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#異世界転移
花月夜れん
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私があの子と初めて会ったのは、中学一年の春のことだった。新入生の体験入部期間、私は吹奏楽部の見学へと足を運んでいた。
周りの女子生徒たちはグループで楽しそうにおしゃべりをしながら、「何部に入る?」「吹奏楽部、厳しそうだけど楽しそうだよね」なんて笑顔で相談し合っている。けれど、その中に私の居場所はなかった。私は一人、壁際にぽつんと立っていた。
部活の様子を黙々と眺めてはいたけれど、正直なところ寂しくてたまらなかった。先輩方の丁寧な説明も上手く頭に入ってこず、周りのこなれた様子と比べて自分の至らなさや未熟さに打ちのめされそうになっていた。
(やっぱり、一人で来るんじゃなかったな……)
諦めにも似た気持ちでふと隣を見やった時――そこに、私と同じように一人で静かにたたずんでいる女の子がいた。
誰とも言葉を交わさず、けれどその目はどこまでも真剣でまっすぐに、部活の様子……いや、思えば練習風景ではなく、置かれている「楽器」そのものを喰い入るように見つめていたのだと思う。
結局、私はその後習い事が忙しくなってしまい、部活に入り直すことはなかった。
けれど後になって、こんな噂を聞くことになる。
『新入生で入ってきた女の子でさ、入部してから半年で部にある全ての楽器を完璧に演奏できるようになって、そのままさっさと退部しちゃった子がいるんだよ』
その特徴を聞いた瞬間、私の脳裏にあの日、私の隣で静かに楽器を見つめていたあの女の子の瞳が浮かんだ。すぐに確信した。――あの時の、あの子だ。
その異質な天才のエピソードを聞いた時、私は心の底から「一度でいいから、あの子と話してみたい」と思ったのだった。
────────
私は幼い頃から、ピアノを習っていた。
母がプロのクラシックピアニストだったこともあり、私が自然と音楽の道を歩み始めるのは、我が家にとって当然の既定路線だったのだ。
物心がつく前から、鍵盤に向かうことは息をするのと同じように日常の一部だった。母が細かく組んだ練習プログラムに従って毎日何時間も鍵盤を叩き、有名なコンクールに出場しては賞を取って評価を得る――私の中小学生時代は、ただそのためだけに塗りつぶされていた。
母は常に私に過剰なまでの期待を寄せていた。
『あなたは私の最高傑作よ。絶対にプロになれるわ』
そう微笑みながら、母は私に疑う余地すら与えず、まっすぐに続く線路を敷いてくれた。
けれど、年齢を重ねるにつれて、私はその期待という名の目に見えない重圧に押しつぶされそうになっていった。
息をするのと同じように弾いてきたはずのピアノは、いつしか義務とプレッシャーの塊へと変わり、かつてあったはずの「演奏する楽しさ」という感情は、コンクールのスコアの陰に隠れて消え去っていた。
そして――中学1年生になったばかりの、ある秋の日。
長年積もり重なった心の疲弊が限界に達した私は、目の前で譜面をチェックしていた母に向かって、ぽつりと呟いてしまったのだ。
「……ピアノ、やめたい」
その瞬間、部屋の空気が凍りついた。
目の前の母の顔が、見たこともないほど真っ赤に染まっていく。普段の気品ある表情は完全に吹き飛び、まるで裏切り者を見るかのような恐ろしい眼差しで私を睨みつけていた。
言った瞬間に激しい後悔が押し寄せた。
「……ごめんなさい! 今のは嘘、ごめんなさい……!」
すぐに頭を下げて謝罪したけれど、逆上した母はもう私の言葉に耳を傾けてはくれなかった。激しい怒号が飛び交う中、私は恐怖に耐えかねて自分の部屋へと逃げ込んだ。
次の日も、家の中で母と顔を合わせるのが怖くてたまらず、私は朝早くに家を出て学校へと向かった。
けれど、どこへ行ったところで私の逃げ場なんて存在しなかった。家には帰りたくない。けれど……不思議なことに、あれほど拒絶したはずのピアノの存在そのものを嫌いになれたわけではなかった。
放課後、行き場を失った私は、校舎の片隅にある「第二音楽室」へと足を運んでみた。
第二音楽室は本校舎から少し離れた特別棟にあり、生徒なら誰でも自由に入って置いてある楽器を触っていい場所だった。けれど放課後にわざわざやって来る生徒などほとんどおらず、滅多に人が踏み入らない、静寂に包まれた隠れ家のような空間だった。
その静まり返った部屋の中、埃をかぶったグランドピアノの鍵盤に、恐る恐る触れてみた。
すると――。
ぽろん、と響いた音色とともに、今までの人生で一度も感じたことのないような、圧倒的な開放感が胸いっぱいに広がった。
誰の指示も受けず、コンクールの採点も気にせず、ただ自分の好きな音を、好きな強さで鳴らすこと。
心が羽が生えたように軽くなっていく。ああ、私……音楽が好きだ。ピアノを弾くのが楽しい――そう、心から思えた。
それ以来、放課後になると私は毎日のように第二音楽室へ通い、夢中でピアノを弾いた。そこは厳格な母の目から離れ、私自身を取り戻すことのできる、世界で唯一の宝物のような時間だった。
──そして、そうして毎日のように通い始めてから、一週間ほどが経った日のこと。
夕暮れ時、いつも通り誰もいないはずの音楽室で、私は一人鍵盤の上に指を走らせていた。
不意に、背後からまっすぐな女の子こ声が響いた。
「――すごく綺麗」
驚いて振り返った私の視線の先には、あの日――吹奏楽部の体験で私の隣に立っていた、あの少女が立っていた。
コメント
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ああ、これめっちゃ良いエピソードだった……! 同じ場所にいたのにまるで違う景色を見てた二人の視点、最後で「あの時のあの子だ」って繋がる構成が美しすぎる。 特に家庭の重圧でピアノの楽しさを忘れかけてた主人公が、誰もいない音楽室で初めて「自分の音」を取り戻す瞬間、あそこ本当にグッと来た。天才少女の噂話として聞いてた存在が実は主人公自身だったっていう視点の反転、めちゃくちゃ好きです🔥