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「なぁ、アンタ恋人いんの?」
唐突に投げられた不躾な質問に、理人はスプーンを動かす手を止めた。
「……」
「チッ、無視すんなよ。なぁ……」
不機嫌さを隠そうともせず至近距離まで顔を覗き込まれ、理人は苛立ちを抑えつつ、相手を真っ向から睨み付けた。 大抵の輩は、理人がひと睨みすれば怯んだり目を逸らしたりするものだが、目の前の男は面白そうに口角を上げただけだった。
「私はアンタという名前ではない。それに、初対面なのに馴れ馴れしく話しかけるな! まずは自分から名乗るのが礼儀だろうが!」
礼儀知らずとは話したくないと言い放つと、一臣は「ふうん」と短く呟き、長い脚を持て余すようにして椅子にどっかりと座り直した。
「桐島一臣だ。名乗ってやったぞ、これでいいんだろ? 鬼塚サン」
「チッ、その不遜な態度が気に食わねぇが……まぁいい。それより、どこか他のところに座ったらどうだ。席はいくらでも空いてるだろ」
「俺はアンタと話がしたいんだよ。……痴漢青年。まさか、こんなところで再会できるなんて思ってなかったからさ」
「おい、言い方!」
あまりにストレートすぎる物言いに、理人は思わず身を乗り出して突っ込んだ。
「事実だろ?」
「誤解を招くような言い方をするな! その言い方だと、私が痴漢をしていたように聞こえるだろうが!」
「細かい奴だな。じゃぁ、痴漢に『遭ってた』鬼塚さん。……いや、ほんっと、あんな場所で会った奴と同じ会社で再会するなんてな」
わざとらしくニヤニヤと嫌な笑みを向けてくる。
自分だって、まさか職場で再会するとは思ってもみなかった。
あんな無様な場面に居合わせていたというだけでも屈辱的なのに、助けてくれたのがよりによって社長の甥だったなんて。
(……今日は、最悪の厄日だ)
「……あぁ。その節は、すまなかった。ろくに礼も言えず失礼したな」
理人が不器用ながらも素直に謝罪を口にすると、一臣は意外そうに目を瞬かせた。礼を言うのは人として当然のことだが、彼にとってはそんな理人の生真面目さが予想外だったのだろう。
「なぁんだ、どんな気の強いお嬢様かと思ったら、ちゃんと礼儀はわきまえてるじゃないか」
「あ?」
理人は一瞬で眉根を寄せ、殺気立った視線を投げた。殊勝に礼を言った途端、この言い草だ。やはりこの男、根本から失礼な野郎である。
「いいね、その顔。あのオッサンも言ってたけど、その目……堪んねぇな。アンタ、結構俺のタイプなんだよね」
「は……?」
あまりに脈絡のない言葉に、理人の口から間の抜けた声が漏れた。
「だから、アンタの顔が好みなんだよ。さっきの会議室じゃ遠くて気が付かなかったけど、こうして近くで見ると……すげぇ虐めがいがありそうな顔してる」
「……はぁ!? 何を言ってんだお前は……! 馬鹿か、頭がおかしいんじゃないのか?」
あまりの発言に、怒りを通り越してドン引きする。一臣は洗練されたジャケットの袖を捲り上げ、太い腕をテーブルについて楽しそうに笑った。
「いやいや、アンタのことが気に入ったって意味だよ。俺さ、アンタみたいな気の強そうな奴を組み敷いて、啼かせるのが好きなんだよね」
その瞳は、獲物を追い詰めた肉食獣のようにギラついている。
「チッ、どいつもこいつも……」
なぜ自分がこうも、男たちから「組み伏せる」対象として見られなければならないのか。理人が吐き捨てるように舌打ちをすると、一臣はますます愉悦に満ちた笑みを深めた。
その加虐的な表情に、理人の背筋を冷たいものが伝っていく。
「そういう態度を取られると、ますますそそられるな。なぁ、今夜時間ある? 飲みに行こうぜ。奢ってやるから」
「誰が行くか! 私は忙しいから無理だ」
「忙しい、ねぇ。……いいよ、そういうの。簡単に落ちたらつまんねぇしな。これからジワジワ落としてやるよ」
理人の身体のラインをなぞるような、舐めるような視線。
その根拠のない自信がどこから湧いてくるのかは知らないが、これ以上会話を続けても不快になるだけだ。理人はトレイを掴んで勢いよく立ち上がった。
「チッ、お前と話していても無駄だ。私はもう行く。暇つぶしなら他の社員を当たってくれ」
「ふはっ、つれないねぇ」
背後から響く低い笑い声を無視し、理人は振り返ることなく出口へと歩き出した。
瀬名への疑念、一臣という厄介な男の出現。
心の中を掻き乱す不穏な要素から逃れるように、理人は一人になれる場所を求めて足早に食堂を後にした。