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……コレ絶対本気にされてないな。なかったことになってる感じ?



先日、彼女に対して「好きになった」と宣言した後どうなったかというと……


特になにも変わらなかった。



彼女は今までと変わりなく至って普通だ。


確かに俺が一方的に言い放っただけ。


だとしても、もうちょっと動揺するとか、意識するとか、反応があってもいいものではないだろうか。


彼女はまるで右から左に聞き流したみたいな態度なのだ。


これは冗談だと思われているな、と俺が悟ったのは早々だった。



……まずは詩織ちゃんのことをもっと知ろう。



なにごとも対象を正確に知ることは大切だ。


仕事でもこことはぜひ取引したいという会社があれば、まずその会社の詳細を徹底的にリサーチする。


情報があってこそ正しいアプローチが実現するのだ。


恋愛も一緒。


今までゲーム感覚で女の子を口説いていた時も、話しながら相手の情報を引き出して、相手に合わせた誘い方をしていた。


よく考えれば、俺はまだ彼女のことをよく知らない。


パリでも少しの時間を共にしただけだし、秘書として働き出したのもほんの数日。


知っていることは、彼女が健一郎の知り合いであること、前職がスーツショップの店員だということ、兄妹仲が良いこと、そしてなぜか処女だったということくらいだ。


圧倒的に情報が不足していると言えるだろう。



そこで俺はまずは彼女のことを知る方向性にシフトすることにした。



改めて観察するようにここ数日は彼女の様子を伺っていたのだが、仕事で接する彼女は非常に優秀だ。


前職が接客業だったこともあってか、こちらの要望を察して先回りして聞いてくれたり、対応してくれたりする。


俺がよくやり取りする取引先のこともすぐに把握し、来客対応も電話対応もスムーズだ。


最近では取引先との会話から得た情報を独自に記録に取っているようだ。


その人の好みやこの前話した内容などをメモに残してるという。


聞けば、前職でもそうやっていたらしくその名残かもと言っていた。


……改めて健一郎の人を見る目は確かだったって思い知らされるな。さすが。


健一郎は彼女に秘書の適性があると踏んで、この会社に誘ったわけだ。


ビジネスマナーも大丈夫だし、控えめで人を支えるタイプだから合うと思うと言っていた。


それはまさにその通りだった。



……ということは、アレも当たってるってことか。



アレとは、その時健一郎が彼女の印象についてもう一つ言っていたことだ。



“簡単にお前に惚れなさそう”



この健一郎の予言めいた予想もすでにその片鱗が見えつつある。


今のこの現状がまさにそうだろう。




彼女の仕事ぶりと健一郎の人を見る目に感嘆していたそんな頃、ちょうど彼女に頼んでいたスーツショップに行く日がやって来た。


この日は社外に彼女と外出だ。


俺たちは会社のあるオフィスビルからタクシーに乗り込み、お店に向かう。


取引先のレセプションに着ていくスーツを買うという、あくまで仕事の一環だ。


彼女は秘書として同行してくれている。


それでも2人で外出という状況は素直に嬉しい。


社員の目もないから、「小日向さん」という呼び方から「詩織ちゃん」と彼女を呼んだ。



「今日は詩織ちゃんの元職場に行くの?」


「いえ、別のブランドです」


「そっか~残念。詩織ちゃんのいたお店も行ってみたかったな」


「納期的にレセプションまでに間に合わないので。あと、辞めたから行きづらいのもありますし……」


「なんで辞めたんだっけ?」


「色々ありまして」



言葉を濁す彼女に、俺は思い付いたことを述べてみる。


確信があったわけではないが、なんとなくそうかなぁと思ったものだった。



「もしかして同僚と上手くいかなかった?特に女性の同僚と」


「……!」



驚いたように無言でこちらを振り向く彼女。


その目には「なんでわかったの?」という疑問がありありと浮かんでいた。


それだけで俺の見込みが正解だったと知る。



「な~んとなくそうかなって。で、具体的になにがあったの?」



人間観察が好きな俺は、ここ数日彼女の社内での様子を見ていて一つ気付いた。


女性の同僚に対して妙に身構えてる感じがあったのだ。


わずかに表情が固くなるというか、警戒してるというか。


まぁ隣の席の美帆には心を許しているようではあったけど。


「……瀬戸社長、すごいですね。こんな短期間で気づかれるなんて」


「これでも社長だからね。一応社員の様子には気を配るようにしてるから」


もっともらしい事を言ってるが、実際は詩織ちゃんだから見てただけだ。


だが、詩織ちゃんは俺のその言葉に納得がいったようで尊敬するような眼差しを向けてくる。


ちょっとばつが悪い。



「おっしゃる通りです。同性の同僚とうまくいってなくて。ちょうどその頃仕事以外のことでも色々あったので我慢の限界だった感じです」


「そうなんだ。仕事以外で色々あったっていうのは?」


「……あ、瀬戸社長、そろそろ着きますよ」



それ以上踏み込んで欲しくないという意思表示のように彼女は話題を逸らす。


実際タクシーは減速していて、まもなく到着というところではあった。


……まぁ、前よりは話聞き出せたかな。


パリでも同じことを聞いた。


その時は仕事を辞めた理由も濁されてしまったことを考えると一歩前進だろう。


俺はそれ以上質問を重ねることは諦めることにした。




スーツショップに着いてからは、担当のスタイリストを交えてスーツを選んでいく。


彼女に見繕ってもらうことが目的だから、俺は任せっきりだ。


提案を受けて決めるだけ。


サクサクと生地やモデルが決まっていく。


一応モデルを試着してみることになった際には、担当スタイリストが気を利かせて、俺と彼女だけにしてくれた。


恋人と間違われて秘書だと否定していた彼女だけど、担当スタイリストは何か感じ取るものがあったらしい。


もしかしたら俺の意を汲んでくれたのかもしれない。


なかなか察しの良い出来た店員だ。



せっかく2人きりになったので、俺は彼女のことをもっと知ろうと軽い感じで話し掛ける。


今住んでるところ、休日の過ごし方などを聞いてみた。


これまでの女遊びで培った話を引き出す能力を遺憾なく発揮する。



……彼女の過去の恋愛についても聞き出したいな。



処女だったけど、これまで彼氏がいないということはないだろう。


そう思ってさりげなく「過去の彼氏にもこうやってスーツ選んであげてたの?」と聞けば、兄にだけだという。


健一郎が言ってたとおり、本当に兄妹仲がいいようだ。


「お兄さんってどんな人なの?」


「兄はすごく優しい人です。いつも私のことを気にかけてくれて、私の味方でいてくれる、そんな人ですね」



何とはなしにお兄さんのこと聞けば、途端に彼女は表情を緩める。


兄を語るその顔は今まで見たこともないくらい柔らかで幸せそうなものだった。


自分から聞いておいてなんだが、それがなんとなく面白くない。


兄とは言え、他の男のことをこんな表情で話している彼女を見たくはなかった。


面白くないと言えば、俺が本気だってことを信じていないのもそうだ。


まずは情報収集と割り切ったものの、「好きになった」と言ったのに冗談だと思われているのも癪だ。



もっと意識してほしい。


そう思った俺は2人きりだという状況を良いことに、彼女を試着室に招き入れてドアを閉める。


そのまま他の男の事を語るその口を塞いだ。


彼女は一瞬ビクリと驚いたように身じろぎしたが、特に抵抗する様子はない。


キスを受け止めるようにじっとしていた。


しばらくして唇を離し彼女を見ると目が合った。




「嫌だった?」


無理やりに近い感じて唇を奪ってしまった自覚はあったから、一応彼女に尋ねる。


表情からは嫌そうな雰囲気は読み取れない。


どちらかというと戸惑ってるという感じだ。



……詩織ちゃんにしたら突然だっただろうし、まぁ無理もないかな。



そう思っていた俺に、彼女はおずおずと口を開く。


次に彼女が発した言葉は予想外のものだった。




「……驚きましたけど別に嫌ではないです。ただ、息継ぎの仕方が分からなくて。どうしたらいいか困るなって思っただけです」


「……………は?」



意表を突かれ、思わず素で変な声が出た。


彼女は何を言っているのだろう。


言葉の意味がよく分からない。



……息継ぎの仕方が分からない?それってまるで初めてした時みたいなセリフじゃないか。



いや、まさか。


いくらなんでもそれはない。


心の中に思い付いた可能性を自分で否定する。


だが、実際パリの時も俺は同じように「まさか」と思ったのを思い出す。



「…………もしかしてキスもあんまり経験ない感じなの?」


「はい。パリの時が初めてだったので、今日で2回目です」


「……………」



驚きすぎて言葉を失ってしまった。


彼女はアッサリとそう言うが、つまりパリの時、彼女は処女どころかキスも初めてだったということだ。


どうやら俺は知らぬ間に彼女のファーストキスの相手にもなっていたらしい。


……ということは、詩織ちゃんって彼氏もいたことない可能性が高くないか?



「あの、瀬戸さん。なんでいきなりキスなんてされるんですか?」


「俺言ったよね?詩織ちゃんのこと好きになったって。振り向いてもらえるように動くって言ったの覚えてる?」


「覚えてますけど……冗談じゃなかったんですか?」


「本気だよ?」



戸惑いから早々と回復した彼女は、冷静に俺に質問をしてくる。


思わぬ彼女のカミングアウトで、逆に今度は俺の方が内心戸惑っていた。



「そうですか。でも今ので分かって頂けたと思いますけど、私はキスすらほとんど経験がありません。こんな面倒くさい私を相手にするより、今まで通り他の女の子に行かれる方がいいですよ」



俺の戸惑いをよそに、彼女はこんなことまで言ってのける。


その言葉がますます俺を混乱させる。




見た目も性格もいい。


モテるに違いない。


実際社内の男性社員は彼女に群がっている。


今までだって散々チャンスはあったはずだ。


なのに、なんでこの歳まで彼氏がいないのか。


仮に何か理由があるにしても、じゃあなんであのパリの時に一気にすべての初めてを突然捨てたのか。



……詩織ちゃんって一体……??



頭が混乱する。


普段社長として冷静に現状を踏まえて様々なことを判断している俺だが、珍しく迷宮に彷徨い込んだ気分だ。


目の前の彼女のことがまったく読めない。


彼女のことを知ろうとして、ますます彼女がよく分からなくなった。

涙溢れて、恋開く。

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