中、次の段階に向けて様々なチャレンジをすることになり、ダンスレッスンを受けたりメイクを練習したりと各々自分を高めるための試行錯誤をしていた。
そのひとつとして始まった共同生活。
最初こそ戸惑いも苛立ちもあった共同生活だったが、元貴の審美眼に狂いはなく、涼ちゃんは本当にいい人だった。やさしい人だし、かわいい人だった。
底抜けの優しさと人柄の良さに自分は何を意固地になっていたんだろうと思い知らされた。もっと早く打ち解けていれば、もっとかわいい姿も見れたんじゃないかなって思うくらいだった。
ローテーションでご飯を作り、失敗したなと自分で思ったときでも、美味しいね、ありがとね、と微笑んでくれる姿に、いつしか自分自身が築いていた堅牢な壁は溶けていった。
些細な言い合いはあったけれど、違う環境で生きてきたのだから価値観や生活習慣は違って当たり前で、だからこそ面倒くさがらずに言葉にして伝え合った。
半年もしないうちに俺は涼ちゃんが大好きになったし、彼がいると言うだけで安心できた。元貴が寂しくなると涼ちゃんを呼び、ただ傍に居て欲しいという気持ちが痛いほど分かった。不安に思う数多のことも、二人だったら半分にできる。嬉しいことは倍にできる。一緒にいるのが当たり前になり、前よりもずっと物理的な距離も心理的な距離も近くなり、時折元貴が嫉妬するほどだった。
今日も今日とてお互いに厳しいダンスレッスンを終え、順番にシャワーで汗を流してリビングに戻ると、涼ちゃんが机に置いた鏡を見ながらここかなぁ、いやもうちょっと下……右? と呟いていた。いつもの独り言かなと思ったけれど、机の上には見慣れないものが並んでいた。
「涼ちゃん、なにしてんの?」
「ん? ピアスあけようと思って」
「え!」
驚いて大きな声を出した俺に驚いた涼ちゃんが、どうしたの、と首を傾げる。
涼ちゃんは元々ピアスをあけていた気がして、隣に座っていつもは髪で隠れている耳を見つめる。透明のピアスがついている。さわっていい? と訊くと、ふふ、とやわらかく笑って、どーぞ、と髪を耳に掛け直して俺の方に寄った。ふわりと、涼ちゃんの髪質に合わせたシャンプーと、共用にしているボディソープの香りが漂う。
ふにふにの耳たぶと、ピアスの硬質な感触がおもしろくて、すりすりと親指と人差しで涼ちゃんの耳を触ると、ぴく、と涼ちゃんが肩を震わせた。パッと手を離して謝る。
「あ、ごめん、痛かった?」
「んーん、くすぐったかっただけ」
ふんわりとした笑みに心臓が跳ねる。ぽわぽわの涼ちゃんはたまらなく可愛らしいのに、少しだけ赤くなった頬が妙に扇情的だった。照れたようにはにかむのが可愛くて、ああああもう! と叫びそうになる衝動をどうにか堪える。元貴なら叫んでいる。
ぎゅむ、と唇を噛んだ俺に涼ちゃんが不思議そうに目を瞬かせた。
いちいち仕種が可愛いな……。
「どこにあけるの?」
「耳たぶとぉ……軟骨もあけよっかなぁ……」
「……痛くないの?」
「あける瞬間とかそのあと暫くはちょっと痛いけど、すぐへいきになるよ。……よかったら若井もあける?」
「へ」
ピアッサー予備あるし、と机の下から取り出す。ついでとばかりに消毒液とティッシュも取り出す。
ひとつ手にとってまじまじと見つめる。お店で売ってるのを見たことはあるけれど、手にとったのは初めてだ。
「病院であけるもんだと思ってた」
「あーそっちの方が安全かな。自分だとズレちゃったりするし、人にあけてもらった方が緊張しないしね」
ほわほわと体験談を語る涼ちゃんに、ジリ、と心臓の奥底に音を立てて嫉妬の炎が灯った。既にあいている涼ちゃんのピアスは、誰かにやってもらったのだろうか。
誰にあけてもらったのと訊くのもカッコ悪くて恥ずかしくて、訊けばなんでもないことのように答えてくれるだろうけど勇気が出ない。さらっと恋人の情報なんて出されようもんなら発狂する。
ピアッサーを見つめていると、どうするー? と涼ちゃんが首を傾げる。
「……涼ちゃんがあけてよ」
「んぇっ!?」
予想以上の反応に慌てる。
「え、だめ?」
「だ、だめっていうか……」
「いや?」
「い、いやじゃないけど! その、いいの?」
涼ちゃんが何を気にしているのかが分からない。
「何が?」
「ピアスってケガと一緒だから痕がずっと残るんだよ」
「……? それが?」
針をぶっさすんだからそりゃそうだろ。首を傾げる俺に、涼ちゃんが溜息を吐いた。
「……若井って時々ばかだよね」
「はぁ?」
急に馬鹿にしてくるじゃん。ムッとすると、不意に真顔になった涼ちゃんが俺の肩を掴んで床に押し倒した。ゴンっと鈍い音がして、後頭部に鈍い痛みが走る。
「い……ッ、っにすんだよ!」
「身体に一生残る傷、俺がつけていいわけ」
怒鳴り声に怯むことなく俺にのしかかった涼ちゃんが、目を細めて俺の耳に手を伸ばした。
静かに告げる声は低くて、いつもはふわふわでかわいい涼ちゃんの雄っぽい表情にドキッとする。
「……っ」
「……ははッ、すっごいドキドキしてんね、若井」
「う……」
長い前髪をかき上げて、涼ちゃんがくすくすと笑った。俺に跨ったまま、机の上のピアッサーを開封する。中身を出して一旦机の上に置き、手慣れた動作でティッシュに消毒液をかけて俺の右耳を拭いた。急展開すぎてぽかんと見上げる俺。
「位置はここでいい?」
そう言って耳たぶを少しだけ強く押され、ハッと我に返る。流石に自分の目で確かめたい。
「ちょ、ぅあ、まって、鏡っ」
「ん」
起き上がりたくてもちょうど腹の上に涼ちゃんが乗っているせいで叶わず、分かってると言いたげに笑った涼ちゃんが、机の上にあった鏡を手にして見せてくれた。
「ここ? こっち?」
「あ、そのへんがいい」
「ん。ちょっと押さえてて」
鏡を持つように言われ、左手で持って右手で耳を押さえる。涼ちゃんは水性ペンを持って俺に近づき、指で押さえている場所にちょんと印をつけた。めちゃくちゃ顔が近いことわかってる? 真剣な表情カッコよすぎてうわ、と声が出る。これペンだからね? と笑う涼ちゃんは可愛いのにかっこいい。
「ここでいい?」
「……うん」
鏡で黒い小さな点を確認し、頷く。涼ちゃんはペンを置いて俺から鏡を受け取って、ピアッサーに持ち替えた。
さっきまでの飄々とした態度が一変して、不安に揺れる眼差しで俺を見下ろす。
「……ほんとにいいの?」
呟くように訊いた涼ちゃんに微笑みかける。
「……いいよ。涼ちゃんにやって欲しい」
一生消えないキズなんて、最高じゃん?
たぶんつづく。
コメント
2件
最高すぎました😆 主さんの書く文大好きです!!