聖壱さんは私の問いに小さく頷いた。もしお義父様の会社にそんな人がいるのだとすれば、その人たちはきっと……
「そう、そいつ等は親父の会社の重役なんだ。しかもそういう事にだけ頭の回る古狐でな、俺も親父も簡単にどうこうすることが出来ないでいたんだ」
「そんな……じゃあ聖壱さんはお義父様から頼まれて?」
SAYAMAカンパニーの社長であるお義父様が、手を焼いている事を聖壱さんが代わりにやらなくてはならないなんて……
「ああ、俺と|柚瑠木《ゆるぎ》は今その事について調査中なんだが、そのせいで香津美や|月菜《つきな》さんを危険な身に合わせてしまうんじゃないかと危惧していたんだ。なあ、柚瑠木」
「……そう、ですね」
そうだったのね、だから聖壱さんは私から少しでも距離を取ろうとしていたんだわ。きっと柚瑠木さんも月菜さんのことを……そう思って柚瑠木さんを見つめると、不自然に顔を逸らされてしまった。
……いったいどうして?でも今はその事を気にしている場合では無くて。
「俺と柚瑠木の調査で、その古狐たちが親父の会社の取引で不正を行っている事はわかっている。今は証拠を集めているんだが、奴らはなかなか尻尾を掴ませてくれない」
そうでしょうね、話を聞いているとそう簡単に片付く話ではないように聞こえるもの。きっとその人たちも頭が切れるに違いない。
「だったらどうすれば……」
「彼らのしっぽを普通に掴むのは難しい……ですから、僕らは囮を使おうと思ったんです」
それまであまり喋りに加わらなかった柚瑠木さんが口を開いた。でも囮っていったいどういう事なの?
「囮……ってどういう?」
|柚瑠木《ゆるぎ》さんの言葉が信じられなくて、彼らに聞き返してみる。まさかその囮というのは……もしかしすると、という考えが頭をよぎる。
「そのままの意味です。もちろん僕らが囮になる事は不可能ですから、その代わりに――――」
いつもとまったく変わらない様子で話す柚瑠木さの言葉が、きちんと理解出来ないような気がするの。彼の言い方だとまるで私たちが……
「柚瑠木! それ以上は……っ!」
少し慌てた様子で聖壱さんが柚瑠木さんを止めに入った。だけど柚瑠木さんは鬱陶しそうに聖壱さんの手を払うだけで。
「何故止めるのですか、聖壱。せっかく香津美さんが自分から協力したいと言ってくれたんです。きちんと話をして、内容を理解しておいてもらうべきではありませんか?」
なに、一体どういうことなの? 確かに私は聖壱さんのために自分から協力したいと言ったけれど……
「まさか貴方達本当は、私や|月菜《つきな》さんに何も伝えずに勝手に囮にしようとしていたの……?」
私はこうして話してもらえたけれど、きっと月菜さんは今も何も知らないままなんでしょう? そんなのあまりにも勝手すぎるわ。
「香津美さんや月菜さんには申し訳ないとは思っています。けれどこれが僕達が何度も話し合って出した結果なんです」
|柚瑠木《ゆるぎ》さんの言葉に何かが引っかかるの。
そんな事を前から二人で話し合っていた。そして同じ時期に決まった二つの契約結婚。まさか私たちの結婚そのものが……
「じゃあ私たちの結婚すら、貴方達の計画の一部にすぎなかったって言う事なの……?」
そんな事を、本当に聖壱さんが……? 私と|月菜《つきな》さんはそのために選ばれただけの妻だというの?
「香津美さんは意外と鋭いんですね。そう、僕たちはそのために貴女達を妻に迎えたんです。心が強く、ちょっとしたことでは挫けない……そしてこの結婚を断りにくい立場にある女性を選んだつもりです」
「それじゃあ……! 貴方達は私や月菜さんを最初から利用するために⁉」
信じられない言葉に怒りを感じ、私は思わず柚瑠木さんに掴みかかろうとする。だけど聖壱さんが私を抱きとめてその動きを封じてしまう。
「落ち着いてくれ、香津美。きちんと俺からも説明するから……!」
聖壱さんはそう言うけれど、私の昂った感情は簡単には冷めなくて……
「落ち着いていられるわけないでしょう? いくら私達が契約結婚の相手だからって酷すぎるわ!」
自分が感情的になりやすい性格だってことは分かってる。それが欠点だと何度も言われ続けたから、だけどこれはあまりにも……
「香津美さん。貴女は自分から聖壱の力になりたい、話を聞きたいと言われたそうですね。ならばもっと冷静に話を聞くべきだと思いませんか?」
確かに柚瑠木さんの言う通りだけれど、自分たちの契約結婚にそんな裏があったなんて。それなりにショックが大きくて……
「柚瑠木、お前はもっと言い方を考えろ。香津美を傷付けるようなら、いくらお前でも許さない」
「聖壱は香津美さんと結婚して変わりましたね。今までは僕が誰に何を言おうと気にもしなかったのに。だから急に「彼女を囮にしない」なんて言い出したんでしょうし……」
私たちの前で小さなため息を吐く柚瑠木さん。確かに結婚して聖壱さんは私を溺愛するようになったけれど、彼がどう変化したのかまでは分からない。それに私を囮にしないって?
「それってどういう事なの? 私は囮にするために聖壱さんに選ばれたんでしょう?」
そう言えば、彼は私を危険に巻き込みたくないから距離を取っているとも言っていた。彼らの話からするとその必要はないはず、矛盾している。
「分かりませんか、香津美さん。聖壱は貴女に本気になり、危険にさらしたくなくなった。そして僕との約束を破って、貴女を囮にはしないと言い出したんです」
「じゃあ私から離れようとしたのも……?」
まさかとは思うけれど、あの時はもう聖壱さんはそれなりの覚悟を決めていたの?
「あの時は香津美に嫌われて、お前から離婚を言い渡されればいいかもしれないと思ったりもしてて……」
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