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第十八話・終「届いてしまった言葉」
夜風が、少しだけ強く吹いた。
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高橋佳が、ゆっくりと動く。
こちら側へ——少しだけ近づいてくる。
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「……っ」
山本美憂の体が、びくっと震える。
距離が、近くなる。
見つかるかもしれない。
でも——
動けない。
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佳は、そのままベンチに腰を下ろした。
ほんの数メートル先。
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さっきより、ずっと近い。
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(……聞こえる)
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呼吸が、止まりそうになる。
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佳が、口を開く。
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「……はは」
小さく、笑う声。
でもそれは——
全然、楽しそうじゃなかった。
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「……ほんと、バカだよな俺」
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一言一言が、夜に溶ける。
でも。
今度は全部、聞こえる。
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「一人で来てさ」
「何やってんだろって感じだわ」
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軽く笑う。
でも、その声は震えている。
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「……でもさ」
少し間が空く。
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「やっぱ、来たかったんだよな」
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顔は見えない。
でも——
その背中だけで分かる。
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「遊園地も」
「ゲーセンも」
「……あの喫茶店も」
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一つ一つ、確かめるように言う。
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「全部、お前と行ったとこでさ」
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その言葉に——
美憂の肩が大きく震える。
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「……楽しかったな」
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ぽつりと。
本当に、ただそれだけを噛みしめるように。
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「……全部、楽しかった」
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沈黙。
風の音。
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「……なんで言えなかったんだろうな」
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小さく、零れる本音。
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「好きだって」
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その一言で——
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「……っ!!」
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美憂の涙が、溢れる。
抑えていたものが、決壊する。
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それでも、声は出せない。
口を押さえて。
必死に、堪える。
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佳は、続ける。
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「……言っときゃよかった」
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後悔。
はっきりと分かる声。
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「そしたら、少しは違ったのかな」
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誰にも届かない問い。
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「……いや」
自分で首を振るように。
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「変わんねぇか」
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乾いた笑い。
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「どうせ、こうなってたしな」
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その言葉に——
小太郎の拳が、ぎゅっと握られる。
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何も言えない。
何もできない。
ただ、聞いてしまっている。
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佳は、空を見上げる。
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「……でもさ」
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少しだけ、声が柔らかくなる。
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「お前が笑ってんなら、それでいいや」
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優しい声。
諦めと、願いが混ざった声。
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「……誰とでもいいからさ」
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その一言に——
小太郎の目からも、涙が落ちる。
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「幸せになれよ」
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静かに。
本当に静かに。
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そして——
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少しだけ、間が空く。
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風が止む。
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世界が、一瞬だけ静まる。
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「……愛してたよ、美憂」
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その言葉は——
あまりにも、はっきりと。
あまりにも、優しく。
夜に響いた。
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「……っ……!!」
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美憂の涙腺が、完全に壊れる。
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声が、出そうになる。
叫びそうになる。
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(行かなきゃ)
(行かなきゃ)
(今行かなきゃ)
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体が、前に出そうになる。
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でも。
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動けない。
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(……ダメ)
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足が、止まる。
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佳が望んでない。
言わないと決めたその想いを——
壊せない。
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「……っ……!」
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小太郎も、涙を拭うことすらできない。
ただ、歯を食いしばる。
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佳は、ゆっくりと立ち上がる。
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「……じゃあな」
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誰もいないはずの場所に、そう言って。
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歩き出す。
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振り返らない。
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そのまま、帰路につく。
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足音が、遠ざかっていく。
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完全に、いなくなる。
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静寂。
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「……っ……あ……」
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美憂の喉から、崩れた声が漏れる。
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もう、抑えられない。
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「……っ、なんで……」
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涙が止まらない。
体が震える。
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小太郎は、何も言わずに——
そっと、美憂を抱き寄せた。
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「……っ、ごめ……」
「いいよ」
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短い言葉。
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そのまま、二人はそこに座り込む。
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夜景の下。
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泣き続ける。
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声を出して。
さっきまで我慢していた分を、全部。
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佳は、もういない。
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追いかけることも、しない。
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ただ——
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その場に残って。
二人で、崩れるように泣いた。
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届いてしまった言葉は——
もう、取り戻せなかった。
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