コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
すぐにゼノとジルが来た。 二人とも走ってきたのか、少し呼吸が荒い。
「失礼します!リアム様フィル様っ、ご無事ですかっ」
「女!動くなよっ」
ゼノが僕とリアムの傍に来て、泣いてる僕を見て辛そうに顔を歪めた。
ジルは素早く女の人の腕を拘束して立たせた。
「フィル様、どこかお怪我を?」
「大丈夫だ。怪我はない。ただ…心を傷つけてしまった」
「…まあ、大体のことは予想できます。この部屋に残ってる匂い、身体を動けなくする薬ですね」
「そうみたいだな。この女がお茶を持ってきたというから部屋に入れた。俺は本を読んでいたから顔も上げなかった。そうしたらいきなり布で鼻と口を塞がれて…動けなくなった」
「ああ、これですね」
ジルがソファーの下に落ちていた小さな布を拾い上げ、ゼノに渡す。
ゼノは布に顔を近づけて匂いを嗅いだ。
「ふむ…これは即効性があるけど効き目は短い。たぶんリアム様を襲う場面をフィル様に見せることが目的だったのでしょう。そうだな?」
ゼノが女の人に顔を寄せて聞く。
女の人は、俯いた顔を更に下に向けた。
「詳しくは別室で聞く。フィル様、嫌な思いをされましたね。ゆっくりとリアム様に慰めてもらってください」
「薬を嗅がされたのは俺なんだが」
「この薬は身体に害はありません。それよりも落ち込んでおられるフィル様の方が心配です。そうでしょう?」
「そうだな。おい女、誰かに命じられたにしろ自ら触れたかったにしろ、俺に触れていいのはフィーだけだ。自分のしたことを|顧《かえり》みて、存分に反省しろ」
拘束された腕をジルに引っ張られた女の人が、俯いたまま「はい…」と頷いた。
僕はずっと怒っていたけど、女の人の姿があまりにも悲しそうで、同情しかけて慌てて固く目をつむった。
ダメだ、絶対に許さない。僕の目の前でリアムを襲おうとしたんだ。頭の中に先ほどの場面が焼き付いて消えないんだ。嫌だ。
でも誰かに命じられてやったみたいだ。それなら女の人を怒るのは違う。でも、やっぱり許せなくて…。もう頭の中も胸の中もぐちゃぐちゃだ。
ずっと泣き続けていると、リアムが「おいで」と僕の手を引いて隣の浴室に入った。
「あの女が触れた所をきれいに洗うよ。フィーはここで待ってて」
「…あっちで…待つ」
「ダメ。嫌なこと思い出すだろ?ここで俺を見てて」
「うん…」
リアムが浴室に入った。
僕はゴシゴシと袖で顔を拭う。するとリアムが慌てて飛んできて、濡らした布で優しく拭いてくれた。
「腫れるからこすったらダメだ。少し落ち着いた?」
「うん…僕、あの人に魔法…使っ…て…ぐすっ」
「気にするな。あんな優しい魔法、痛くも痒くもない。それに俺なら、殴り飛ばしていたぞ。おまえは優しいなぁ」
「殴るの…?女の人を…?」
「ああ殴る。フィーに触れる者には容赦しない」
「怖い…」
「当たり前だろ?ラズールだってそうすると思うけど」
確かにそうだと思い、少しだけ顔が緩んだ。少し笑ったら、気持ちが楽になってきた。
僕は「早く洗ってきて」とリアムの背中を押した。そしてゆっくりと深呼吸を繰り返している内に、ようやく涙が止まった。
一晩中リアムに抱きしめられて眠り、朝になる頃には嫌な気持ちが薄れていた。全て消えた訳じゃないけど、目覚めてリアムの顔を見ていると、昨日のことは些細なことのように思えてきた。
明日の即位式が終われば、僕とリアムは家に帰る。穏やかな日々に戻るんだ。だからもう、嫌なことは忘れたい。
そう願ったけど、第二王子を襲うなどという大事件が、簡単に終わるわけがない。
僕とリアムは、朝餉の後にクルト王子に呼ばれて会いに行った。リアムの部屋から遠く、奥まった場所にある部屋の扉は、厳重な結界が張られている。僕達を案内したクルト王子の側近らしい騎士が中へ声をかけると、扉が白く光って内側に開いた。
「入れ。よく来たな」
「久しぶりだな、兄上。来て早々、面倒な目にあった」
「話は聞いてる。災難だったな」
「全くだ」
中へ入るなり、リアムが愚痴をこぼす。
クルト王子は相変わらず無表情だけど、言葉からリアムに同情してるように感じる。
クルト王子がリアムから僕に視線を移したので、僕はかすかに微笑んだ。
「クルト王子、おめでとうございます。この度は招待していただきありがとうございます」
「いや…来たくなかっただろうが、リアムを呼ばないわけにはいかなくてな。しかもフィルにも嫌な目に合わせてしまったようだ。すまない」
部屋の中央にいたクルト王子が、僕達の前に来た。そして謝りながら目を伏せたので、僕は慌てて止めた。
「えっ…いや、クルト王子のせいではないでしょ?謝らないでっ。…え、もしかしてクルト王子の差し金…」
「いや、さすがの俺もあんな姑息なことはしない。心外だ」
「…ごめんなさい」
「フィー、謝らなくていい。兄上が疑われるのも無理はない。俺に毒を盛ったことがあるからな」
「そのことはもう言うな。反省している」
「ふっ、冗談だよ。俺も今は何とも思っていない」
リアムが笑いながらクルト王子の肩を叩くけど、目が怖い。本当に許してる?
クルト王子がリアムの手を退けると、ソファーに座りながら僕達にも座るよう促した。
「昨日の女だが…誰の命でやったのかわかった。どうする、聞くか?」
クルト王子がリアムと僕の目を交互に見る。
僕がリアムを見上げると、リアムが「フィーはどうしたい?」と僕の髪を撫でた。